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デジタルガバメント推進におけるトラスト・イン・ガバメントの重要性

Financial Advisory Topics 第32回 欧米のスマートシティ取り組み事例における「トラスト・イン・ガバメント」の実践と示唆

新型コロナを契機として、日本でもデジタルガバメントの重要性が再認識され、デジタル庁の発足をはじめ、政府や地方公共団体において行政のデジタル化(行政DX)の取り組みが進められています。当社は海外のスマートシティの直近の動向を調査するなかで、デジタルガバメント推進における重要な要素として「トラスト・イン・ガバメント」に着目しました。本稿では、トラスト・イン・ガバメントの意義、またそれに関する欧米の取り組み事例について紹介します。

I. はじめに

日本では、コロナ禍を契機として行政のデジタル化が急速に進められている一方で、日本のデジタルガバメントは、欧米諸国と比較すると後れを取っていることがしばしば指摘されている。世界の主要なデジタルガバメント指標の一つとされる「早稲田大学世界デジタル政府ランキング」1の2023年度調査結果によると、日本は18年目にして初めてトップ10位圏外となった。同調査結果では、デンマークが3年連続1位となり、またアジア諸国ではシンガポール(5位)や韓国(6位)がトップ10入りしている。

デジタルガバメント推進に向けた課題としては、インフラ整備や行政の推進力などに目が行きがちではあるが、サービスの受益者たる国民/住民の理解と利用があってこそデジタル化の意義が生まれるものである。そのため、近年では「トラスト・イン・ガバメント(Trust in Government:政府への信頼)」の構築の重要性が議論されている。

本稿では、デジタルガバメントのみならず、現在政府が推進している「デジタル田園都市国家構想」に代表されるスマートシティの取り組みの推進力となりうる「トラスト・イン・ガバメント」について、海外の取り組み状況を通じて、日本が取り組むべき方向性を考察する。

 

1 「早稲田大学世界デジタル政府ランキング」は、早稲田大学総合研究機構電子政府・自治体研究所が2005年から年次で発表する、ICT先進国66か国のデジタル政府の進捗度を主要10指標で多角的に評価する調査である。10 指標は、デジタル・インフラ整備、行財政最適化、アプリケーション、ポータルサイト、CIO(最高情報責任者)、戦略・振興、市民参加、オープン政府データ・DX、セキュリティ、先端技術の10指標で構成されている。
(出所:早稲田大学 “世界デジタル政府ランキング2023年度版公開”)

II. 「トラスト・イン・ガバメント(Trust in Government)」の動向

1.「トラスト・イン・ガバメント」とは

トラスト・イン・ガバメントに関する経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本におけるトラスト・イン・ガバメント指標は、2022年時点で43.1%であり、OECD国41か国中27位であった2

政府への信頼を醸成する要因については様々な研究がなされているが、前述のOECDの同調査は、「政府機関が政策やサービスを提供する際に、どの程度応答的で信頼でき、開放性、誠実さ、公正さという価値観に沿って行動しているか」という点に着目している。またコロナ禍を経て、グローバルな問題や世代間の問題に対処する政府の能力なども重要性が増している3

デジタルガバメントの文脈では、行政と国民における信頼関係を醸成する要素として、国民(利用者)が提供されるサービスの内容を知ることができること、提供サービスの使いやすさや安全性、また行政と国民の間での「認め合い・互助関係」の重要性も指摘されている4

では、デジタルガバメントの推進と、政府への信頼はどのような関係にあるのか、なぜ政府への信頼が重要となるのか。政府への信頼に対するデジタルガバメントの影響については、確定した見解はないものの、政府を信頼している人ほど行政のデジタルサービスを利用するようになるとの研究がある5。そして、利便性の高いデジタルサービスを国民が利用することによって、行政サービスの満足度向上やサービス効率化によるコスト削減が実現し、政府への信頼が増す可能性がある。すなわち、デジタルガバメント推進において、政府への信頼の醸成が必要であり、またデジタルガバメント推進の結果として政府への信頼が高まるという効果が期待されるのである。
 

