Posted: 09 Jul. 2024 5 min. read

避難所や被災者を特定し個別に的確な情報を発信する「防災DX」の理想形

デジタル技術で地域の防災力を強化

地震や台風が頻発し、“災害大国”とも言われる日本。救助や復旧のためのノウハウは蓄積されつつあるが、混乱する状況下でいかに被災者を特定し、適切な情報を発信するかという点に、多くの自治体は課題を抱えており、能登半島地震でも自治体はそれに直面した。

 

データの分断が災害時の情報発信を妨げる

「被災した人々に対して、どのようにして正確な災害状況を伝えるか」「必要な生活物資やサービスが、確実に被災者の手に渡るにはどうすれば良いのか」。これは、地震や台風で多くの被災者が出るたびに自治体が直面する問題である。

実際、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)が400人超の被災経験者にアンケート調査を行ったところ、性別や年齢、子育て中といった違いにかかわらず、「家族への連絡」以外にも「災害状況の確認」「デマ情報の拡散」などに、とくに不便を感じていることが分かった。

「洪水はどこまで迫っているのか?」「どの避難所に空きがあるのか?」といった正確な情報が手に入りにくいことが、被災者の不安を必要以上に募らせるのだ。

食料や水、薬などの支援物資が届けられても、どの場所に、どんな物資があるという情報が正確に伝わらなければ、求める被災者が手にすることは困難だ。

その上、様々なデマ情報がSNS等で拡散するので、「どれが正しい情報なのか?」ということすら分からなくなってしまう。このように、災害が発生した際には、正確な情報をタイムリーに、必要とする人に提供することが重要となることが分かる。

だが、多くの自治体は、この災害時の情報発信に課題を抱えているようだ。主な原因は、国と地方自治体間や、自治体内部におけるデータの分断である。

「同じ自治体内でも、道路や河川などの災害状況を把握する部署や、市民の避難状況などを把握する部署などに分かれており、それぞれ別のシステムを利用しているので、一元的なデータ管理ができていません。被災者に必要な情報を届ける以前に、自治体側で十分な情報整理ができない状態になっているのです」

そう語るのは、DTCで「防災DX」を担当するシニアスペシャリストリードの浜名弘明氏だ。

デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
松山 知規 氏

まちづくりをテーマにしたコンサルティング領域に従事。近年はスマートシティチームのリーダーとして、官民双方の立場からスマートシティをテーマにした構想策定から実行までのプロジェクトを多数支援。
 

「組織内部や外部に散在する膨大なデータを収集し、利活用しやすいように整理・分析して共有するのがDXの基本です。この考え方は、もちろん『防災DX』にも当てはまります。被災者に必要な情報を発信するためには、自治体内でバラバラに管理されている情報を一元化し、国や連携する他の自治体の情報などとも統合して整理する必要があります。その上で、必要な人に、必要な情報が届くようにする仕組みを採り入れるのが、『防災DX』のあるべき姿です」と浜名氏は説明する。

「2022年12月には、デジタル庁と民間防災関連企業等で設立された公益団体である『防災DX官民共創協議会』にデロイト トーマツ グループとして加盟し、国や他の民間企業と一緒になって、防災のデジタル化を支援する役割を担うことになりました。同協議会で出会った様々なパートナー企業とも緊密に連携しながら、『防災DX』の社会実装を目指してソリューションの開発を行っています」

と語るのは、DTC 執行役員の松山知規氏である。

社会実装の第1弾として、DTCが支援することになったのが、静岡市における「静岡型災害時総合情報サイト」の開発だ。現在、実装に向け着々と準備が進んでいるこのプロジェクトを眺めれば「防災DX」の理想形が浮かび上がってくる。

 

2つのソリューションで「防災DX」の理想形を実現

静岡市がDTCに災害時情報サイトの構築を依頼したのは22年のこと。以前からその計画はあったが、この年の9月に発生した台風15号で市民が甚大な被害を受けたことにより、その重要性が高まった。猛烈な雨によって河川の水位が上がり、一部の住宅が床下浸水し、道路の通行止めや停電、断水など、ライフラインにも大きな影響が出た。

