過疎の島から価値循環を〜島根県・海士町の挑戦Lead the Way Forum - 未来に誇れ イベントレポート

2023年5月22日から5日間にわたり、デロイト トーマツ コンサルティングは創立30周年記念イベント「Lead the Way Forum - 未来に誇れ」を開催した。各界のトップランナーをお招きし、パーパスやコミュニティ、Well-being、トランスフォーメーションなど多岐にわたるテーマで誇れる未来を考えた。その中から、ゲストに島根県隠岐郡海士町の大江和彦町長を招いて価値循環の視点から日本の地方創生について考えたセッション「価値循環が日本を動かす〜海士町の取り組み」の様子をレポートする。

デロイト トーマツ グループは、2023年3月に「価値循環が日本を動かすー人口減少を乗り越える新成長戦略」を刊行。人口減少下の日本における新たな成長戦略として「価値循環」モデルを提唱している。同書の中で、価値循環に取り組む事例のひとつとして取り上げているのが、海士町の事例だ。海士町は、少子高齢化や財政難など、日本の過疎地域に共通するさまざまな課題を抱えながら、発想を転換することで地域に若い人を呼び込み、人口減少に歯止めを掛けることに成功している。

そこで今回のセッションでは、海士町の大江和彦町長と「価値循環が日本を動かす」の執筆をリードしたデロイト トーマツ グループ 執行役 DTI(デロイト トーマツ インスティテュート)代表の松江英夫が対談。海士町の取り組みについて価値循環の視点から考察した。

島根県隠岐郡海士町の大江和彦町長

海士町の現状は、日本の未来

セッションでは、まず海士町の大江町長が、海士町を取り巻く現状と取り組みについて説明を行った。日本海に浮かぶ典型的な過疎の島が、どのようにして人口減少に歯止めをかけ、全国から注目されるようになったのだろうか。

島根県海士町は、日本海の島根半島沖合に浮かぶ中之島に位置する。人口は約2300人で、豊かな海、豊富な湧水など自然環境に恵まれ自給自足のできる 半農半漁の島だ。鎌倉時代に後鳥羽上皇が島流しにされた場所としても有名だ。

海士町プレゼン資料より

離島の例に漏れず過疎化、高齢化が進んでおり、昭和25年に約7000人だった島の人口は、70年間で3分の1まで減少。高齢化率は38%にも上る。人口減少とともに深刻な財政難に陥り、平成20年度には「財政再建団体」への転落が予測されるほどの危機を迎えた。人口減少、超少子高齢化、そして超財政難という課題に直面していた海士町は、日本や世界の国々がこれから直面する課題を先取りしているともいえる。

「官民一体」で歳出削減、財源確保という「守り」の戦略

そんな海士町が独自の改革へと大きく舵を切ることになったきっかけは、今から約20年前の「平成の大合併」だったと大江町長は振り返る。小さな自治体を合併することで市町村の体力を強化することを目的とした施策だが、陸続きの市町村とは違い、各自治体が海で隔てられた離島にとっては近隣の島々と合併するメリットは大きくない。海士町は悩んだ末、単独町制を選択。「自分たちの島は自らで守り、島の未来は自ら築く」と覚悟を決め、「自立・挑戦・交流」をキーワードにまちづくりをスタートした。

島の生き残りをかけたまちづくりは、「守り」と「攻め」の両面で進められた。「守り」は主にコストカットだ。住民の支持を得るには、まず自分たちが覚悟を示す必要がある。なんと、当時の町長や助役、教育長、町会議員、管理職などが率先して自らの給与や議員報酬をカットし約2億円(平成17年度)を削減した。

自らの身を削って改革に挑んだことで、その本気度は住民にも伝わっていく。地元の老人クラブからはバス運賃の値上げの申し出があった。これまで受け取っていた補助金を返上した事業者もあったという。住民も「自分たちにできることはないか」と考えるようになったのだ。

こうして官民一体となって生み出した財源の一部は、子育て支援など「未来への先行投資」として活用された。「今では多くの自治体が子育て支援を拡充していますが、海士町では20年前からやってきました」と大江町長は胸を張る。

