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次世代モビリティシステムとしてのAdvanced Air Mobility(AAM)
価値実現に向けたスケールアップを達成するには
AAM関連企業がその価値実現に向けたサステナブルなスケールアップと収益化を達成するには、3つの鍵となる原動力、「チーム」、「テクノロジー」そして「資本」のバランスが肝要である。
目次
- 日本語版発行に寄せて
- スケールアップが必要な経済的理由
- 市場のニーズに合わせたAAMの機体製造のスケールアップ
- 将来の市場の需要と規模に対応するための、3つのカテゴリーによるアプローチ
- チーム:人材と連携がエコシステムの下支えになることが期待されている
日本語版発行に寄せて
空における自由な移動を実現する次世代のモビリティとして期待されているAdvanced Air Mobility(以下「AAM」)は、いよいよ社会実装・実用化に向けた動きが加速している。
大企業やスタートアップがこの新たな移動手段の実現に向けた技術開発を加速する一方、航空関連当局による制度整備、また各国政府・自治体と事業者が連携した実証実験プログラムの組成・推進等、世界各国で関連する取り組みも進んでいる。
日本においても2025年の大阪・関西万博を目途に、実機を用いたフライトの実現に向け、事業者選定、必要な制度整備等、官民で足並みを揃えた取り組みが進む。その他自治体においても、各地での社会実装に向けた構想策定やロードマップ検討が進む等、大阪・関西万博後の全国的な社会実装・展開に向けた検討もあわせて進んでいる。
大きな期待が寄せられるAAMであるが、身近な移動手段・サービスへと今後進化し、真の意味で社会実装を実現するためには、スケールアップという壁を超える必要がある。(例えば製造の観点から見た場合、従来の航空機レベルの品質を保ちながらも自動車産業と同等の規模で製造する等)
サステナブルなスケールアップと収益化を達成するには、3つの鍵となる原動力、「チーム」、「テクノロジー」、そして「資本」のバランスが肝要であり、本レポートではこれら3つの観点に関して、Deloitte USの調査・分析に基づき解説している。記載されている内容はあくまで米国からみたAAM産業への期待と課題であるが、このトレンドは日本においても大いに参考になるものと認識しており、AAM業界に関わる日本企業が今後果たすべき役割は何であるのか、ビジネスを考える際の一助としていただければ幸いである。
高橋 祐児
シニアマネジャー
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
スケールアップが必要な経済的理由
かつて、ヘンリーフォードの自動車が登場したことで運転の大衆化が実現した。同じように、AAMは、空における自由な移動を一般の人々にとって手ごろな価格で身近なものにできるポテンシャルを秘めており、今後10年あまりで、AAM業界はライドシェアやタクシーといった身近な移動手段・サービスへと進化することが予測されている。また、AAMによって移動時間の短縮やCO2ゼロのサステナブルな移動・フライトが普及することにより、現在の交通ネットワークの効率が向上する可能性がある。さらに都市部の移動のみにとどまらず、貨物輸送での活用や地方での移動に際しての活用も見込まれる。
「運用にあたっては、従来のヘリコプタータクシーのチャーター料金よりも低額で、地上のプレミアムタクシーサービスに競合できる運賃を提示する必要がある」ということが最近Deloitteによる調査で報告されているが、これはAAM業界において重要な課題として認識されている1。この課題解決のため、AAM業界では主に電気推進システム採用した機体開発が進んでいる。例えば、米国のあるヘリコプター運航企業は、従来のヘリコプターから電動垂直離着陸機(electric Vertical TakeOff and Landing 、以下「eVTOL」)に変更してジョン・F・ケネディ国際空港から16マイル(約26キロメートル)飛行した場合、社会実装初期の段階でも14%のコスト削減が可能であるとしている。利用回数が増加し、(主にバッテリーテクノロジーの進化によって)メンテナンスコストが軽減されれば、さらに10%のコスト削減が見込まれる2。
さらに、eVTOLではメンテナンスコストを大きく削減できる可能性がある。運用コストに占めるメンテナンスコストは、従来のヘリコプターと比較して50%低いと考えられているが、3このような優位性があるにもかかわらず、地上の交通ネットワークに対する競争価格としてはAAM1、2機が1ルートを飛ぶ価格ではなく、保有する機体を最大限稼働させたような価格が提示されているのが実態である。
