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2022年上期IPO市場の動向

月刊誌『会計情報』2022年9月号

IPO戦略推進室 公認会計士 鈴木 覚

1.はじめに

2022年上期の株式市場は、ロシア・ウクライナ情勢や資源高などの影響を受け、国内IPO企業数は47社(TOKYO PRO Marketへの上場10社を含む)と、2021年上期の59社(TOKYO PRO Marketへの上場6社を含む)から12社減少する結果となった。

2022年上期IPO企業数は、前年同期比で減少トレンドとなっているものの、図表1のとおり長期トレンドで見ると2021年上期(59社)に次ぐ水準となっており、国内IPO市場は引き続き堅調といえる。

また、「東京証券取引所(以下、「東証」という)」においては、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な市場を提供することを目的として、2022年4月に市場区分の見直しが行われている。以下、新・旧市場区分の移行期を含む2022年上期の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。

669KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。
【図表1】国内IPO企業数の推移(単位:社)
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2.2022年上期のIPOの特徴

2022年上期のIPOの主な特徴を要約すると以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。

① 市場別…引き続きグロース市場(旧マザーズ市場)へのIPOの割合は高く、全体の59%を占めている。

② 業種別…情報通信業が全体の23%、サービス業が全体の36%を占めた。

③ 発行総額…ロシア・ウクライナ情勢や資源高などの影響を受けた株式市場の混乱を背景に、発行総額100億円を超えるIPO企業は無く、中小型IPOが中心となった。また、海外での募集・売出しを実施したIPOは7社(前年同期14社)となり、海外オファリングも減少した。

④ IPOのタイミング…期越え上場数は22社となり、全体の46%を占める結果となった。

⑤ IFRS適用によるIPO…2021年上期は投資ファンドが主要株主となっている企業4社がIFRSを適用した。一方、2022年上期は、IFRS適用IPO企業は無かった。

⑥ 時価総額…初値時価総額1,000億円以上の企業は1社に減少した(前年同期は3社)。

⑦ 赤字上場…上場直前期の当期純損失企業は10社に減少した(前年同期は11社)。

① 市場別

直近の市場別のIPO企業数は、図表2のとおりである。2022年上期のグロース(旧:マザーズ)へのIPO企業数は28社となり前年同期37社から減少したものの、全体に占める割合は59%(前年同期62%)と引き続き高い水準である。また、スタンダード(旧:東証二部+JASDAQ)へ上場する企業数は前年同期の13社から7社に減少している。プライムへ上場する企業数は1社であり、前年上期の3社から減少している。なお、TOKYO PRO Market では10社の上場があり、前年同期6社から増加している。全体でみるとIPO企業数は2021年上期59社から2022年上期47社に減少する結果となった。

【図表2】市場別IPO企業数の推移(単位:社)
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② 業種別

2022年上期にIPOした企業の業種別の内訳は図表3のとおりである。2022年上期では情報通信業11社、サービス業17社となり、2業種合計では28社と全体の59%を占めている。代表的な情報通信業では、VTuber グループ「にじさんじ」を手掛けるANYCOLOR㈱があり、後述する初値時価総額では2022年上期で唯一の1,000億円を超えるIPOとなった。

【図表3】業種別IPO企業数(単位:社)
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また、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表4のとおりである。いずれも情報通信業であり、革新的な技術やサービスの提供が期待される企業や人気のオンラインコンテンツを持つ企業など将来の成長が期待できるビジネス等に対する投資家の期待が高い傾向にあった。

一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表5のとおりである。2020年が突出しており、新型コロナウイルス感染症拡大による株式市場の混乱の影響を受けたと考えられる。2022年上期においては、前述のとおり株式市場の混乱を受け、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数は12社と2021年上期(4社)から大幅に増加している。

【図表4】公開価格比(初値と公開価格の比)が高かった企業
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【図表5】初値が公開価格を下回ったIPO企業数の推移(単位:社)
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③ 発行総額

公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表6のとおりである。2022年上期の特徴として、発行総額100億円以上のIPO企業数は0社であり、4か年トレンドで最も低い水準となっている。一方で、発行総額10億円未満のIPO企業数は25社となっており、2022年上期の発行総額レンジを見ると、比較的小規模のIPOが多い傾向が認められる。

【図表6】発行総額レンジ別のIPO企業数の推移(単位:社)
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また、図表7のとおり、海外オファリングは減少傾向となった。2022年上期に海外での募集・売出しを実施したIPOは7社(前年同期14社)であり、グローバル・オファリングは無く、中型のIPOにおいて、臨時報告書方式により株式の一部を海外投資家へ販売するオファリング方法が中心となっている。

【図表7】グローバル・オファリングおよび臨時報告書方式によるIPOの推移(単位:社)
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④ IPOのタイミング

最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2022年上期も同様の傾向にある。図表8では、2020年、2021年及び2022年上期の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。

