サーキュラーエコノミー:石油化学コンビナートを突破口に ブックマークが追加されました
「リニアエコノミー」から「サーキュラーエコノミー」への転換――。持続可能な社会づくりを目指し様々な産業領域で試行錯誤が始まっている。その中でも「石油化学コンビナート」の資源循環トランスフォーメーションは、最難関・最重要のターゲットである。リニアエコノミーの最上流にある巨大生産拠点であり、サーキュラーエコノミーの輪の中に組み込められたなら、日本の産業全体を転換する突破口になる。デロイト トーマツのグループ横断組織「Sustainability and Climate Initiative」(SCI)でサーキュラーエコノミー分野をリードする松本 鉄矢によるアジェンダ・セッティング。
経済産業省は2023年3月、「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定した。その中で、リニアエコノミーとサーキュラーエコノミーを次のように定義している。
▶リニアエコノミー(線形経済): 大量生産・大量消費・大量廃棄の社会システム。動脈産業(資源を加工してモノを生産する産業)の活動を静脈産業(廃棄物を処理、処分、再資源化する産業)がカバーする一方通行の関係。
▶サーキュラーエコノミー(循環経済): 市場のライフサイクル全体で、資源の効率的・循環的な利用(再生材活用等)とストックの有効活用(製品のシェアリングや二次流通促進等)を最大化する社会経済システム。
そして「戦略」としては、リニアエコノミーが作り出した様々な課題――地球温暖化、生物多様性の損失、天然資源需給の逼迫、廃棄物の激増、海洋プラスチック、人権問題(児童労働等)など――を解消し、世界を持続可能なものとするためには、リニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへの非連続的な大転換が必要であり、それを通じて経済的目標(経済成長)と社会的目標(経済安全保障、サステナビリティ、Well-Being)を同時に実現する「新しい成長」を目指すべきであるとした。
遡れば、日本は1999年に世界に先駆けて「循環経済ビジョン」を発表し、2000年には「循環型社会形成推進基本法」を成立させるなど、「リサイクル先進国」を標榜してきた。1R(Recycle)から3R(Reduce、Reuse、Recycle)、そして4R(3R+Renewable)へと取り組みを深化させてきた。
一方世界では、2015年、国際連合が「持続可能な開発目標(SDGs : Sustainable Development Goals)」を採択し、欧州委員会が「第一次循環経済行動計画」を発表した頃から急速にサーキュラーエコノミーに関する動きが活発化した。SDGsを実現するための方法論としてサーキュラーエコノミーが位置付けられるようになったのである。その後、EU(欧州連合)や欧州主要国が次々と行動計画や法律をつくり、その動きは中国やASEAN、米国へも波及し、現在に至っている。
サーキュラーエコノミーへの移行を唱導するエレン・マッカーサー財団は、サーキュラーエコノミーの3原則として以下を挙げている。
(1)Eliminate waste and pollution: 廃棄物と汚染を生まない
(2)Circulate products and materials (at their highest value): 製品と原材料を循環させる(高価値レベルで)
(3)Regenerate nature: 自然を再生させる
つまり、サーキュラーエコノミーは”廃棄物を生み出さないこと“を大前提として社会・経済システムを再設計することであり、廃棄物が出ることを前提とする旧来型リサイクルとは似て非なるものだということ。リサイクル先進国ニッポンを世界が追い越そうとしている。
そうした認識と危機感のもと、経済産業省は2020年5月に「循環経済ビジョン2020」を公表し、サーキュラーエコノミーへの移行に向けた指針を示した。それが、2023年3月の「成長志向型の資源自律経済戦略」へとつながっていく。
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同戦略では、成長志向型の資源自律経済の確立に向け、以下の3つをパッケージした総合施策を展開していくとしている。
(ⅰ)4R政策の深堀
(ⅱ)海外との連携強化
(ⅰ)サーキュラーエコノミー投資支援
(ⅱ)DX化支援
(ⅲ)標準化支援
(ⅳ)スタートアップ・ベンチャー支援
(ⅰ)産:野心的な自主的目標の設定とコミット/進捗管理
(ⅱ)官:競争環境整備と目標の野心度に応じたサーキュラーエコノミーツールキットの傾斜的配分
(ⅲ)ビジョン・ロードマップ策定
(ⅳ)協調領域の課題解決
(ⅴ)サーキュラーエコノミーのブランディング
