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我が国のサステナビリティ開示基準の導入に向けた実務動向(後編)

『週刊経営財務』2024年8月26日号に掲載された記事をご紹介します。

有限責任監査法人トーマツ 監査・保証事業本部 非財務・サステナビリティ保証統括 パートナー 公認会計士 小口 誠司

各社からの問い合わせに関する回答

SSBJ基準の適用にあたっては、多様な課題があることがアンケート結果等で浮き彫りになりました。そのような中で、各社から多くのご質問を頂いております。そこで、頂いたご質問及び回答の一部をご紹介いたします。

質問1:なぜ、サステナビリティ報告の義務化が検討されるようになったのでしょうか?

サステナビリティ報告の重要性が以下の要因により大きく高まりました。その結果、我が国でもサステナビリティ報告の義務化が検討されることとなりました。

1. 気候変動問題等に関する危機感の高まり

気候変動や資源枯渇、生物多様性の喪失などの問題が深刻化する中、企業は環境保護と持続可能な発展に向けた行動を求められています。例えば、パリ協定やSDGs(持続可能な開発目標)などの国際的枠組みに基づき、企業は自らの環境・社会的影響を踏まえ、環境・社会などのサステナビリティ要因が自社の持続可能性にどのように影響するかを評価し、サステナビリティ報告をすることが不可欠な状況となりました。

2. 投資家のサステナビリティ報告に関する関心の高まり

上記1.に伴い、投資家は企業のサステナビリティ情報を重視するようになり、近年、ESG投資が大幅に増大しています。サステナビリティ報告は、投資家にとって企業の長期的なリスクと機会を評価するための重要な情報源となり、投資のための重要な判断材料となります。

3. 国際的なサステナビリティ報告に関する開示基準の整備の加速化

従来は、世界中の組織及び団体によって数多くのサステナビリティ報告の枠組みが開発されてきました。その結果、企業は様々な枠組みで報告することになり、投資家は他社比較が困難な状況でした。このような状況を打開すべく、2023年6月26日にISSBがグローバルなサステナビリティ開示基準であるISSB基準を公表しました。加えて、サステナビリティ開示基準の開発が進んでいたEUでも、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の第一弾が最終化され、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の要求に応じて2024年1月1日から適用されました。こういった開示基準の整備に伴い、グローバル投資家との対話の中でサステナビリティ報告を行う企業が増加することが見込まれ、このような時流への対応が必要になります。

 

なお、図表1にあるシングルマテリアリティとは“環境・社会が企業に与える財務的な影響に主眼を置いて、開示すべき重要性がある情報を検討すべきとする考え方”であると言われることがあります。一方でダブルマテリアリティとは“環境・社会が企業に与える財務的な影響と、企業活動が環境・社会に与える影響という二つの側面から開示すべき重要性がある情報を検討すべきとする考え方”であると言われることがあります。

質問2:要は、何を開示すればよいのでしょうか?

SSBJ公開草案にて開示対象とされているサステナビリティ関連財務情報とは「短期、中期及び長期にわたり、企業のキャッシュ・フロー、当該企業のファイナンスへのアクセス又は資本コストに影響を与えると合理的に見込み得る、すべてのサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報(適用基準(案)第4項(5))」とされています。つまり、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る、報告企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を開示することになります。具体的には、TCFD開示を例にして説明します。気候変動に伴い、将来的に炭素税が導入され、多額の損失が発生するリスクがあれば開示が必要となります。一方で、低炭素社会への貢献が大きいと考えられる製品を販売しており、将来、Z世代が消費者市場の主役となり、多額の利益を獲得できる機会があれば、こちらも開示が必要になります。SSBJ公開草案では、このようなリスク及び機会に関する情報を、気候変動のみならずサステナビリティ情報全般で開示することが必要になります。

それでは、気候変動以外のサステナビリティ情報とは何でしょうか?サステナビリティ情報は多岐にわたっており、先行してサステナビリティ報告を義務化している欧州サステナビリティ開示(以下「CSRD/ESRS」という)が参考になります(図表4)。CSRD/ESRSとSSBJ公開草案とでは、先述の通り、マテリアリティ等の考え方が違うので一概に比較はできないものの、気候変動はサステナビリティ情報のごく一部に過ぎないことをご理解いただけるかと思います。

 

質問3:SSBJ基準導入プロジェクト推進に際して特に課題となる論点は何でしょうか?

