Posted: 04 Jul. 2024

脱炭素社会の実現に向けた人事戦略と「GX人材」のあるべき姿

セミナー開催レポート「GX実現に向けた人材市場創造 ~GXリーグの取り組みと組織・人材変革について~」

デロイト トーマツは2024年5月16日、将来の脱炭素社会の実現に向けた人材政策に焦点を当てたウェビナー「GX実現に向けた人材市場創造 ~GXリーグの取り組みと組織・人材変革について~」を開催した。セミナーではGXリーグをリードする経済産業省の折口直也氏、GXリーグ人材市場創造WG(ワーキンググループ)で座長を務める小泉誠氏、デロイト トーマツ コンサルティングでGX領域をリードする加藤健太郎、組織・人材領域のコンサルティングに従事する澤田修一が登壇し、GX実現に向けた人材市場・人材政策のあり方や、民間企業に求められる人事戦略について多角的に紹介。後半のパネルディスカッションでは、白熱した議論が展開された。

※期間限定で本セミナーのアーカイブ配信を実施しています。視聴ご希望の方はページ下部よりお申込みをお願いします。

 

これからのGXを進めるには、それを動かす「人材」が不可欠

ウェビナーの冒頭では、デロイト トーマツ コンサルティングのサステナビリティユニット パートナーである加藤健太郎が今回のウェビナーの趣旨を紹介した。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Sustainability Unit パートナー 加藤 健太郎
複数のコンサルティング企業の後、再生可能エネルギー事業会社にて再生可能エネルギー事業(太陽光発電、風力発電など)の開発業務に従事。2007年にデロイト トーマツ コンサルティングに入社後、再生可能エネルギーや水素をはじめとした環境・エネルギー領域の政策策定、戦略、M&A業務に幅広く従事。

 

2050年のカーボンニュートラル実現に向け、産官学が連携してGXを推進している。経済産業省がリードする「GXリーグ*1」もそのひとつで、政策や戦略の策定、新技術の開発などが活発に進んでいる。

しかし見落とされがちなのが、GXに関するスキルを持った人材の輩出と育成だ。新しい市場が立ち上がったとしても、そこで活躍できる人材が少なければ、企業のGXは進み得ない。

どのように専門スキルを持った人材を輩出するのか。そして、どのように企業とマッチングさせていくのか。グリーン市場における人材市場を創り、整備する必要がある。「政策や戦略が緻密であっても、それを動かす人がいないとGXの実現は難しい。組織と人のケイパビリティを変えていく必要があります」と加藤は見解を述べた。

 

日本のGX実現に向けて設立された「GXリーグ」

脱炭素と経済成長ーーこれまでトレードオフの関係にあった両者を実現するためには、社会全体での行動と意識の変容が必要だ。経済産業省は、カーボンニュートラルへの移行に向けた挑戦を果敢に行い、国際ビジネスで勝てる企業群が、GX(グリーントランスフォーメーション)を牽引する枠組みとしてGXリーグを設立。GXリーグ参画企業の排出量は、日本全体の排出量の5割超をカバーする。GXリーグを創設した目的と背景について経済産業省 産業技術環境局 環境経済室の折口直也氏が解説した。

経済産業省 産業技術環境局 環境経済室 室長補佐 折口 直也氏
2023年7月より現職。2015年3月、東京大学農学部を卒業、同年4月入省。内閣官房新しい資本主義実現本部事務局への出向等を経て現職。現職ではGXリーグや地球温暖化対策推進法における温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(いわゆるSHK制度)等を担当。

 

世界的に見てもカーボンニュートラル実現の流れは加速している、と折口氏。カーボンニュートラル目標を表明する国・地域は146カ国に上り、そのGDP総計は約90%にも達する。アメリカ・EUを中心に政府の後押しも白熱しており、GX領域は国際的にも成長領域となっている。こうした潮流を踏まえて、新市場における競争力を発揮して経済成長と脱炭素を同時に実現するために、日本は官民の総力を上げてGXに取り組んでいる。

