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監査上の主要な検討事項(KAM)の事例分析

月刊誌『会計情報』2021年9月号

公認会計士 結城 秀彦、公認会計士 古賀 祐一郎、公認会計士 大山 顕司、公認会計士 神山 智宏、公認会計士 村山 大二

はじめに

監査上の主要な検討事項(KAM)が、金融商品取引法に基づく監査において、2020年3月期より早期適用され、2021年3月期より本適用された。本制度の導入により、監査人が個々の監査業務において、数ある監査上の論点の中から、どの領域に着目し、どのような監査手続を実施したかのメッセージを、KAMを通じて財務諸表利用者に伝えることができ、監査報告書の情報価値が高まることが期待されている。

今回は、KAMを適用した2021年3月期決算企業のうち、日経225銘柄企業を対象に、全体的な傾向を解説するとともに、特徴的な事例をいくつか取り上げて解説する。また、2020年3月期に早期適用した企業を対象に、適用2年目におけるKAMの傾向を解説する。

なお、本解説では実際の事例を取り上げて解説しているが、全事例から客観的な基準等を用いて選定しているわけではなく、あくまで筆者独自の視点で選定している点に予めご留意いただきたい。

635KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

1.日経225銘柄企業を対象としたKAMの事例分析

①日経225銘柄企業におけるKAMの全体的傾向

(1)分析対象企業の属性

今回の分析は、2021年3月期決算企業のうち、日経225銘柄企業186社を対象にした。186社のうち、185社が連結財務諸表作成企業であり、1社が連結財務諸表を作成していない企業である【図表1】。また、適用する会計基準は、日本基準が117社と最も多く、次いでIFRS基準63社、SEC基準6社であった【図表2】。監査法人は、いわゆる大手4法人が全体の94%(175社)を占めていた【図表3】。業種は、31業種と多岐に亘っており、電気機器が25社と最も多い【図表4】。

 

【図表1】連結財務諸表作成企業か否か

  企業数

連結財務諸表作成企業

185

連結財務諸表を作成していない企業

1

186

 

【図表2】会計基準

会計基準 企業数

日本基準

117

IFRS基準

63

SEC基準

6

186

 

【図表3】監査法人

監査法人 企業数

有限責任あずさ監査法人

65

EY新日本有限責任監査法人

58

有限責任監査法人トーマツ

39

PwCあらた有限責任監査法人

13

その他

11

186

 

【図表4】業種

業種 企業数 業種 企業数

電気機器

25

その他製品

4

機械

13

精密機器

4

化学

12

繊維製品

4

輸送用機器

12

鉄鋼

4

銀行業

11

不動産業

4

非鉄金属

9

海運業

3

陸運業

9

証券、商品先物取引業

3

建設業

8

その他金融業

2

情報・通信業

8

パルプ・紙

2

卸売業

7

小売業

2

食料品

7

水産・農林業

2

医薬品

6

石油・石炭製品

2

ガラス・土石製品

5

金属製品

1

サービス業

5

空運業

1

電気・ガス業

5

倉庫・運輸関連業

1

保険業

5

186

 
(2)KAMの個数

【図表5】KAMの個数分布

KAMの個数 連結(社) 構成比 個別(社) 構成比

0

-

-

25

13.4%

1

65

35.1%

116

62.4%

2

87

47.0%

39

21.0%

3

27

14.6%

6

3.2%

4

5

2.7%

-

-

5

1

0.5%

-

-

185

100.0%

186

100.0%

1社あたりの平均

1.86個

 

1.13個

 

    

【図表5】の通り、連結財務諸表に係るKAMの場合、1社あたりの個数は5個が最も多く、0個は無かった。監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」では、A59項において「上場企業の監査において、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項の中には、監査報告書において報告すべき監査上の主要な検討事項がないと判断することはまれであり、少なくとも一つは存在していると考えられる」と記載されている通り、全ての対象企業において少なくとも1つはKAMが記載されていた。また、個数分布としては1〜2個が多く、1社あたりの平均は1.86個となっている