【図表8】上場直前期末からIPOするまでの月数別企業数(単位:社)
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2020年から2022年にかけて上期の傾向を見ると、上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12か月目)に上場する企業数と上場申請期の期初から数えて13か月目から15か月目での上場、いわゆる「期越え上場」が他の月と比較して多い傾向が認められる。特に、「期越え上場」については、図表9で示すとおり、2022年上期は22社と全体の46%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてから上場する会社が多いことに起因していると考えられるが、新型コロナウイルス感染症拡大により、その傾向が更に高まっていると考えられる。

【図表9】期越え上場の件数と割合
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⑤ IFRS適用によるIPO

最近のIFRS(国際財務報告基準)を適用して上場した企業は図表10のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社が中心となっている。IPOマーケットにおいては、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。

2021年にIFRSを適用して上場した企業は10社である。IFRSを適用した10社のうち、5社(ウイングアーク1st㈱、Appier Group ㈱、シンプレクス・ホールディングス㈱、PHCホールディングス㈱、㈱ネットプロテクションズホールディングス)は、初値時価総額500億円を超える企業であり、2021年のIPOの中でも、比較的規模の大きい企業がIFRSを適用している。一方、2022年上期においては、IFRS適用IPO企業は0社という結果となった。

【図表10】IFRSを適用したIPO企業
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⑥ 時価総額

初値時価総額1,000億円を超えるIPOは、2021年上期はAppier Group ㈱、ビジョナル㈱、㈱プラスアルファ・コンサルティングの3社であった。2022年上期においては、ANYCOLOR㈱が唯一の初値時価総額1,000億円超のIPOとなった。

ANYCOLOR㈱は、VTuber グループ「にじさんじ」の運営をしており、上場初値は4,810円(公募価格1,530円)をつけ、初値時価総額1,450億円は2022年上期で最大規模のIPOとなった。同社の上場前2事業年度と申請期の業績をみると、図表11のとおり、売上高、利益共に毎期大きく増加している。販売費及び一般管理費の主な内訳は、給料及び手当となっており、上場時の調達資金も事業拡大のための採用費や人材育成など人件費に充当することを目的としており、今後の業容拡大が期待される。

【図表11】ANYCOLOR㈱の業績推移(単位:百万円)
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また、初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表12のとおりであり、初値時価総額500億円を超えるIPOは、前述のANYCOLOR㈱の1社のみとなった。過去の水準と比較した場合、初値時価総額500億円を超えるIPOが減少する傾向となった。なお、2022年上期の初値時価総額100億円以上の企業の割合は全体の29%、500億円以上は全体の2%となっている。

【図表12】初値時価総額レンジ別のIPO企業数の推移	(単位:社)
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⑦ 赤字上場

過去のIPO企業の業績を踏まえると、上場直前期に当期純損失を計上している企業や上場申請期に当期純損失を予想している企業が増加傾向にある。図表13のとおり、2022年上期においては、上場直前期に当期純損失を計上した企業は10社、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業は1社となっている。

【図表13】当期純損失を上場直前期に計上若しくは申請期に予想したIPO企業の推移(単位:社)
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3 .おわりに

2022年上期は、株式市場はロシア・ウクライナ情勢や資源高などの影響を受け、IPO規模の面においてはかかる市況の影響を受けた結果、発行総額100億円を超えるIPO企業は無く、中小型IPOが中心となった。一方、IPO企業数の面では、前年同期比では減少トレンドとなっているものの、2022年上期において47社(TOKYO PRO Market 含む)が新規上場を果たしており、国内IPO市場は引き続き堅調であるといえる。

ただし、新型コロナウイルス感染症の再拡大、地政学リスクの高まり等の不安要素を踏まえると、今後の株式市場、IPO市場は不確実性を伴う状況が継続していくものと考えられる。

一方、東証においては、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な市場を提供することを目的として2022年4月に市場区分の見直しが行われた。2022年7月15日時点でプライム1,818社、スタンダード1,457社、グロース480社、合計3,755社が上場をしており、新市場区分の直後の2022年6月7日には、㈱メルカリがグロースからプライムに市場区分を変更するなど、新興市場への上場を経てより上位の市場にステップアップしていく企業が登場している。

プライム市場のコンセプトは「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」、グロース市場のコンセプトは「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場」として位置づけられている。新市場区分においてもグロース市場へのIPO後、更なる企業価値の向上のためにプライム市場へとステップアップを志向する企業は引き続き増加する傾向にあると思われる。

IPOを目指す企業とそれを支える証券会社や監査法人等のIPO関係者は、新市場区分のコンセプトを踏まえ、IPOをゴールと考えるのではなく、上場後も新興企業等の持続的な成長を支える仕組みを引き続き考えていくことが重要であり、結果として日本経済の発展にも寄与すると考える。

 

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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