トレッドウェイ委員会支援組織委員会(Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission/以下「COSO」という)は、内部統制等に関するガイドラインを提供する国際的な組織です。COSOは、2023年3月に「サステナビリティ情報の信頼性を確保するための有効な内部統制を構築するための補足的ガイダンス(Archiving Effective Internal Control over Sustainability Reporting/以下「ICSR」という)」を公表しました。ICSRには、財務情報と比較したサステナビリティ情報の特徴が記載されており、実務上の課題はこれらの特徴に起因して発生すると考えられます。具体的には、境界(支配力→影響力)、判断(定量的→定性的・記述的)、期待と見積り(過去→将来予測)の3点が特徴として挙げられています。詳細は図表3を参照ください。

 

以上を踏まえ、SSBJ基準導入プロジェクトの推進にあたり、企業が直面すると思われる典型的な課題は、以下の通りです。

1. バリュー・チェーン情報の入手が困難:

SSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務開示では、バリュー・チェーンを通じてのサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を開示することが要求されるため、連結グループだけでなくバリュー・チェーンの情報を入手する必要があります。しかし、広範なサプライヤーからの情報収集は実務上困難です。直接取引する仕入先や得意先、さらにはその先にいるバリュー・チェーン上の当事者(例えば、販売する製品の最終消費者)が必要な情報を提供しない場合、情報の信頼性や完全性を確保できないため、正確な報告が難しくなる可能性があります。

2. 財務報告とサステナビリティ報告を同時に実施することが困難:

サステナビリティ報告が有価証券報告書において開示される場合、決算日以降3か月以内の開示が必要になります。しかし、サステナビリティ情報を開示している統合報告書やサステナビリティレポートは有価証券報告書を提出した数か月後に開示する実務が多いのが現状です。したがって、財務報告とサステナビリティ報告を同時に行うには、サステナビリティ報告に関する情報収集のための業務フローや内部統制の見直し等を通じたサステナビリティ報告の早期化が必要となる可能性があります。以下、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」事務局資料(第二回)をご覧ください。

 

(出所)金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」事務局資料(第二回)より
 

なお、経過的な措置として法定適用年度の初年度は有価証券報告書開示後にサステナビリティ情報を追加開示する、“二段階開示”が「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」にて検討されています。

3. 将来情報の定量開示が困難:

SSBJ公開草案では、一部の例外的な場合(例えば、スキル、能力又は資源がない場合)を除き、将来の予想される財務的影響に関する定量情報の開示が求められます。これを踏まえ、投資家にとって有用な情報を提供するためには、将来の環境規制や市場動向を踏まえて、それらが企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローにどのような影響を与えるかを予測するスキル、能力及び資源を今よりも高度化させていく必要があります。

4. トップマネジメントのリーダーシップ不足による困難:

サステナビリティ報告は広範な情報を適時適切に収集する必要があるため、全社横断的な連携が必要になります。従って、サステナビリティ部署、経理部署等の一部の部署だけが頑張って情報収集することは非常に困難です。加えて、バリュー・チェーンに存在する取引先に協力を仰ぐ必要もあります。このような状況にもかかわらず、トップマネジメントがサステナビリティ領域に関する情報開示の重要性について理解が不十分なため、多くの関係者を巻き込んだ動きができず、プロジェクトの推進が遅延するケースがあります。

5. サステナビリティ情報を取り扱う専門的な人材の確保が困難:

サステナビリティ情報の信頼性を確保するためには、サステナビリティ情報に関して一定の知識を有する専門人材が必要です。しかし、このような人材は不足しており、企業はその育成と確保に多大な時間を費やしています。弊法人が実施したサステナビリティ情報に関する取り組みについてのアンケートQ3によると、この点が一番の課題となっており、具体的には54%の回答者が人材不足を課題にあげています。

6. 開示すべき重要性の判断が困難:

サステナビリティ情報は、定量情報であってもその単位が違ったり、定性情報の重要性を検討する局面が財務情報より多かったりと、投資家の意思決定に影響を与えるかどうかの重要性の判断が財務情報と比較して格段に難しくなります。

なお、SSBJ公開草案は実務上の課題に配慮して、企業の成熟度(資源の制約、データの利用可能性、専門家の利用可能性:適用基準(案)BC49項)に応じた対応ができるよう、以下のように定めています。

