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人と組織の変革を成功に導く、チェンジマネジメントとは?

シリーズ 監査に進化を 第4回

テクノロジーの発達や社会の変化により、監査は大きく変わろうとしている。トーマツが目指す「未来の監査」を実現するには、組織やメンバー一人ひとりも変わっていく必要がある。そんな組織の変革を進めるカギとなるのがチェンジマネジメントだ。

トーマツでチェンジマネジメントを主導するパートナーの貝島麻希子に、業務変革を進める意義や進め方を聞いた。

 

――今回のテーマは「チェンジマネジメント」ですが、具体的にはどんなものなのでしょうか。
 

貝島:チェンジマネジメントは、社内の変革を進める手法のひとつです。As Is(現状)からTo Be(目指す姿)へと変えていくトランスフォーメーションを進める過程で、「人」や「組織」に焦点を当てて変革を進める手法をチェンジマネジメントと呼んでいます。一方、「心」を持たないシステムやツールによって変革を進める手法はプロジェクトマネジメントと呼びます。
 

――なるほど。そんなチェンジマネジメントを推進する貝島さんの経歴と、担当している役割について教えてください。
 

貝島:私は、現在AIDC(トーマツ監査イノベーション&デリバリーセンター)の中期的な施策に対するチェンジマネジメントを担当するとともに、未来の監査をデザインするAudit Innovation部のチェンジマネジメントチームも率いています。

大学では人間関係学を学び、その後アメリカの大学院で人工知能(AI)の修士号を取得しました。その後、米IT会社やトーマツで10年以上、トランスフォーメーションに関わっています。テクノロジーによって変革するデジタルトランスフォーメーションと、組織やビジネス構造、人を変えることで変革を進めるカルチュアルトランスフォーメーションを組み合わせて、新しい業務の進め方を作るという仕事をずっとやっています。

有限責任監査法人トーマツ パートナー 貝島麻希子

――AIを学んだことは、現在の仕事にどのように生きていますか。
 

貝島:AIというのは、とても学際的な分野です。エンジニアリング、コンピューター・サイエンス、論理学、哲学、心理学など、たくさんの分野にまたがっており、そのかけ算でイノベーションを目指します。その点はチェンジマネジメントにも通ずるところがあり、多彩なバックグラウンドを持つ非常に多様な人材に、力を発揮してもらう必要があります。

ですから、AIの研究で学んだ、さまざまな専門家を結びつける包容力やリーダーシップは、今の仕事に生きていると思います。二律背反がある中で、どうバランスをとってイノベーションにつなげるか、といった部分ですね。

目の前の仕事から離れて「斧を研ぐ」

――チェンジマネジメントとは、具体的にはどんな課題を解決するための手法なのでしょうか。
 

貝島:「木こりのジレンマ」という話をご存じでしょうか。

木こりが、山で木を切っていると、旅人が通りかかりました。しばらく様子を見ていた旅人は、木こりの斧が刃こぼれをしているのを見て「斧を研いだらいかがですか?」と声をかけます。すると、木こりは「分かっちゃいるんだが、切るのに忙しくてそんなヒマがないんだよ」と答えるのです。

この話は、我々も含めた多くの組織の課題を言い当てていると思います。現場の人間はやはり目の前の仕事に集中するため、1日8時間あるとすれば8時間木を切ってしまうのです。だんだん効率が落ちていることにも気付いてはいるのですが、なかなか対応する余裕がありません。

一方、通りかかった旅人は、まさしくマネジメント目線です。斧を研げば効率が上がるのだから「研ぐ時間を1時間取るべき」とアドバイスするわけです。ところが、木を切っている側からすると、なかなかやり方を変える余裕はありません。そしてどんどん効率が落ちていくのです。

チェンジマネジメントの役割は「2日に1回、斧を研ぐ時間を取りましょう」と推進することなのです。
 

――でも、なかなか考え方を切り替えられず、嫌がる人もいるのではありませんか。
 

貝島:はい。どんな変化においても、抵抗する人はいます。「斧を研ぐ時間の収入は保証してくれるのか」と(笑)。もちろん保証はできませんので、長期的に見れば収入は上がることを説明して、皆に分かってもらう必要があります。

チェーンソーを導入しようとしたら「危ない」という人もいます。あるいは、これまで力が強く大きな成果を上げていた人が、誰でも成果を出せるようになってしまうことを恐れて反対するケースもあります。