企業にとっても行政にとっても、サーキュラーエコノミー実現への道は険しい。企業にとっては、技術開発のハイリスクを負い、経済性を確保する、すなわち収益を上げるための新たな事業設計が必要になる。1社単独でできることは限られるので、川上から川下まで多数の企業と協業・連携するためのエコシステムの構築が不可欠である。行政にとっては規制の設計・運用のスキームを根本的に見直す必要がある。2024年3月には産官学の連携を促進するためのパートナーシップ「サーキュラーパートナーズ」が設立され、企業・業界団体、自治体、大学、研究機関などが多数参画した。エコシステムづくりの第一歩である。
サーキュラーエコノミー実現への推進力は、産官学のアセットを総動員し縦割りを排して事に当たる強力なリーダーシップ、資本関係を超えた新次元のパートナーシップ、混沌の中から新産業を産み出すアントレプレナーシップである。厳しいチャレンジだが、戦略的に取り組めば絶好のチャンスにもなり得る。
また、サーキュラーエコノミーはカーボンニュートラル、ネイチャーポジティブと密接に連関しているため、これら全体を俯瞰した統合的アプローチが不可欠である。複雑に絡み合った利害関係を解きほぐすことは容易なことではなく、決して一夜にしては成らない。トップダウン型のリーダーシップに加え、目の前にある課題に一つひとつ取り組み、成功体験を積み上げていくボトムアップ型のアプローチを粘り強く進めていくことも重要だ。
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サーキュラーエコノミーの対象は広範にわたるが、その中でも特に「石油化学コンビナート」が日本でサーキュラーエコノミーを推進していく上で非常に重要な意味を持つと我々は考えている。その理由は以下の四つに集約される。
(1) 石油化学コンビナートは、1958(昭和33)年に岩国(山口県)で稼働して以来、日本各地に建設され、日本経済の高度成長を支える石油・化学・素材・エネルギーの生産拠点として需要な役割を担ってきた。これを、サーキュラーエコノミー時代の産業拠点にトランスフォームすることは象徴的なインパクトが大きい。
(2) 石油化学コンビナートの企業群(石油、化学、鉄鋼)は、「Hard-to-Abate産業」、すなわちCO2排出削減が困難な産業と見なされ、抜本的な対策が求められている。これに対して、①製造プロセス・技術の転換、②ビジネスモデルの転換、③提供価値の転換、など世界中で様々な試行錯誤が始まっている。この取り組みで日本が先頭に立つことができるか、その意志と実行力が問われている。
(3) 石油化学コンビナートは、製油所、ナフサクラッカー(エチレンプラント)、各種化学品工場、製鉄用の高炉、火力発電などの集積基地であり、様々な企業が密接に連携している。企業間連携はサーキュラーエコノミーを実現するための要(かなめ)であり、石油化学コンビナートはそのベストプラクティスを模索するためのテストベッドとなる。
(4) 石油化学コンビナートは経済規模が大きく、サプライチェーンの川下産業への影響も大きい。下流から上流への資源還流の仕組みづくりを含め、社会全体を巻き込むトランスフォームの起点となる。
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では、サーキュラーエコノミーに組み込まれた「未来のコンビナート」は、どのような姿になっているのだろうか。次の図は、原料調達から製品製造、消費者が購買し、使用済みの資源がエコシステムに還流するまでの全体像を描き出したものである。例えば生産地から消費地への輸送距離までも考慮に入れた最適化が進み、電源構成は再生可能エネルギー、原子力、水素・アンモニア等の低炭素電源にシフトしている。電力の需給調整、蓄電機能、需要抑制機能なども併せて検討が進む。原料の脱化石化(Defossilization)やCO2の原料としての利活用が進展し、原油を起点とした「線形」の石油化学品製造プロセスから、多種多様な原料を活用する「分散型」の供給システムに転換している。
原材料の観点から重要なのは、(A)CO2、(B)鉄鋼製品、(C)プラスチック製品、の循環である。
生産プロセスで発生するCO2を分離・回収し、地中貯蔵や合成燃料・原料として利用する。電化が困難なプロセス産業においてCO2排出は中長期的に残存する可能性が高いため、CCSやCCUSなどの技術はコンビナート内のカーボンニュートラル化に欠かせない。
CCS(Carbon dioxide Capture and Storage):CO2の回収・貯留
CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage):分離・貯留したCO2の利活用