機体メーカーは、自社の成功を関連需要に依存している。そして言うまでもなく、AAMの機体需要は、今後10年間にわたり運航企業が成熟するに従って徐々に増加していくと予測されている。その需要を満たすため、機体メーカーには従来の航空機レベルの品質を保ちながらも自動車産業と同等の規模で製造することが求められる。
市場のニーズに合わせたAAMの機体製造のスケールアップ
AAMの機体製造におけるサステナビリティは、2つの主な需要要因、つまり可用性と経済性に左右される。機体メーカーが従来の航空機レベルの品質で製造規模を拡大することができれば、両面の課題を解決する鍵となり得る。規模の経済を達成することで、機体メーカーは価格を引き下げ、市場での需要の維持に貢献できる。
今日までにAAM業界において機体の受注数は13,000機を上回っており、400を超える企業が900機を超える機体のデザインやコンセプトを開発している4。しかしながらこれら受注の大部分はオプションや確定前のものであり5、認証取得または開発の過程で技術的課題に直面した場合に中止となるリスクを負っている。
この業界における受注はまた、機体の単価に左右されるともいえる。機体の現在の予想単価は120万米ドルから400万米ドル超の範囲である6。これは(プレミアムライドシェアやタクシーサービスでよく使われる)多くの高級車の10倍の価格である。また、ヘリコプターと比べるならば多くは同程度、もしくはヘリコプターより低額となる7。例えば、最も一般的な4~5人乗りのヘリコプター(例えばエアバス・ヘリコプターズ社のH125やH130、またはベル・ヘリコプター社のB407)の価格帯は通常250万米ドルから350万米ドルである8。
さらにAvionics International社の調査では、回答者の20%が近い将来、現在の交通手段からAAMに移行することに関心を示しているという結果が出た9。市場における機体需要は好調である。しかしながら受注の不安定さから、「どの程度の製造量を計画すべきか」という疑問が機体メーカー経営陣に投げかけられている。
現在機体メーカーは、機体の認証取得における次の重要なマイルストーンを達成できるよう、試作機の開発、及び数々のテストを推進している10。主要な各社は2024年(または2025年)頃に機体を製造することを目標としており、主要25社のうち19社が、今後3年以内の上市を目指している11。最大手の1社は、2024年末までに初期製造を完了させ、次いで2025年までに250機、2027年までに650機の機体を製造するとしている12。
製造はこのように計画されているものの、機体メーカー各社は実際の機体の需要に関して様々な予測をしている。Aviation Week社は、機体の累積製造機数が2030年までに約1,000機、2040年までに10,000機、そして2050年までに最大30,000機となる可能性を示している13。最終的な数字は、需要、そして製造・運用両面におけるバランスと規模の経済に左右されると考える。
機体メーカーはともすれば、初期のゴールとして従来のヘリコプターに匹敵する需要を期待できる。2022年、ヘリコプターの出荷数は約1,072機であった14。2023年前半のヘリコプターの出荷数は451機であり、これは2022年の同時期と比較して30%増であった15。機体メーカーが検討可能な1つのアプローチとしては、ヘリコプター業界の従来の製造規模に合わせて、年間の製造規模を約1,000機程度とし、後に需要の高まりを受け、自動車業界と同等のレベルに製造規模に拡大していくことも一案ではないか。
将来の市場の需要と規模に対応するための、3つのカテゴリーによるアプローチ
AAM関連企業には、今後数年間、機敏性が求められる。需要に合わせた製造ペースを維持しつつ、市場における急速な関心の高まりに対応できるよう、スケールアップにも備えておく必要がある。初期生産の段階では、工程に焦点を当てつつ、効率性の改善を行うことで、製造能力や経済性の向上に寄与することが可能である。機体メーカーにおける製造規模が自動車と同等レベルに拡大してくると、いくつかの要素に焦点を当てて航空宇宙レベルの品質の達成を目指す必要が生まれてくる。それが、次の図1に示す「チーム」、「テクノロジー」、「資本」の3つのカテゴリーに焦点を当てたアプローチであり、それらが現在、及び将来の戦略や運用を確固たるものするのである。
チーム:人材と連携がエコシステムの下支えになることが期待されている
