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第18回 気候変動の影響(その6)気候変動と投資側の責任
月刊誌『会計情報』2021年8月号
国際会計基準(IFRS)―つくり手の狙いと監査
前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継
気候関連問題について、ここまで主に一般企業が行う企業活動への影響について扱ってきたが、本稿では主に企業に投資をする側の責任という観点からの説明を行う。気候変動問題の改善に向けて、企業の行動変容を促すにあたって、企業に投資する側の行動変容からスタートさせるのが有効ではないかいう発想がある。もともとTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、金融セクターが気候関連問題について、どのようにリスクマネジメントしているのかについて、透明性の向上を図るという趣旨でスタートしたものである。TCFDが追求したのは、投資家と投資対象となる組織のいずれもが、それぞれ長期的な戦略と最も効率的な資本配分を行えるような、仕組みづくりである。そのためには、銀行、保険会社、アセット・マネージャー、アセット・オーナーなどの金融機関、機関投資家などが十分な情報に基づいて、投資、融資、保険引受などの意思決定ができるような、より適切な情報が必要である。また、同時に投資側である金融セクター等が、それらの情報に基づいて実際に合理的な判断をしているのかについての透明性を向上させることも、もうひとつの重要な課題である。
金融セクターなどの投資側が、気候関連問題に対する投資について透明性を向上させ、金融セクターとしての適切なスチュワード・シップを行使し、その価値観を投資対象となる一般企業に伝えることが、連鎖となって企業の行動変容につながる。
今回は、IFRS財団が2020年11月に公表した「気候関連問題が財務諸表に与える影響」という教育的資料(以下、資料と呼ぶ)がリストアップした以下の基準のうち、四角枠で囲ったIFRS第7号「金融商品:開示」、IFRS第9号「金融商品」についての説明を紹介する。また、資料に述べられていることに加えて、基準の背景や、現在のIASBや市場関係者の間で行われている議論も踏まえて、筆者自身の理解も含めて解説する。
資料がリストアップした基準
IAS第1号「財務諸表の表示」
IAS第2号「棚卸資産」
IAS第12号「法人所得税」
IAS第16号「有形固定資産」
IAS第38号「無形固定資産」
IAS第36号「資産の減損」
IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」
IFRS第7号「金融商品:開示」 |
IFRS第13号「公正価値測定」
IFRS第17号「保険契約」
IFRS第7号「金融商品:開示」
関連する条文
資料では、IFRS第7号の第31項から第42項、B8項を留意すべき項として挙げている。紙幅の関係で条文を掲載は出来ないが、簡単に整理すると以下のとおりである。
第31項から第42項は金融商品から生じるリスクの内容及び程度に関するものである。まず、第31項で、企業は、報告期間の末日現在で晒されていた金融商品から生じるリスクの内容及び程度を、財務諸表の利用者が評価することができるような情報を開示しなければならないとし、第32項以下でその具体的内容を示している。特に強調されているのが、作成者が定量的開示と定性的開示の両方を提供することによって、財務諸表の利用者が関連する開示を結びつけ、それにより金融商品から生じるリスクの内容と程度の全体像を利用者自身が形成することを可能にすることである。
具体的な開示項目は、大きく分けて、信用リスク、流動性リスク、市場リスクの3つについてである。
信用リスクについては、企業の信用リスク管理実務の内容と、それが予想信用損失の認識及び測定にどのように関連しているのかについての情報開示を求めている。信用リスク管理実務については、インプット、仮定及び見積技法を説明しなければならないとされていて、例えば、将来予測的な情報を予想信用損失の算定にどのように織り込んだのか(マクロ経済情報の使用を含む)を説明しなければならない。また、予想信用損失を集合的ベースで測定した場合には、金融商品をどのようにグループ分けしたかなど、かなり具体的なものが求められている。さらに、予想信用損失については、定量的情報と定性的情報を具体的に求めていて、損失評価引当金の変動及び当該変動の理由を説明するため、企業は、金融商品のクラス別に、損失評価引当金の期首残高から期末残高への調整表を、表形式で提供することなどが求められている。加えて、財務諸表利用者が企業の信用リスク・エクスポージャーを評価し、著しい信用リスクの集中を理解することができるようにするための開示や、担保として保有する物件や、保証などの信用補完についての開示を求めている。