  • 合理的で裏付け可能な情報の利用(適用基準(案)4項(7)):一部の開示要求に関して報告期間の末日において企業が過大なコストや労力をかけずに利用可能な、すべての合理的で裏付け可能な情報を利用します 。例えば、バリュー・チェーン情報であるスコープ3温室効果ガス排出の測定、バリュー・チェーンの範囲の決定及びサステナビリティ関連のリスク及び機会の予想される財務的影響が該当します。
  • 利用可能なスキル等に応じた方法を採用(一般基準(案)19項、気候基準(案)24,36項):利用可能なスキル、能力及び資源に見合ったアプローチを採用するよう要求されています。例えば、サステナビリティ関連のリスク及び機会の予想される財務的影響が該当します。

また、海外のサステナビリティ開示基準導入プロジェクトでも、上記と同様の課題を抱えており、これらの課題に配慮した制度設計となっています。例えば、欧州連合(EU)では、CSRD/ESRSが導入され、環境、社会からガバナンスに至るまで広範なサステナビリティ情報の開示が義務付けられています。そのような中CSRD/ESRSでは、将来情報は導入初年度の翌年以降に開示することが認められる経過措置が盛り込まれています。

質問4:どのような手順で導入プロジェクトを推進すればよいでしょうか?

下記のようなステップを踏んでプロジェクトを進めることが一般的な方法となります。適用準備のために必要な期間は、企業が置かれている状況によって異なりますが、特別に複雑な課題がない企業であれば、1年半から2年程度かかると見込まれます。

  • 制度の理解:SSBJ公開草案について、勉強会等で理解します。SSBJ公開草案と類似しているISSB基準を理解して、ISSB基準とSSBJ公開草案の差を押さえるという形で実務を進めている例もあります。なお、ISSB基準とSSBJ公開草案の差異等はSSBJホームページの“特設サイト サステナビリティ開示基準案”に掲載されています。
  • プロジェクト体制の構築:プロジェクト体制は、サステナビリティ部署又は経理部署にとどまることなく、全社を巻き込む必要があります。
  • FIT&GAP分析による課題抽出:自社が現在実施している開示とSSBJ公開草案の要求事項を比較分析して課題を抽出します。
  • 抽出された課題に対応するためのロードマップ策定:FIT&GAP分析で明らかになった課題について、いつまでに、誰が解決するか、暫定的に決定します。全ての課題に満遍なく対応するのではなく、重要性に応じてメリハリをつけて対応することが重要です。
  • 詳細計画の策定:ロードマップを参考に詳細計画を策定する必要があります。計画の策定に際しては、全社を巻き込むこと及び一定の予算取りが必要であるため、トップダウンで推進していくことがプロジェクトの実効性を担保する上で重要です。
  • 詳細計画に従った準備の遂行:実施すべき事項は各社各様ですが、共通して意識すべき事項として3点あげられます。
    1. データ収集ポリシーの策定:サステナビリティ報告にて開示すべき指標を特定した後、当該指標を開示するために必要な情報について、どこから、どのように、いつ収集するかポリシーを決める必要があります。
    2. データ活用の検討:開示すべき指標は単に集計・開示して終わりではなく、目標達成のための指標に対するPDCAプロセスが必要になります。例えば、全社目標を各現場レベルにブレークダウンした上で、目標に対する指標の達成状況を定期的にモニタリングし、現場での改善活動に繋げることが重要です。
    3. データの信頼性を確保するための内部統制の構築:サステナビリティ情報は有価証券報告書において開示されることを勘案すると、データの信頼性について特に注意が必要です。加えて、サステナビリティ情報が保証の対象となる可能性が高いことも考慮すると、エクセルでの管理では誤りが生じるリスクが高い領域については、システム導入等を検討することにより、内部統制の不備に該当するリスクを低減する構えが必要です。
  • ドライランと本番移行:対応体制の構築が完了したら、実際に業務プロセスを運用し、想定通りに機能するかどうか検証が必要となります。

質問5:重要性を活用することによりメリハリをつけてプロジェクトを推進したいと思います。しかし、サステナビリティ情報の重要性について具体的なイメージがわきにくいです。どのように重要性を判断すればよいでしょうか?

サステナビリティ関連財務情報と財務情報とでは、質問3に記載の通り、「境界、判断、期待と見積り」という点で情報の質が異なります。従って、情報の質を考慮したうえで重要性の判断が必要になります。

  • 短期、中期及び長期にわたり、企業の将来キャッシュ・フローの金額、時期及び不確実性に与える、その事象の潜在的な影響(考えられる結果)
  • 考えられる結果の範囲及びその範囲内での考えられる結果の発生可能性

その上で重要性の評価にあたっては、以下を考慮することが考えられます。

  • 企業の活動が環境及び社会に与える影響と、環境及び社会が企業のキャッシュ・フロー、ファイナンスへのアクセス及び資本コストに与える影響との関係
  • 時間の経過に伴う仮定及び条件の変更
  • 一般目的財務報告書の主要な利用者の情報ニーズの潜在的な変化

質問6:サステナビリティ報告は保証対象になる可能性が高いと聞いています。どのような点に留意してプロジェクトを進めれば良いでしょうか?

