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「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」の解説

月刊誌『会計情報』2022年6月号

公認会計士 豊岳 光晴

1.はじめに

2022年3月15日に、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という。)は、「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(以下「本論点整理」という。)を公表した。本論点整理に対するコメント期限は2022年6月8日である。

2019年に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)により、金融商品取引法が改正され、いわゆる投資性ICO(Initial Coin Offering。企業等がトークン(電子的な記録・記号)を発行して、投資家から資金調達を行う行為の総称である。)は金融商品取引法の規制対象となった。他方、投資性ICO以外のICOトークンについては、併せて改正された「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」という。)上の「暗号資産」に該当する範囲において、引き続き資金決済法の規制対象に含まれることとされた。こうした状況を受けて、2019年11月に公益財団法人財務会計基準機構内に設けられている基準諮問会議より、金融商品取引法上の電子記録移転権利又は資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行・保有等に係る会計上の取扱いの検討を求める提言がなされ、ASBJでは、これらに関連する論点について2019年12月より検討を行い、本論点整理を公表した。

本稿では、本論点整理の概要について解説する。

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2.目的

本論点整理は、金融商品取引法上の電子記録移転権利又は資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行及び保有等に係る取引に関する会計基準を整備していく一環として、関連する論点を示し、基準開発の時期及び基準開発を行う場合に取り扱うべき会計上の論点について関係者からの意見を募集することを目的としている。ASBJでは、本論点整理の公表後、本論点整理に寄せられる意見等を参考に、会計基準の整備に向けた検討を行っていくことを予定している(本論点整理第1項)。

3.論点整理を行う範囲

金融庁が2018年12月に公表した「仮想通貨交換業等に関する研究会」報告書(以下「研究会報告書」という。)によれば、「ICO(Initial Coin Offering)について、明確な定義はないが、一般に、企業等がトークンと呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や仮想通貨の調達を行う行為を総称するものとされている。」と記載されている。また、研究会報告書によれば、「ICOは、その設計の自由度が高いことから様々なものがあると言われているが、トークン購入者の視点に立った場合には、以下のような分類が可能と考えられる。」と記載されている。

(1)発行者が将来的な事業収益等を分配する債務を負っているとされるもの(投資型)

(2)発行者が将来的に物・サービス等を提供するなど、上記以外の債務を負っているとされるもの(その他権利型)

(3)発行者が何ら債務を負っていないとされるもの(無権利型)

本論点整理では、前述の「その他権利型」及び「無権利型」のうち、資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンを対象として、その発行及び保有に関する論点について取り扱っている。

また、前述の「投資型」のうち、電子記録移転有価証券表示権利等に該当するICOトークンについては、本論点整理と同時に公表された実務対応報告(案)で取り扱っており、実務対応報告公開草案第63号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(以下「実務対応報告(案)」という。)で取り扱わないこととした一部の発行及び保有に関する論点については、本論点整理において取り扱っている(本論点整理第6項及び第7項)。

4.主要な論点

本論点整理で提示されている主要な論点の概要を紹介する。なお、特に断りがない限り、以降の記述において「ICOトークン」は、資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンを指す。
 

(1)【論点1】基準開発の必要性及び緊急性、並びにその困難さ

ICOトークンには、さまざまな権利が付帯される可能性があり、特にその発行取引については個別性が強いことが考えられる。このため、対象取引のこれまでの実施状況及び今後の普及見込み、並びに現在、会計基準が存在しないことが対象取引の普及に及ぼしている影響の有無を踏まえ、速やかに基準開発に着手すべきか否かを検討する必要があると考えられる。

