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サステナビリティ開示の国際標準化が持つ真の意味とは何か

シリーズ 企業価値創造に向けた変革を促すサステナビリティ情報開示 第1回

脱炭素化や人権などの環境・社会に関する持続可能性の課題は、今や企業活動において重要な位置を占めています。サステナビリティへの取り組みは長期的なビジネス戦略、ひいては企業価値と密接に結びついた経営課題といえます。本シリーズでは、サステナビリティ情報の開示に焦点を当て、その国際標準化の動向から始まり、企業が直面する実務的な課題、さらには開示や保証制度に関わる人材育成の重要性について、深掘りしていきます。

第1回は、サステナビリティ開示の国際標準化の最新動向に焦点を当てます。各国・地域の連携によってサステナビリティ開示基準のグローバルスタンダードを開発する動きが進んでおり、日本でも国際標準と整合性の開示基準の草案をサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が公表しました。サステナビリティ経営の起点であり、指針ともなる新たな基準開発が進む背景と基準の概要、企業にもたらすインパクトについて、有限責任監査法人トーマツの専門家、藤本貴子と小林永明が解説します。

ISSB基準のグローバルスタンダード化が進む

企業に対して、サステナビリティ関連の情報開示を求める動きが世界的に強まっている。そこにはどのような背景があるのだろうか。

藤本 気候変動や生物多様性などの環境問題は、地球全体の問題であり、各国の産業政策においても大きな課題となっています。温室効果ガス(GHG)や産業廃棄物の排出など企業活動に伴う環境負荷に対して、企業がどのような取り組みを行っているのか。特に欧州を中心とする海外の機関投資家や非政府組織(NGO)などが厳しく問う姿勢を強めています。

昨今は国内においても、株主総会で気候変動対策の強化を求める株主提案が出されたり、決算説明の場でアナリストからサステナビリティ関連の質問が増えたりしています。このため、企業経営者の間でも経営課題としてのサステナビリティ対応と適切な情報開示について、能動的に取り組もうという機運が高まっています。

有限責任監査法人トーマツ サステナビリティ品質統括 パートナー 藤本貴子

 

サステナビリティ開示に関するルールや基準開発は、欧米を中心にさまざま母体によって推進されてきたことから、乱立気味との指摘もあった。

小林 投資家をはじめとする多様なステークホルダーの要望に応える形で、サステナビリティ開示のフレームワークはさまざまな団体によって開発されてきた経緯があります。いずれも一貫した理念やプロセスのもとに開発されたものであり、それぞれに意義があります。

一方で、企業は複数のフレームワークの中から必要と判断した部分を任意に適用したり、独自の枠組みを追加したりするといったことが起きており、投資家からすると開示された情報の企業間比較が非常に難しいという現状があります。

こうした状況を解消するために、国際的に一貫した開示基準を作る必要性が認識されるようになりました。そのなかで、会計基準の国際化で実績のある国際会計基準(IFRS)財団の傘下に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立され、2023年6月にサステナビリティ全般に関する基準(IFRS S1号)と気候変動に関する基準(IFRS S2号)が公表されました。この2つがISSB基準と呼ばれますが、ゼロから作られたものではなく、既存のサステナビリティ会計基準審議会(SASB)や気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などの成果を取り込む形で開発されました。

各国・地域の規制当局でも、これまで任意だったサステナビリティ開示の義務化に向けた議論が積極的に行われていますが、開示ルールの策定においてはISSB基準をベースラインとする動きが主流となっています。ISSB側としても規制当局向けのガイダンスを公表するなど各国・地域との連携を図っているほか、先行する欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)との間で相互運用性を確保すべく議論が進められています。

今後数年間、こうした動向からは目が離せない状況ではありますけれども、総じて言えば、ISSB基準をベースとしたサステナビリティ開示が、グローバルスタンダードになっていくことは間違いないだろうと考えられます。

有限責任監査法人トーマツ サステナビリティ品質統括 パートナー 小林永明

ISSB基準に準拠した日本のSSBJ基準

ISSB基準のグローバルスタンダード化へ向けた動きが顕在化するなか、我が国のサステナビリティ開示基準はどうなるのだろうか。

藤本 日本においても、グローバルスタンダードに合わせて国内のサステナビリティ開示基準を開発すべきだという要請が各方面から高まり、財務会計基準機構を母体とするサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が発足し、議論が進められてきました。そして、ISSB基準をベースラインとするSSBJ基準の公開草案が、2024年3月に公表されました。SSBJ基準は基本的にISSB基準に沿った内容となっており、大きな違いはありません。ただ、国や地域によって法制度は異なりますので、SSBJにおいても日本の法域に照らした調整を図りながら、国際的に整合性のある基準開発が行われています。

ISSB基準との相違点は、SSBJ基準の公開草案と同時に公表された、「IFRSサステナビリティ開示基準と本公開草案の差異等の一覧」に記載されています。例えば報告期間に関しては、地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)で定める温室効果ガス排出量情報の算定期間が財務諸表の会計期間と異なる場合があり、そうした期ずれを容認する規定があります。ISSB基準と同等の開示基準を取り込みながらも、企業側の実務の効率性に配慮した検討が行われたということです。

