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不確実な未来に対処するための「未来の記憶」づくりの効用

Financial Advisory Topics 第16回

不連続な変化が起き続ける現代、企業はどのように未来を洞察し意思決定を行えば良いのでしょうか。本稿では、この課題認識に役立つ「未来の記憶」の効用と、その作成のポイントについてシナリオ・プランニング手法と関連づけながら解説します。

I. はじめに

人生も企業活動も、意思決定の連続である。

合理的な意思決定をする際には、情報を網羅的に集めて時間をかけて判断しているはず―このように考えがちである。しかし時間の制約に加え、認知能力の限界によって「限られた合理性」に基づいて意思決定を行っているのが実態である。この「限定合理性」の状況下で、私たちが活用しているのが「記憶」であろう。過去の成功体験や失敗経験を道しるべとしながら、短時間で合理的と思える意思決定をした経験は皆さんにもあるのではないだろうか。

スウェーデンの神経学者デビッド・イングバールは「未来の記憶」 という論考で、人間は過去の記憶と現在の状況認識にもとづいて未来を想像し、目標に向けた行動の項目を決定し、それを常にブラッシュアップし続けていると記している。一見合理的に思える過去の記憶や現状認識に基づいた、こうした「未来の記憶」は、未来の不確実性が高い時代にも活きるのであろうか。

答えから申し上げるとNoだ。未来が不確実で、現在との連続性がない変化も起きうるのだとすれば、「新しいタイプの未来の記憶」が必要となる。

このようなときに役に立つのが、不確実な未来を考察する「シナリオ・プランニング」である。以下、記憶との関連でその有用性を紹介しよう。

 

II. シナリオ・プランニングによる未来の記憶

「解像度」を高めた未来洞察

「シナリオ・プランニング」とは、「起こりうることは想定できるものの、その確率を事前に決めることが難しい要素」を不確実性と定義し、その不確実性の変化方向次第で起こりうる複数の未来環境を、それぞれ未来物語(シナリオ)として客観的・論理的に記述することで、未来に備えようという手法である。

この未来環境シナリオは、漠然とした空想でなく、かなり具体的な未来像を議論し、その理解を深めていった結果得られる。「誰がどのようなことをしている未来なのか」「どのようなニーズが発生し、そのニーズに応えているプレーヤーは誰なのか」といった、「解像度」の高さが1つ目のポイントだ。

記憶には様々な種類があるが、シナリオとの関連で言えば、自分の実体験と結びついた「エピソード記憶」がこれに近い。エピソード記憶とは「昨日のオンラインショッピングで、実店舗以上の感動的なサービスが得られた」といった「いつ・どこで」などの情報を伴った記憶のことである。このエピソード記憶は、長期記憶として記憶に残りやすいと言われている。

この特徴を上手く活用し、質の高い「未来のエピソード記憶」が形成できれば、より良い未来の意思決定につながるはずである。例えば10年後に人々はどのように暮らし、どういったサービス・技術が台頭しているのかなどを具体的にイメージし、未来を仮想体験し、その体験を記憶する。イングバールのいう「過去の記憶と現在の状況認識」の代わりに、この「解像度の高い未来の記憶」が役に立つのである。実際、シナリオ作成のワークショップでは「未来の新聞記事」を書くようなかたちで具体的な未来の姿を検討していく。
 

時間軸を伴った論理性の担保

未来シナリオは、いかに解像度を上げようとも、そのストーリーだけでは「本当に起こりうるのか」の問いに答えることは難しい。現在と未来が本当につながるかの確信が持てないからだ。イングバールが言うように、未来の行動を規定しているのは、過去から現在へのつながりである。つまり、過去・現在と何らかの形でつながらなければ、未来への行動は起きない。しかし、「既存の延長線上の未来」では、不確実な時代に役に立たないのは言うまでもない。

2つ目のポイントは、様々な未来情報を紡いだ結果得られる「起こりうる未来」から逆算し、現在に論理的につなぐことである。昨今で言えば「バックキャスティング」がこれにあたるだろう。「先に未来にジャンプし、そこから振り返る形で、現在とつなぐ」―これが重要なポイントだ。