チームとは単なるリーダー陣と従業員の集まりというだけでなく、方針の周知、市場リスクの軽減やサプライチェーンの俊敏性向上等の方法によってエコシステムを形成することが可能な繋がりも意味する。資金の確保、技術移転の成功、そしてサプライチェーンの可視化には、繋がりが重要である。更に、AAMの受容を促進し、そして需要動向に影響を与え得るという点において、個人であれ、機体所有企業であれ、顧客は重要な要素である。
適切な人材とリーダーシップは、将来の需要を満たすための機体メーカーのスケールアップの一助になる
型式証明の取得を済ませた機体メーカーは、商品化や初期の運用に対応するために、スタートアップから中程度の企業規模に拡大する。その後、幅広い需要を満たせるよう大企業へと成長し、大量製造を行う。
この間、製造品質要件を満たすために高度な技術的なスキルを備えた適切な人材を維持することも重要である。安全性、品質ともに最高水準を保てるよう、機体メーカーは機体の製造においてデジタルテクノロジーに大きく依存することになる。そのため、モデルベースシステムズエンジニアリング、また3Dプリントといった新たなデジタルテクノロジーに対応できる人材を求めている。このような新しいデジタルスキルは、航空宇宙や自動車製造における従業員の経験の上に築かれることになる。
また強力な役員層(創業者、執行責任者、出資者等)がいることも、試作段階から初期生産への移行を推進できる要素である。型式証明の取得後に本格的な製造へとスケールアップするためには、マネージャーレベルの職務を担える経験を積んだ人材(経営幹部)が必要になる。機体メーカーでは既に、航空宇宙業界や自動車業界の大手企業、または航空当局からのリクルートを開始している16。
しかしながら、航空宇宙・防衛業界では今でも人材不足が続いており、既に競争率が高い状況である。AAMの参入により、ハイスキル人材が必要な業務における人材獲得競争はさらに激化する可能性がある。これに対応するために、AAM業界では各関係機関や出資者と連携し、AAMの機体の製造、運用を行う人材を育成していく必要がある。AAM関連企業はまた、製品開発を促進しつつも各地域の特性等をよりよく理解したうえで、社会的受容性の向上を図り、多様な労働力を惹きつけることに注力する必要がある。
機体メーカーは、各ステークホルダーとの関係性や連携を活用することで製造規模を拡大することが可能になる
各規制当局は、安全性の高い航空機の製造施設やインフラが着実に開発されるようにするための取り組みを推進・支援している。製造、パイロット資格、バーティポート設計に加え、既存の空域や航空交通ネットワークとの統合に関する基準が各当局により設定されていくと考える。迅速にスケールアップし、規制の変更にも対応していくために、機体メーカーはこれら規制当局と連携する必要がある。
製品開発の各フェーズにおいて連携を図ることで情報交換ができるため、認証取得プロセスを加速させることができる。
例えば連邦航空局(Federal Aviation Administration 、以下「FAA」)は「航空安全、及び航空機による空域の効率的な使用を規制」している17。米国では、規制の変更が自社のバリュープロポジションに与える影響を把握できるよう、機体メーカーはFAAと連携することが求められる。現在FAAは米航空宇宙局(The National Aeronautics and Space Administration、以下「NASA」)と協業し、AAMを含む新たな事業を発展させられるよう、既存の規制の見直しを行っている18。これにより、機体メーカーはテクノロジーに関する知識を発展させ、将来の規制に沿った最適な設計を行うことができる。
またAAMのエコシステムは航空宇宙、自動車、テクノロジーの各業界の既存企業や多額の資金を提供するパートナーとの関係性から恩恵を受けている。このような業界横断的な連携により、各企業の強みを生かしてAAMの機体製造・運用能力の規模拡大ができる。米国のある機体メーカーは、機体の部品について航空宇宙業界のサプライヤーと協業している19。これにより製造や組み立ての工程が合理化され、高効率な製造が可能になると期待されている。
同様に、すでに歴史のある航空宇宙や自動車関連企業は規制の多い状況で大規模な製造に取り組んでいるため、AAMの関連メーカーはこれら企業と協業することでメリットを得られる。Archer社はStellantis社と委託製造契約を結び、機体の大量製造を行っている。このような関係性は、航空機製造の発展に必須ともいえる高度な製造テクノロジー、経験、人材や資本の獲得に役立っている20。
自動車メーカーは大規模な製造を達成するための製造技術やサプライチェーン戦略において、従来の航空機メーカーは規制要件への適合、型式証明の取得、投資の誘致、堅固なサプライチェーンの確立、市場での信頼の醸成といった面で、機体メーカーを支援できる可能性がある。