また、SSBJ基準とISSB基準では、その構成が少し異なっています。ISSB基準は、IFRS S1号とIFRS S2号の2つの基準で構成されますが、SSBJ基準はサステナビリティ開示基準の適用(適用基準)、一般開示基準(一般基準)、気候関連開示基準(気候基準)の3つがあります。IFRS S1号は、サステナビリティ開示全般にわたる基本的な事項を定めた部分と、サステナビリティ関連のリスクおよび機会に関して開示すべき事項(コア・コンテンツ)を定めた部分で構成されますが、SSBJ基準では前者に当たる部分を「適用基準」、コア・コンテンツを定める部分を「一般基準」に分けています。気候基準は、IFRS S2号に相当します。このため、全体としては先ほど申した通り大きな違いはなく、整合性が取れています。

時価総額に応じて段階的に義務化する案が濃厚

SSBJ基準は公開草案が公表された段階であり、基準の最終化や任意適用、強制適用の時期など、企業は今後の動きを注視する必要がある。

小林 SSBJ基準はまだ公開草案の段階で、トーマツからもコメントを提出しましたが、24年7月末でパブリックコメントの受け付けが締め切られました。今後、再審議を経て、25年3月末までに最終基準が公表される予定です。基準の適用については、任意適用と強制適用の2つがありますが、任意適用に関しては、公開草案通りにいけば、2025年3月から適用が可能になります。強制適用に関しては金融庁金融審議会のワーキング・グループ(サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ)で検討されています。有価証券報告書の中で適用を義務化していく前提で、その適用義務化の時期や対象企業に関する取りまとめが、有識者の意見を聞きながら進められている段階です。

ワーキング・グループの事務局案を追っていくと、東証プライム市場に上場している企業を時価総額でグループ分けして、段階適用していく案が示されています。まず、時価総額3兆円以上の企業については、27年3月期からSSBJ基準の適用が義務化され、28年3月期からは保証(*)付きでの開示が必要となります。次いで時価総額1兆円以上の企業は、28年3月期から適用義務化、29年3月期から保証付き開示。さらに時価総額5000億円以上の企業は29年3月期から適用義務化、30年3月期から保証付き開示と段階的に対象企業が広がる案となっています。最終的には、プライム市場に上場している全ての企業に適用が義務化される見込みですが、その時期については2030年代のどこかということで、今のところ具体的な時期は示されていません。

*保証のあり方については、任意の枠組みも含めて今後の検討課題となっている。

 

また、適用時期についてはISSB基準で認められた経過措置が、SSBJ基準でも提案されています。SSBJ基準で特徴的なのは、任意適用を促進する趣旨から、経過措置が追加的に定められていることです。例えば、3年間任意適用した後に強制適用に移行する場合、任意適用の3年目まで比較情報の省略が認められたり、強制適用に移行した初年度も一部の情報開示の省略が許容されたりする内容となっています。

ここまで申し上げたのは事務局案であり、現在もワーキング・グループで議論が続けられていますので、最終的にどうなるかは予断を許さない状況です。したがって、ワーキング・グループの動向を今後も注視していく必要があります。

市場が求めているのは単に情報を開示することではない

プライム市場上場企業は今後、SSBJ基準に則した開示対応を求められることになる。企業経営に及ぼすインパクトについて、どう捉えればいいのだろうか。

藤本 企業にとって情報開示とは、「現在、こんなことをしています」ということを表明し、説明義務を果たすものですが、その前提として本質的な経営課題にどう向き合うかを深く検討することが必要です。それがないと、受動的に制度対応に追われることになってしまいます。

サステナビリティ開示について言えば、経営の根本にサステナビリティ課題を組み込んで、リスクと機会にどう対処するかをしっかりと議論する。つまり、新たな開示基準への対応を、企業価値の持続的な維持・向上を実現していくための貴重な機会として活かしていく姿勢が大事だと思います。幸い国内においても、「サステナビリティ経営に全社を挙げて取り組まなければならない」と考える経営者が増えています。新たな開示基準が策定されるこの機会に、サステナビリティ経営について根本的かつ具体的な議論が活発に行われるようになれば、SSBJ基準の審議に携わった一人としてうれしい限りです。

小林 私も藤本と同意見です。ステークホルダーが企業に求めているのは、単に情報を開示してほしいということではなく、サステナビリティを中心に据えて企業経営してくださいということです。それが、企業価値の向上につながるからです。

投資家や市場関係者がグローバルに一貫性のあるルールで比較し、企業のサステナビリティ経営への取り組みをよく理解できるようにするために、新しい開示基準の開発が進められてきたわけです。開示への対応自体を目的化するのではなく、トップマネジメントがリーダーシップを発揮して、全社的なリスクと機会にサステナビリティの重要課題を適切に位置づけていく。それを促すことが、ISSB基準およびSSBJ基準開発の本質的な意義だと理解しています。

 

サステナビリティ報告のグローバル実務』は、小林が中心となって執筆した。

 

※ SSBJ基準に対応したサステナビリティ開示の実務的な課題については、本シリーズの第2回で具体的に解説します。

※ 本記事の内容やスピーカーの所属は公開時点(2024年9月)のものです。

サステナビリティ開示・保証の規制動向

日本・ヨーロッパ・南北アメリカ・アジアパシフィックにおけるサステナビリティ開示・保証の規制に関する最新動向を取りまとめています。

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