流動性リスクについては、金融負債の満期分析に加えて、固有の流動性リスクをどのように管理しているかの説明が求められている。
市場リスクについては、期末日現在で晒されている市場リスクの種類ごとの感応度分析が求められている。さらに感応度分析が固有のリスクを適切に表さないと考えられる場合は、その他の市場リスクとして、感応度分析が固有のリスクを表さない理由も含め、そのリスクの内容を説明することも求められている。
気候関連問題の反映
資料では、企業が保有する金融商品が気候関連問題のリスクに晒される可能性があると指摘している。資料は、貸付金の貸手と株式の保有者に分けて、必要となる情報を例示している。貸付金の貸手に対しては、気候関連問題が予想信用損失の測定や、信用リスクの集中といったことへの影響についての情報を提供する必要があるかもしれないと指摘し、株式の保有者に対しては、投資がどの産業やセクターに投資をしているのかの情報の提供が必要であり、その際に気候変動のリスクを受けやすい産業を特定しなければならないと指摘している。
基準のつくり手のねらい
IFRS第7号のねらいは、財務諸表の利用者自らによる、企業が保有する金融商品から生じるリスクの内容と程度の全体像の形成である。したがって、そのことが可能になるよう十分で質の高い情報の提供を作成者に要求している。特に、利用者が企業のリスクに対するエクスポージャーをより良く評価できるように、定性的開示と定量的開示との相互関係が重要だとしている。またIFRS第7号は、財務諸表の利用者は、企業が晒されるリスクを特定、測定、監視及び管理する技法について評価するという点にも注目している。このため、IFRS第7号は、経営者のリスクに対する考えとその管理方法を組み合わせて説明することを要求している。
このことは、気候関連問題のような、新しい問題に対して、企業がどういった取り組み姿勢を持っているかを示せという事でもある。企業として気候関連問題について、どういうシナリオを持っていて、それに対して一貫したリスクマネジメントが出来ているのかがチェックされることになる。
IFRS第9号「金融商品」
関連する条文
資料では、IFRS第9号の第4.1.1(b)項、第4.1.2A(b)項、第4.3.1項、第5.5.1項から第5.5.20項までとB4.1.7項を留意すべき項として挙げている。紙幅の関係で条文を掲載は出来ないが、簡単に整理すると以下のとおりである。
IFRS第9号の第4.1.1(b)項、第4.1.2A(b)項、及びB4.1.7項は金融商品の分類に関する条項である。IFRS第9号では、金融商品を金融資産の管理に関する企業の事業モデル、及び、金融資産の契約上のキャッシュ・フローの特性にもとづいて、分類しなければならない。このうち、契約上のキャッシュ・フローの特性に関して、第4.1.2A(b)項で、金融資産の契約条件により、元本及び元本残高に対する利息の支払のみであるキャッシュ・ フローが所定の日に生じるのかどうかという条件が示されている。これはSPPI(Solley Payments of Principal and Interest)要件と呼ばれ、一定の事業モデルの下でこの要件を満たしていれば、金融商品は、その他の包括利益(OCI)を通じて公正価値で測定される。逆に言えば、公正価値の変動を純損益で認識されることがなくなる。
また、第4.3.1項は組込デリバティブに関する項である。組込デリバティブとは、デリバティブでない主契約をも含んだ混合契約の構成部分としてのデリバティブのことをいう。契約が組込デリバティブを含むと、その効果として、合成後の金融商品のキャッシュ・フローの一部が、単独のデリバティブと同様に変動する。そのデリバティブが主契約と分離するべきものなのかを判定する必要がある。
