Posted: 15 May 2023 3 min. read

チョコレートの本当の値段

板チョコ1枚あたり33円の社会的費用を負担するのは誰か

社会的費用を負担するのは誰か

 

普段意識することは少ないが、私たちが手にするたいていの製品には社会的費用が発生している。社会的費用とは、経済活動の結果発生する、社会が被る損失のことである。例えば、工場の周辺で発生する大気汚染や騒音などの公害、また製品の原料調達先である途上国における児童労働や強制労働により、労働者が健康を損ねたり、本来受け取るべき報酬を受け取れず貧困に陥ったりする状況である。一般的に、これらの損失を防止、回復するための費用、つまり社会的費用を、企業に負担させるための責任は規定されていないことが多い2

社会または環境に対して負荷をかけている企業が、自ら防止、回復のための費用を負担する場合は、社会的費用が内部化され、私的費用として認識される。しかし内部化されなかった社会的費用は、企業とは異なる別の主体(地域住民など)が外部費用として負担することになる。

チョコレートの社会的費用

チョコレートを例にとってみると、原料であるカカオ豆の生産地である西アフリカのコートジボワールやガーナでは、子どもの5人に1人が児童労働に従事しているといわれている。この問題に対して欧米の大手カカオ関連企業は、児童労働監視改善システム(CLMRS3)を導入し、子どもがより良い教育を受けられるための支援や、問題の特定と是正措置を目的とした透明性の高いトレーサビリティシステムの構築も行っている。これらの活動は社会的費用の内部化であり、最終的には市場での販売価格に含まれ、消費者が負担する形となる。

オランダの社会的企業であるTrue Price4 は、特定の製品に対して、市場での販売価格に外部費用(内部化されていない社会的費用)を上乗せした価格として、”True Price”を算出している。これはサプライチェーンを通して発生している外部費用、つまり社会的、環境的に発生している影響を防止、回復するために必要な費用を金額化し、製品の本当の価格を算出したものである5。これは本来あるべき価格としての”True Price”を明確にすることにより、隠れた費用を可視化し、社会的、環境的な負の影響に対応する根拠とすることが目的である。そしてその差額分は、二酸化炭素排出量削減につながる対策、樹木の保護、途上国の人々の生活条件の改善等に使用される。

例えば、一般的に100円程度で販売されている板チョコレートの場合は、1枚あたり約33円の外部費用がかかっていると算出されている6(下図参照)。つまり100円で販売されているチョコレートは、本来133円で販売され、差額の33円は、社会的、環境的に発生している負の影響を補償、補修、予防するために使われるべきなのである。

企業にとって値上げは死活問題である。販売価格への社会的費用の上乗せはあり得ないと捉えられるかもしれない。しかしオランダでは、実際に社会的費用を上乗せした価格でコーヒー、紅茶、野菜等を販売しており、消費者が従来の価格とどちらかを選択できる、という店舗が存在する(写真参照)。消費者には知る権利、選択する権利があるが、このような取り組みは消費者に対する情報提供手段の一つとしても捉えられる。


(写真左:オランダのスーパーの店内、写真右:デロイトオランダのオフィスロビーにあるカフェ” True Price Coffee Bar ”)

私たち消費者や企業人ができること

社会的費用を負担するのは誰であるべきだろうか。原料生産地の途上国の子どもたちが犠牲になるのを見て見ぬふりをする企業活動が、持続可能ではないことは明らかである。”True Price”を選択する消費者がいる市場は、欧州だけではないはずである。企業は、エシカルで少し値の張る商品を出しても売れないから出せない、消費者はエシカルで手ごろな商品がないから買わない、という理由でどちらも動かない状況は、一刻も早く脱するべきである。

消費者として、または企業人として、私たちに何ができるだろうか。企業にとって、持続可能なビジネスのため、社会的価値と経済的価値の両立は当然の流れであり、サステナビリティ活動を企業価値創造につなげる形で開示していくことが求められている。例えばトレーサビリティシステムを構築し、サプライチェーンを透明化することも一つの方法である。これまで見えていなかった問題を可視化することにより、適切な対策が可能となる。改善の結果を定量的に示すことにより外部から評価され、企業価値の説明変数としての役割を果たすことができるだろう。

消費者としては、フェアトレード製品を購入する、ということも一つの選択肢である。毎年5月は、フェアトレード・ラベル・ジャパンによる、「フェアトレード・ミリオンアクションキャンペーン」が実施されている。私たちができることを行動に移していきたい。

 

 

1  児童労働とは、義務教育を妨げる労働や、法律で禁止されている18歳未満の危険・有害な労働のことを指す。
2  工場排水については、水質汚濁防止法に基づき適切な排水処理を行い、工場排水の流出が規制されている等、法制度化が進んでいる領域も存在する。
3  CLMRS(Child Labor Monitoring & Remediation System)は国際ココアイニシアチブ(ICI)による児童労働モニタリングシステムで、①啓発と監視 ②児童労働の特定 ③改善支援 ④フォローアップのステップを実施
4  True Price は2012年に設立され、消費者が製品の本来あるべき価格を支払うことを目指して”True Price”を算出。実際に店舗で”True Price”でコーヒー等を販売している。
5  機会損失分のコスト算出(ダメージコストアプローチ)、将来の負の影響を防止するためのコスト算出(軽減コストアプローチ)、の2つのアプローチで算出
6  2017年True Priceによるチョコレート会社・商社・農家へのインタビュー、文献調査に基づき算出された情報に基づき試算(円換算は2017年のレート使用)。1枚50g、カカオ含有率50%が前提で、ミルク・砂糖のコストは対象外としている。

 

執筆者

小野 美和/Ono Miwa

デロイト トーマツ コンサルティング所属。コンサルティングファーム、投資ファンドを経て現職。企業のサステナビリティ戦略に関するプロジェクト、ビジネスと人権に関する調査、経済産業省・JICA等の受託調査、NGOの事業計画策定等に従事。サステナビリティを巡る課題に対応するトレーサビリティ・ブロックチェーンの社会実装に向けた実証実験・本番適用などの支援を実施。共著に『SDGsが問いかける経営の未来』(2018年)、『パワー・オブ・トラスト』(2022年)、サステナビリティ分野の寄稿、講演多数。

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