具体的には、未来年表を作成することで、現在と未来がつながる。この未来年表では現在から未来シナリオまでの間に起こりうる事柄を時系列に整理する。大切なのは、ただ順序に沿って並べるだけではなく、事象間の因果関係を明らかにし未来シナリオが起こりうるロジックを構築する点だ。現在起きている事象と未来シナリオからのバックキャストの両方向から年表をつないでいく。
 

自らの手で行うことによる「自分事化」

3つ目のポイントは、上述のエピソード記憶を、シナリオ作成のプロセスにも適用することだ。エピソード記憶とは、自分の実体験(エピソード)に関するものだという点は既に述べた。

未来の新聞記事や年表により具体的な未来が想像できるといっても、よく年始にメディアに溢れる「今年の流行しそうなトピック」的な記事を熟読して、年末になっても覚えているひとはどれくらいいるだろうか。一方、自分自身がこのプロセスに携わっていれば、その体験から得られる未来シナリオは、自分事化されずっと記憶に残り続ける。

私たちが2001年に行ったシナリオ・プランニングでは、メディアの未来シナリオ構築において、「2008年の北京で行われる世界のスポーツの祭典では、個人が動画を世界中に配信するブロードキャストが一般的になっている未来」を想像・記述し「個人放送局の台頭シナリオ」と名付けた。そのような世界がそのまま実現したわけではないが、かなり近いことが2005年に起きた。YouTubeの創業である。いまやYouTube上での個人放送局は当たり前の世界になっているが、このような記憶が鮮明に残っているのも、自分自身がそのプロセスに関わったからだ(2008年よりももっと前に起きたことも記憶に残っている要因かもしれない)。

メディアと情報化社会の未来
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このように本気で自分事化して未来に備えるのであれば、自らハンズオンでシナリオを作成する必要がある。外部から未来予測情報を受け取るのではなく、結論に至るプロセスを試行錯誤しながらも自分たちの手で主体的に作り上げることにより、結論に対する「腹落ち感」も醸成することができるし、記憶にも残る。記憶に深く刻み込むことで、単に知っている状態ではなく、使える知識・情報化し、また行動につなげることができるのだ。

 

III. 未来の記憶による効果

最後に、未来を記憶することによる効果を3つご紹介したい。
 

意思決定の質の向上とスピードアップ

1つ目は、意思決定の質の向上とスピードアップである。最初に述べたように、私たちは「限定合理性」という制約のなかで意思決定をしている。シナリオ・プランニングによって、質の高い未来の記憶が作れたら、自ずとその未来記憶に基づいて、クイックに質の高い意思決定が可能となる。
 

予兆に敏感になり、アジャイルな行動につながる

2つ目として、様々な事象に対して多角的かつ具体的な考察を重ねていく中で、組織全体として情報への感度が高まる効果が期待できる。以前であれば見逃していたであろう情報の中から、未来の予兆を発見する能力が向上し「変化の先取り」が可能となる。
 

共通言語の獲得

未来シナリオを作る目的は未来に向けて変革を促していくことだが、変革への提言は現状否定の側面も併せ持つことがあり言い出しにくいこともあるだろう。だが、共通の未来体験を有していれば、「あのシナリオが起きつつあるのではないか」と客観的な対話が生まれやすく、意見に耳を傾ける土壌が形成される。未来シナリオの内容が共通言語となり、合意形成を促進する効果を持つのである。これが3つ目の効果である。

 

IV. おわりに

「未来の記憶」をキーワードに、過去からの延長の記憶ではなく「不連続な未来の記憶」の作り方について解説してきた。シナリオ・プランニングの手法を活用し、不確実な未来により良く備え、より良い意思決定と行動につながるよう、本稿をお役立ていただければ幸いである。

 

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

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執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション
パートナー 西村 行功
シニア ヴァイス プレジデント 福村 宏治

(2022.11.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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