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監査上の主要な検討事項に関する分析〜通信業界〜

月刊誌『会計情報』2021年5月号

業種別KAM事例分析シリーズ(5)

網岡 隼人

2019年2月27日、日本公認会計士協会 監査基準委員会は、監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」(以下、「監基報701」)を公表し、2021年3月31日以後終了する事業年度にかかる監査から強制適用となる。

監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters 以下「KAM」)の報告の目的は、実施された監査に関する透明性を高めることにより、監査報告書の情報伝達手段としての価値を向上させることにあり(監基報701.2項)、KAM導入を契機として、資本市場における様々なステークホールダーとのコミュニケーションの深化が期待されている。

KAMは、2020年3月31日以後終了する事業年度から早期適用が認められていたが、早期適用は48社にとどまり、国内における適用事例はまだ少ない。欧州においては2017年12月以降に終了する事業年度より適用されており、その記載内容と書きぶりについて参考になるものが多い。また、複数年にわたるKAMの開示事例を見ると、年度ごとのKAM選択にどのような動きがあるか、リスク評価の変動をいかに開示すべきか参考になる。

以上より、本稿では、欧州における通信事業会社の2年分の開示事例を分析する。

582KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

1.欧州通信事業会社におけるKAMのサマリー

欧州通信事業会社より5社をサンプルした。各社の記載項目は以下の通りである。

No 項目 BT社 V社 DT社 O社 T社

1

収益認識

2

買収に伴う会計処理(無形資産の識別等)

 

     

3

のれんの評価

4

訴訟引当金・偶発負債

 

 

 

5

IFRS16初度適用

   

6

子会社株式、グループ内貸付の評価

     

7

繰延税金資産の評価

 

 

8

年金資産・年金負債の評価

       

BT社 BT Group plc(2020年3月期)英国通信会社
V社 Vodafone Group plc(2020年3月期)英国通信会社
DT社 Deutsche Telekom AG(2020年3月期)ドイツ通信会社
O社 Orange S.A.(2019年12月期)フランス通信会社
T社 Telefonica S.A.(2019年12月期)スペイン通信会社

 

欧州通信事業会社のKAMの共通点として、収益認識とのれんの評価をKAMとしている点があげられる。これは、世界中の通信市場における競争激化により、料金プランが複雑化しており、加えて、様々な顧客インセンティブを設け顧客基盤の維持を推進していることにより、近年の通信ビジネス事業モデルにおいて、収益認識が非常に複雑になっていることによる。また、厳しい競争環境に対応するために、通信事業を超えて、情報・テクノロジー領域において積極的に投資を実施している結果、多くの通信会社において多額ののれんが計上されていることによる。

欧州キャリアの成長の歴史は、海外への積極的な進出の歴史であり、欧州内での市場獲得競争はもとより、英国企業であればオセアニア、インドほか英連邦国への市場拡大を、スペイン企業であれば、スペイン語圏を中心にラテンアメリカへの市場拡大を、フランス企業であれば、アフリカへの市場拡大を進めている中で、欧州においては競争法等の規制リスクに直面し、欧州外においても様々な各国規制における訴訟リスクに直面しており、引当金や偶発負債をKAMとして識別している企業が多い。

また、通信事業を運営するためには、通信ネットワーク、通信回線、通信機器等多くの固定資産が必要であり、2019年におけるIFRS16導入の影響が大きいため、KAMとしている企業も多い。

このような共通点がある一方で、KAMの記載内容を個別にみると、記載しているリスクの内容や対応手続きは当然会社ごとに大きく異なり、記載方法も異なる。KAMの実務がだいぶ定着してきている欧州のKAM記載事例から多くを学ぶことが出来る。

欧州通信事業会社5社について、各社直近2期分の監査報告書に記載されているKAM項目を比較する形で以下にまとめた。年度ごとの記載内容を比較してKAM識別が年度ごとにどの程度動きがあるかを確認し、もって、導入初年度においては見通しが難しい翌期KAM準備にむけての参考情報となることを期待している。また、監査報告書の開示書類全体における位置づけについて、欧州先行事例において、どのように立てつけられているかも含め、開示や監査の実務に示唆を与えるものや特徴的な記載方法について紹介する。

 

2.各社KAMの年度ごとの比較と各社KAMの特徴

BT Group plc(BT)
BT Group 2019年3月期 BT Group 2020年3月期

1.グループ会社に対する親会社からの貸付及び投資に係る回収可能性

1.子会社投資及びグループ企業に対する親会社からの貸付金の回収可能性(重要度5位)

2.グローバル事業部門及び法人事業部門における長期契約 

 

