量子誤り耐性技術の進歩で実用化が迫る今、ユーザー企業が取り組むべき3つの備え ブックマークが追加されました
量子誤り(エラー)の克服に向けた技術開発が加速しています。
2023年から2024年にかけて、米国を中心に大手IT企業やスタートアップが続々と成果を発表しました。これにより、大規模な量子計算が可能な「誤り耐性量子コンピュータ(FTQC:Fault-Tolerant Quantum Computing)」の早期実現への期待が高まっています。
2024年12月には、Googleが105個の物理量子ビットを搭載する量子コンピュータチップ「Willow」を発表し、従来のコンピュータでは10の25乗年かかる計算を5分未満で実行したと報告されています。
Googleが2024年10月に出資した米国企業QuEra Computing Inc.(*) は、有望な量子コンピューティング方式として広く認知されている中性原子を用いた量子コンピュータの開発と商業化をリードしています。ボストンを拠点とし、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の先駆的な研究を基盤に、世界最大のパブリックアクセス可能な中性原子型量子コンピュータを運用しており、同機は主要なパブリッククラウドとオンプレミス配信の両方で利用可能です。同社はGoogleからの出資を受けた際に量子コンピューティングの実現に必要とされる量子誤り訂正機能の開発や同社の戦略的ロードマップに沿った新機能の提供など同社の量子技術の進化の加速を明言しています。
*私たちデロイト トーマツもQuEraと2025年2月に戦略的協業を開始しました。このパートナーシップによって私たちが描く未来は他の記事で紹介しています。ぜひご覧ください。
量子コンピュータにおける誤り訂正は、計算中に発生するエラーをリアルタイムに修正し、計算の信頼性を向上させるものです。この信頼性を究極的に高めたのがFTQCです。下の図を見てください。ここ1年ほどの技術進化で現在は真ん中の誤り訂正ありの入り口にあります。
FTQCの実現により、指数関数的な速度向上が期待される様々な応用が可能になります。例えば、新素材の開発、創薬、暗号解読など、現在のコンピュータでは何年、何十年も計算が掛かる問題を非常に短い時間で計算できる可能性が期待されています。
このFTQCの実現した未来に向けて、企業が備えるべきことは3つあると考えています。
量子コンピュータのアルゴリズムの中でも、FTQCに適したアルゴリズムはこれまでのNISQ向けのアルゴリズムとは異なります。そのため、FTQC向けのアルゴリズムを理解した上でのユースケース創出や、実装を進めることが重要です。
これまでの量子コンピュータが実行できるアルゴリズムの長さはエラーによって制限されていました。実行中に発生するエラーによって量子状態が維持できなくなるためです。一方、誤り訂正技術の向上により、より長い量子アルゴリズムを実行できるようになります。アルゴリズムが長くなるとノイズの影響を受けやすくなるだけでなく、実行時間も長くなるため、量子アルゴリズムを圧縮することが非常に重要になってきます。
誤り訂正技術の進展によって量子コンピュータで実行できるアルゴリズムが長くなると、マシンにアクセスできる人の数は制限されかねません。例えば100倍長いアルゴリズムが実行できるようになった場合、量子コンピュータの台数が変わらなければアクセスできる人の数は100分の1になってしまいます。今後、企業が量子コンピュータを活用するためには、マシンタイム(計算時間)をいかに確保するかが重要な課題となることでしょう。量子コンピュータベンダーへの出資やパートナリング、オンプレミスでの量子コンピュータ実機導入をする選択肢も考えていく必要があります。
量子コンピュータが本来の能力を発揮するための鍵となる「誤り訂正」。その実機実証が加速する中、量子コンピュータによるパラダイムシフトが目前に迫っています。いざ量子コンピュータの実用化が実現したタイミングで着手しても、キャッチアップに時間がかかり出遅れてしまう恐れがあります。今から備え始めることが肝要です。
補足)
文中、量子力学の原理を利用したハードウェアを指す場合は「量子コンピュータ」、ソフトウェアや理論など、量子コンピュータを使った計算手法や技術全般を含む場合は「量子コンピューティング」、更に量子暗号通信や量子センシングなども含む場合は総称して「量子技術」と記載しています。
寺部 雅能/Terabe Masayoshi
デロイト トーマツ グループ 量子技術統括
日本の量子プロジェクトを統括。
自動車系メーカー、総合商社の量子プロジェクトリーダーを経て現職。量子分野において数々の世界初実証や日本で最多件数となる海外スタートアップ投資支援を行い、広いグローバル人脈を保有。国際会議の基調講演やTV等メディア発信も行い量子業界の振興にも貢献。著書「量子コンピュータが変える未来」。ほか、経済産業省・NEDO 量子・古典ハイブリッド技術のサイバ-・フィジカル開発事業の技術推進委員長など複数の委員、文科省・JSTの量子人材育成プログラムQ-Quest講師、海外量子スタートアップ顧問も務める。過去に、カナダ大使館 来日量子ミッション・スペシャルアドバイザー、ベンチャーキャピタル顧問、東北大学客員准教授も務める。