個別財務諸表に係るKAMの場合、個数分布としては1個が116社と最も多く、0個も25社あった。1社あたりの平均は1.13個となっている。個別財務諸表でKAMが0個であった事例は、純粋持株会社であった。

 

(3)KAMの項目

【図表6】項目別順位(連結)

項目 連結(個)

固定資産の評価

83

のれん・無形資産の評価

57

収益認識(※1)

45

繰延税金資産の評価

41

引当金の見積り(貸倒引当金以外)

26

貸倒引当金の見積り

19

金融商品の評価

12

たな卸資産の評価

12

組織再編

10

持分法(投資の減損テスト含む)

9

新型コロナウイルス感染症による影響

4

継続企業の前提

2

その他

25

345

(※1)内訳は工事契約21、ITシステム12、その他12

 

【図表6】の通り、連結財務諸表のKAMの場合、固定資産、のれん・無形資産に加え、繰延税金資産や各種引当金など、会計上の見積り項目が上位を占めている。また、収益認識に係るKAMも同様に多かった。会計上の見積り項目は、
見積り金額の算定にあたって主観的要素が含まれることが多く慎重な監査対応が求められること、収益認識は、企業ごとに取扱製品や商流が異なり、他の監査項目と比べ、個々の企業に応じたリスク評価と監査対応が求められることから、KAMとして選定されることが多かったと推察される。

2021年3月期においても、新型コロナウイルス感染症の世界的流行は依然として収束せず、前年度の早期適用事例と同様に、これをKAMとして取り上げる事例が複数見られた。また、2020年3月決算会社の早期適用事例には見られなかったが、継続企業の前提をKAMとして取り上げている事例も2社見受けられた。

 

【図表7】項目別順位(個別)

項目 個別(個)

関係会社投融資の評価

58

固定資産の評価

39

繰延税金資産の評価

36

収益認識(※2)

29

引当金の見積り(貸倒引当金以外)

15

たな卸資産の評価

10

貸倒引当金の見積り

5

組織再編

3

金融商品の評価

2

新型コロナウイルス感染症による影響

2

継続企業の前提

2

のれん・無形資産の評価

1

その他

11

213

(※2)内訳は工事契約16、ITシステム7、その他6

 

【図表7】の通り、個別財務諸表のKAMの場合、個別財務諸表特有の論点である関係会社投融資の評価が58個と最も多かった。その他については、会計上の見積り項目や収益認識のKAMが上位を占めている点は連結財務諸表のケースと大きく変わらない。

また、連結財務諸表と個別財務諸表で同一の内容のKAMを識別している事例も少なからず見受けられ、そのようなケースにおいて、連結財務諸表のKAMと同一の内容であるため記載を省略していると記載している事例も見られた。
 

 

②日経225銘柄企業におけるKAMの事例紹介

日経225銘柄企業のKAMより、代表的又は特徴的と思われる事例をいくつか紹介する。

【図表8】代表的又は特徴的な事例

KAMの項目
代表的又は特徴的な事例

固定資産の評価

住友化学(株)、マツダ(株)

収益認識

鹿島建設(株)、ソフトバンク(株)、テルモ(株)

引当金の見積り(貸倒引当金以外)

野村ホールディングス(株)

新型コロナウイルス感染症による影響

三井物産(株)、ANAホールディングス(株)、オークマ(株)

継続企業の前提

(株)三井E&Sホールディングス、(株)フジクラ

その他

シャープ(株)、川崎重工業(株)

 

■固定資産の評価

固定資産の評価は、減損兆候の判定や将来キャッシュフローの見積り等において経営者の判断による影響を大きく受けることから、KAMとして最も多い項目である。

①住友化学(株)(IFRS基準、あずさ)

固定資産の評価のKAMで最も多いのは、回収可能価額の算定に関連する使用価値の見積りであり、見積り要素を分解したインプットを主要な仮定として記載している事例が多い。住友化学(株)の例では、同社のメチオニン事業の使用価値の見積りの合理性をKAMとしているが、使用価値の見積りに用いられるインプットとして、将来のメチオニンの販売価格、ナフサの仕入価格、割引率について言及している。

②マツダ(株)(日本基準、あずさ)