例えば、日本は成長志向型カーボンプライシング構想として、今後の10年間で、官民で150兆円超の投資を実現していくとした。折口氏は「企業が長期的にGX実現に取り組んでいただくために、政府も継続的な投資にコミットした」と背景を説明する。これまで単年度予算では、規模感や期間が不明瞭な部分があり、企業がGX投資に踏み切りにくい部分があったとの声も挙がっていた。そこで国としてのコミットを明確にすることで先行投資を促すとともに、将来導入するカーボンプライシングの方向性を明確に示すことで、GX投資の前倒しを促す意図があるという。

折口氏はまた、GXの実現に向けた基本方針を改めて示した。その中ではGX投資推進のための排出量取引など成長志向型カーボンプライシングの導入が計画されている。

折口氏が紹介したように、GXの実現に向けた大きな枠組みは整備されつつある。この枠組みにおいて企業がGXに対する取組を加速させるために設立されたのがGXリーグだ。GXリーグは日本企業が業界を超えて協調し、競争力につながるようなルール形成の場になることが期待されている。

各業界は、それぞれの問題意識を抱えている。GXリーグを通じ、多種多様な意見を踏まえながら、ボトムアップ型のルール形成を経て社会実装につなげたい、と折口氏は期待を語る。

GXを推進する上では、DX推進時と同様に人材不足の課題が発生すると見られている。そこで「業界の垣根を超えて統一的なスキル基準などを決め、早急に人材確保できる体制をつくる必要がある」と折口氏は指摘した。

 

GXスキル標準(GXSS)の整備でGX人材市場の垂直立ち上げを目指す

スキルアップNeXt エグゼクティブ・アドバイザー 2023年度  GXリーグ 人材市場創造WG座長 小泉 誠氏
大学卒業後、株式会社リクルートにて20を超える事業に関わり、特にEC・アドテクノロジー・SaaS・キャッシュレス決済等、時々の新領域にて経営企画・事業開発等を担当。同社Airレジの事業企画責任者を経て経済産業省へ入省。商務情報政策局 情報経済課にて産業横断でのデータとAIの利活用推進を担当し、AI戦略、人材育成、スタートアップ、デジタル市場取引基盤、モビリティ・スマートシティ、デジタルID等、省庁横断でデジタル産業政策を推進。 退官後は、デジタルリテラシー協議会の運営、プロトタイプ政策研究所のコアメンバー、経済産業省 デジタルスキル標準のリテラシー検討WG委員、経済産業省GXリーグ内での人材市場創造WG座長など、人材育成と労働市場改革にて産学官を横断した活動を実施中。

 

GXの取り組みが急速に進む中、それを担う人材市場はどのような状況にあるのか。「GX人材の需要は急速に高まっている」と指摘するのは、スキルアップNeXt  エグゼクティブ・アドバイザー、2023年度 GXリーグ 人材市場創造WG座長の小泉誠氏だ。

リクルートが公表した報告によると、2023年のGX人材の求人数は、2016年と比較して5.87倍も増加している。一方で、GX関連の転職者数の増加率は2016年比で3.09倍と、求人の増加数に追い付いていないのが現状だ*2。企業の需要と転職者数に大きな差が生まれているため、企業と人材が適切にマッチングできる状況が整っていないと小泉氏は見ている。

日本がGXにおいても国際的に競争力を持つためには、GXスキルを持つGX人材の育成は急務だ。今後、脱炭素を目指し多くの分野で産業構造の転換が迫られ、企業内のGX人材の需要はさらに高まると予想される。そうなれば従来産業に従事するオフィスワーカーのリスキリングをはじめとする労働移動も視野に入れなければならない。

そこでGXリーグでは、先端技術領域の人材育成を手がけるスキルアップNeXtをリーダーとして「GX人材市場創造WG(ワーキンググループ)」を主催している。同WGでは「GXに関する人材市場の垂直立ち上げと整備」をテーマに、GXに関するスキルを定義する「スキル標準(GXSS)」を作成した*3