セッションは、Deloitte Tohmatsu Innovation Parkの講堂とオンラインのハイブリッド形式で行われた

島を「まるごとブランド化」する攻めの戦略

コスト削減の一方で進めた「攻め」の戦略が、「島まるごとブランド化」だ。

第1弾は島の食文化から着想した「島じゃ常識 さざえカレー」。その後も、隠岐で全国で初めて養殖化に成功した「いわがき」、隠岐牛など豊かな島の資源をブランド化し、新たな産業を創出していく。海産物の鮮度を維持する特殊な冷凍技術「CASシステム」も導入した。

海士町プレゼン資料より

海士町ファンの若者を育成し「よそ者」の力を借りる

この改革の起爆剤となったのが、「よそ者」と言われる島外からやって来た若者たちだ。海士町では2006年、「AMAワゴン」という独自の交流事業を実施した。東京から20〜30人の若者たちをワゴンに乗せて海士町に来てもらい、出前授業や海士町体験を通して一緒に町の課題解決に取り組んでもらうプログラムだ。島外からきた「よそ者」たちが、教育、畜産、観光、人材育成、メディアなどさまざまな分野で新事業を起こしていった。

海士町プレゼン資料より

「教育の魅力化」による人づくりにも力を入れている。「学校がなくなると、地域は崩壊してしまう」と大江町長。そこで海士町では、豊かな自然や仲間たちと充実した3年間を送る「島留学」のコンセプトを掲げ、島内にある県立島前高校の生徒を全国から募集した。この島留学が注目を集め、廃校寸前だった島前高校の生徒数はV字回復。「今では新入生の5、6割が島外からの留学生」だと大江町長はいう。さらに教育の質を担保するために町が学習塾を開設。今では多くの生徒がトップレベルの大学に進学している。現在では高校生向けの「島留学」に加え、小中学生がいる家族向けの「親子島留学」や、就労型のお試し移住制度である「大人の島留学」も実施し、島に若い世代を呼び込んでいる。

海士町プレゼン資料より

新たな働き方にもチャレンジ

大江町長は、取り組みの柱として「人の還流」「暮らしの環境」「里山里海の循環」という3つの「環」を掲げる。まさに価値循環の考え方に通ずる内容だ。

例えば、人に関する施策のひとつとして「半官半X」がある。「半分公務員、半分副業」という公務員の新たな働き方の提案だ。公務員が役所の中から地域へと飛び出すことで現場の課題を身をもって体験し、また自分の「好き」や「得意」を地域に還元することを目指す。

海士町プレゼン資料より

また「海士町複業協同組合(AMU WORK アムワーク)」という組織を立ち上げ、繁忙期の異なる島内のさまざまな仕事を組み合わせ、時期に応じて働く場所を変えるマルチワークにも取り組んでいる。人手が足りないという課題に「複業」という新たな解決策を提案し、新しい働き方やライフスタイルのモデルケースをつくろうとしている。

海士町プレゼン資料より

人口推移予測を覆す若者の移住者増

「数多くの改革を実施した結果、平成16年度〜令和3年度の18年間に、878人(622世帯)もの移住者が海士町に来てくれました」と大江町長。移住者の定着率は47%と高く、現在では町の人口の18%を移住者が占めるまでになっている。

移住者の増加により、右肩下がりが続くと予測された島の人口に歯止めがかかった。若者の移住者が増えた結果「祭りで神輿を出せる集落の数は2006年の5集落から2012年には10集落へと倍増した」と大江町長は顔をほころばせる。

海士町プレゼン資料より

船団の最後尾から日本を牽引する最先端のタグボートへ

このような結果を出してきた海士町の根底にあるのは「ないものはない」という考え方だ。「この言葉には2つの意味がある」と大江町長。ひとつはコンビニのように便利なものは何も「ありません」という意味。もうひとつは、生きていくために大切なものはすべて「あります」という意味だ。