固定資産の減損の兆候判定をKAMとしている事例も複数存在した。マツダ(株)は前期、当期と営業損益がマイナスであるが、翌期の営業損益の見込みがプラスであること等により事業用資産に減損の兆候はないと判断している。しかし、翌期の営業損益の見込みには出荷台数、製造コスト低減活動、原材料価格の高騰影響、会社とその子会社との間の取引価格に関する見込み等の不確実性を伴う経営者の判断による重要な仮定が含まれているとして、減損の兆候判定をKAMとしている。

 

■収益認識

収益認識をKAMとしている事例としては、工事進行基準を適用している場合のほか、財又はサービスの移転に関して収益の認識に複雑性を伴う場合、会計処理がITに高度に依存している場合等においてKAMとされている。

①鹿島建設(株)(日本基準、トーマツ)

鹿島建設㈱では工事進行基準による収益認識をKAMとしており、このうち工事収益総額、工事原価総額及び工事進捗度に係る会計上の見積りは不確実性を伴い、かつ経営者の重要な予測・判断が用いられることをKAMの選定理由としている。また、データ分析ツールによるリスク評価分析を実施した旨を記載している点も特徴的である。

②ソフトバンク(株)(IFRS基準、トーマツ)

ソフトバンク(株)はIFRS適用企業であり、収益認識に関しては既にIFRS第15号が適用されている。各通信サービス契約にIFRS第15号を適用する際に、資産化された契約コストの償却期間として用いる通信サービスの予想提供期間の見積りや、新たな通信プランや顧客に対するインセンティブ施策における本人代理人の判断、契約の識別や履行義務の識別にかかる判断並びに取引価格算定にかかる判断等の重要な判断及び見積りを行っており、それらは個別契約の取引価格の算定や配分、収益の認識時期及び年間の費用計上額に重要な影響をあたえることから、通信サービス契約におけるIFRS第15号の適用上の重要な判断及び見積りをKAMとしている。

また、同社では通信サービス契約に基づく収益認識において、課金計算、請求及び会計システムへのインターフェース等、主要なプロセスはITシステムに高度に依拠していること、大量の情報を複数のITシステムと連携して処理していることから、収益計上の前提となるITシステムの信頼性もKAMとしていることが特徴的である。

③テルモ(株)(IFRS基準、あずさ)

テルモ(株)では売上収益の期間帰属の適切性をKAMとしているが、販売部門が業績予想達成の強いプレッシャーを感じる可能性があること、及び製品倉庫を出庫してから引渡しまでの期間が一定とならないことから、不適切な会計期間に売上が計上される潜在的なリスクが存在することをKAMの選定理由としている点が特徴的である。

 

■引当金の見積り(貸倒引当金以外)

野村ホールディングス(株)(SEC基準、EY新日本)

会社は訴訟や規制当局の調査、その他の法的手続に関係している。偶発損失が発生する可能性の判断や損失金額の見積りの合理性に係る判断、またそれに関連する開示を監査するためには、複雑かつ高度な判断が必要であることがKAMの選定理由とされている。


■新型コロナウイルス感染症の影響

会計上の見積り項目をテーマとするKAMの事例は多数見受けられたが、その中でも特に新型コロナウイルス感染症の影響にフォーカスし、それに伴う見積りの不確実性をKAMの選定理由としている事例が複数見受けられた。また、新型コロナウイルス感染症に関連するテーマではあるものの、操業休止や一時帰休といった事象に係る会計処理をテーマとするKAMも見受けられた。

①三井物産(株)(IFRS基準、トーマツ)

多種多様なビジネスを世界各国・地域で展開しており、新型コロナウイルス感染症による営業活動や業績への影響は広範であるため、その影響の範囲及び程度を理解するためには多くの複雑な監査手続や監査計画の継続的な見直しの検討が必要であることや、会計上の見積りを行う際に利用される将来事業計画において、新型コロナウイルス感染症の収束時期や回復程度を見込む際には、個々の案件ごとに経営者による重要な判断が必要であり見積りの不確実性の程度が高いことなどをKAMの決定理由としている事例である。

②ANAホールディングス(株)(日本基準、トーマツ)