3.課金システムの複雑性を考慮しての収益認識の正確性

2.課金システムの複雑性を考慮しての収益認識の正確性(重要度3位)

4.BT年金スキームにおける年金負債及び相場価格のない投資にかかる評価

3.BT年金スキームにおける相場価格のない投資にかかる評価(重要度1位)

 

4.BT年金スキームにおける確定給付債務にかかる評価(重要度2位)

5.規制及び訴訟に係る引当金の充分性

5.規制に係る引当金の充分性(重要度4位)

6.内部で生成された無形資産の経済的耐用年数

 

 

英国大手電気通信事業会社であり、日本におけるNTTのような元国営企業である。英国最大の固定電話事業者及びインターネットプロバイダーであり、世界でも最大規模の通信事業者のひとつとして、170か国以上で事業活動を行い、売上の約4割をグローバル事業部門で計上している(前期KAMにグローバル事業の長期契約のリスクについてその収益認識における履行債務の特定や見積の難しさについて記載)。

総資産 GBP 53.0 Bn(約7.2兆円)純資産 GBP 14.7 Bn(約2兆円)
売上 GBP 23.7 Bn(約3.2兆円) 営業利益 GBP 4.0 Bn(約5,400億円)

金融庁は企業が直面する主要なリスクへの対応策、水準変化、戦略との関連性等の記載について、英国の開示制度をモデルとして説明していたが、英企業のBTやVodafoneのAnnual reportを見ると、記述情報の充実だけでなく、開示資料内においてリスク視点での各報告書の繋がりが美しく、主語を変えて、全体で同じ方向を見て議論がなされていることが書面からもわかる。すなわち、執行サイドによるStrategic Reportにおいて、中長期戦略に伴うリスク見通しの記載があり、ガバナンスによるAudit & Risk Committee Reportによるリスク評価と執行・取締役会の対応状況の評価がなされ、独立監査人による長文式監査報告書で監査人目線でのリスク評価と対応手続きの記載があり、これらが全て明確に相互参照される形で有機的に繋がっているのである。

例えば、BTのKAMにおける監査上の重要度第1位として挙げられている「BT年金スキームにおける相場のない投資の評価」についてAudit & Risk Committee Reportの該当ページが記載されていて、ガバナンス側で年間を通してどの程度の重要性を持って本トピックが議論されているか、マネジメントの用いている仮定についての評価をガバナンスサイドでしているかが分かる。マネジメントによるStrategic Reportに行くと、年金スキームの課題についてリスクと不確実性を、リスク水準の変化、戦略との関連性を含めて記載している。詳細は割愛するが、もとより英国企業は年金負担が非常に高く、国を挙げての課題であるが、BTのような老舗企業における年金スキームの負担は最重要マネジメントイシューの一つである。2020年のCOVID-19の発生により投資評価リスクが前期に比べて著しく高くなり、リスク評価をマネジメントも3段階のうち「高」に上げているということが図示(上向きの矢印)によりパッと見て分かるようになっている。

では、監査報告書ではどのように表現されているか?監査報告書においても同様に上向きの矢印とともに、トップ項目として記載されている。また、非常に面白いのが、リスクを細分化して記載しているという点で、上表を見て分かる通り、前期は「BT年金スキームにおける年金負債及び相場価格のない投資にかかる評価」という形で年金会計にかかるリスクをひとまとめにしてKAM識別していたが、当期(2020年3月期)はCOVID-19の影響により、直接的に観察できるインプットがない投資の評価リスクが著しく高くなっていることから、KAMについて年金資産を構成する投資の評価を第1位のリスク項目として、分離記載し、第2位の項目として、年金負債の測定を記載している。前期とリスク水準が変わらないというマークとともに、文頭に確定給付債務の算定に用いる数理計算上の仮定に大きな変化がないことを明確にすることで、資産側のリスクを際立たせている。(資産側については、リスク対応手続きを前期よりさらに詳細に記述しており、より充実した手続きの記載からリスク対応を強化していることが分かる)。このような形で、マネジメントによる報告、ガバナンスによる報告、独立監査人による報告すべてにおいて、リスク水準の変化を含むリスク評価の記載があることで、リスク認識の共有を通じた対話の促進によるガバナンス強化が推進されていることが分かりやすく読者に伝わる開示書類となっており、大変参考になる。

 