基準開発に着手すべきかどうかの検討にあたって、本論点整理で示された予備的な分析については、【図表1】のとおりである。


【図表1】

対象取引のこれまでの実施状況及び今後の普及見込み(本論点整理第11項から第13項)
ICOトークンの発行及び保有に関する会計処理の検討に際して、基準開発の参考とし得る我が国における取引事例は、現状では少数の事例しか見受けられない状況にある。
また、対象取引への取組み自体が数年前から始まったばかりであることから、現時点ではまだビジネスとして初期段階であるとも考えられ、今後の進展次第では、その取引内容が変化することも考えられるが、現時点では取引内容の変化を予測することは困難である。
我が国における暗号資産の私法上の取扱い(本論点整理第15項及び第16項) 私法上の位置づけが明確でないとされているが、現時点では、暗号資産の私法上の取扱いの明確化に向けた具体的な法律案の策定計画は公表されていない。
国際的な基準開発の動向(本論点整理第21項及び第22項) フランスなどの一部の法域の会計処理のガイダンスを除き、現時点では基準開発の検討が行われていない状況にある。しかし、国際会計基準審議会(IASB)が2021年3月30日に公表した「情報要請:第3次アジェンダ協議」における潜在的プロジェクトの1つとして「暗号通貨及び関連取引」が含まれ、大多数の回答者が当該潜在的プロジェクトを高い優先度として評価しており、今後、国際的な基準開発が行われる可能性もあると考えられる。

 

当該状況を踏まえ、本論点整理では「現在観察できる少数の取引事例だけでは、我が国における対象取引の経済的実態を捉えることが難しく、また、暗号資産の私法上の取扱いが明らかではなく、さらに、国際的な基準開発が行われていない現状において、速やかに我が国の基準開発を行うべきではないとも考えられる。一方、会計基準が定まっていないことに起因して、対象取引への取組みが阻害されている状況等が生じている可能性があることを踏まえ、速やかに基準開発を行う必要があるとも考えられる。」(本論点整理第25項)との考えが示されている。
 

(2)【論点2】ICOトークンの発行者における発行時の会計処理

ICOトークンの発行取引に係る会計処理を考える上では、ICOトークンの発行取引の実態をどう捉えるのかが論点となる。この点、本論点整理では、ICO トークンの発行者が負担する義務を、①発行者が何ら義務を負担していない場合、②発行者が何らかの義務を負担している場合に分類した上で、それぞれの会計処理について検討している。
 

①ICOトークンの発行者が何ら義務を負担していない場合の会計処理

ICOトークンの発行取引においては、トークンに権利が一切付与されておらず、発行者が何ら義務を負担していない場合がある。これは、一部の投資家はICOトークンに付与されている権利に着目して投資を行うのではなく、当該ICOトークンを他者に売却することによる値上がり益を期待して投資を行うことによるものと考えられる。

本ケースにおいては、発行者は、何ら義務を負担していないことから認識すべき負債は存在しないと考えられ、対価の受領時においてその全額を利益に計上することが考えられる。(本論点整理第30項及び第31項)
 

②ICOトークンの発行者が何らかの義務を負担している場合の会計処理

ICOトークンの発行者は、発行時において、会計上、受領する対価を資産として認識するとともに、負担する義務については、会計上の負債として計上することになると考えられる。

採用する会計処理の根拠となる考え方を整理するにあたっては、これまで、発行者が財又はサービスを提供する一定の義務を負担するとしても、その財又はサービスの価値(提供される財又はサービスが有する本源的な価値を意味する。以下本論点において同じ。)が調達した資金の額に比して著しく僅少であるケースの存在が聞かれており、その取扱いが問題となる。

本論点整理では、このようなケースの会計処理を検討するにあたり、次のいずれがICOトークンの発行取引を適切に描写する結果となるのかが論点となるとして、二つの考え方が示されている。

  • 契約自由の原則の下で自発的に発生した独立第三者間取引においては、経済的に等価交換が成立しているものとする考え方
  • 提供する財又はサービスの価値が調達した資金の額に比して著しく僅少であるケースの存在を、ICOトークンの発行取引の実態を示す特徴の1つとして捉え、等価交換が常に成立しているものとしては取り扱わないとする考え方

前者の考え方を採用する場合、発行時に利益(又は損失)が生じない会計処理を定めることが考えられる一方、後者の考え方を採用する場合、発行時に利益(又は損失)が生じ得る会計処理を定めることが考えられる(本論点整理第32項から第35項)。

