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社会的インパクト分析で変わる事業運営・地方創生
FA Innovative Senses 第9回 事業経営における社会的インパクト評価活用のケーススタディ
近年注目されている社会的インパクト評価は、統合報告書等において、財務的な成果では評価しきれない社会的な成果を可視化するために多く使われています。しかし、重要なのはその成果を生かして事業の改善につなげることです。分析結果をどのように事業に生かすことができるか、事業計画や事業実施中におけるケーススタディを用いて紹介します。
社会的インパクトの測定とマネジメントとは
近年、新しい価値の尺度として、社会的インパクト分析に注目が集まっている。様々な企業がそれぞれの目的に応じた手法で社会的インパクト分析への取り組みを始めており、分析手法についても研究や事例の蓄積が進んでいる。
一方で、社会的インパクトの分析を取り入れていたとしても、それを事業改善や、意思決定等に生かしている事例はまだまだ少ない。The Global Steering Group for Impact Investmentにおける調査では、インパクト測定・マネジメントのプロセスが体系化されていない点を課題として挙げている投資家層も多く、取り組み自体をどのようにすべきか、がわからない事業者・投資家も多いと考えられる。
<インパクト投資を増やすうえでの課題>
データソース:The Global Steering Group for Impact Investment国内諮問員会「日本におけるインパクト投資の現状と課題 2021年度調査」
社会的インパクトは事業の主要な業績指標(Key Performance Indicator:以下、KPI)を用いて分析されており、その進捗を可視化するだけではなく、仮説検証プロセス(Plan-Do-Check-Act:以下PDCA)を回すための一つの指針として継続的に確認することが、価値を創出し続けていくためにも重要である。そのため、社会的インパクトを分析する代表的なフレームワークである社会的投資収益率分析(Social Return on Investment Analysis:以下、SROI分析)においても、分析の最後のステップとして、分析に基づいた事業改善が規定されている。
参照:社会変革推進財団ホームページ(https://www.siif.or.jp/strategy/impact_management/)
実際に、社会的インパクトを意識して事業運用を行っている企業では、毎年の測定を通じて課題を発見し、関連するステークホルダーと共有しながら、事業改善を通じてインパクトを創出し続けているものも存在する。一方で、こうした活用事例についてはまだまだ認知が進んでいないのが現状である。本稿では、いくつかの事例を用いながら、社会的インパクト分析をどのように活用すべきかについて紹介する。
社会的インパクト分析結果の活用の現況と、課題
社会的インパクトは、多様なアセットや事業から創出され、様々な事業で可視化の検討が進んでいる。近年では、スポーツイベント等の非営利活動に加え、営利企業が取り組む活動にも幅を広げてきている。
特に社会との関連性が深いインフラ事業や、不動産等の領域では、可視化のみならず、活用に向けた動きが進んでいる。例えば、国土交通省では、社会的インパクト不動産の実践ガイダンスが公表されている。本ガイダンスにおいては、社会とともにある「不動産」が、企業等の中長期的にわたるマネジメントを通じて様々な課題に取り組むことで、社会の価値創造に貢献することを前提としている。例えば、子育て施設の整備・運用を行った場合には、地域の人々の子育て支援を通じて、子育ての負担感が減る、こどもが健やかに成長する、などのアウトカムが創出される。その他、社会的インパクトの類型としては安全性の確保や、経済的な発展および地域の魅力向上など、様々なアウトカムが想定されている。これらは、インフラ事業だけではなく、多様な事業を通じて実現されるものであると考えられる。
<不動産に係る社会課題等>
出所:国土交通省『「社会的インパクト不動産」の実践ガイダンス』よりデロイト トーマツ作成(https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo05_hh_000001_00101.html)
しかしながら、現状では、事業の社会的価値を可視化する意義は、外部への報告目的が主であり、事業実施主体の中での事業の改善、いわゆるインパクトマネジメントへの活用が遅れているのが現状である。活用にあたり、企業が抱える課題点は以下の通りである。
- 受益者の範囲が特定しにくく、誰に対するどのようなインパクトが重要なのかがわからない