新型コロナウイルス感染症が会計上の見積りに与える影響について、継続企業の前提に係る経営者の評価や繰延税金資産の回収可能性の判断を取り上げて記載している事例である。特に重要な仮定として、感染拡大が航空旅客需要に影響を与える程度及び期間、アフターコロナ環境下における市場の成長率、座席利用率及び旅客収入の単価などが取り上げられている。

③オークマ(株)(日本基準、東陽)

政府や地方自治体による要請や声明等の趣旨を鑑み実施された操業休止や一時帰休の対応に起因する費用(操業休止関連費用)の臨時性についての会社の判断が、連結損益計算書の段階利益の金額に重要な影響を与えることから、当該事項がKAMとして取り上げられている。

 

■継続企業の前提

継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況(以下「GC疑義」という。)が存在している場合、当該事象又は状況を解消し、または改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に重要な不確実性が認められるときは、監査報告書上はKAMではなく「継続企業の前提に関する重要な不確実性」の記載が行われる。

一方、継続企業の前提に重要な不確実性が認められないと判断した場合は、その結論に至るまでに検討した事項をKAMとして記載することがある。以下の事例①は、GC疑義が存在しており重要な不確実性が認められない場合において、重要な不確実性の有無についての経営者の判断の妥当性の評価をKAMとした事例である。事例②は、GC疑義自体が存在しないと判断しているが、GC疑義を生じさせるような状況の有無に対する評価をKAMとした事例である。

①(株)三井E&Sホールディングス(日本基準、あずさ)

(株)三井E&Sホールディングスでは、連続して営業損失を計上していること等により、GC疑義が存在しているが、対応策の実行により重要な不確実性は認められないと判断している。重要な不確実性の有無の判断に当たって使用する経営者の資金計画は、特定の工事から追加の損失が発生しないこと、取引先金融機関が既存の借入契約の維持及び新規の借入の要請に応じることを前提としており、それらの仮定は不確実性を伴うため、重要な不確実性の有無についての経営者の判断の妥当性の評価をKAMとしている。

②(株)フジクラ(日本基準、PwCあらた)

(株)フジクラが期末に有する一部のシンジケートローン契約及びコミットメントライン契約に財務制限条項が付されている。前期末において一部の契約について財務制限条項に抵触していたが、当期は金融機関から期限の利益の喪失を請求する権利を放棄することに関する同意を得るとともに、財務制限条項に抵触した契約について変更契約を締結し、さらにハイブリッドローンによる資金調達を実行したことにより、期末においてGC疑義は存在しないと判断している。これらの対応状況等については監査人として慎重な評価が求められるため、GC疑義を生じさせるような状況の有無に対する評価をKAMとしている。

 

■その他

その他としては、連結子会社等において発生した不適切な会計処理をテーマとするKAMや、契約不履行による損害に伴う資産の評価をテーマとするKAMなども見受けられた。

①シャープ(株)(日本基準、PwCあらた)

シャープ(株)では、連結子会社及びその子会社において不適切な会計処理が行われていたことが当該年度に判明し、訂正報告書を提出している。不適切な会計処理が網羅的に把握され、適切に会計処理が行われたかどうかを確かめるためには、不正調査に関する専門的な知識及び慎重な判断が必要となることから、連結子会社における不適切な会計処理をKAMとしている。

②川崎重工業(株)(日本基準、あずさ)

一部の海外建設工事に関する海外下請工事会社の契約不履行等の契約違反により被った損害額に関する回収可能額の評価をKAMとしている。回収可能性の評価にあたっての仮定として、仲裁手続の進捗状況及び仲裁判断の見通しや仲裁判断により確定する損害賠償額に対する海外下請工事会社の支払能力等が取り上げられ、その不確実性がKAMの決定理由とされている。

 

2.前期に早期適用した企業の適用2年目におけるKAMの傾向

(1)前年度からのKAMの個数の変化

KAMを早期適用した企業の適用2年目のKAMは、個数の面で【図表9】のような変動がみられた。1年目と同じ個数の企業、または1個減少した企業が大半を占めている。

【図表9】前年度からの個数の変化

前年度からの個数の変化 企業名  

2増:

連結2社 

(連結)
オリックス(株)、ENEOSホールディングス(株)

2増1減:

連結3社

(連結)
三井物産(株)、三井住友トラスト・ホールディングス(株)、(株)日立製作所

1増:

連結1社
個別2社

(連結)
東急(株)
(個別)
(株)大和証券グループ本社、東急(株)

1増1減:

連結9社
個別4社

(連結)
マルハニチロ(株)、キヤノン(株)、(株)AOKIホールディングス、(株)りそなホールディングス、三菱UFJ信託銀行(株)、ソフトバンク(株)、オリンパス(株)、綜合警備保障(株)、(株)岡三証券グループ
(個別)
(株)AOKIホールディングス、オリックス(株)、オリンパス(株)、(株)日立製作所

変化なし:

連結20社
個別39社

(省略)

1減:

連結12社
個別3社

(連結)
住友金属鉱山(株)、武田薬品工業(株)、富士通(株)、住友商事(株)、(株)新生銀行、(株)三菱UFJ銀行、(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ、(株)三井住友フィナンシャルグループ、野村ホールディングス(株)、(株)日本取引所グループ、第一生命ホールディングス(株)、綿半ホールディングス(株)
(個別)
富士通(株)、(株)新生銀行、第一生命ホールディングス(株)

 

①前年度から個数が減少している事例

早期適用の事業年度において企業結合・再編等があり、取得対価の配分を含む無形資産の評価をKAMとしているような事例(三井物産(株)、(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ 他)では、2年目においてはKAMとして取り上げられていないケースが見受けられた。同様に、早期適用の事業年度において固定資産の減損をKAMとして、減損損失の計上が行われている場合には、2年目においてはKAMとして取り上げられていない事例(住友商事(株)、(株)三井住友フィナンシャルグループ 他)が見受けられた。また、単年度特有の事象、例えば、システムのデータ移行(綜合警備保障(株))、表示方法の変更((株)AOKIホールディングス)、和解((株)日立製作所)といった事象を早期適用事業年度のKAMとしている場合には、2年目においてKAMとして取り上げられていない。

②個別財務諸表のKAMの事例

持株会社において、早期適用の事業年度において単体の「KAMなし」が、2年目においてKAM(関係会社株式の評価)が識別されている事例((株)大和証券グループ本社)、また、関係会社株式の評価をKAMとしていたが、2年目において「KAMなし」となった事例(第一生命ホールディングス(株))もあった。

 

(2)前年度からのKAMの記載内容の変化

次に、早期適用企業において、前年度と同様の事項が当年度においてもKAMとして記載されている場合に、その記載内容に変化があったものを見ていくこととしたい。その概要は、以下の【図表10】に取り纏めた通りである。

【図表10】 前年度からの記載内容の変化

前年度からの記載内容の変化 企業名

前年度からの変化の内容を明示的に記載

(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ

見出しの表記の変化

日本酸素ホールディングス(株)、(株)三菱ケミカルホールディングス、東急不動産(株)

対象領域の変化

三菱UFJ信託銀行(株)、三井住友トラスト・ホールディングス(株)

記載内容の見直しに伴う変化

(株)AOKIホールディングス、(株)三井住友フィナンシャルグループ、三菱地所(株)、東急不動産ホールディングス(株)、(株)みずほフィナンシャルグループ、(株)大和証券グループ本社、富士通(株)、トヨタ自動車(株)、本田技研工業(株)、(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ、住友商事(株)

同一の会計処理を対象としているが、対象となる事業・構成単位が異なる事例

マルハニチロ(株)、(株)新生銀行、(株)りそなホールディングス

新型コロナウイルス感染症の影響の記載の変化

住友金属鉱山(株)、日立金属(株)、三井物産(株)、(株)三井住友フィナンシャルグループ、東急(株)

監査人の変更に伴う記載の変化

キヤノン(株)

個別財務諸表の取扱いの変化

(株)大和証券グループ本社、第一生命ホールディングス(株)

 