Vodafone Group plc(Vodafone)
Vodafone Group 2019年3月期 Vodafone Group 2020年3月期

1.収益認識―システムの複雑性を考慮による計上収益の正確性とIFRS15の影響

1.収益認識

2.のれん及び無形資産の減損と評価額 

2.のれんの評価額

3.税務課題

3.ルクセンブルグ法人の欠損にかかる繰延税金資産の認識と回収可能性

4.引当金と偶発負債

4.偶発負債の評価

5.重要なOne-off transaction

5.European Liberty Globalの取得にかかる識別可能無形資産の評価

6.グループ内の事業体に対する貸付金及び投資の評価

6.グループ内の事業体に対する貸付金及び投資の評価

7.Vodafone Idea、Vodafone Ziggoを含む共同出資企業にかかる持分法の適用

 
 

KAMの前期との比較サマリー
・前期からの追加項目
・前期からの削除項目

 

英国に本社を置く多国籍移動体通信事業会社である。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニアで携帯通信網を持つグローバル最大手キャリアの一つであり、中国移動通信(中)、バーティ・エアテル(印)、Vodafone Idea(印)に次ぐ世界第4位のユーザー数を持つ。Vodafone IdeaはインドのIdea CellularとVodafone Groupの共同出資企業であり、前期KAMに当該共同出資企業についての持分法適用についての記載があった。

総資産 GBP 168.2 Bn(約22.7兆円) 純資産 GBP 62.6 Bn(約8.4兆円)
売上 GBP 45.0 Bn(約6.1兆円) 営業利益 GBP 4.0 Bn(約5,400億円)

Vodafoneの開示書類においても、記載方法はまたBTとは異なるものの、Strategic Report、Audit Committee Report、監査報告書のつながりがあり、開示書類全体における各ステークホルダーのリスク識別と対応が有機的に分かりやすく示されている。

Vodafoneの監査報告書の特徴的な記載として各KAMの最後に「Key observations communicated to the Audit and Risk Committee」とあり、監査委員会に伝えた内容として、各KAMの手続きの結果を記載している点があげられる。英国のKAM実務においては、KAMは個別の意見表明をするものではないと明記しつつも、各KAMについて対応手続の結果の記載がある。KAM導入にかかる歴史的経緯や法令の違いによるものが大きいと思われるが、日本の監査報告書作成実務においては、個別の意見表明と誤解される可能性もあり、各KAMごとに結論が示されることは想定されていない。「監査委員会への連絡事項」として手続きの結果記載がなされているのであれば、対話の促進によりコーポレートガバナンスの強化を意図するKAMの制度趣旨にも整合するものとして理解可能であり、監査の透明性を高める手法として大変参考になる。

また、KAMを列挙している最後において、KAM識別の前期比較についての記載がある。具体的には、当事業年度に追加されたKAMは「European Liberty Globalの取得にかかる識別可能無形資産の評価」であることが改めて記載されており、監査報告書内でのタイトルの表示に「(new in FY20)」という記載もあり、ユーザー目線での新規リスクの追加が分かるようになっている。一方、当期に削除されたKAMについても言及があり、前期に記載の「重要なOne-off transaction」について一部の重要性がない取引を除き、当期においてこのKAMの記載内容が該当しないこと、よって、当該項目が全体的な監査戦略・監査資源の配分や当期中の監査チームの労力の方向付け(それぞれKAMの定義として個別KAM記載の前に記載している要件)において重要性が低いので削除すると理由を記載し、併せて当該取引に関連する連結財務諸表の注記番号を参照し、VIL(Vodafone Idea Limited)ほか共同支配企業の進捗を確認できるようにしている。

このような形で財務諸表利用者に独立監査人の監査検討プロセスを示して、監査の透明性を高めており、利用者側にも監査品質を判断するための情報を提供していることが分かる。

前期からリスク認識について大きな変更がない項目については、継続KAMとなっている。Vodafoneの場合も前期から引き続きKAMとして記載されているものとして、収益認識やのれんの評価等あるが、年度により、内容の記載が異なり、KAMのタイトルが変化している。例えば、Vodafoneの収益認識については前期当期のみならず、2018年3月期においてもKAMとして記載されているが、2018年3月期はIFRS15の初度適用を中心に記載しており、2019年3月期はシステムの複雑性とIFRS15の適用についての記載であり、2020年3月期は内部統制無効化も含む幅広い内容になったこともあり、Revenue recognitionとシンプルなタイトルとしていると考えられる。

 

Deutsche Telekom AG(DT)
Deutsche Telekom 2018年12月期 Deutsche Telekom 2019年12月期

1.のれんの回収可能性

1.のれん及びその他非流動資産の回収可能性

2.収益認識の適切性及びIFRS15の初度適用による影響 

2.収益認識の適切性

 

