調査レポート

農業における知的財産の活用

育成品種の有効利用

日本には世界に通用する多くの優良品種が存在するものの、育成者はその権利を有効に活用しているとは言いがたい。今回は、農業における知的財産の活用について検討する。

農業における知的財産の活用

著者:有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー 早川周作
   有限責任監査法人トーマツ          林田俊哉

日本の農業は、これまで多くの優れた品種を生み出してきた。特に果樹に関しては、各地域の公的研究所が果たした役割が大きく、スーパーマーケットに行けば、実に様々な柑橘類、りんご、なし、ぶどう、桃などを目にすることが出来る。それぞれの品種に良さがあり、こうした生み出してきた品種は、日本農業の貴重な財産と言えるだろう。

一方で、日本の有望品種が海外において、育成者権者に無断で増殖され、かつ販売される事例が後を絶たない。また、現地で販売されるだけでなく、日本に逆輸入されて問題となる事例もある。

最近では、ぶどう「シャインマスカット」が中国で無断で生産、販売されていることが話題になった。農業分野における知的財産管理の重要性が増す中、農林水産省は平成28年度の補正予算で、「植物品種等海外流出防止緊急対策事業」を実施し、海外における育成者権保護に積極的に取り組む姿勢を示している。

知的財産の保護については議論が進み始めた一方で、その活用方法については、あまり議論が進んでいないように見える。まずは保護することが重要なのはもちろんだが、海外での品種登録や商標登録のコストを考慮すると、中長期的には登録した知的財産の活用を検討することが必要である。今回は、農業分野における知的財産の活用について検討する。


2016年3月、長野県の果樹試験場が育成したりんご品種「シナノゴールド」について、長野県はイタリア南チロルの果実生産者団体と商業栽培を行うため「品種シナノゴールド及び商標に関するライセンス契約」を締結した。これまでも、試験栽培等を通じて、ライセンス契約に向けた取組みを行ってきたが、今回はついに商業規模での契約締結となった。
長野県はロイヤリティ収入を獲得するだけでなく、この取組みでは、イタリアの生産者団体が販売時に長野県の育成品種であることをPRすることが契約に盛り込まれている。
契約の詳細は公表資料だけでは確認出来ないが、今後の動向は注目に値する。

そのほかにも、知財の活用の事例としては、岩手県八幡平市の「安代リンドウ」が挙げられる。八幡平市がリンドウの新品種を開発し、国内外で品種登録、商標登録を行い、海外の生産者とライセンス生産契約を結び、ロイヤリティ収入を獲得している。

安代リンドウの場合は、南半球のニュージーランドの生産者と契約を結ぶことで、栽培時期の違いを利用し、世界市場への通年供給体制を構築した。ロイヤリティ収入はもちろんだが、市場への通年供給体制を構築したことで、日本からの輸出にも好影響を与えている。
また、2016年9月には、EUでの鉢物リンドウ栽培のライセンス契約を締結し、日本から輸出できない鉢物については、生産物ではなく、「知財の輸出」という形を取った。保有する知的財産を最大限活用している優良事例だ。


日本の知財活用事例はまだまだ少ないが、優良品種のライセンス生産は大きなポテンシャルを秘めるビジネスである。ロイヤリティ収入だけでなく、ブランド向上や日本からの輸出への好影響をもたらす可能性が大きい。日本では、農産物のブランド化というと、一地域での「囲い込み」を思い浮かべることが多いが、輸出を含めた真の国際ブランド構築を目指すには、ライセンス生産は必要不可欠なものである。海外へのライセンスは、輸出と競合するものではなく、補完するものであるからだ。
日本産農産物が真の国際ブランドを構築できない背景には、供給量、供給時期が限られている制約が大きい。例え、品質が高くても、供給量が限られている場合、多くの消費者の要求に応えられずに、圧倒的なブランド確立は不可能だ。

例えば、りんごの場合、日本生まれの品種「ふじ」は世界中で生産されている超優良品種である。半世紀以上前に開発された品種だが、もしその当時に品種・商標登録を組み合わせ、今日まで「ふじ」ブランドをマネジメントできていたら、日本は大きなメリットを得ていただろう。
当時は、世界的に知的財産に関する制度が整っていなかったが、現在では新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)が整備されている。品種開発競争力の高い日本は、今後「ふじ」に代わる優良品種が開発された場合を想定して、品種開発の段階から世界戦略を検討していくことが求められる。
その場合、日本のりんご生産量は世界生産の1%以下であり、国内生産だけで世界の需要に応えることは難しい。育成した品種を最大限活用することを考えれば、ライセンス生産を含めた海外への展開は一つの選択肢だ。

このように、知的財産を戦略的に活用出来れば、中長期的に大きなメリットを享受でき、ロイヤリティ収入を、広告宣伝費や、次の新しい品種の開発費用に充てる好循環を創り出せる。

世界を見渡すと、優良品種のライセンス生産は普及しており、国際ブランド構築のための「クラブ制」と呼ばれるシステムも導入されている。「クラブ制」とは、育成者権、商標権を利用し、生産と流通をコントロールする仕組みである。クラブに加盟した生産者は、生産し販売した商品の売上の一部をロイヤリティとしてクラブに支払い、それを宣伝や広報活動に利用し、ブランドを維持する仕組みである。世界規模で展開することで、安定した品質の商品を世界市場へ安定供給することが可能となる。

これらのことは、もちろん品種が優れていることが前提だが、日本には世界に通用する優良品種が多く存在すると思われる。もちろん、ライセンス生産の際には、知的財産が確実に保護されるのか細心の注意を払う必要があり、その上で対象地域やパートナー選定が重要だ。そうした課題を克服した上で、戦略的に世界展開が出来れば、日本に大きなリターンをもたらすだろう。

 

当該記事は執筆者の私見であり、デロイト トーマツ グループの公式見解ではない。
 

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