静岡市に限らず一般的に大きな災害が発生すると「どこの避難所が空いているのか?」「電気や水道はいつ復旧するのか?」という情報を求めるが、自治体の問い合わせ窓口はひっきりなしにかかってくる電話でパンク状態になってしまう。各市区町村のホームページや、スマートフォンアプリ「防災ポータル」を用意していても、アクセスは限定的になってしまう。

「重要な情報が出ればプッシュ型で発信される防災アプリでも、普段あまり使われていなければ、いざというときにディープスリープモード(機能停止)になってしまうということが多くあります。静岡市の台風では、給水車に違反切符が切られたという悪意のあるデマがSNSで拡散されるなど、市民に混乱が広がったようです」と浜名氏は当時の状況を語る。こうした事態を踏まえ、静岡市は災害発生時に正確な情報をタイムリーに発信する手段として、「静岡型災害時総合情報サイト」の構築を決定した。

「もともと静岡市は、全国の市区町村の中でも防災DXにかなり力を入れておられたのですが、台風15号をきっかけに、よりいっそう実用的な仕組みを構築しようと決意されたようです」と松山氏は語る。

「静岡型災害時総合情報サイト」は、2つのデジタルソリューションの組み合わせによって開発が進められている。1つは、INSPIRATION PLUSというテックベンチャーが提供する災害時の情報活用プラットフォーム「PREIN」(プレイン)。もう1つは、DTCが開発した防災情報アプリ「Smart BOSAI Connect」だ。

2つの役割は、まず「PREIN」が静岡市の各部署が持つ災害関連、インフラ関連などの様々なデータや、市民からのSNS等による投稿、ドローンによる画像などの外部データを収集・整理。次に、整理された情報を「Smart BOSAI Connect」が被災者の属性に応じて個別に発信するという分担である。静岡市が描く「防災DX」の理想を、それぞれの目的にかなったソリューションの組み合わせによって実現しようとしている。

INSPIRATION PLUS / SAPジャパン
ストラテジスト
吉田 彰 氏

SIやコンサルティングを経てSAPジャパンにてパートナーとの共創に従事。2018年から災害対策の高度化を目的としたプラットフォームの開発を進め、INSPIRATION PLUSとしてもプラットフォームのビジネス開発を推進。

 

「PREIN」を提供するINSPIRATION PLUSは、大分大学発のベンチャー企業として登録されたザイナスを主体として、SAPジャパンが支援するスタートアップ企業である。

「18年から産学連携で災害時にデータ収集・整理を行うソリューションの開発に取り組んできました。これが『PREIN』の原型となっています」

と語るのは、INSPIRATION PLUS / SAPジャパンのストラテジストの吉田 彰氏だ。

「PREIN」は、フォーマットの異なるデータを柔軟に連携できるのが大きな特徴である。自治体内や外部から様々なデータを集めても、相互に関連付けられなければ“情報”として生かせないケースが多い。

「例えば、国が管理する一級河川と、地方自治体が管理する二級河川以下のデータがひもづけられないと、上流から下流へまたぐ水の流れや水量の変化を1つの情報として提供できないわけです。『PREIN』を使えば、そうした異なるデータを連携し、市民や自治体の職員が避難指示などに役立つ情報として提供できるようになります」(吉田氏)

 

「Smart BOSAI Connect」のサービス概念図。災害発生時の情報発信だけでなく、平時から市民の防災意識・知識の向上を支援するなど、幅広い使い方ができる。



自治体向けダッシュボードのイメージ

 

 

「防災DX」のモデルを全国から世界へ

一方、DTCが開発した「Smart BOSAI Connect」は、災害状況などに関する情報が、「必要なときに、分かりやすく、使い慣れた方法で入手できる」ことをコンセプトとして開発された防災情報アプリだ。

「静岡型災害時総合情報サイト」では、ウェブアプリのほか、LINEのミニアプリとして市民に提供。「PREIN」によって整理された静岡市の災害関連情報をLINEで配信されるようにする。

デロイト トーマツ コンサルティング
シニアスペシャリストリード、防災科研客員研究員、立教大学兼任講師
浜名 弘明 氏

外務省、国際協力機構(JICA) を経て現職。産官学連携によるSDGsビジネスの企画・立案、ルール形成に強みを有する。現在は自社事業による防災関連アセット群のビジネス開発に従事。