3.IFRS16の初度適用による影響(ドイツテレコムがレッシ―である場合の会計処理)

 

ドイツに本社を置く電気通信事業者であり、西ドイツの郵政通信公社が分割され民営化された会社である。固定通信とインターネットサービスだけでなく、移動通信子会社としてVodafone, Telefonicaに次ぐ世界3位の規模のT-Mobileを傘下に持つ。

総資産 EUR 170.6 Bn(約20.5兆円) 純資産 EUR 46.2 Bn(約5.5兆円)
売上 EUR 80.5 Bn(約9.7兆円) 営業利益 EUR 9.5 Bn(約1.1兆円)

大陸側のドイツ、フランス、スペインの通信事業会社は、IFRS16の初度適用を2019年12月期のKAMに含めている。上記英国2社は3月決算であることが関連してか、KAMに含めていない(2020年の年明けからはCOVID-19の影響がKAMの絞り込みに相当影響を与えていると推察され、IFRS16初度適用の相対的重要性は低くなっている可能性が考えられる。なお、英国2社については開示書類全体を通してCOVID-19の影響を明瞭に示す工夫がなされている)。

通信のようなインフラ事業において、新リース基準の影響が大きくなることは容易に想像できる。ドイツテレコムであれば、使用権資産2.2兆円、リース債務2.5兆円とそれぞれ総資産に占める割合が10%を超え、財務諸表における重要性が非常に高い。財務諸表にしめる重要性が高いことのみをもって、KAMとしているわけではなく、その契約のボリュームが多いことに起因して、正確性を担保するためのグループワイドでの内部統制の構築及び検証が重要となることをKAM識別の第一の理由として記載している。併せて、適用初年度において、ITシステムの整備が肝要であることをIFRS16初度適用についてKAM識別する重要な理由の一つとして挙げている。また、監査アプローチについても「我々は、とりわけリース計上(契約の識別)のためにグループにより構築された内部統制の整備・運用状況を検証した」とあり、また、「取引を処理するITシステムの実装や既存システムの改修についても同様」とあり、リスクの説明においても監査アプローチにおいても一貫して内部統制の重要性を詳細に記載していることが特徴的である。見積の不確実性については副次的な要素としてそれぞれ記載がある。他の欧州大陸2社についてもIFRS16初度適用についてKAMとしているが、他の会社に比して監査の注力分野がより明確に示されており、絞り込みのみならず、記載方法についてもメリハリが効いている明瞭なKAMとなっているよう見える。

形式面における特徴として、①事象及びイシュー②監査アプローチと発見事項③関連情報への参照としており、特に③の参照情報を別掲することで、財務諸表利用者には効率的に情報収集をすることが可能となっている。

 

Orange S.A.(Orange)
Orange 2018年12月期 Orange 2019年12月期

1.通信事業の収益認識及び第三者との重要な契約

1.通信事業の収益認識及び第三者との重要な契約

2.のれん、無形資産、有形固定資産の評価 

2.のれん、無形資産、有形固定資産の評価

3.繰越欠損金にかかる繰延税金資産の認識

3.繰越欠損金にかかる繰延税金資産の認識

4.競争法及び規制関連の紛争にかかる引当金の測定

4.競争法及び規制関連の紛争にかかる引当金の測定

 

5.IFRS16「リース」の初度適用

 

かつてのフランス・テレコム(国営企業)である。名称はフランス・テレコム時代に買収した英移動通信事業会社Orangeに由来し、移動通信だけでなく、固定通信、インターネット、企業向けサービスをもつ。Vodafone等が仕掛けた国際的競争への出遅れ、ドイツテレコムとの同盟関係決裂、世界中での企業買収を通しての拡大という歴史があり、競争法やその他の訴訟に係る引当についてKAMでも言及されている。

総資産 EUR 106.3 Bn(約12.8兆円) 純資産 EUR 34.4 Bn(約4.1兆円)
売上 EUR 42.2 Bn(約5.0兆円) 営業利益 EUR 5.9 Bn(約7,100億円)

IFRS16初度適用のみが前期からの動きであり、他の4つのKAMについてはタイトルも同じであり、内容についてもほぼ変更はない(収益認識のKAMについて2018年12月期にIFRS15の初度適用の記述があったものについて、2019年12月期では削除されていたり、少し文言についての微調整が見られた)。2019年12月期でだいぶKAM記述の型が出来上がったのか、また、本質的なところとしては、事業に大きな動きがなくリスクの重要性や対応策についても大きな変動がなかったのだと思われるが、2020年12月期の連結財務諸表が公表されていたのでKAMを確認したところ、記載項目のみならず記載内容についても2019年12月期のものと文言を含め全く同一のものであった(2020年12月期の会計数値に更新されているのみ)。

