Posted: 01 Mar. 2024 10 min. read

日本企業が直面するサステナビリティ情報開示の課題と解決策

ウェビナー「サステナビリティ経営高度化におけるデータ活用」開催レポート

今や企業においてサステナビリティは不可欠な要素であり、IT戦略と密接に関連しています。具体的には、IFRSでのサステナビリティ開示基準や欧州のCSRD/ESRS、SECの気候関連開示規則案など、サステナビリティ関連データ開示の標準化/義務化の動きが進んでおり、日本においても有価証券報告書の開示項目にサステナビリティに関する記載欄が新設されています。これらの開示基準に対応するためには、複雑なサステナビリティ関連データの収集・分析や内部統制を含む第三者保証への対応などが求められ、テクノロジーの活用が欠かせないものとなっています。

このような背景を踏まえ、デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社はウェビナー「サステナビリティ経営高度化におけるデータ活用 ~経産省WG中間整理を踏まえた今後のIT戦略~」を2024年1月22日~2月22日に開催しました。

本ウェビナーでは、経済産業省 経済産業政策局 企業会計室 室長の長宗氏による基調講演、キリンホールディングス株式会社の吉川氏、株式会社ゼロボードの小野氏などを迎えたパネルディスカッションを通して、サステナビリティ経営の高度化に向けたIT/テクノロジー活用の議論を行いました。

国内外で厳しさを増す開示規制に適応するため、ESGおよびサステナビリティ関連データの収集、分析、開示、活用方法が重要な焦点となっています。本記事では、企業がサステナビリティ経営の高度化を図るに際して、直面する課題の解決や将来戦略の策定においてのポイントをご紹介します。
 

※本記事は2023年12月収録当時の内容となります。

記事内で使用している資料ならびに登壇者の発言は2023年12月時点の情報に基づくものとなる点、あらかじめご了承ください。

 

 

■講演内容

1.【基調講演】「サステナビリティ経営の実践とサステナビリティ関連データの戦略的活用」

登壇者:経済産業省 経済産業政策局 企業会計室 室長 長宗豊和氏

 

2.【講演】「サステナビリティ経営高度化におけるデータ活用に向けて」

登壇者:デロイト トーマツ サステナビリティ株式会社 アドバイザー 達脇恵子

 

3.【パネルディスカッション】「サステナビリティ関連データの戦略的活用におけるテクノロジー導入」

登壇者:

経済産業省 経済産業政策局 企業会計室 室長 長宗豊和氏

キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部 主査 吉川創祐氏

株式会社ゼロボード 事業開発 本部長 小野泰司氏

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 デジタルガバナンス
マネージングディレクター 三沢新平

モデレータ:

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 ESG・統合報告アドバイザリー
ディレクター 中島史博

 

 

■開会の挨拶

オープニングセッションでは、デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 ESG・統合報告アドバイザリー ディレクターである中島史博が登壇し、サステナビリティ経営の高度化におけるデータ活用の重要性を訴えました。

このあと経済産業省が推進しているIT戦略とその影響を踏まえた企業の対応策に焦点を当てた議論が行われる予定であるとし、現代社会におけるサステナビリティやESGデータ管理の重要性について言及しました。
 

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 ESG・統合報告アドバイザリー
ディレクター 中島史博

 

中島は「サステナビリティ経営の高度化という共通の目標に向けた取り組みが必要である」と強調。それは「技術革新や政策制定だけでなく、企業文化や価値観の変革も含む多面的なアプローチが求められる」と述べました。

また、参加者同士での情報共有や意見交換が行われるパネルディスカッションでは、「今後この分野で活動する多くの専門家や関係者にとって、新たな視点や協力の機会を提供することになる」という期待が表れていました。

 

 

