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欧米製薬企業における監査上の主要な検討事項アップデート

月刊誌『会計情報』2021年10月号

公認会計士 山本 哲平

1. はじめに

監査上の主要な検討事項(Key audit matters以下「KAM」)は、実施された監査に関する透明性を高めることにより、監査報告書の情報伝達手段としての価値を向上させることを目的として(監基報701.2項)、2021年3月31日以後終了する事業年度より導入されている。ここでは国際財務報告基準(IFRS)・米国会計基準の適用により、より財務諸表等の開示が拡充され、対応するKAMの記載ボリュームも多い、12月決算の一般的にメガ・ファーマと呼称される欧州・米国の製薬企業の最新の事例を紹介する。なお、2019年の開示事例及び主要事項の基本的な内容については、「監査上の主要な検討事項に関する分析〜製薬業界〜」(本誌2020年9月号(Vol.529))を参照されたい。また、本稿で執筆されている内容は執筆者の私見であり、所属する法人の見解ではないことを付け加える。

524KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

2. 欧州製薬企業における事例

欧州における、主な製薬企業のKAMは以下の通りである。米国におけるリベート・返品等の未払費用・引当金に関する項目(3. 米国製薬企業における事例にて後述)の他、のれんを含む無形資産や、企業結合取引、不確実な税務ポジション等が主な記載項目となっている点は、従来から変わらない。

(図表1)主要欧州製薬企業のKAM
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IFRS採用企業においては、事業ポートフォリオの変更による買収に伴うのれんの他、開発途上の化合物の取得に関する一時金やマイルストン支払等が、無形資産の定義及び認識要件を満たす場合には、無形資産(仕掛研究開発費/IPR&D資産)として計上され、評価に当たっては判断の要素が多く含まれることから、KAMとして選定されている。

例えばAstraZeneca社(英国)の無形資産評価の例では、企業として新型コロナウィルスの感染拡大(COVID-19 pandemic)を受け、その影響を無形資産の評価における使用価値の算定に織り込んでいる旨及び対応する手続をKAMにおいて記載している。特に不確実性の高い領域としては、新薬の承認可能性、製品ピークセールスとジェネリック品の発売による減少の程度(Erosion Curve)の合理性が挙げられている。各国における医療の逼迫、患者の受診控え・延期を受けたトップラインの減少や、営業活動のデジタル化の影響を反映しているものと推察される。

 

3. 米国製薬企業における事例

米国における、主な製薬企業のCritical Audit Matters(監査上の重要な事項。以下、「CAM」)は以下の通りである。

(図表2)主要米国製薬企業のCAM
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収益におけるリベート・返品関連の項目は、業界ではGross to Net項目と言われる収益の減額を必要とする企業からの支払いを伴う取引に関連するものである。特に量的重要性の高い公的保険に関しては、製薬企業は州政府とリベート契約を締結し、償還価格をどの程度負担するか医薬品毎に取り決め、支払いを行う。品目毎に細かく設定された医薬品流通価格やConsumer Price Index、卸等に供給されている想定在庫量、消化見込み等の複数の見積り要素を用いる計算が行われているため、米国に拠点を置く製薬企業は専門部署を設けて対応している。例えばBMSにおいては複雑なルールの法的な解釈・過去の請求実績等が判断を伴うものとして列挙されている。

また、昨今増加しているワクチン販売については政府向けが中心となる等、通常の医療医薬品とは商流や関連する契約が異なるため、収益関連開示でその点を明示している企業も見られる。欧州企業のKAMと比べると、CAM数が少ない傾向は継続し、また項目も昨年から重要な変更がない点が特徴として挙げられる。

 

4. 訴訟関連

製薬企業は事業の性質から知的財産の侵害や市販後の副作用等を理由とする訴訟等に直面するケースがあり、欧米においてもKAM/CAM項目となっている企業が多い。裁判中の係争案件及び裁判には至っていないものの、法務対応が必要となっている(Out of Courtの)案件についての開示を前提に、当該案件の評価プロセス・内部統制の整備・運用評価等が会計監査人の対応手続となっている。

米国においては当該事象に関する損失の発生が“Probable”であり、“Reasonable Estimate”が可能なタイミングで引当金が計上される。その段階に至っている案件については、損失の程度の評価が経営者における重要な判断を伴う見積り項目である旨と共に、個別の案件名を示しながら特定の州ないし地方政府の訴訟状況の進捗をCAM内で記載している例も見受けられる。

 

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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