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逆転発想のクライシス×ブランディング
そのクライシスに、ブランディングの力を。自然回復に任せず、逆に企業変革・再生に活かす視座を提言
企業不祥事があとを絶ちません。いつ誰に起こるか予想できないクライシスをスマートに乗り切るだけではなく、そこを起点に企業変革を推進するクライシス×ブランディングを提唱します。リカバリー対応だけではなく、ブランディングまで見据えた平時の備えがあれば、クライシスからいち早く抜け出すだけでなく、企業変革の起点にすることもできる筈です。本稿ではわが国最大級の企業不祥事に実務対応した危機管理広報の専門家が解説します。
企業不祥事はコロナ禍で減ったのか?
デロイト トーマツが発行した「企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2022-2024」によれば、コロナ禍で苦しんだこの3年間で企業の不正・不祥事は減少した。しかし実態は手放しでは喜べないようで、どうやらリモートワーク環境下で不正が発覚しづらくなった結果ではないかと推測している。年間6件以上の内部通報があった企業数の減少もそれを裏付けている。
つまり、企業にとって不祥事、クライシスは相変わらずいつ起こる変わらない脅威のままなのだ。
そこで重要となるのが、ブランドにおける「エントリーポイント」という考え方である。「エントリーポイント」とは利用者にとってのブランドとの「最初の接点」であり、ライフイベントに関連した商品・サービスは、ライフイベントそのものがエントリーポイントとなり得る。特にエントリー前におけるブランディングは、これまでブランドと接点がなく無関心であった層に対し、彼らの興味関心の扉を開き、次項で紹介する点をはじめ、いくつかポジティブな効果が得られることが期待されることから、ライフイベントにおける接点を持たないブランドにおいても、意図的にエントリー前の将来的なターゲットを設定しブランディングを行うことは有効であると考えられる。
クライシスは徹底的なリカバリー対応(調査と対策)で鎮める
不祥事の大小にもよるが、「謝罪」「原因究明」「再発防止」の3点セットでリカバリーを図ることが基本の所作だ。クライシスと呼ばれる大型不祥事の場合、第三者機関を巻き込んだ調査委員会を立ち上げることもあり、第三者委員会、社外調査委員会などと呼ばれるものがこれに該当する。
多くの企業はここまで終え、あとはレピュテーション(評判)と業績の自然回復を待つことになるが、なかには真摯な対応と積極的な情報開示によって逆に称賛を集め、早期にレピュテーションを回復させてしまう猛者もいる。
例えば、商品に昆虫が混入させてしまった国内食品企業や、薬品への毒物混入で死者を出してしまった外資系企業が有名だ。両者とも、徹底的な再発防止対策とその経過を緻密に広報することでレピュテーション回復に成功し、それは今でも広報界隈では語り草になっている。
しかし、だ。SNSに代表されるコミュニケーション手段の発達により、あらゆる情報がバイラルで即座に広がってしまう現在において、それだけでよいのだろうか。さらにいえば、クライシスを奇貨として企業を変革してしまう逆転の発想はありえないのだろうか。
逆転の発想 クライシスこそブランディングの好機
実際にクライシスに直面している方々にこんなことを申し上げたら、「存亡の一戦の最中に何を悠長なことを言っているのだ!」と怒られてしまうかもしれない。
クライシスもM&Aなどと同様に企業史を彩る変化の一つであり、むしろブランディングの好機、と筆者は捉えている。なによりも、ブランディングとのブリッジがないリカバリー対応は企業にとって相当厳しい。
- 企業のレピュテーションが落ち業績が急速に悪化する(特にBtoC)
- 従業員の心が離れ、離職の連鎖が起きる
- 優秀な学生の新卒採用が難しくなる
- クライアントや取引先に十分な説明ができず(「調査中でこれ以上は言えない」など)、不振の連鎖を招く。フロントに立つ営業にも不満がたまる
- リカバリー対応後も、いつ通常モード(製品PRやプロモーションなど)に戻してよいか判断と踏ん切りがつかず、業績に悪影響が長く残る
挙げればきりがないが、代表的なものはこんなところであろうか。
一旦危機が起これば、しばらくこのような状態が続くことはやむを得ないが、如何にレピュテーションを早期に回復し、通常モードに戻すか当初より戦略的に考えて行動することが私の提唱するクライシス×ブランディングだ。
さらに言えば、危機を逆手にとって企業体質を根本的に変革することも視野に入る。例えば、企業の原点に立ち返るパーパス経営・ブランディングを取り入れることで社内に企業変革を実装していくことができれば、企業体質の改善に留まらずレピュテーションの向上にもつながる。あるいは、社内の人心をしっかりグリップし直すためのインターナルコミュニケーションも社員を奮い立たせ、事業に対するエンゲージメントを向上するために有効な施策といえるだろう。なぜ危機を活かすかというと、大胆な改革は業績に問題がない平時にはなかなか導入できないためだ。要は、「何も問題がないのだから、余計なことはしない方がいいのでは」「流行りものに乗っても長続きしないのでは」という有形無形の抵抗に晒されるということだ。
クライシス×ブランディングの課題
もちろん、クライシス×ブランディングの実践には多くの課題がある。
1つ目は、人的リソース。クライシスに立ち向かいながらブランディングを考えていくことはある種の胆力、調整力、アナロジーが必要であり、それは体験知でしか得られないフロネティック・リーダーシップの一種ともいえる。うるさがられながらでもリカバリー対応の情報を獲得し、ブランディング戦略の絵を描き、周囲を巻き込んでスクラムを組む作業、といえば想像できるだろうか。
2つ目は、時間とコスト。ただでさえ火事場の対応に忙殺され、将来の見通しが立たない状況なのだ。大胆な投資に及び腰になるのは極めて自然な反応ではなかろうか。
3つ目は、適切な伴走者なしにはできない点。1つ目にもかかわるが、リカバリー対応とブランディングの間で齟齬が生じないよう絶妙な連携を取るとともに、プロフェッショナルな知見をもって解決していかなくてはならない。両者とも因数分解していくと多くの作業の集合体であり、その一つ一つに高度な技量を要するため、一気通貫で対応できる伴走者の存在なくしてはありえない。
4つ目は、地味ながら最も合理的で大切なファクターとして、平時から適切な伴走者に相談するなどプロフェッショナルのサポートを受けなければ、いざという時にうまくいかない点だ。経営層や広報などブランディングのキーとなる組織の危機管理力強化と、クライシス発生からブランディングへのシームレスなつなぎを徹底的に理解し、動くことができる体制を構築しておくことで、いざというときのレジリエンスが向上するだけでなく、平時の社内外コミュニケーション力も強化することができるため一挙両得だ。
おわりに
目の前にない危機に備えるといっても何から手をつけたらいいのか分からない、そもそも基礎的な広報の地固めを優先したい、という声を多くの企業から聞く。そういった観点から、まず平時にできる4つ目を検討するのも一手だろう。コミュニケーション手段の多様化や、サイバー攻撃など、かつてはなかった環境が当たり前のVUCAの時代になっている。有備無患という箴言は「書経」もしくは「春秋左氏伝」から生まれたとされるが、折しも平和と戦乱が隣り合わせのVUCAの時代だったそうだ。古代の叡智は、不確実性の高い今の時代でも輝きを失うことはなさそうだ。
(本稿は過去の実務経験や昨今の情勢をもとに考察した私見であることをお断り申し上げます)
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ブランディング アドバイザリー
ヴァイスプレジデント 小林 格