そういった多くの意見を持つ人の中で、バランスをとりながら長期的なゴールを目指して変えていくのが、チェンジマネジメントです。

チェンジマネジメントのカギは、「人」にあり

――そういった中で、どのように変化を促していくのでしょうか。
 

貝島:「目指すゴールはここです」と具体的に提示して心理的な抵抗を和らげるとともに、ビジョンに共感する仲間、ファンを増やしていくことが重要です。その方々を、周りの人たちに変化を促す「チェンジエージェント」に育てることで組織が動き始め、大きな変化を成し遂げることができます。

実際にプロジェクトを進める上では、「人」が大切だということを痛感しています。全国の各組織にビジョンを理解し、現場とコミュニケーションが取れる人が配置されていないと、なかなか全体を変えていくことはできません。やはり「あの人が言うならやろう」という人の要素はとても大きいですね。
 

――時代が大きく変化している現在、チェンジマネジメントの重要性は増しているのではないでしょうか。
 

貝島:はい。変化が激しくなっているのに加え、テクノロジーにより「すべてがつながる時代」になっている、というのもあると思います。さまざまな領域が互いに依存し、その境界線も曖昧になっている中で変化を進めていくのは容易ではありません。チェンジマネジメントという概念、方法論はますます重要になると思います。

また現場では時代が大きく変化しているからこそ、「自分たちも変わらなくては」という意識も強くなっているように思います。まだまだ変化に抵抗がある人がいるのは事実ですが、「無理してでも斧を研がなくては」という危機感を持つ人も増えているという実感があります。新たにプロジェクトを立ち上げるときも、以前よりずっと人が集まるようになってきました。
 

――トーマツはチェンジマネジメントのためのチーム、人材を持ち、積極的に変革を進めようとしているように感じます。変化に積極的な社風なのでしょうか。

貝島:私は外からきた人間ですが、トーマツに入って驚いたのは、社員の皆さんがとても誠実だということでした。公認会計士という職業柄もあるのかもしれませんが、皆さん「本当に現場のためになるのか」「本当にクライアントのためになるのか」を突き詰めて考えます。変革というのは正解がないので、そこを乗り越えるのは簡単ではありませんが、一度納得するとその後は早いですね。

――最後に、チェンジマネジメントにかける思いをお聞かせください。
 

貝島:チェンジマネジメントによってトランスフォーメーションを進める上で、私が気をつけていることが3つあります。ひとつは、変革の種類や性質を見ることです。一口にトランスフォーメーションといっても「ゼロからイチを生み出す」「1を100にする」「マイナスをゼロにする」「AからBに変える」など、いろいろな種類があり、それぞれに求められる考え方やスキルセットは大きく異なります。

例えばゼロイチなら、荒くてもいいからリスクを取って進めることが大切ですし、1を100にするときはアウトプットに高い品質が求められます。マイナスをゼロに戻すリカバリーは、とにかくスピード感が求められます。そして、AからBに変えるのが一番大変です。すでに従来の方法で成功体験を持っている人たちを動かす必要がありますから、一人ずつ勧誘して、地道に仲間を増やしていくような作業になります。一口に「チェンジマネジメントはこうです」と語れないくらい幅広い分野なのです。

次に気をつけているのは、エシックススタンダード(倫理基準)をきちんと決めること。トランスフォーメーションは多様な人材でチームを組みますので、建設的な議論をする上で共通の価値基準を決めておくことは、とても大切です。

例えば、「言った者が損をする」ということがないようにしています。誰かが「これをやるべきです」と提案したときに、「じゃあ、それやっておいて」と自分に振られてしまうのでは、意見を出す人はいなくなります。エシックスの話は、一見チェンジマネジメントとは関係ないように見えますが、変革を進める上で非常に重要なのです。

最後に、「将来のリスクに備えてしっかり準備をするべき」ということです。先ほどの木こりの例に例えると、エイブラハム・リンカーンは「木を切るのに8時間与えられたら、私は6時間斧を研ぐ」と言ったそうです。今は目の前の木を切るのに必死ですが、将来的にはすべてのメンバー一人ひとりが斧を研ぐ時間を持ち、残りの時間でそれまで以上の成果を出せるようになってほしいと思いますし、そのためのチェンジマネジメントだと思っています。
 

――組織を変えるだけでなく、一人ひとりが働き方を変えていく。そんな将来を目指しているのですね。本日はありがとうございました。

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