顧客との距離を縮める新たなアプローチを追求する必要がある
日常的な交通手段として一般ユーザーにAAMを浸透させるにあたっては、交通インフラの所有者・運営者に依存するところが大きい。交通インフラの一部としてバーティポートを組み込むためには、所有者・運営者にその任を担ってもらわなければならない。そのため、AAM関連企業は彼らと密に連携し、AAMの運用を支える適切なインフラが確立されるよう、取り組む必要がある。
さらに、機体メーカーはエアタクシーやチャーターサービスに統合することも可能である21。機体の所有、さらにはフランチャイズ展開をすることで、機体メーカーには大きな付加価値がもたらされる。このような所有形態にすることで、AAM関連企業はさらに積極的にエコシステムを形成することが可能になる。
テクノロジー:部品から製品に至るまで、戦略とテクノロジーを活用する
機体の製造ではエンジンを搭載した従来型の航空機と比較して、必要となる重要部品が非常に少なく、加えて従来型の航空機と比較し、組み立てや、維持・点検・修理がシンプルであり、多くの場合製造スピードも速いことが見込まれる22。
製造規模拡大に向けてレジリエントなサプライチェーンを構築する
機体メーカーは試作から製造段階に近づくに伴い、サプライチェーンの機敏性やレジリエンスを最大限活用できるよう考えなければならない。機敏性があればコストと規模感を最適な状態にすることが可能である。そしてレジリエンスを有していれば予測不可能な状況(例えば地政学的な緊張によるサプライチェーンの分断)でも持ちこたえることが可能となる。多様化したサプライチェーンを活用すれば、そのような望ましい状態を実現し、必要な部品やキーとなる構成要素(例えばeVTOL用バッテリー)の手配が対応可能となる。これは必要な部品や構成要素の調達において特に重要である。
新たな業界の一端を担う機体メーカーには、製造施設を一から構築し、サプライチェーン全体で既存施設を活用する機会がある。既存施設の設備改善に関する煩雑な問題を避け、まさに未来の工場からスタートを切ることができる。また一から構築する製造施設では、工程改善のための既知のテクニックやデジタルケイパビリティを活用する機会や、組織上・運用上のボトルネックを排除できる可能性がある。
標準化された部品や工程とデジタルテクノロジーの組み合わせにより、運用の効率化やコストを削減することができる
世界には900を超えるeVTOLのデザインやコンセプトがある23。 機体メーカーがデザインやコンセプトを固めるにつれ、エンジニアリングや限られた製造規模から本格的な製造に移行するためには工程や部品の標準化が重要となる。標準化をすることで、サプライチェーンの分断の回避や、部品製造コストの削減等が可能になる。組み立て工程の標準化は製造時間を短縮し、部品の標準化は複数サプライヤーからの調達を可能にする。また標準化を進めることで安全性や信頼性などの重要な側面にも対応し、最高水準の品質を維持・保証することにも役立つ。さらに、部品や構成要素を標準化することで整備士やオペレーターの訓練も容易になる。AAM業界は、製造の標準化を通して、製造や運用工程のスケールアップを促進することができる。
デジタルテクノロジーを用いることで、企業はコスト削減や機体の高い品質水準を実現できるようになるだけでなく、関連メーカーがより多くの機体を運用することを可能にする。結果として運用コストを削減し、利用者に低価格なサービスを提供することが可能となる。ただし、企業が成長するにつれ、メーカーが開発段階で使用していたシステムは大量製造に適さない、または大量製造に合わせて規模を拡大できないものとなる可能性があるために注意は必要と考える。
スケールアップを行う企業はしばしば、エンジニアリングから製造への情報交換をスムーズにする等、ボトルネックの最適化や排除といった問題に直面する。 機体メーカーは、モデルベースシステムズエンジニアリングのアプローチをデジタルツインテクノロジーと併用することで、エンジニアリングと製造を最適に結びつけることができる。デジタルツインやデジタルプロトタイピング24により、テストや反復設計プロセスを迅速に処理できるようになるため、従来のアプローチと比較してコスト削減や新製品・サービスの開発時間短縮を実現することができる。デジタルツインを導入した機体メーカーは、新製品・サービスの商品化までの時間を30%削減することができた事例も存在する25。