同WG座長を務める小泉氏は「新しい労働市場が起こるときに、どのように人材育成をするのかが課題となる」と語り、「そのために、習得すべきスキルの標準を策定することがまず重要となる」と指摘する。そこで、同WGではGXスキルのあり方を明確に定義したという。

スキル標準の対象となるのは「①GXに関わるすべての人材」と「②GXを推進する人材」だ。「①GXに関わる全ての人」には、体系立てて知識を学ぶためのリテラシーを定めた。基本的な知識、学び方のマインド、学習によって到達すべきゴールが明確になっている。「到達すべきゴール≒リテラシーのある状態」を具体的に定義づけたのは、今後の企業の実践をにらんでのことだと小泉氏は説明する。

「GXを推進する企業は、まずリテラシーについての教育を実施すると予想されます。もし学習到達度が定義されていないと、リテラシーについて従業員がどこまで習得したのかが計測できず、組織のGX人材育成がどの程度進んだのか測ることができません。それではリテラシーを習得している人材の数を正しく社内外に開示するのも難しいと思います」(小泉氏)

「②GXを推進する人材」は、プロフェッショナル人材です。そのあり方について、同WGでは「GXアナリスト」「GXストラテジスト」「GXインベンター」「GXコミュニケーター」という大きく4つの人材類型を策定した。

GXを推進する企業においては、CO2排出量の算定・分析・計画化へのニーズが顕在化していると考えられるため、その部分を担うGXアナリストやGXストラテジストの定義を優先して策定した。一方で削減に対する実行フェーズはまだまだ議論の余地があるため、定義づけはこれからとなっている。

「スキルとジョブを紐づけ雇用につなげていくためにも、人材業界・行政など多くの方々の意見を取り入れながら、標準をアップデートしていこうと思います」と小泉氏は締めくくった。

 

組織と人材の両面で変革が必要となる

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Human Capital Offering ディレクター 澤田 修一
グローバル/国内での組織・人材コンサルティング歴20年。Human Capital Climate & Sustainability Practice 立上げをリード。近年は、GX・DXに伴う組織人事改革に加え、官公庁における組織人事スタンダード形成や組織・人事改革に従事。

 

実際に日系企業の現場では、GXに関してどのようなことが起きているのか。デロイト トーマツでGX領域のコンサルティングに携わるHuman Capital Offering ディレクターの澤田修一が、GXの実現に向けた戦略の策定からアプローチに必要な5段階のフレームワークである「Strategic Choice Cascade」を解説した。

現在、GXリーグに参加している企業は「1.グループの戦略」「2.どこで戦うのか?」「3.どのように勝つか?」に注力している。そして「3.どのように勝つか?」から「4.具備すべきケイパビリティは何か?」のフェーズ移行に苦戦している企業が多いと澤田は指摘する。

「この課題を解決するためには、組織と従業員の適応性を高め、ケイパビリティをトランスフォームしていく必要があります」と澤田は述べた。

その例として、GX実現に向けて組織人事を改革した2社の企業が紹介された。1社目は、EVの部品を作るメーカーだ。同社はEV市場の成長に伴い非常に高い中長期計画を掲げており、人員を増やした上で生産性を飛躍的に向上させる必要があった。そこで同社はメンバーシップ型からジョブ型へと雇用形態を転換。ジョブディスクリプションを導入し、報酬制度も見直した。

2社目はIT系テクノロジー企業の例だ。脱炭素ソリューションを拡充する戦略を打ち出したが、当該業務を担う人材が不足していた。そこで、求める人物像とスキームを定義し、社員のリスキリングを推進。座学からOff-JT(職場外研修)に至るまで、リスキリングプログラムを包括的に実行するとケイパビリティが上がることが分かったという。

 