第5.5.1項から第5.5.20項までは、金融商品の減損に係る項である。IFRS第9号の大きな特徴は予想信用損失という考え方を採り入れていることである。IFRS 第9号における減損アプローチでは、信用損失が認識される前に信用事象が発生することは必要ではなくなっている。その代わりに、企業は予想信用損失及び当該予想信用損失の変動を常に会計処理する必要がある。具体的には、ある金融商品について、当初認識以降に信用リスクの著しい増大が見られない限りは、当該金融商品に係る損失評価引当金を12か月の予想信用損失に等しい金額で測定する。一方で、当初認識以降に信用リスクの著しい増大があった場合は、企業は当該金融商品に係る損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定しなければならない。このため、IFRS第9号の予想信用損失モデルでは当初認識以降に信用リスクの著しい増大があったかどうかという評価が非常に重要になる。なお、この評価を行うために、企業は、報告日現在での当該金融商品に係る債務不履行発生のリスクを当初認識日現在での当該金融商品に係る債務不履行発生のリスクと比較し、当初認識以降の信用リスクの著しい増大を示す、過大なコストや労力を掛けずに利用可能な合理的で裏付け可能な情報を考慮しなければならない。
気候関連問題の反映
資料では、気候関連問題がいろいろな面で金融商品の会計処理に影響を与えると指摘している。たとえば、貸付金の契約において、気候関連のターゲットとキャッシュ・フローをリンクするような条項が含まれている場合、そのようなターゲットの存在が、貸手側において、どのように貸付金を分類し測定するかに影響する。例えば、金融資産の契約条項が、元本残高に対するSPPI要件を満たすかどうかを判断するに当たって、そういった条件を考慮に入れなければならない。一方で、借手側においては、そういったターゲット条項がついたものは混合契約となり、その条項が主契約から分離が必要な組込デリバティブなのかどうかを評価しなければならず、気候関連問題がその評価に影響するかもしれない。また、気候関連問題は、信用損失における、貸手のエクスポージャーにも影響する。例えば、暴風雨や、洪水、あるいは規制や政策の変更が、貸手に対して借手が義務を履行する能力に影響を与えるかもしれない。さらに、場合によっては、担保に入れていた資産がアクセスできない、あるいは保険を掛けることが出来ない状態になるかもしれない。
予想信用損失を認識するに当たって、IFRS第9号は過大なコストや労力を掛けずに利用可能な合理的で裏付け可能な情報を考慮しなければならないとしており、気候関連問題は考慮に入れなければならない情報となるかもしれない。たとえば、潜在的な将来の経済シナリオのレンジ、貸手の信用リスクが増大しているかの評価、金融資産が減損しているかの判定や、あるいは信用損失の測定、といった事については、気候関連問題を考慮に入れなければいけないかもしれない。
基準のつくり手のねらい
IFRS第9号は、その審議中にリーマン・ショックが起こったこともあり、金融危機への対応を考慮して策定された。その当時の経緯から、IFRS第9号は全ての項目を一度に公表することよりも、喫緊性のあった「分類と測定」を先行して公表し、後に「ヘッジ会計」、さらに「予想信用損失モデルによる金融商品の減損会計」と順次公表していった。その過程で若干の手戻りや修正もあった。それは、実際の企業のリスク管理方法などを考慮して、実務的に適用可能なものとするために必要な手順でもあった。このようなこともあって、IFRS第9号は、企業のリスクマネジメントを適切に会計に反映するということに力点が置かれている。特に、予想信用損失モデルにおいては、信用リスクの著しい増加の判断をする方法について、具体的な手法を特定していない。したがって、ここは企業のリスクマネジメント方法に大きく依存することになる。ただし、IFRS第9号には「過大なコストや労力を掛けずに利用可能な合理的で裏付け可能な情報を考慮しなければならない」という記載がある。これは、「過大なコストや労力をかけずに利用可能な情報がある場合には、それを無視してはならない」と読み替えることもできる。気候関連問題に関する情報は刻一刻と変わる。財務諸表の作成者は情報を常にアップデートして、最新の情報に基づいた判断を下さなければならない。そして不都合な真実を無視してはならない。
以 上
本記事に関する留意事項
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