「多くの市民が日ごろから利用しているLINEであればアプリがディープスリープモードになることはほとんどないので、市からプッシュ通知で送られる情報は確実に届くはずです。使い慣れているLINEであれば、多くの人にとって操作や閲覧の仕方に迷うことは少ないでしょう」と浜名氏は語る。

また、利用にあたっては、あらかじめ年齢や性別、子どもの有無といった属性情報を入力してもらうので、被災者ごとに個別の情報を発信できるのもメリットだ。

「住所を登録することで、洪水や土砂崩れの危険があるエリアに住んでいれば、早く避難してほしいといった呼び掛けを個別にできますし、電気・水道・ガスなどの復旧見通しをエリアごとに分けて発信すれば、避難所から自宅に戻るアクションも取りやすくなるはずです。市が発信する信頼できる情報なので、被災者の安心感も高まるでしょう」(浜名氏)

「静岡型災害時総合情報サイト」の開発は順調に進んでおり、早ければ25年1月に一部の機能が先行リリースされる予定だ。市民へのヒアリングや、静岡市各部署からの要望も反映しながら開発を進めているとのことなので、どのような仕上がりになるのか、大いに注目したいところである。

また、DTCは24年1月1日に発生した能登半島地震への支援も行っている。

「DTCでは、11年より社会や経済のさらなる発展に貢献することを目的に、ビジネスで得た知見や経験を社会に無償で提供する“プロボノ”を通じた社会貢献活動を推進しています。能登半島地震に際しては、石川県の被災者への情報提供システムの開発をさせていただきました。被災者への情報発信手段として、LINE等による属性に基づいた発信の仕組みを開発し、短期間で構築しました。また、防災DX官民共創協議会としての被災地支援のPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の役割も担っています」(松山氏)

吉田氏もSAPジャパンとして、能登半島地震の支援に無償で参加している。石川県内の基礎自治体(市町村)や、医療チーム、自衛隊などが設けた避難所の情報をすべて収集。データの重複を削除し整理することで、どこに、どんな避難所があって、どの程度の被災者が避難しているのかといったことがひと目で分かるシステムを構築した。

「急を要する事態だったので、わずか3日で構築を完了させました。もちろん、十分使用に足るものに出来上がっていますが、時間があれば、もっと精度の高いデータベースを作ることができたのは事実です。静岡市のプロジェクトのように、平時から時間をかけて制度設計やシステムを準備しておくことの必要性を改めて痛感しました」と吉田氏は語る。

松山氏も、「能登半島地震への支援で培った知見やノウハウは、静岡市でのプロジェクトにも生かされるはずです。『防災DX』のモデルを確立させて、全国の自治体へと広げていきたい」と抱負を語る。

DTCとINSPIRATION PLUSは、両社で共同開発した「防災DX」のモデルを、いずれ世界に展開していくことも視野に入れている。

浜名氏は、「『災害情報を集めて、可視化する』という防災システムは、国を問わず役立つものだと思います。私は防災科研客員研究員としても活動しているのですが、そちらでは防災情報の取り扱いについてISOとしてルール化する取り組みにも関与しています。そのルール化も見据え、日本の国際協力の一環として防災情報システムの海外展開支援を進めていきたいと考えています」と説明する。

その前に、まずは国内で「防災DX」を広げていくことが大事だが、この点については課題も多い。中でも「予算の壁をどう乗り越えるか?」が問題だ。

松山氏は、「複数の基礎自治体や広域自治体が1つのソリューションに相乗りすれば、コストシェアが図れるはずです。また、いつ起こるか分からない防災だけでなく、常にニーズがある観光や物流などと一体化したソリューションにすれば、予算を創出できる可能性もあります。デロイト トーマツ グループとしても、実現可能な方法を積極的に提案しながら、災害に強い国づくり、まちづくりに貢献していきます」と語った。

 

自治体と市民をつなぐ防災情報アプリ「Smart BOSAI Connect」

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プロフェッショナル

松山 知規/Tomoki Matsuyama

松山 知規/Tomoki Matsuyama

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

地方自治体、不動産デベロッパー等に対して、まちづくりや都市開発をテーマにしたコンサルティング領域に従事。現在は、デロイト トーマツ コンサルティングのスマートシティチームのリーダーとして、官民双方の立場からスマートシティをテーマにした構想策定から実行までのプロジェクトを多数支援。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