鉄スクラップを利用した電炉への転換、水素還元製鉄等の新しい製鉄プロセスの導入が進む。既にリサイクルが浸透しているところだが、さらに徹底を図る。
マテリアルリサイクルの大規模効率化やケミカルリサイクルなど新技術の導入、バイオマス資源の活用などが進む。
マテリアルリサイクル:廃棄物を新たな製品の原料として再利用すること
ケミカルリサイクル:廃棄物に化学的処理を加えて再利用すること
バイオマス資源:動植物由来の再生可能な有機資源
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また、コンビナートのサーキュラーエコノミー化はコンビナート単体で実現することはできない。川下では自動車、医薬品、半導体、食品、建材・住宅、消費財などのメーカー群、川上では電力・貯蔵・輸送などのインフラ産業、さらには一般消費者までを含めたステークホルダーが一丸となって、社会・産業のサーキュラーエコノミー化に取り組む必要がある。
全国各地に点在するコンビナートは、集積企業の数や業種、各工場・プラントの設備状況、インフラの状況などが大きく異なっている。それぞれのコンビナートの実状に合わせケースバイケースで対応しなければならないという難しさもある。基盤的な情報プラットフォームを構築することによって、各地の各ステークホルダーが情報を共有できる仕組みづくりは、ソリューションの一つとなるだろう。
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このように、石油化学コンビナートのサーキュラーエコノミー化は一夜にしては成らない。しかし、この難問を解くことができたなら、サーキュラーエコノミーは一気に日本全体に根付いていくことになるだろう。
デロイト トーマツ グループは、これまでも石油化学コンビナートの再編・変革を様々なカタチで支援してきた。サプライチェーンに数多くの企業が関わり、1社が抜ければ全体が機能しなくなるような”運命共同体“であるがゆえに、利害関係が複雑に絡み合い、議論が紛糾し、調整が難航することは珍しくない。しかし、各企業、地元自治体の実情の理解に努め、絶対に諦めることなく伴奏する調整役の任を果たしてきたという自負がある。
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ここ数年で、カーボンニュートラルコンビナート(CNK)を目指す推進組織が各地に次々に立ち上がっている。自治体の長が座長を務めることが多いのは、地域の基幹産業、すなわち税収と雇用、地域活力の源である石油化学コンビナートになんとか生き残ってもらいたいという願いの表れである。ただし、実際に意思決定し、投資し、変革を行うのは企業である。時には「自治体が笛吹けど、企業は踊らず」といった状況も起こり得る。コンビナートがある地方拠点と東京・大阪の本社との間に温度差があったりもする。
デロイト トーマツ グループは複数のCNK推進組織の事務局を務めさせていただいている。コンビナート拠点、本社、地元自治体、霞が関などの関係者の意向を汲みながら、最善の解を導き出す、戦略策定、効果の推定・測定、規制の枠組みの提案など、様々な方面で知恵を絞り、汗をかかせていただいている。
日本におけるサーキュラーエコノミーの突破口を必ず拓くという気概と先見性を持って、ご支援を一層強化していきたい。
【参考情報】
「未来のコンビナートとは?」(2022年7月発行):デロイト トーマツ グループが発行する化学業界向けNewsletter「扉」の特別版
<ディスカッション・パートナー>
山本 大/Dai Yamamoto
アシュアランス事業統括 監査・保証業務 Chief Growth Officer
有限責任監査法人トーマツ パートナー
吉見 望/Nozomu Yoshimi
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ディレクター
構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員
資源・エネルギー・生産財統括 2000年監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)の監査部門に入社し、商法、証券取引法、米国会計基準に基づく会計監査、公開準備会社の公開支援業務、M&Aにおける財務デューデリジェンス業務を担当。2005年にデロイト トーマツ FAS株式会社(現・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)に入社し、主に企業価値算定業務に従事している。 関連サービス・インダストリー/セクター M&Aアドバイザリー 資源・エネルギー・生産財 ー石油・化学 ー鉱業・金属 >> オンラインフォームよりお問い合わせ