1. なぜ保証が求められるのか把握しましょう。

サステナビリティ情報は、企業の環境・社会・ガバナンスに関する取り組みや成果を示す重要なデータです。しかし、これらの情報は財務報告よりも本質的に定性的であることから、客観的な評価が難しい側面があります。そこで、第三者の保証を受けることで、情報利用者は安心してその情報を利用できる環境が整います。例えば、投資家は信頼できる情報を基に投資判断を行いたいため、安心して情報を利用できる環境に対するニーズが強いです。加えて、一部の企業では、自社の環境に対する配慮を実態以上に見せかける「グリーンウォッシュ」が行われていることがありますが、第三者の保証を受けることで、報告内容の客観性と公正性が確保され、グリーンウォッシュのリスクが低減されます。これにより、企業の実際の取り組みが正確に評価され、投資家の信頼を得ることができます。

2. 保証をとりまく規制当局及び基準設定主体等の動きを把握しましょう。

まずは、日本の規制動向を把握する必要があります。我が国では2024年2月に金融審議会のサステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループが設置され、保証制度について議論されています。現在は、開示が義務付けられる初年度に保証も求められる案並びに開示が義務付けられる初年度は保証なしで開示を行い、2年目から保証が義務付けられる案が検討されております(図表1)。なお、保証には任意で行う保証と法令で求められる保証、また、保証水準の観点では限定的保証及び合理的保証があります。なお、CSRD/ESRSの域内適用では当初、限定的保証が求められていますが、将来的には合理的保証への移行が検討されています。

また、サステナビリティ報告書全体を保証対象にするか否かは、これから議論が進められる予定です。サステナビリティ報告書全体を保証対象とすることは実務上の難易度が高い一方で、サステナビリティ報告書の一部だけを保証することは、サステナビリティ情報は相互に関連する情報であることが多いことから、関連する一方の情報だけが保証される可能性があり、投資家にとって情報の有用性が低下する可能性があります。なお、EUはサステナビリティ報告書全体に保証を義務付けています。

サステナビリティ情報に対するグローバルなベースラインとなる保証基準として、国際監査・保証基準審議会は、新しい保証基準(以下「ISSA5000」という)を開発中であり、2024年9月に最終化を予定しています。我が国の保証もISSA5000又はそれをもとにした我が国における保証基準をベースに実施される実務が想定されるため、留意が必要です。筆者がISSA5000案を読む限りでは、ISSA5000案は財務諸表監査で用いられる国際監査基準(ISA)の内容も参考にしながら作成されており、保証の手法は監査を経験している人間にとってなじみのある領域と感じました。しかしながら、保証の担い手が不足しているという課題が残ります。事実、日本経済団体連合会が2023年12月1日にリリースした“IAASB公開草案 国際サステナビリティ保証基準 (ISSA) 5000「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」へのコメント”によると、「ED-5000の保証業務の職業倫理と品質管理の規定は明確だが、監査基準・規程をベースに開発されたことで、当初から適用するには要求水準が高く、監査法人以外の対応が困難で、対応できる保証業務提供者が不足することを懸念する。」とコメントしています。こういった課題に対処して保証の担い手を確保できるよう、弊法人内でも人材育成を進めているところであります。

3.適切なサステナビリティ情報を収集できる内部統制を構築しましょう。

適切なサステナビリティ情報の収集ポリシー及びこれらを支える有効な内部統制の構築と運用は、適切な情報開示の観点から重要であるだけではなく、保証における考慮事項にもなります。これについては、例えば、データの収集の担当部署や期限、収集したデータの信頼性の確保、推定計算を行う場合の精度、これらに関係する内部統制の整備・運用状況の内部監査などを考慮する必要があります。

全社横断的な取り組みになるため、トップマネジメントによるトップダウンでの取り組みの推進は必須です。なお、2023年4月に企業会計審議会より公表された、“「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」の公表について“によると、”サステナビリティ等の非財務情報の内部統制報告制度における取扱いについては、当該情報の開示等に係る国内外における議論を踏まえて検討すべきではないか。“という問題提起がありました。

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