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第17回 気候変動の影響(その5)気候変動と減損会計・引当金
月刊誌『会計情報』2021年7月号
国際会計基準(IFRS)―つくり手の狙いと監査
前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継
気候関連問題は非財務情報だけではなく、財務情報本体においても適切に反映されなくてはならない。このことが財務諸表の認識として表れ、かつ、金額的に影響が大きいのは、減損会計と引当金であろう。今回は、IFRS財団が2020年11月に公表した「気候関連問題が財務諸表に与える影響」という教育的資料(以下、資料と呼ぶ)がリストアップした以下の基準のうち、四角枠で囲ったIAS第36号「資産の減損」ならびに、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」についての説明を紹介する。
IAS第36号は、企業買収に伴うのれんの減損などをふくむ基準であり、IAS第37号は資産除去債務、あるいは将来に支払が見込まれる賦課金などをどう織り込むか、といった解釈も含まれる。いずれも見積もりの不確実性に関する判断を伴うもので、一律の処理ができないものである。このため、本稿では資料に述べられていることに加えて、基準の背景や、現在のIASBや市場関係者の間で行われている議論も踏まえて、筆者自身の理解も含めて解説する。
資料がリストアップした基準
IAS第1号「財務諸表の表示」
IAS第2号「棚卸資産」
IAS第12号「法人所得税」
IAS第16号「有形固定資産」
IAS第38号「無形固定資産」
IAS第36号「資産の減損」 |
IFRS第7号「金融商品:開示」
IFRS第9号「金融商品」
IFRS第13号「公正価値測定」
IFRS第17号「保険契約」
IAS第36号「資産の減損」
関連する条文
資料では、IAS第36号の第9項から第14項、第30項、第33項、第44項、第130項、第132項、第134項から第135項を留意すべき項として挙げている。紙幅の関係で条文を掲載は出来ないが、簡単に整理すると以下のとおりである。
① 減損している可能性がある資産の識別(第9項から第11項)
企業は、まず、各報告期間の末日現在で、資産が減損している可能性を示す兆候があるか否かを検討しなければならない。また、耐用年数を確定できない無形資産や、未だ使用可能ではない無形資産、また、企業結合で取得したのれんについては、減損の兆候の有無を問わず、帳簿価格と回収可能額とを比較する減損テストを毎年実施しなければならない。
② 減損の兆候(第12項から第14項)
減損の兆候については、外部の情報源と内部の情報源とに分けて整理されており、少なくとも以下の兆候を考慮しなければならない。
外部の情報源
a) 予想以上の減耗
b) 悪影響のある著しい変化(技術的、市場的、経済的、法的環境、資産の利用状況)
c) 金利上昇に伴う割引率の減少
d) 純資産の帳簿価額が、株式の市場価値を超過
内部の情報源
e) 資産の陳腐化又は物的損害
f) 資産の遊休化、事業の廃止、リストラクチャリングの計画
g) 資産の経済的成果の悪化
h) 個別財務諸表における投資の簿価が連結簿価を超えている。
なお、第14項では企業の予算との比較も減損の兆候を示す証拠になるとしている。
③ 使用価値、将来キャッシュ・フロー(第30項、第33項から第34項、第44項)
使用価値の算定には、合理的で裏付け可能な仮定を基礎とした将来キャッシュ・フローの見積もりを反映させなければならない。その際に、キャッシュ・フローのタイミング、時間価値、資産に固有の不確実性、ならびに企業が資産から得られると予想する将来キャッシュ・フローの価格決定に市場参加者が反映させるであろう他の要因を反映させなければならない。また、キャッシュ・フロー予測の基礎となる仮定が、過去の実績と整合することを確保することや、企業が未だコミットしていない将来のリストラクチャリングや、資産の性能の改善又は拡張は将来キャッシュ・フローには織り込まないことも定められいる。
④ 開示(第130項、第132項、第134項から第135項)