海士町プレゼン資料より

大江町長は「高度成長時代からこれまで、過疎地域は東京を見ながら船団の最後尾からついていくのに必死でした。」と歴史を振り返る。しかし、これからは位置関係が逆転する。海士町のような過疎地は、日本がこれから歩む道を、先陣を切って歩む存在となる。だからこそ官民一体、地域一体でまちづくりに取り組み、日本の未来を変える新たなモデルをつくってタグボートのように引っ張っていく。「それが我々海士町の役割だと自負しています」と大江町長は胸を張った。

原点は「生まれ育った島を何とかしたい」という危機感

海士町の先進的な取り組みに関するプレゼンテーションを受け、セッション終了後に改めてデロイト トーマツ グループ DTI代表の松江英夫が大江町長と対談した。

松江 同じ隠岐諸島でもほかの島は人口が減少し続ける中、海士町が人口減に歯止めをかけることができた理由はどこにあったのでしょうか。

大江 一言でいうと「危機感がどれだけあったのか」に集約されると思います。生まれ育った島を何とかしたい、という思いの強さですね。自分たちの力だけで解決できればいいのですが、どうしても足りません。そこを外から来た人に補ってもらうという柔軟な発想ができたことが、現在につながっています。

松江 まず自分たちの給与をカットしたというのは大きな覚悟でしたね。

大江 平成の大合併で、ほかの自治体と合併せず単独町制を選択したことで、国や県からの交付金や補助金は期待できなくなりました。これは財政的に大きな打撃です。そんな中で生き残るためには、住民の協力が欠かせません。ですから、まず官である私たちの「本気度」を見せる必要がありました。当時の国家公務員の給与水準を100とすると、海士町は72です。これは財政破綻した北海道の夕張市とほぼ同じで、全国で最も給与水準の低い自治体となりました。給与カットは決していい方法だとは思いませんが、当時の我々にはそこまでやるしかなかったのです。

松江 住民は役所の「本気度」について、どのように受け止めましたか。

大江 本来なら、住民も福祉や医療など自分たちの暮らしのサービスを安く便利にすることにお金を使ってほしいと考えるものです。でも「町がそこまで本気なら、自分たちも貢献したい」と、住民サイドから町営バスや水道料金など、さまざまな値上げの声が上がってきたのはありがたいことでした。

松江 「AMAワゴン」をはじめとして、積極的に外の人材との交流を図りましたね。

大江 自分たちの目線だけでは、なかなか地元の価値ある資源に気づけず、新たな有効活用のアイデアも浮かびません。多くの若者が移住してヒントをくれたり、仲間になってくれたりしたことが今につながっています。

松江 海士町では「人の還流」「暮らしの環境」「里山里海の循環」という「3つの環」を重視しているとおっしゃっていました。「人の還流」では、一度島を訪れた人が何度もまた訪れる理由はどこにあるのでしょう。

大江 海から山まである豊かな自然の中で島の暮らしを体験できるというのがひとつの魅力です。また人口約2300人の小さな島ですので、島に来れば誰でも気軽に町長に会ってまちづくりや地域の課題について自由に対話できるのも魅力だと思います。

島民と外から来た人がお酒を酌み交わしながら、島の生活や未来について話し合う。そんなコミュニティの居心地のよさが「もう一度訪れたい」という気持ちにさせるようです。

松江 「移住者」にはこだわらず「滞在人口」を増やすことに重きを置いているのもユニークですね。

大江 移住者にこだわらないのは、島に出入りする人数が多いから。数カ月に1回、数年に1回再訪してくれる方がたくさんいるのです。それならば島への移住にこだわらず、世界中どこにいても海士町のことを気にかけて応援してくれる方が増えていくことが、海士町にとっていいことなのではないかと思います。

また、島を一度でも訪れた人たちは、ふるさと納税で海士町を応援してくれます。おかげさまで、現在海士町へのふるさと納税の寄付額は年間約2億円にまで増えています。その期待に応えるために、ふるさと納税をすべて行政予算にするのではなく、島で新しい事業にチャレンジする人に還元するしくみも作りました。