【パネルディスカッション】人材面から考える、GX推進の課題と対策

最後に当社加藤がファシリテーターを務め、登壇した4名でパネルディスカッションを実施した。そのハイライトを紹介する。

加藤:まず折口さんに質問です。GXリーグにおいて「人材」を取り上げた背景を教えてください。

折口:政府はGXに積極的に技術開発や設備投資を行っており、GX領域は今後強く太いビジネスへと成長するでしょう。しかし、その成長産業で多様な人材が活躍するには、労働移動の観点も求められると考え、人材をテーマに取り上げました。GXに取り組む人材は役割によって、求められるスキルが異なります。そのスキルを見える化することで、GX推進の契機になると考えています。

加藤:それを踏まえて小泉さんに質問です。最初にスキル標準の作成に着手した理由や意義を教えてください。

小泉:GX推進を担う企業の担当者の視点で考えると、新しいことに取り組む際に「学ぶためのステップ」が不明瞭だと混乱します。しかし標準が定まっていれば、向かうべき方向が明確になります。GXのように新しい市場が立ち上がる際、自然淘汰的に標準が定まるのが理想的です。しかしそれには長い時間がかかるため、その間に多くの企業が「人がいない」という課題にぶつかるでしょう。人材不足を防ぐためには、人材市場の垂直立ち上げが必須です。そこでまずは速やかにフォーマットを定め、アップデートしていく方針を採用しました。

加藤:現場のコンサルティングを手がける澤田さんは、どのような部分がボトルネックになると見ていますか。

澤田:GX実現に向けた企業の課題は2つあると思っています。まず、事業責任者を務める方の経験不足です。新しい市場で勝つために、どのような人材が必要で、どう育成すればいいのか。そのノウハウが蓄積されていないケースが散見されます。

確かに主に事業でキャリアを積んできている人材が多いので、仕方ない部分はあります。しかしGXの推進には、ジョブに基づいた採用や人材育成が必須です。メンバーシップ型雇用が多い日本企業において、その壁をどう乗り越えるのかが大きな課題となっています。

もうひとつの課題は、人事部のスタンスです。日本企業では、専門領域の人材育成は現場に任せることがほとんどです。これはDX推進においても同様のケースが見られました。しかしGXでは、人事部が事業部と寄り添って育成を進めていかないと、GXの実現も足踏みしてしまう懸念があります。

加藤:日本企業の雇用形態も、GXを推進する組織をつくる上でネックになる可能性があるのですね。

パネルディスカッションでは、GXにおける組織改革や人材育成を進める上で日本企業が知っておくべきポイントについて詳細かつ具体的に議論された。

少子化による働き手の不足も顕在化している日本において、これからの経済や企業の成長を担うGX人材の確保、育成は社会全体の課題となる可能性がある。GXによる成長機会に人材不足によってブレーキをかけてしまわないためにも、いち早く手を打っていくことが重要だ。

※期間限定で本セミナーのアーカイブ配信を実施しています。視聴ご希望の方はページ下部よりお申込みをお願いします。

 

出所

*1: GXリーグ公式WEBサイト https://gx-league.go.jp/

*2: 株式会社リクルート 「GX(グリーントランスフォーメーション)求人は6年で5.87倍に増加の一方、転職者は3.09倍にとどまる グリーン戦略に取り組む人材の育成・確保に課題」https://www.recruit.co.jp/newsroom/pressrelease/2023/0830_12586.html

*3: 特設サイト「GXスキル標準 浸透プロジェクト」:https://green-transformation.jp/gx_skillstandard/

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プロフェッショナル

加藤 健太郎/Kentaro Kato

加藤 健太郎/Kentaro Kato

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

銀行系シンクタンク、米国系戦略コンサルティングファーム、再生可能エネルギー事業会社を経て現職。専門は再生可能エネルギーであり、黎明期よりコンサルティングおよび事業開発に携わる。2017年にDTCに参画後、GX・次世代エネルギー領域のリーダーとして、実事業を通じた経験をもとに官公庁のエネルギー政策から、企業の戦略立案・M&A・入札対応まで幅広く従事している。