実証・検証の段階では従来の製造プロセスに顕著な課題は見当たらない。しかし、スマート製造エコシステムを導入することで、施設を本格的な製造に適した状態、つまり「コネクテッド」な存在として最適化され、透明性があり、プロアクティブな対応が可能な、俊敏性を備えた状態にすることができる。スマートファクトリーの台頭により、 AAM関連企業はスピードと規模の両面において、他に類を見ないシステムを構築できるようになっていく。運用技術とスマートファクトリーで採用される情報システムを統合することで、製造される部品や構成要素の品質をモニタリングし改善すること可能である。このようにデジタル化された施設ではデータの収集・提供が可能であるため、迅速・大規模に行われる認証取得プロセスにも対応でき、高品質な水準を確実に維持すると共に、製品の市場投入までの時間も短縮することが可能になる。
AAM業界では、ひとつの資産のパフォーマンスを最大化することから始まり、最終的には製造現場、サプライチェーン、そして製品開発サイクルをリアルタイムで接続し、スマートファクトリーのイニシアチブを4つのレベルでスケールアップすることができる(図2)。 機体メーカーは、製造資産を製造現場レベルから工場ネットワーク全体までシームレスに拡大させ、製造工程の原理とスマートマニュファクチャリングのケイパビリティの両方を最大限に有効活用できる機会を得られる。またスマートマニュファクチャリングのケイパビリティによって、過剰なコストをかけずに柔軟性を追求すると共に、製品のカスタマイズを行うこともできる。スマートマニュファクチャリングに対応した施設を設立するには多額の投資が必要になるが、長期的にはメリットの方が多い。
資本:資金調達、収益創出、及びコストの最適化を通して採算性を確保する
本格的な製造を実現するには、 AAM関連メーカーは潜在的な需要を満たせる能力を備えた、高度な製造施設を設立する必要がある。長期的な収益の確保に向けて、工場への支出を先行投資として容認することもある。他方で、試作段階から大規模製造に移行する際には、既存の工場をアップグレードするか、または新たに建設するかのどちらかを選択することになる。
既存施設であれば速やかに製造を開始することが可能であるが、既存の古いインフラが成長を妨げる場合もある。さらに稼働中の既存施設の増強において、長期的に見るとコストを要する可能性もある。一方、新たに建設する場合は、施設の立地、サプライチェーンのレジリエンス、労働力、及び製造工程を踏まえた最適な計画を無駄なく立てることが可能である。ただし、多大な先行投資と建設期間が必要となる。
このようなインフラの開発・整備には、多くの場合、多額の投資が必要となる。先行支出をうまく管理するには、投資を最大限に活かし、出資者がしびれを切らさず満足できるように、資本戦略を優先させることが得策である。徹底した研究開発や認証取得プロセスに対応するため、 多くの機体メーカーにおいては、投資利益率(ROI)がプラスに転じるまでにはおそらく10年以上かかると考える。スケールアップへの取り組みを成功させるために、企業の進捗に関する信頼を築くと共に、財務上の安定性に配慮し、出資者に対して透明性とエンゲージメントを維持することが必要不可欠である。
認証取得の段階から商品化に移行する過程で、 機体メーカーには資金面でのギャップを埋めるアプローチが求められる。認証取得の段階の時点で、資金面での課題解決に繋がるアプローチを採用することも可能である。
- コラボレーション:現地の関係機関と連携し、イノベーションに係る助成金の獲得や、政府の奨励政策を最大限活用したインフラ整備、並びに多様なユースケースの創出等。
- 納入前支払い(Predelivery Payments、以下「PDP」):施設開発や機体製造のためのキャッシュフローを確保するため、機体の受注に際してのPDPの活用等。例えば、ドイツの機体メーカーは、民間航空会社からPDPとして機体引き渡し前に購入総額の約40%を受領する計画であることを発表した。同社は、商業取引においてPDPは極めて重要であると考えている26。
- 戦略的コラボレーション:既存の航空宇宙、自動車、及びテクノロジー企業と提携し、追加的に資金を獲得する等。例えば、トヨタ自動車株式会社はJoby Aviation, Inc.に対し4億米ドルの投資を行った27。
今後に向けた教訓:EV市場から AAMの未来を学ぶ
自動車業界が近年、電気自動車(Electric Vehicle 、以下「EV」)の推進に力を入れていることは、EVを支えるインフラや規制の変遷と併せて、 AAM業界に多くの教訓を与えている。まず、EV市場の立ち上げ当初、 AAM市場が現在直面している課題と同様の課題に直面した。例えば予約注文の少なさや、高い製造コスト、製造の遅延、製造規模の拡大、及び規制のハードル等の課題である。EVの販売が始まってから約10年、市場は急速に発展し続け、コスト削減を実現し、EVのコストが従来の自動車のコストと同等になる日は急速に近づいている28。EV製造企業は、成長とともに価値を生み出す新興ハードウェア業界で、成功するための枠組みの基礎を知らぬ間に築いていたということである。