■基調講演「サステナビリティ経営の実践とサステナビリティ関連データの戦略的活用」

基調講演では、経済産業省経済産業政策局 企業会計室の室長である長宗豊和氏が登壇し、サステナビリティ関連データの戦略的活用について語りました。

サステナビリティ関連データの開示要請と基準が国内外で急速に進展する中、2022年12月に、「サステナブルな企業価値創造に向けたサステナビリティ関連データの効率的な収集と戦略的な活用に関するワーキング・グループ(WG)」が設立されました。長宗氏は、このWGでの議論と、同WGが2023年7月に公開した「サステナビリティ関連データの効率的な収集と戦略的活用に関する報告書(中間整理)*1」の内容を共有しました。

日本企業の現状について、長宗氏は、「株価純資産倍率(PBR)が1倍以下の企業が4割近く存在している。これが欧米企業との大きなギャップである」と指摘。「利益率の低さが問題であり、事業ポートフォリオの変革や成長投資が必要である」と強調し、企業寿命の短縮という外部環境の変化を背景に、持続可能な成長への転換が必要との見解が示されました。
 

経済産業省 経済産業政策局 企業会計室 室長
 長宗豊和氏

 

また、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)経営の支援や、「価値協創ガイダンス2.0*2」の提供を通じて、サステナビリティ課題を収益機会に変換することの重要性を説明。財務データだけでなくサステナビリティ管理データの統合的な収集・活用が重要であることを強調しました。さらに英国財務報告評議会(FRC)のレポートを引用し、「ESGデータは外部開示だけでなく、内部意思決定にも活用すべき」との国際的なコンセンサスを紹介しました。

基調講演の最後に、サステナビリティ関連データ収集体制の構築とその活用推進に向けた取り組みの重要性に触れ、経営者や取締役会からの理解とリーダーシップが重要であると結びました。

 

 

■基調講演「サステナビリティ経営の実践とサステナビリティ関連データの戦略的活用」

「データの活用がサステナビリティ経営の高度化に重要である」と語ったのは、デロイト トーマツ サステナビリティ株式会社 アドバイザーの達脇恵子。この講演の中で、サステナビリティ情報が投資家の意思決定に重要な役割を果たしている現状を説明しました。この現状は、全世界で開示規制が進行している背景のひとつになっています。投資家はサステナビリティ情報から将来の企業価値を読み解こうとしています。達脇は「中長期的に企業価値を向上させるためには、サステナビリティ経営と戦略的なデータ活用が必要だ」と語りました。

さらに、サステナビリティ経営の進行と開示規制の進展速度に乖離があることを指摘。多くの企業がこの変化に対応するのに苦労している一方で、「先進的な企業はすでに経営高度化と規制対応の両方を見据えたプロセスの構築を始めている」と紹介しました。

デロイト トーマツ グループが行った調査「有価証券報告書における人的資本情報開示実態調査2023*3」から、人的資本情報開示の現状と課題が明らかになりました。今回が開示の初年度ということもあり、多くの企業は企業価値や経営戦略に対する貢献度を示す開示例が少なく、改善が求められています。
 

デロイト トーマツ サステナビリティ株式会社 アドバイザー
達脇恵子

 

達脇は、具体的な戦略として「非財務情報プラットフォームの構築」を提案。「ITソリューションの導入、内部統制プロセスの整備、データ収集と管理体制、人材の配置と育成への投資が不可欠」と説明しました。サステナビリティ情報収集プラットフォームの構築は新たな経営インフラとして位置付けられ、IT環境や内部統制において計画的かつ段階的なアプローチが求められます。

この講演を通じ、達脇は「ESGデータドリブン経営は、経営者自身が最も恩恵を受ける」という点を強調しました。そして、「ESGデータドリブン経営」への移行は「全社員の理解と積極的な関与が鍵である」と述べました。

 

 

■パネルディスカッション「サステナビリティ関連データの戦略的活用におけるテクノロジー導入」

経済産業省 経済産業政策局 企業会計室 室長の長宗豊和氏、キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部 主査の吉川創祐氏、株式会社ゼロボード 事業開発 本部長の小野泰司氏、デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 デジタルガバナンス マネージングディレクターの三沢新平をパネリストに迎え、中島史博がモデレータを務めたディスカッションでは、サステナビリティ関連情報の戦略的活用とその企業価値向上への貢献について詳しく語られました。