KAMについても一度型が出来上がると、安定的な事業を行う企業グループに対する監査報告においては定型的なものとなる可能性が示唆される。確かにOrangeの連結財務諸表を見ると資産負債にほぼ変動はなく、損益についても法人税費用をのぞきほぼ前期と同水準である(著増減は過年度税務裁判の確定による還付2,700億円に係る項目のみ)。

記載内容についても、比較的画一的なフォーマットに従っているように見受けられ、すべての項目について、対応手続きの冒頭に内部統制の検証手続きの記載、最後に開示の妥当性の確認を含むとの記載があり、事業年度ごとに大きな変動を必要としない汎用性の高いKAMの記述を意識しているよう見える。

 

Telefonica S.A.(Telefonica)
Telefonica 2018年12月期 Telefonica 2019年12月期

1.のれんの測定

1.のれんの測定

2.収益認識(未請求の売上)

2.収益認識(未請求の売上)

3.Telefonica Brazilにおける税務及び規制関連の訴訟にかかる引当及び偶発負債

3.Telefonica Brazilにおける税務及び規制関連の訴訟にかかる引当及び偶発負債

4.重要な取引:ブラジルにおける税務裁判の判決により回収可能となる未収税金

4.IFRS16の初度適用

5.情報システム

 

6.アルゼンチン:超インフレ経済化における会計

 

7.超インフレ経済の影響表示のための会計方針の変更

 

 

スペインに本拠地とする大手通信事業会社であり、元はスペインの通信国営企業。スペイン及びスペイン語圏のラテンアメリカ諸国での最大の通信事業者である。また、ブラジルにおいても国営通信企業の分割・民営化の際にTelefonicaが資本参加している。2020年9月には楽天と提携しオープン5Gネットワークの開発を発表。

総資産 EUR 114.0 Bn(約13.7兆円) 純資産 EUR 27.0 Bn(約3.2兆円)
売上 EUR 48.4 Bn(約5.8兆円) 営業利益 EUR 4.5 Bn(約5,400億円)

他の大手通信事業会社と同様に国際的な通信網の拡大により成長を進めている会社であり、その拡大戦略に伴うリスクが、監査上のリスクとなってKAMとして表現されている。

特徴的なKAMとしては、前期の超インフレ会計の適用がある。アルゼンチンにおいては2018年までに3年間で100%超のインフレーションが発生したことにより、超インフレ経済として認定し、アルゼンチンにおける事業にかかる財務情報についてインフレ調整をしており、その連結財務諸表への影響の大きさと複雑な処理の必要性からKAMを識別している。また、超インフレ経済認定国としてベネズエラもTelefonicaの事業範囲に含まれており、2018年12月期よりインフレ調整にかかる会計方針の変更と遡及修正をしており、IAS8の適用にかかるマネジメントの判断が重要であることを理由にKAMとしている。

 

3.まとめにかえて

欧州通信事業体5社の各社KAMを眺めてみて感じたことは、記載内容のみならず記載方法についても各社各様であり、同じ通信業であっても、各企業で直面するリスクについての相違点がKAMを通じて明確に示されているということである。それぞれの事業リスクと監査手続きの記載から各社の生々しい姿が浮き上がってくるものが多かった。何が重要なリスクであるか、監査人が何を大切にして監査を実施しているか迫力を感じる記載が多く、KAMの記載により中長期的な視点から資本市場のステークホールダーとのコミュニケーションを促進するという意味でKAMは監査人からの価値提供をする手段として機能すると感じた。

時間の制約から、各社の開示書類全体の詳細について目を通すことはできず、KAMの記載内容を中心に比較分析を実施したが、KAMには必ず参照すべき注記や他の情報についての記載があり、KAMから遡ってそれらの情報を眺めるだけで、数分で効率的にそれぞれの事業体の特色を各事業年度における重要トピックとともに理解できることがよく分かった。それと同時に、記述情報の充実の取り組みと相まっての透明性の高まりであり、KAMのみの記載から得られる情報は限定的であることにも改めて気付かされた。その意味で、監査及び会計にかかる専門家として、有価証券報告書の前段を含む開示の充実を支援することが、資本市場への価値提供において必須である。たとえば事業リスク等の開示、リスクマネジメントの強化に向けてのアドバイスほかクライアントのニーズを的確にとらえ、幅広い視野でクライアントを支援する機会を伺うことが出来るモメンタムとして、KAM導入を有効活用すべきことを再認識した。

以上

 

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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