AAM価値実現に向けたスケールアップを達成する3つの鍵(まとめ)
- チーム:自動車メーカーは、電力会社や政府・規制当局とインフラに関する連携推進に取り組み、リチウム等の重要な資源のサプライチェーンを築くための関係性を構築した。大手EV メーカーは充電インフラ関連企業等のパートナーとなり、充電インフラへ投資を行っている29。 AAM業界では機体運航に際して個別最適化されたインフラ施設・設備が必要になるため、このようなシームレスな連携・運営には困難が伴う。しかしながら AAM業界においては、運航規模を拡大し、市場での需要を促すためにグローバルな手順の標準化に注力することを検討してもよい。 機体メーカーは、こうした経験を通して商業的戦略を策定し、投資に慎重な姿勢を見せるバーティポート運営企業に指針を提示することができる。
- テクノロジー:EVへの移行において、従来の自動車メーカーは、EVに特化したメーカーが生み出す新製品との競争に直面してきた。その間、いずれのメーカーも競いながら、サプライチェーンの変革(例:バッテリー工場の建設)、原材料の確保(例:リチウム)、及び製造工程の最適化を行ってきた。(多くの場合、EVに特化したメーカーは新規に建設された工場でEVを製造し、一方で、従来の内燃機関メーカーは既存施設と新設施設を組み合わせてEVを製造することを検討した。)多くのEVメーカーと同様に、 機体メーカーも、(バッテリー技術の動向に注視しつつ)サプライチェーンを確保しながら、テクノロジーを最大限活用した製造工程の最適化を優先し、そして経済的に事業を最大限まで拡大できるかどうかを注意深く監視することが求められる。
- 資本:機体メーカーは製造工場を設立するための資本を確保しなければならない。EVに特化したあるメーカーは、事業の成長段階で、EV製造と製造施設の建設に米国エネルギー省から4億6,500万米ドルの融資を確保した30。 機体メーカーも、施設の新設コストを最小限に抑えられるよう、このような政府からの奨励プログラム等の機会を検討することができる。国や地方自治体の多くは、積極的に雇用や経済の成長促進に努めている31ため、政府の奨励プログラムを最大限活用して、工場への最初の多額投資に対する全体的なROIを最大限に上げることが賢明であるといえる。
AAM関連企業は、EV企業によって築かれた基礎を拡張し、新たな価値創造とサステナブルなスケールアップ・収益化を達成するために、3つのカテゴリーによるアプローチを採用する可能性がある。「チーム」、「テクノロジー」、「資本」に焦点を当てることで、今後数年のうちに概念実証の段階から実際の製造段階へと前進できるのである。
発行者
加藤 康光
執行役員
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
高橋 祐児
シニアマネジャー
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
土屋 健太郎
マネジャー
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
本稿は、デロイト ネットワークが発行した原著をデロイト トーマツ グループが翻訳・加筆し、2024年10月に発行したものである。和訳版と原著「Advanced air mobility: Achieving scale for value realization」の原文(英語)に差異が発生した場合には、原文を優先する。
著者
Lindsey Berckman
Deloitte Global, United States
Ajay Chavali
Deloitte Global, United States
Kate Hardin
Deloitte Global, United States
Tarun Dronamraju
Deloitte Global, India
Matt Sloane
Deloitte Global, United States
巻末脚注
- John Coykendall, Matt Metcalfe, Aijaz Hussain, and Tarun Dronamraju, Advanced air mobility: Disrupting the future of mobility, Deloitte Insights, June 7, 2022.