資産の回収可能額の決定に使用した仮定や、のれんの資金生成単位への配分など詳細な開示が求められる。
気候関連問題の反映
資料では、IAS第36号を適用するに当たって、以下の点について気候関連問題の影響を考慮しなければならないとしている。その例示として
- 温暖ガスを排出する製品への需要の減退が、それを製造する工場等の減損の兆候となる可能性
- 社会環境が企業にとって不利(温暖化対策による規制強化などにより)な方向に変化すること
- 合理的で裏付け可能な仮定への環境関連問題の影響を織り込むこと
- 見積もりのキーとなった仮定の開示について環境関連問題による影響を含めること
などを挙げている。
資料には基準の各項目と例示との詳しい説明はないが、気候関連という事で特に注意が必要なのは、外部の情報源の中で、悪影響のある著しい変化についてである。これは、技術的、市場的、経済的、法的環境、資産の利用状況といった様々な観点からの検討が必要で、今後の温暖化対策の本格化にともなって、全ての要因が連鎖するので、しっかりとしたシナリオを設定することが重要になる。それに加えて内部の情報源で重要なのは、資産の遊休化やリストラクチャリングなどである。経営の意思決定にも左右されるが、グリーンな改革を目指すといった目標を、非財務情報などで発信している場合は、それに見合った意思決定がなされているのかは、財務諸表の利用者からチェックされるであろう。
また、開示については、さらに注意が必要である。実際に減損損失をしないまでも、見積もりの前提となった仮定が適切かどうかという点について、財務諸表の利用者からの要求水準は高くなる。これまで重要性がないとして開示をしていなかった項目についても、基準に要求があるのに、どうして開示をしていないのかというプレッシャーが強くなる可能性がある。
基準のつくり手のねらい
基準のつくり手の狙いという観点から、いくつか留意すべきポイントが他にもある。まず、キャッシュ・フロー予測の基礎となる、合理的で裏付け可能な仮定について、その信頼性を確認することについてである。一番わかりやすいのが、過去の実績について、予測と一致していたかを検証する方法がある。常に予測を下回る実績しか出ていないというのであれば、もしかしたら、予測に用いた仮定に誤りがあるかもしれない。そこで、IASBは、現在のキャッシュ・フロー予測の基礎となる仮定の合理性を、過去のキャッシュ・フロー予測と実際のキャッシュ・フローとの間の差異の原因を検討することにより評価し、現在のキャッシュ・フロー予測の基礎となる仮定が、過去の実績と整合することを確保することを求めることにした。
現在のように、気候関連についての環境が年ごとに厳しくなっていく場合には、この点について、十分な注意を払う必要がある。すなわち、環境がどんどん変わっていく時に、環境がどう変わるのかを前から予測できなかったのかといったことが問われる。
また、企業が資産から得られると予想する将来キャッシュ・フローの価格決定に市場参加者が反映させるであろう他の要因を織り込むという要求事項が入っているが、これはどういうことだろうか。これは、財務諸表のつくり手の目線ではなく、財務諸表の利用者からの目線を見積もりに織り込めという趣旨である。ここで、想定しているのは、割引率などの計算方法が主眼であろう。金利などの金融環境について、市場参加者の客観的な評価というものを織り込むべきだという考えである。ただ、この考え方は、金融環境だけではなく、気候変動といった全世界で共通のテーマになるものについても当てはまるであろう。気候変動について、市場関係者がどういう見立てをもっているのか、そのことについて客観的な判断が必要である。
IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」
関連する条文
資料では、IAS第37号の第14項から第83項、第85項から第86項を留意すべき項目として挙げ、さらにIAS第37号の解釈指針であるIFRIC第21号の第8項から第14項を留意すべき項として挙げている。実質的にはほとんどすべての項である。おそらく、IAS第37号が気候関連問題の影響を最も受ける基準であろう。特に資産除去債務や、賦課金など、環境関連問題にかかわる施策に直接関係するような要求事項もある。その上、IAS第37号はもともと解釈が難しい基準であると言われている。しかしながら、IAS第37号の基準としての仕組みは実は非常に単純明快なのである。ここでは、まず単純明快であるIAS第37項の骨格を説明したい。