まず、前年度からのKAMの変化の内容を明示的に記載した事例(㈱三菱UFJフィナンシャル・グループ:連結)においては、当年度の個々のKAMを記載する直前に、当年度におけるKAMの新規記載や削除、記載内容の変化について、概観する記載を行っており、監査報告書の利用者が前年度からの変化を把握する上で有益と考えられる。

次に、当年度において、KAMの決定理由や監査上の対応において見出し、注記への参照又は領域金額を追加して記載した事例(日本酸素ホールディングス(株)、(株)三菱ケミカルホールディングス、東急不動産(株):いずれも連結)がある。KAMの決定理由や監査上の対応の内容を簡潔に示す見出しを配置し、また参照注記や領域金額を明らかにした記述は、KAMの内容を把握する上で大きな助けとなり、監査報告書の利用者にとって有益である。

また、当年度において前年度と同様の会計処理に関する事項についてKAMとして記載している場合であっても、対象領域が変化している事例(三菱UFJ信託銀行(株)、三井住友トラスト・ホールディングス(株):いずれも連結)や対象となる事業・構成単位が異なる事例(マルハニチロ(株)、(株)新生銀行、(株)りそなホールディングス)もある。例えば、当年度新規の関係会社株式取得によって、無形固定資産の回収可能性や棚卸資産の評価について前年度よりもより重要と考えられる対象領域が生じたものや、新規与信及び貸倒引当金の記載において前年度に特定していた対象領域に関する重要な虚偽表示リスクが当年度において重要ではなくなったために記載を取りやめ、他の領域についてKAMとして取り上げたと考えられる事例も見受けられた。

このような事例の中には、見出しに対象領域を具体的に示しておらず、会計処理等の内容のみをKAMとして表記しているものもあり、この場合には、外見上、対象領域の変化が読み取れないため、監査報告書の利用者はKAMの見出しのみならず、注意を払い、対象領域が変わっていないか、検討することが重要と考えられる。

早期適用企業について、当年度のKAMを前年度と比較してみて気が付くのは、同一の会計処理及び領域を対象としていても、その記載内容を見直し、より的確な記載とするように図っている事例((株)AOKIホールディングス、(株)三井住友フィナンシャルグループ他:いずれも連結)が多い。前年度のKAMについて記載が冗長であったと思われる箇所を削除したり、推敲を重ね、意図が伝わるようにより的確な表現を用いていると考えられる事例が見られた。

なお、新型コロナウイルス感染症の影響について、当年度において新たに独立したKAMとして取り上げた事例(三井物産(株)、東急(株):いずれも連結)や、前年度と同様の会計処理に関する事項を取扱うKAMの決定理由又は監査上の対応においてその影響に言及している事例(三井住友フィナンシャル・グループ:連結)もあれば、当年度において具体的な記載を取りやめた事例(住友金属鉱山(株)、日立金属(株))もあり、さまざまな変化が見受けられた。こうしたさまざまなKAMの記載への対応は、監査人が、被監査会社の事業の態様に応じて、新型コロナウイルス感染症が監査に及ぼす影響の範囲及び不確実性の程度をどのように考えるかを慎重に検討した結果、生じたものと考えられる。

さらに、監査人の変更に伴い、KAMの記載に変化が生じている事例(キヤノン(株):連結及び個別)が見受けられている。この事例は、ある被監査企業に対する監査リスクの評価は監査人にとって一律ではないことは当然であり、監査人ごとにどのように監査リスクを評価したかを垣間見ることができる、興味深い事例であると考えられる。

 

おわりに

KAM導入検討時の議論のひとつとして、KAMのボイラープレート化、すなわち、どの企業のKAMもテンプレートの様に似たような記述となれば財務諸表利用者への有用な情報提供が阻害されることが懸念されていた。しかしながら、今回、分析対象とした多くの事例は、各企業の固有の事情を踏まえた記載内容となっており、財務諸表利用者にとって有用な情報であると感じた。KAMは1年限りではなく、今後も継続していく制度であるため、企業と監査人が2年目以降も継続して緊密なコミュニケーションを図り、企業の置かれた状況に応じて適宜KAMの内容が見直されることによって、より良い実務が定着していくことを期待したい。

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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