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地域企業における財務モデリング担当人材育成の意義

デロイト トーマツ人材機構シリーズ 第10回

前回は、地方創生を実現する外部人材活用についてお伝えしました。今回は、地域企業おける財務モデリング担当人材育成の意義について、近年の外部環境変化の分析を動的に表現可能な財務モデリング業務の重要性に触れながら解説します。

I.財務モデリング業務

予測財務モデル(以下「モデル」)とは、「様々な財務分析の結果を表計算ソフト上で体系化した模型」を指すが、企業の事業再編、中長期経営計画、投資案件の予実管理やM&A等様々な目的で作成・利用されており、企業の意思決定を支援するツールとしてモデルの重要性は認識されるようになった。

今日では主にMicrosoft社の表計算ソフト(Excel)によりモデルが表現されることが最も一般的となっている。諸説あるが、イングランドおよびウェールズ勅許会計士協会(ICAEW)による財務モデリング業務のベストプラクティスを源流として、本格的に財務モデリング業務を専業とする国産のいわゆるモデラー(以下「モデラー」)が我が国で活躍するようになったのは、大手会計事務所系FAS Big 4で本格導入し始めた2000年代後半ではないかと思われる。

近年のアナリティクス技術等の普及に伴って、財務モデリング業務は、先進的な技術を融合した更なる進化を求められる過渡期に差し掛かっているといえるが、引き続き作り手の経験・力量によってモデルの外観、仕様や操作性等が大きく左右されてしまう性質までは排除されてはおらず、場合によってはモデルに重大な誤謬(エラー)を含んでしまうケースも散見される。

企業にとって重要な意思決定をする場面においては、案件の個別性に対応した堅牢かつ柔軟なモデルを誤謬のリスクを軽減しつつ迅速に構築する必要があり、とりわけモデラーあるいは経験・力量のある作り手の存在が以前にも増して重要となってきている。

II. 地域企業における財務モデリング担当人材育成の意義

1.ファイナンシャル・コミュニケーションの課題

地域企業に限った話では無いが、金融機関や株主等ステークホルダーとのコミュニケーションは、自社の状況を営業報告書、財務諸表や資金繰り表等によって静的に表現されたツールによって実施されていることが多いのではないかと思われる。

例えばM&Aのオークションディールのような場面においても、一次入札では売り手から開示される情報が限定的でいわゆるマネジメントケースのみが書面等静的なツールによって提供される場面も多くみられ、相応しい買い手候補が絞り込まれるまでは情報の機密性を保持するうえで当然のプロセスであるともいえるが、生産性や効率性の観点だけで見ると買い手側は補足的な情報を追加する作業が発生し、売り手側は買い手側に必要な情報を取捨選択し、必要に応じて質疑応答に対応する非生産的かつ非効率的な作業が発生している。

このように限定的かつ静的な情報をもとに互いのコミュニケーションを図る場面においては、多くの非生産性・非効率性が避けられず、自社の身近な存在にいるステークホルダーとの心理的な距離にも知らずと影響を及ぼす可能性もあり得るため、昨今のように劇的な外部環境の変化がある中においては、自社の経営・財務分析に留まらず、親密な関係にあるステークホルダーとのコミュニケーション手段の進化・改善という観点からも何らかの高度化を図ることが望ましいと考えられる。

 

2.時代の潮流や環境変化を捉えた経営・財務戦略の高度化の必要性

パンデミックからの様々な回復シナリオ、「地方創成」の推進に伴う人口動態変化、ESGやSDGsを取り巻く投資環境、地政学的リスクや金融環境変化等を複合的に捉えた自社の財務予測における動的考察は、経営判断や財務戦略上不可避なものになりつつある。また、不確実性に対応する守備的視点のみならず、外部企業とのアライアンスやM&A等の検討を含む積極的な経営判断を行う場面においても同様であり、経営・財務戦略の高度化を図る転換期に差し掛かっているといえる。

このような課題に対処すべく、専門家人材を外部から採用する、あるいは外部アドバイザーを起用するのは有効な手段ではあるが、反面、様々な視点に対応するにはその分コストもかさむことから、今ある自社のリソースを活用し、例えば財務モデリング担当人材を育成するというのは一案である。

 

3.財務モデリング人材の育成

財務モデリング人材の育成にはどのくらいの時間がかかるのか、と聞かれることも多い。素地に起因する部分も多く、一概に具体的な期間に言及することは困難であるが、経理・財務を経験されている方や分野にもよるが金融機関出身の方は比較的短期間で要領をつかむ感覚があるように思われる。

職業人としてのモデラーのように、温故知新の精神で日々様々な産業分野や異なる財務状況の中でソリューションを提供していくような異質な環境が必ずしも必要では無く、一定程度の素地があり財務モデリング業務のベストプラクティスを体系的に学習する環境さえあれば、専任の財務モデリング人材を育成することも叶うものと思われる。

しかしながら、育成に取り組んだ結果の効果測定が数カ月程度の短期間で可能になるものでは無いことから、中長期的な視野を持って財務モデリング人材を育成していく経営陣のサポートが肝要であり、また不測の事態等においても代替可能であり、作り手のモデルをチェック可能な人員を含め、複数人を育成する体制が望ましいと思われる。



III.まとめ

地域企業にとって、時代の潮流や環境変化を捉えた経営・財務戦略の高度化は不可避な局面に差し掛かっており、財務モデリング担当人材を育成し、経営・財務戦略の高度化を図ることで得られるメリットは概ね以下の通り整理され、中長期的な視野を持って複数人の財務モデリング人材を育成していくことが自社の成長の布石となる可能性がある。

  1. 外部環境の変化を捉えた多角的な分析を取り入れた将来財務予測の可視化
  2. ステークホルダーとのコミュニケーションの進化・改善、生産性の向上
  3. 迅速かつ効率的な意思決定
  4. 経営判断時の誤謬リスクの軽減

(2021.10.8)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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