松江 書籍『価値循環が日本を動かす』のヒトの循環のパートで触れましたが、例えば観光分野においても、観光客が1度訪れて終わりでは、人口が減少する中で成長するのは容易ではありません。でも観光客が地元に帰った後も関係性を保ち続けることで、継続的に価値を生むことができます。海士町の取り組みは、まさにその成功例と言えますね。

デロイト トーマツ グループ 執行役 DTI代表 松江英夫

時間の蓄積とヒトの循環を掛け合わせて島を活性化

松江 もうひとつ興味深かったのは、高齢者の住宅に関する取り組みです。

大江 島の中央に診療所があり、その周囲に高齢者向けのバリアフリー住宅を建てることになりました。限界集落に住む高齢者の方々が山を越えて中央にある診療所に通院するのは大変ですので。すると、高齢者の方々が住んでいた限界集落の家が空き家になってしまいます。そこで若い移住者の方々にそのような家に住んでもらい、そこから得た家賃でバリアフリー住宅の家賃を支払うというしくみを考えました。

松江 限界集落の家という時間の蓄積を生かし、ヒトを循環させることで若い移住者、高齢者のどちらにもメリットのあるしくみを実現していますね。

海士町では、さまざまな施策がどれも順調に進んでいるように見えます。あえて伺いますが、失敗事例はありましたか。

大江 どの事業にも公的資金がかなり入っていますので、町が見放したら即失敗となります。地元の限られた資源で付加価値をつくろうとしても、どうしても規模が小さいため民間事業として成立させるのは困難です。地方で新規事業が成功しにくいのは、人材不足だけではなく、そういう「民間だけでは自立できない」という理由もあると思います。

我々の事業も今は軌道に乗ってきましたが、まだ行政が手を離せば失敗することに変わりはありません。ずっとサポートし続けるというのは、町としても容易ではありませんが、それでも新しいことに挑戦する人たちに向き合い続けることが大切だと考えています。

信頼し支え合えるコミュニティという「まちの生き方」

松江 過疎の町として人口減少、高齢化といった課題を真っ先に経験した海士町の取り組みは、今後全国の自治体にとって大きなヒントになりますね。

大江 本当に危機的な状況から、生き残りをかけて必死で挑戦をしてきました。その経験が少しでも役立てばよいと思います。

海士町には14の集落があり、それぞれに歴史や伝統文化、独自の価値観が根付いています。過疎だからといってそういう集落を1カ所に集めるのではなく、それぞれの場所で人が暮らすことで島全体が元気になると考えています。島全体を人間の体に例えると、元気な体をつくるには、体の末端(=集落)まで血液が循環していることが重要です。ですから行政は、血液がしっかり末端まで循環する仕掛けをつくる必要があります。

これから海士町では団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、福祉にかかるお金も増えていきます。まだまだ課題は山積していますが、どんな状況になっても島民2300人が支え合って生きていかなくてはなりませんし、若い人の力が絶対に必要になります。

だからこそ、島に若い人たちがたくさん入ってきやすい環境をもっと固めていかないといけないと思います。移住者も島民も、島で暮らす全員が信頼し合い、心地よく過ごせるコミュニティ。そんな「まちの生き方」のようなものを大切にしていきたいですね。

松江 海士町は、まさに日本の生きる道として一つのモデルを作られていると感じます。
官と民どちらか一方ではなく、官民と住民が一体となって、あらゆるものの回転と蓄積によって、町の価値をあげていく。「失われた30年」を「始まりの30年」へ、日本全体をかえていく道筋を見つけるヒントを多く頂きました。私もぜひ海士町にお伺いして、さらにその循環をリアルに体感したいと思います。

大江 ぜひいつでも海士町に遊びにきてください!

左からデロイト トーマツ グループ DTI代表の松江英夫、島根県隠岐郡海士町の大江和彦町長と、セッションでモデレーターを務めたデロイト トーマツ グループ合同会社 マネジャーの川中彩美

【関連リンク】

デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)
デロイト トーマツのThought Leadership機能のプラットフォーム。ミクロとマクロをつないだ提言型のシンクタンク機能を有し、実践的な発信や政策提言をグループ横断的に推進しています。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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