- 事業の実施範囲が多岐にわたるため、「誰を相手とした内容なのか」「それによって恩恵を受ける人がだれか」があいまいになっている
- そのため、事業実施者間においても、また受益者やその他の関連するステークホルダーにとっても、改善すべきKPIが不透明になっている可能性がある
- 計画時点から社会的インパクトの考え方を織り込んでおらず、事業実施中の意思決定に反映することが難しい
- 計画段階では、財務的リターンをメインに検討しており、事業計画が財務的リターンを基礎として成り立っているため、事業実施中にその成果を振り返ることが困難になっている可能性がある
- 特に社会的インパクト投資の文脈においては、財務的リターンとともに社会的インパクトを生み出すことが重要視されているものの、社会的インパクトの成果を把握できないため社会的インパクトをもとにした資金分配が検討されておらず、高い効率で社会的インパクトを創出するにもかかわらず、特定の事業に十分な資金分配がなされていない可能性がある
これらの課題を改善し、社会的インパクトを可視化することで得られるメリットは下記の通りである。
- 計画時点から何を社会的インパクトとして定義するかを確認することで、事業実施に必要なステークホルダーを巻き込むことができる
- 事業の主要な受益者に対する社会的インパクトのKPIの推移を確認することでPDCAに生かせる
- 社会的インパクトを生み出す活動への資金・資源の分配に生かすことができる
特に計画策定におけるステークホルダーの巻き込みと、資金分配の観点から、2つの事例を紹介する。
事例
地域のインフラ体系の在り方検討における活用 – 計画段階での社会的インパクトの考慮
(事例概要)
各地域におけるインフラの在り方は、単にそのインフラの利便性や有用性という側面だけでなく、地域社会全体の生活や経済、観光の質にも大きな影響を及ぼしている。インフラシステムに課題を抱える地域がその改善を目指すためには、サービス供給者個々の視点から検討するのみではなく、住民や来訪者といった需要者側の視点も取り入れ、地域社会全体の「ありたい姿」を描いたうえでそれに必要なインフラシステムを構築しアクションを実行するといった、バックキャスティングの考え方が有効である。これは、欧州などを中心に近年広がりを見せている取り組みであり、”Sustainable Urban Mobility Plan”(SUMP、持続可能な都市モビリティ計画)と呼ばれる。
(導入にあたっての課題)
バックキャスティングによる計画立案と実行のためには、自治体や企業などといったあらゆるステークホルダーが協働することが鍵となる。しかし、立案の当初段階ではそもそも関連するステークホルダーの範囲などが把握できないことが想定される。そのため、課題分析のプロセスにおいて社会的インパクト分析の手法を活用し、ロジックモデルを作成して仮説を立てて各ステークホルダーへの影響を可視化することで、ステークホルダーそれぞれに関連する課題を認識し、改善に向けたアクションを明確化することが可能となる。
(具体的な実施プロセス)
実施にあたっては、①社会的インパクト分析の考え方を応用しロジックモデルを用いて課題を分析、②対面インタビューやオンラインアンケート等を通じステークホルダーに対して現状の課題を共有し、ありたい姿に関する意見を聴取、③挙げられた意見をステークホルダーにフィードバック、④実現に向けたアクションについてステークホルダー間の垣根を越えて検討、といったプロセスで実施する。
<実施プロセスのイメージ>
(想定される活用事例)
地域のインフラ体系、ひいては地域社会の在り方を検討するにあたっては、社会的インパクト分析の「ステークホルダーの明確化」「ステークホルダーごとの影響経路の分析」といった強みを活用することが可能である。社会的インパクト分析の考え方を導入することによって、社会において密接に影響しあっている各ステークホルダーとインフラの関係性を紐解き、ステークホルダーそれぞれが納得感を持って取るべきアクションを検討することにつながる。また、現状の課題やボトルネックを可視化することは、取組効果のモニタリングに用いる指標の検討にも有用である。人材や財源といったリソースの不足によって現状のインフラの維持が難しくなる自治体が今後増えていくと考えられる中、社会的インパクト分析は地域社会全体にとってのインフラの最適な在り方を検討するためのツールとなりうる。
地域再生エリアマネジメント負担金制度における活用 – 資金分配等での社会的インパクトの考慮
(制度概要)
社会的インパクト分析の結果を資金分配・調達につなげる方法の一つとして、地域再生法に基づく地域再生エリアマネジメント負担金制度での活用が挙げられる。