第14項は以下のとおりである。
「引当金は、次の場合に認識しなければならない。(a)企業が過去の事象の結果として現在の義務(法的又は推定的)を有しており、(b)当該義務を決済するために経済的便益を有する資源の流出が必要となる可能性が高く、(c)当該義務の金額について信頼性のある見積りができる場合。これらの条件が満たされない場合には、引当金を認識してはならない。」 |
IAS第37号は実質的にはこの1文だけで構成されていると言ってもよい。この1文以外は、それぞれの文言の意図や条件が説明されているだけである。したがって単純明快なのである。本稿では、気候関連問題の影響を考慮しなければならない項目を中心に解説する。
① 現在の義務
現在の義務が存在するのかを判断するに当たっては、利用可能なすべての証拠を考慮しなければならない。また、現在の義務の中には、法的義務の他に推定的義務も含まれる。推定的義務とは、企業の行動から発生する義務で、確立されている過去の実務慣行や、公表されている方針又は十分に具体的な最近の声明によって、企業が外部者に対しある責務を受諾することを表明しており、その結果、企業はこれらの責務を果たすであろうという妥当な期待を外部者の側に生じさせている場合に起きる。
② 過去の事象
企業の将来の活動とは独立に存在している過去の事象のことである。過去の事業の結果としての現在の義務を有するとは、当該事象により生じた義務を決済する以外に現実的な選択肢を企業が有さないことになった状況を意味している。一方で、将来の行為(例えば、操業方法の変更)によって将来の支出を回避することができる場合には、その将来の支出についての現在の義務は有していないことになる。
③ 経済的便益を有する資源の可能性の高い流出
負債が認識の要件を満たすためには、現在の義務があるだけでなく、義務を決済するために経済的便益を有する資源が流出する可能性が高くなければならない。流出する可能性が高いとは、当該事象が発生する確率の方が、発生しない確率よりも高い場合である。
④ 義務の信頼性のある見積り
引当金は不確実性が高いので、見積もりは信頼性のあるものでなければならない。
以上がIAS第37号の骨子であり、構造は単純で明快なのであるが、個別の事象に照らした際に、その判断は極めて難しい。たとえば、推定的義務が存在するのかどうか、妥当な期待を外部者の側に生じさせたのかどうか、判断が必要である。義務が過去の事象の結果としてのものなのか、それとも将来に発生するものなのかなどである。特に議論になったのは、将来の操業に対して賦課される賦課金の扱いで、これについては解釈指針IFRIC第21号が公表されている。これについても、資料は重要な条文をすべて留意すべき項としている。その骨子は以下の通り。
① 義務発生事象の成立時期(第8項他)
賦課金の支払の契機となる活動が、当期における収益の生成であり、当該賦課金の計算が過去の期間に生成された収益を基礎とする場合には、当該賦課金についての義務発生事象は、当期における収益の生成である。
② 一定期間にわたって生じる義務発生事象(第11項他)
義務発生事象が一定期間にわたる収益の生成である場合には、対応する負債は、企業が当該収益を生み出すにつれて認識される。
このような解釈指針が必要となったのは、前年度の収益に基づいて賦課金が付加されるようなケースにおいて、義務発生事象は過去の期間の収益稼得(過去の期間に負債認識必要)か、それとも、当期に営業を継続しているという事実(当期に負債認識する)か、という問い合わせがあったからである。結論は最終的な義務の要件が揃うのが当期なので、当期に負債認識するのが正しい解釈であるという事を確認したものである。実際には過去の期間に収益が生成され、それをもとに賦課金の支払額も増えていっているのであるから、費用収益の対応から言えば、過去の期間に負債を計上すべきという意見も多く、実務にばらつきがあったが、IAS第37項の厳密な解釈から言えば、過去の期間にはまだ負債を認識するための十分な条件は整っておらず、義務は当期になって初めて発生するということを明らかにしたものである。上記の例でいえば、当期の第1日目に過去の期間の収益にもとづいて計算した賦課金のすべてに対する義務が発生する。なお、このことは義務が一時点で発生するということを意味しているのではない。その点を明らかにするために、②が明確化された。