長宗氏は、企業の持続的な価値向上を目指す取り組みと、サステナビリティ・トランスフォーメーション銘柄(SX銘柄)やサステナビリティ関連データの戦略的活用に係る実態について説明しました。吉川氏は、キリンホールディングスにおけるサステナビリティ関連情報の開示と活用への取り組みを紹介しました。小野氏はゼロボードでの気候変動対策とESGデータ管理支援について触れ、三沢は非財務情報管理とその活用方法に関するアドバイザリー業務を紹介しました。
 

キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部 主査
吉川創祐氏

 

このディスカッションの核となったのは、サステナビリティ関連情報が企業価値向上にどのように貢献できるか、というテーマです。特に強調されたのは、情報収集から戦略的な活用までを一貫したプロセスで行う重要性と、そのための技術導入への期待です。

吉川氏と小野氏からは、現場から見た課題や今後の期待について具体的に言及がありました。特に、Scope3排出量計算などのサプライチェーン全体にわたる情報収集への挑戦や、それを支えるITシステム構築への期待感が示されました。三沢はESG開示要件に効率的に対応できる「ESG ソリューション DX活用データモデルパッケージ」など、デロイト トーマツ グループから提供可能なソリューションパッケージを紹介しました。
 

株式会社ゼロボード 事業開発 本部長
小野泰司氏

 

パネルディスカッションの最後に、長宗氏は「マテリアリティ(重要性)」特定作業の重要性を強調し、企業ごとに何が重要かを見定め、それに基づく適切なデータ収集・活用戦略を立案することの意義を強調しました。

このパネルディスカッションでは、サステナビリティ関連データの戦略的活用とそれによる企業価値向上の重要性が明確に示されました。具体的なアプローチや技術導入の必要性も強調され、各分野の専門家が持論を展開し、今後の行動指針や協力体制構築への提案もなされました。
 

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 デジタルガバナンス
マネージングディレクター 三沢新平

 

 

■まとめ

このウェビナーから得られた知見は、今後さらに発展していくことが期待されます。各企業は示されたガイダンスをもとに自身の事業戦略を見直し、持続可能性へ本格的に取り組む必要があります。参加者間で形成されたコミュニケーションネットワークは、重要な資源となり得るでしょう。このような交流から生まれる革新的アイデアや共同プロジェクトが期待されます。今後もこの分野は進化し続けるため、常に最新情報をキャッチアップし続けることが重要です。

パネルディスカッションの様子
(左から、中島、長宗氏、吉川氏、小野氏、三沢)

 

日本企業のサステナビリティ経営高度化の一助になりますよう、デロイト トーマツ グループは引き続き国内外の動向発信、体制構築のご支援をさせていただきます。

 


■参考情報

*1 経済産業省「『サステナブルな企業価値創造に向けたサステナビリティ関連データの効率的な収集と戦略的活用に関するワーキング・グループ(WG)』の中間整理をとりまとめました」

*2 経済産業省「企業と投資家の対話のための『価値協創ガイダンス 2.0』(価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス 2.0 - サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)実現のための価値創造ストーリーの協創 - )

*3 デロイト トーマツ グループ「デロイト トーマツ調査、人的資本情報開示にて人事戦略が目指す最終成果を示していない企業が76%

 

プロフェッショナル

三沢 新平/Shimpei Misawa

三沢 新平/Shimpei Misawa

デロイト トーマツ グループ マネージングディレクター

コンサルティングファームおよび外資系ソフトウェア会社にて、デジタルトランスフォーメーション戦略、ビジネスモデル設計、デジタルマニュファクチャリング構想・設計、スマートファクトリー構想・設計、温室効果ガス(GHG)排出量削減を中心としたサステナビリティ戦略などをテーマに、自動車業界および製造業のお客様を中心にビジネス戦略を支えるDXコンサルティング業務に幅広く従事。 デロイト トーマツ グループに入社後は、デジタルガバナンスのマネージングダイレクターとして、自動車・製造業向けに複雑化・不安定化が増すサプライチェーンxサステナビリティxデジタル領域のリスクアドバイザリー関連サービスを提供。