Posted: 17 Feb. 2023 4 min. read

第8回:ESG経営に向けたデータ・システム基盤整備~その1

シリーズ「非財務情報開示規制化の潮流とその対応 ~迫り来る大波に備えよ~」

「非財務情報開示規制化の潮流とその対応」について、これまで7回にわたり企業の取り組むべき課題と対応等について紹介してきた。今回は、ESG経営にもデジタル変革(DX)要素を取り入れていくことで開示規制化に対する備えをしていく”守り”と、ESGの活動に取り組むことで事業価値を高める”攻め”の部分まで考えたデータ・システム基盤整備に関し、2回に分けて筆者が考えていることを述べたい。第8回となる本稿ではデータにフォーカスする。

1. ESG経営に関わるデータは多岐に亘る

開示規制化の対象となるデータは公開草案からのフィードバックを得て今後最終確定していくが、年が経過していくことでその項目は広がり、保証の範囲も限定的保証から会計監査と同等の合理的保証に推移するため、データ粒度が細かくなることが容易に予想できる。現時点で捉えているESGに関わる指標とデータの一覧を下に示す。

 

「E:環境」の「気候変動・脱炭素」に関わるデータに注目が集まっているが、「S:社会」の「人事・労務」などの人的資本データ開示についてもデータ・システム基盤整備が必要とされている。

 

2. 自社ビジネス要件に加え、制度要件も踏まえた、収集すべきデータ定義

気候変動・脱炭素の開示要件であるGHG(温室効果ガス)排出量計算要件をしっかり捉えることで、収集すべきデータを定義できる。基本GHG排出量は、自社及び製品・サービスライフサイクル全体を捉えた活動量データと第三者機関が提供する排出原単位データの掛け算で計算される。例えばスコープ3(間接排出)カテゴリー11製品の使用におけるGHG排出量の計算は、家電の洗濯機を例にとると下図左のトップダウンアプローチの様に、総消費電力(1回あたりの消費電力(推計)x年間利用回数(推計)x耐用年数(法定耐用年数)x販売実績(実績))x排出原単位データ(電力各社より)試算推計する方法が、現時点では多く採用されている。


しかし、2024年3月を目途に日本においても環境省から、企業や組織のGHG排出量のうち「スコープ3」(間接排出)について「一次データ」(実測値)を使った算定方法の方針が示される予定(上図右側のボトムアップアプローチを参照)である。環境省としては、企業に対し、排出量の多いカテゴリーを特定してから一次データをもとに削減努力をしていくことを推奨する。1次データとは製品が使用されている市場でのテレメトリーデータを示し、一回あたりの消費電力(実績)や利用回数(実績)から使用年数(実績)などのデータを収集すべきデータと定義することになる。また、脱炭素に向けてGHG排出量を減らすためにもより消費電力が少ない製品開発や電気自動車への移行等削減にむけて事業活動をデジタルで見える化し、気づき、アクションしていく、OODAループ(Observe(観察)・Orient(状況判断)・Decide(意思決定)・Act(行動))を回していくことが必要と考える。

 

3. 開示要件・合理的保証の先の将来を見据えたパートナーとのデータ連携の難易度

様々な企業とESG経営開示及び合理的保証のその先に向けた議論をさせていただく機会があるが、多くの企業で共通的にハードルが高いと認識されている項目として、サプライヤーや物流パートナー、ビルや工場等を建築するゼネコンパートナー等(以下パートナー等と表現)とのGHG排出量データ交換があげられる。当面の開示要件からは日本の上場企業をはじめとする大企業が中心となるが、大企業を取り巻く様々なパートナー等とのESG経営に関する取り組み姿勢にはばらつきがあるというのが現状である。大企業からパートナー等へデータ提出依頼をするというアプローチが取られることが容易に想定できるが、これらは中小規模のパートナー等にとっては工数的にも負担増になると考えられる。また、それぞれの企業からそれぞれの形式でデータ提出を求められることが更なる負担増になると想定できる。

それらデータ連携という難題への取り組みが徐々にではあるが動き出している。ドイツの自動車メーカーを中心に、自動車業界において安全な企業間データ交換を目指すアライアンス「Catena-X(カテナエックス自動車ネットワーク)」の設立が2021年3月に発表された。特に中小企業(以下SMEと表現)の積極的な参加が重要であるとの考えのもと、SME向けのソリューションを備えたオープンネットワークが構想されており、SMEはわずかなIT投資で参加できるとされている。また、欧州の自動車業界における既存のバリューチェーンが企業間ネットワークにつながることで、参加企業は、品質管理プロセスや物流プロセスの効率向上、CO2排出量削減、マスターデータ管理の簡素化などが実現されるとうたわれている。SMEをふくめてWin-Winな関係にあることを目指し、更には自動車業界にとどまらず他業界も積極的な巻き込みを図ろうとしている動きは注視すべきである。

次回のブログは、ESG経営を支えるための開示規制対応からOODAループを回すことができるシステムソリューションについて触れていく。

プロフェッショナル

三沢 新平/Shimpei Misawa

三沢 新平/Shimpei Misawa

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー マネージングディレクター

コンサルティングファームおよび外資系ソフトウェア会社にて、デジタルトランスフォーメーション戦略、ビジネスモデル設計、デジタルマニュファクチャリング構想・設計、スマートファクトリー構想・設計、温室効果ガス(GHG)排出量削減を中心としたサステナビリティ戦略などをテーマに、自動車業界および製造業のお客様を中心にビジネス戦略を支えるDXコンサルティング業務に幅広く従事。 デロイト トーマツ グループに入社後は、デジタルガバナンスのマネージングダイレクターとして、自動車・製造業向けに複雑化・不安定化が増すサプライチェーンxサステナビリティxデジタル領域のリスクアドバイザリー関連サービスを提供。