気候関連問題の反映
資料では、IAS第37号を適用するに当たって、以下の点について気候関連問題の影響を考慮しなければならないとしている。その例示として
- 気候関連の目標を達成できなかった場合の賦課金
- 環境汚染によるダメージの修復の法的義務
- 気候関連の法律などにより、余儀なくされる不利契約
(たとえば、気候関連の基準を満たすために製造コストが膨らむことなどによる) - 気候関連の目標を達成するための生産やサービスのデザインの再構築
などを挙げている。
なお、IAS第37号では環境問題について言及している部分もある。具体的には、第21項では、「義務を直ちに生じさせない事象であっても、法律の変更により、又は企業の行為(例えば、十分に具体的な公式文書)が推定的義務を生じさせることにより、後日において義務を生じる場合がある。例えば、環境破壊が発生した時点では損傷を修復する義務はないかもしれない。しかし、損害の発生は、新しい法律により既存の損傷の修復が要求された時点、又は企業が推定的義務を生じさせるような方法での修復の責任を公的に受諾した時点で、義務発生事象となる。」と記載されている。
基準のつくり手のねらい
IFRIC第21号は、解釈指針としては正しいが、非常に評判が悪かった。というのも、この解釈指針が現実的な実務と乖離しており、場合によっては実態を企業業績の実態が歪めて表現されるという懸念があったからである。例えば、2021年4月1日に営業をしている企業について、2020年4月1日から2021年3月31日までの収益の一定割合の賦課金がかかるという制度があった場合、実務的には2021年3月31日までの業績に反映させる慣行が多かった。ところが、IFRIC第21号はそれを2021年4月1日に全額認識することを求めたのである。なんとなれば、企業が2021年3月31日で営業を終了してしまえば、賦課金の支払いを回避できるからである。将来の行動によって回避できる場合は、現在の義務はないというIAS第37号の考え方に従えば、負債認識は不要となる。
このような解釈となったのはIAS第37号の要求の厳密な解釈によるものであるが、それは実はIASBの本意ではなかった。IASBはIFRIC第21号を公表する傍らで、IFRS概念フレームワークの見直しを行っていた。そして、2018年3月に改訂された概念フレームワークでは、「義務とは、企業が回避する実際上の能力を有していない責務又は責任である。(第4.29項)」という表現が入った。この「回避する実際上の能力」というのは、推定的義務の性質を大きく変えるものであり、環境関連問題についての会計処理や開示に大きな影響を及ぼす考え方の変更である。この考え方はIFRIC第21号が示している解釈とは異なるものである。つまり、理論的には3月31日に営業を終了してしまえば賦課金は回避できるが、そのようなことを実行できる、「実際の能力」はないと考えられるからである。したがって、IFRIC第21号は変更が見込まれるが、概念フレームワークが変わったからと言って、すぐに基準が変わるわけではない。各基準はしかるべきデュー・プロセスを経て変更される。
ただ、留意しなくてはならないのは、推定的義務の範囲が将来広がる可能性があるということである。今、気候関連問題を筆頭に、SDGs関連などで企業行動の変革に対する期待値が高まっている。企業の方もそれに応えなければ、投資を呼びこめないような状況になってきている。この為、企業は主に非財務情報で、環境問題対処についてのコミットメントを公表している。これは、素晴らしいことであるが、根拠のないオーバー・コミットメントをすれば、思わぬ推定的義務を抱えてしまうリスクがあるということを忘れてはならない。環境問題に関しては実行可能なプランと、それを着実に実行することが大切で、口先だけで対処できるほど甘くはないのである。
以 上
本記事に関する留意事項
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