5.その他の論点

(1)【論点3】資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行及び保有に関するその他の論点

本論点整理で示された、資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行及び保有に関して、想定されるその他の論点、その内容及び今後の方向性は【図表2】のとおりである(本論点整理第38項及び第39項)。


【図表2】

  論点の内容 今後の方向性
ICOトークンの発行時において自己に割り当てたICOトークンの会計処理 第三者が介在していない内部取引として会計処理の対象としない方法と、会計処理の対象として会計上の資産及び負債(発行者が何らかの義務を負担している場合)を計上する方法のいずれによるべきかが論点となる。 発行時に自己に割り当てたICOトークンについては、第三者が介在していない内部取引に該当するとして、会計処理の対象としないことが考えられる。
ICOトークンの発行後において第三者から取得したICOトークンの会計処理 関連する負債の消滅又は控除として取り扱う方法(関連する負債の消滅の認識を行う方法、又は関連する負債の消滅の認識は行わずICOトークンの取得原価をもって関連する負債から控除して表示する方法)と、資産として取り扱う方法のいずれによるべきかが論点となる。 自己株式を取得した場合の会計処理との整合性、及び自己が発行したICOトークンを取得することに伴い、当該ICOトークンに係る発行者の義務が自己に対する義務に実質的に変化するという状況を重視し、ICOトークンの発行後に第三者から当該ICOトークンを取得した場合、関連する負債の消滅の認識を行うこととし、当該負債の計上金額と取得したICOトークンの取得原価が異なる場合には、差額を損益として処理する方法を適用することが考えられる。

 

(2)【論点4】電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有に関する論点

本論点整理で示された、電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有に関して想定される論点のうち、本論点整理と同時に公表した実務対応報告(案)で取り扱わないこととした論点、その内容及び今後の方向性は【図表3】のとおりである(本論点整理第40項及び第41項)。

【図表3】

  論点の内容 今後の方向性
株式会社以外の会社に準ずる事業体等における発行及び保有の会計処理 株式会社以外の会社に準ずる事業体等における発行及び保有の会計処理を新たに定める必要があるか否かが論点となる。 電子記録移転有価証券表示権利等に関して、株式会社以外の会社に準ずる事業体等における発行及び保有の会計処理を新たに定めることのニーズの有無について、関係者に意見を求めることが考えられる。
株式又は社債を電子記録移転有価証券表示権利等として発行する場合に財又はサービスの提供を受ける権利が付与されるときの会計処理 株式会社において、株式又は社債を電子記録移転有価証券表示権利等として発行する場合、配当や利息を受領する権利に加え、商品性を高めるために、その他の財又はサービスの提供を受ける権利(例えば、ポイントなど)を付与するケースも想定され、その場合の会計処理が論点となる。
本論点は電子記録移転有価証券表示権利等のみに限定されたものではなく、また、今後どのような財又はサービスが付与されるかは現時点では定かではないことから、その状況が大きく変化しない限り、本論点は取り扱わないこととすることが考えられる。
暗号資産建の電子記録移転有価証券表示権利等の発行の会計処理 額面金額が暗号資産建の社債を電子記録移転有価証券表示権利等として発行する場合、金銭ではなく暗号資産で償還する義務が生じることから、発行時及び発行後における貸借対照表計上額をどのように測定するかが論点となる。 実際に発行が行われるか定かではないことから、その状況が大きく変化しない限り、本論点は取り扱わないこととすることが考えられる。
組合等への出資のうち電子記録移転権利に該当する場合の保有の会計処理 民法上の組合(任意組合)、匿名組合、パートナーシップ、及びリミテッド・パートナーシップ等(以下「組合等」という。)への出資のうち電子記録移転権利に該当する場合の会計処理について、現行の組合等への出資の処理と同様の取扱いとするか、それとも、有価証券に係る現行の定めを準用するかが論点となる。 取引量が増加し、市場が十分に形成されるまでは、組合等の会計処理と同様に取り扱うことが考えられる。

 

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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