2.「トラスト・イン・ガバメント」構築に資する海外のデジタルガバメント取り組み事例

海外の先進国においてはトラスト・イン・ガバメント構築の重要性を理解し、デジタルガバメント施策を進めるなかで、政府への信頼向上に向けた取り組みを重点的に組み込む事例が見られる。

米国の調査会社が毎年実施しているデジタルガバメント調査の大都市部門6において、2023年に首位に君臨したロサンゼルスでは、「MyLA 311」というアプリケーションを活用し、市民との相互コミュニケーションを積極的に図っている。同アプリケーションは公共料金支払等のオンライン行政手続きのみならず、外壁の落書き除去や道路の陥没修復、不法投棄の撤去など多様なサービスリクエスト機能を提供しており7、ユーザーからも応答性の高さや使いやすさ、通報から数時間から1週間程度で問題が解決されると好評を得ている。一方で、何度も申請したのにも関わらず未処理といった事案が時折生じることもあることから、現市長であるカレン・バス氏は2021年3月に「The 411 on 311: Calling for a Customer-First Approach」8にて、市サービスのより顧客中心のモデルに関する改善事項を公表した。その後、MyLA311に関するより詳細調査の委託を通じて、サービスパフォーマンスの測定、部門間連携の改善、MyLA311へのアクセス・ユーザビリティ改善に対する投資など、顧客満足度を向上させるための施策を段階的に実行してきた9。このような形で、デジタルサービスに対する市民の不満・課題を追求し、その実態と今後の対応方針について定量目標を含めた形でコミットしていくことが、市民との関係性を築くうえで重要な点と考えられる。

フランスの地方都市ディジョンにおいても、ロサンゼルスと類似の取り組みが見られる。ディジョン市は、フランスの中東部に位置する、人口15万人(2020年時点)の地方都市であり、バルセロナで毎年開催されているSmart City Expo World CongressのSmart City Award 2018において、シンガポールに次ぎ2位となったことでも注目を浴びた。同市とその周辺のコミューンが構成するメトロポール・ディジョン(以下、ディジョン)10は、市民とのつながりを強化し、暮らしやすい都市をつくることを目的に、2010年代半ばからスマートシティ・プロジェクト「On Dijon」を推進している。

ディジョンがOn Dijonプロジェクトの一環として積極的に取り組んでいるのが、デジタルガバメントである。2021年には行政・市民間の双方向性アプリ「On Dijon」を公表し、一般的なオンライン行政手続きや行政情報の発信に加え、公道での事故・損傷や放棄された廃棄物等の問題を市民が簡易的に通報することができる投稿サービスを導入している11。都市機能を集約的に管理するために2019年に設置されたOn Dijonコントロールセンターが、市民からの投稿について1日に約630件のリクエストを処理している12。このような形で市民の要望に対する対応件数、すなわち市民とのコミュニケーション実施への定量的コミットが、政府への信頼向上に繋がっているものと推察される。さらに、同アプリのダウンロード数は現在2万人に達しているが、一般公開される前に開発初期段階において1,200人の市民を対象にユーザーテストを実施し、その後ダウンロード数を3,000に限定してリリースされた。このようなテストを通して、アプリの使いやすさの改善やシステムのバグの修正に加え、行政側の対応能力も事前に検証が行われたことで、より市民から信頼される行政サービスが構築されている。引き続き「本当に援助が必要な生活保護者に適切な援助ができていない」との認識のもと、市民のニーズを的確に捉え素早く反映するために、アジャイルな開発手法のもと改良を続けている13

2 OECDの「Trust in Government」調査では、「政府への信頼度」は、国政を信頼していると答えた人の割合を指す。
(出所:OECD “Trust in government”, URL: https://data.oecd.org/gga/trust-in-government.htm, 最終閲覧日:2024年3月26日.)