- Blade, Q3 2023: Investor presentation, November 2023.
- Joshua Ng, “OEMs will play critical role In establishing AAM’s aftermarket,” Aviation Week, November 1, 2022.
- Electric VTOL News by the Vertical Flight Society, “VFS electric VTOL directory hits 900 concepts,” October 10, 2023.
- AAM業界の企業が発表したプレスリリースに基づいた、Deloitteによる分析
- Royal Aeronautical Society’s AEROSPACE magazine, “How much does it really cost to run an air taxi?,” May 8, 2023.
- プレミアムタクシーサービス提供企業およびプレミアムカーメーカーに関する、Deloitteによる分析。
- JSSI Conklin & de Decker, “Aircraft operating cost and performance guide,” accessed November 14, 2023.
- Avionics International, “Regulations for eVTOL Aircraft,” July 12, 2023.
- AAMの主要機器メーカー25社に関する、Deloitteによる分析。
- AAMの主要機器メーカー25社に関する、Deloitteによる分析。
- Graham Warwick, “AAM leaders grapple with traditional aerospace issues,” Aviation Week Network, January 27, 2023.
- Daniel Williams and William Moore, “Forecasts 1,000 eVTOL deliveries by 2030,” Aviation Week Network, June 16, 2023.
- General Aviation Manufacturers Association, 2022 annual data, accessed November 14, 2023.
- General Aviation Manufacturers Association, “GAMA releases second quarter 2023 aircraft shipment and billing report,” press release, August 29, 2023.
- 複数のAAM企業の開発活動に基づいた、Deloitteによる分析。
- Federal Aviation Administration, “Updated fact sheet (2023) on state and local regulation of unmanned aircraft systems,” July 14, 2023.
- Federal Aviation Administration, “Noise,” September 5, 2023.
- Abi Wylie, “Archer to complete highest-volume eVTOL manufacturing facility,” Advanced Air Mobility International, October 12, 2023.
- Stellantis, “Stellantis to build electric aircraft with Archer and provide strategic funding for growth,” press release, January 4, 2023.
- Joby Aviation, “Delta, Joby Aviation partner to pioneer home-to-airport transportation to customers,” October 11, 2022.
- Lindsay Bjerregaard, “MROs, eVTOL manufacturers begin collaborating on maintenance ecosystem,” Aviation Week Network, August 28, 2020.
- Electric VTOL News, “VFS electric VTOL directory hits 900 concepts.”
- 製品またはサービスをデジタルな形式で作成すること。
- AI Thority, “Harnessing the power of digital twins: Transforming industries through innovation,” August 22, 2023.
- Lilium, Revolutionizing sustainable, high-speed regional air mobility, August 2023.
- Joby Aviation, “Joby and Toyota expand partnership with long-term supply agreement for key powertrain and actuation components,” April 27, 2023.
- 国際エネルギー機関およびEVメーカーが発表した乗用車販売台数に基づく、Deloitteによる分析。
- Irene Yeh, “Seven major automakers announce joint investment of $1 billion for EV charging stations,” Battery Power, August 7, 2023.
- US Department of Energy, “Tesla,” accessed November 14, 2023.
- National Science and Technology Council’s Aeronautics Interagency Working Group, National aeronautics science & technology priorities, March 2023.
謝辞
以下のメンバーに感謝を申し上げる。
- 主題に関する助言やレビューを提供してくれたJohn Coykendall、Alan Brady、Jim Kahmann、Yotam Avrahami· EV市場に関する助言を提供してくれたSrinivasa Reddy Tummalapalli
- 本レポートに関するリソースの調整を行ってくれたClayton Wilkerson
- 市場戦略や関連資産を駆使し、本レポートを説得力のあるものにしてくれたKimberly Prauda、Neelu Rajput
- 広報でリーダーシップを発揮してくれたAlyssa Weir
- 本レポートの発行にあたり尽力してくれたDeloitte InsightsチームのRithu Thomas、Aparna Prusty、Preetha Devan
表紙画像: Divya Jyothi
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