この制度は、市町村に対し、特定の地域で実施されるイベント等のエリアマネジメント活動の受益者である事業者から負担金を徴収し、当該活動の実施主体であるエリアマネジメント団体に交付することを可能にするものであるが、この際の負担金の水準は、受益者が受ける利益の限度において設定することと規定されている。
出所:内閣府「地域再生エリアマネジメント負担金制度」よりデロイト トーマツ作成
(https://www.chisou.go.jp/sousei/about/areamanagement/index.html)
(制度導入に当たっての課題)
本制度は、地域での持続可能なエリアマネジメント活動を実施するための先進的な制度であるが、現時点で導入は1地域(大阪市)にとどまっている。この理由として、受益者となるステークホルダーの範囲が不明確であること、当該活動により生じている受益の計測が困難であること、といった点が考えられるが、こうした点については、社会的インパクト分析の実施が解決の一助となる。社会的インパクト分析を実施する際のプロセスのイメージは下記の通り。
<実施プロセスのイメージ>
(想定される活用事例)
例えば、エリアマネジメント活動で地域が享受する利益の大きさを社会的インパクト測定の手法を用いて分析する場合、エリアマネジメント団体が実施するイベント等の活動が、どのように来場者や地域の事業者の受益につながるかを示すため、最初のステップとして①ロジックモデルの作成を行う。その際、ステークホルダーを巻き込んだ議論を通じて、当事者間での活動に対する共通認識が醸成されるため、エリアマネジメント活動の受益者となるステークホルダーについての合意形成につながることが考えられる。
また、上述のようにロジックモデルを作成した後、アンケートを実施し実際に社会的インパクトを測定することとなるが、この結果がエリアマネジメント活動により生じている受益となるため、負担金の検討に直接活用することができる。例えば、地区内の清掃活動などであれば、当該活動に対する来訪者の支払意思額をアンケートにより聴取し、社会的インパクトを貨幣価値に換算することで、地域全体として受けている利益の大きさを分析することができる。加えて、イベント開催などによる観光地周辺に立地するビルのオーナーなどが受ける経済的利益については、アンケートで聴取した来訪者の消費額やイベント等の実施による来訪者数の増加見込みなどを基に地区内の全テナントの総売上高の変化を予測し、その結果から分析することができる。このようにして地域内全体で生じている受益を分析し、店舗の面積などの要素を用いて各事業者に按分することができれば、個々の事業者の負担金の金額の算出につなげることができる。
まとめ
このように具体的な活用が広がりつつある社会的インパクト分析であるが、上記の活用事例を踏まえ、今後、活用が見込まれる領域をまとめると以下の3点が考えられる。
- 関係者間の認識共有
まずは、事業実施に当たっての関係者間の認識共有である。社会的インパクト分析において作成するロジックモデル作成を通じて、関係するステークホルダーの間でよりよい事業の実施に向けて必要となるアクションが共有され、より効果的な事業の実施につなげることができる。
- 資金・資源の分配の検討
そして、事業実施に当たっての資金・資源の分配の検討である。各企業や行政機関によって取り組まれる事業に関し、どの程度の社会的・経済的な利益が発生する見込みであるかを社会的インパクト分析によって算出することができるため、資金・資源の投入量についての事前の検討を行う際に参考とすることができる。さらに、測定において主体毎の受益の大きさを把握することができれば、当該事業の実施における主体間での負担割合の検討にも生かすことができる。
- 事業効果の検証
さらに、事業効果の検証にも生かすことができる。社会的インパクト分析の過程で設定されたKPIの変化を継続的に追うことで、事業の効果が想定通りに発現しているか、また効果の発現のためにどのようなアクションが必要なのか、といった点を具体的に把握することができる。
このように、社会的インパクト分析は様々な目的で利用が可能な分析手法であり、今後、多くの社会分野で活用が広がっていくものと予想される。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
エコノミクス
マネージングディレクター 増島 雄樹
シニアヴァイスプレジデント 竹ノ内 勇人
シニアアナリスト 佐々木 友美
シニアアナリスト 大塚 充
アナリスト 小野田 峻
(2024.5.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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