3 OECD, “Trust in government”.

4 NEC “デンマークに学ぶTrust in Governmentのポイント”, 2023年7月. p.3.
URL:https://jpn.nec.com/safercities/government/wp/index.html, 最終閲覧日:2024年3月26日.

5 藤本 吉則 “電子政府における透明性とトラスト”, 2019, 公共政策研究19 (0), pp.59-67.

6 Govtech.com “Digital Cities Survey 2023 Winners Announced”, 2023年11月8日.
URL: https://www.govtech.com/dc/digital-cities/digital-cities-survey-2023-winners-announced, 最終閲覧日:2024年3月26日.

7 City of Los Angeles, “MyLA311”,
URL: https://myla311.lacity.org/portal/faces/home/service/create-sr?_adf.ctrl-state=k213lstyz_5&_afrLoop=28456358292719984#!, 最終閲覧日:2024年3月26日.

8 City of Las Angels “The 411 on 311: Calling for a Customer-First Approach”, 2021年3月.
URL: https://controller.lacity.gov/audits/311, 最終閲覧日:2024年3月26日.

9 City of Las Angels “MAYOR KAREN BASS SIGNS EXECUTIVE DIRECTIVE TO UPGRADE CITY SERVICES”, 2023年10月30日.
URL: https://mayor.lacity.gov/news/mayor-karen-bass-signs-executive-directive-upgrade-city-services, 最終閲覧日:2024年3月26日.

10 人口約26万人の広域自治体連合。徴税権、議会と行政機能を有する。

11 MAIRIE DE DIJON “Réseaux sociaux et application mobile”, 
URL: https://www.dijon.fr/toute-lactu-de-dijon/reseaux-sociaux-et-application-mobile/, 最終閲覧日:2024年3月26日.

12 Suez Group “Dijon, a Smart City project in France”, 
URL: https://www.suez.com/en/our-offering/success-stories/our-references/the-town-of-dijon-has-launched-a-unique-project-in-france-for-the-connected-management-of-public-spaces, 最終閲覧日:2024年3月26日.

13 東京都 “Connecting Smart Tokyo to World Cities ~France(Dijon・Paris)~Part①(Dijon:大都市圏統合型スマートシティ構想)”, 2024年1月31日. URL: https://digi-acad.metro.tokyo.lg.jp/contents/001-00034.html, 最終閲覧日:2024年3月26日.

 

III. おわりに

デジタルガバメントの分野では、今回取り上げたロサンゼルスやディジョンの取り組み以外にも、デンマークをはじめとする北欧諸国の取り組みも知られるところであるが、それらの海外事例から見えてくることは、市民の満足度向上や、いかに市民にサービスやシステムを利用してもらうかを重視し、市民の理解を得るために必要な情報発信を行いつつ、アジャイルに取り組みを進めているという共通点である。

日本では、デジタルガバメントの基盤となるマイナンバーカードの全国交付率14は令和6年2月末時点で78.3%と、前年同月63.5%から約15ポイント向上し、普及は着実に進んでいるものの、マイナ保険証の利用率は令和5年4月の6.3%をピークに低下する等15、市民がサービスの恩恵を享受できるようにすることが大きな課題となっている。日本が目指す、誰一人取り残さないインクルーシブなデジタル都市国家を構築していくためにも、政府への信頼向上に重きを置いたデジタルガバメント推進が必要であり、そのためにはトライアンドエラーの精神と、それに伴う説明責任へのコミットメントが求められていると思われる。

 

14 総務省 “マイナンバーカード交付状況について”, URL:https://www.soumu.go.jp/kojinbango_card/kofujokyo.html, 最終閲覧日:2024年3月26日.

15 厚生労働省 “マイナ保険証の利用促進等について”, 2024年2月29日. 
URL: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001217026.pdf.

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
インフラ・公共セクター
海外都市開発・TODアドバイザリー
ヴァイスプレジデント 板倉 雅也
ヴァイスプレジデント 波多野 寛子
アナリスト 林 まい子

(2024.4.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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