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収益認識会計基準等の開示に関する事例分析(第1回)

月刊誌『会計情報』2022年12月号

公認会計士 森 みずほ

1.はじめに

2018年3月30日に、我が国における収益認識に関する包括的な会計基準として、企業会計基準委員会(ASBJ)から企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識会計基準」という。)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下「収益認識適用指針」という。また収益認識会計基準とあわせて「収益認識会計基準等」という。)が公表された。また、2020年3月31日に、主に開示の定めを追加し改正した収益認識会計基準等が公表された。これらは、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの強制適用となった。3月決算会社においては2022年3月末の決算がこれらを強制適用する初めての期末決算であった。本連載では、収益認識会計基準等に関連する2022年3月末の決算の連結計算書類の開示の事例分析を行った。

513KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

2.連載の主な内容

本連載では、以下に記載のテーマを予定している。

なお、本文中の参照法令等は以下の略称を使用している。

本文中法令等

参照法令等(かっこ内)

会社法第12条第1項第4号

(会社法12Ⅰ④)

会社法施行規則第11条第1項第2号

(会施規11Ⅰ②)

会社計算規則第10条第1項第2号

(会計規10Ⅰ②)

 

 

3.分析対象会社

次の条件で分析対象会社(計97社)を選定した。

(ⅰ) 日本経済新聞社が「日経平均株価 構成銘柄選定基準(2022年4月4日適用)」により選定した日経平均株価(※)の構成銘柄に含まれている。

(ⅱ) 日本基準を採用している。

(ⅲ) 決算日が3月31日である。

(ⅳ) 東京証券取引所の業種区分が金融・保険業(銀行業、証券、商品先物取引業、保険業、その他金融業)ではない。
 

なお、調査にあたっては、連結計算書類の分析を行った。

(※)日経平均株価は、日本経済新聞社が「ダウ式平均」によって算出する指数である。基本的には225銘柄の株価の平均値だが、分母(除数)の修正などで株式分割や銘柄入れ替えなど市況変動以外の要因を除去して指数値の連続性が保たれている。指数算出の対象となる225銘柄は東京証券取引所プライム市場から流動性・業種セクターのバランスを考慮して選択されている。

 

4.会計基準等の要求事項の整理(表示)

① 収益認識会計基準等

(イ)損益計算書の表示

顧客との契約から生じる収益は、適切な科目(例えば、売上高、売上収益又は営業収益等)をもって損益計算書に表示する(収益認識会計基準78-2項)。

顧客との契約に重要な金融要素が含まれる場合、顧客との契約から生じる収益と金融要素の影響(受取利息又は支払利息)を損益計算書において区分して表示する(収益認識会計基準78-3項)。
 

(ロ)貸借対照表の表示

契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権は適切な科目をもって貸借対照表に表示する。

なお、契約資産と顧客との契約から生じた債権のそれぞれについて、貸借対照表に他の資産と区分して表示しない場合には、それぞれの残高を注記する。また、契約負債を貸借対照表において他の負債と区分して表示しない場合には、契約負債の残高を注記する(収益認識会計基準79項)。
 

② 会社計算規則

2020年3月31日における収益認識会計基準等の改正を受け、法務省は2020年8月12日に「会社計算規則の一部を改正する省令」(以下「本省令」という。)を公布した。

これにより、「損益計算書等の区分」(会計規88Ⅰ①)、「重要な会計方針に係る事項に関する注記」(会計規101Ⅰ④、会計規101Ⅱ)及び「収益認識に関する注記」(会計規115の2)が追加され、2021年4月1日以後に開始する事業年度に係る計算書類及び連結計算書類について適用されている。

(イ)損益計算書の表示

会社計算規則において区分表示することが求められている「売上高」の項目について、「売上高以外の名称を付すことが適当な場合には、当該名称を付した項目」とすることが明記された(会計規88Ⅰ①)。

会社計算規則
(損益計算書等の区分)
第88条
損益計算書等は、次に掲げる項目に区分して表示しなければならない。この場合において、各項目について細分することが適当な場合には、適当な項目に細分することができる。
一 売上高(売上高以外の名称を付すことが適当な場合には、当該名称を付した項目。以下同じ。)

 

(ロ)貸借対照表の表示

貸借対照表の資産の部の区分(会計規74)及び負債の部の区分(会計規75)には、それぞれの区分における項目が列挙され、「各項目は、適当な項目に細分しなければならない。」と規定されているが、「契約資産」や「契約負債」という項目を追加する等の改正は行われていない。

法務省は、会社計算規則「第74条及び第75条を改正しない理由」について、同省の考え方を以下のように説明している(「「会社計算規則の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について」の「結果概要別紙」 (2020年8月12日公表))。

  • 収益認識会計基準においては、契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権を、企業の実態に応じて、適切な科目をもって貸借対照表に表示することとされた(収益認識会計基準79項)が、貸借対照表の資産の部の区分を定める会社計算規則第74条及び負債の部の区分を定める会社計算規則第75条は、貸借対照表に特定の名称を付した項目を表示すべきことを定めるものではなく、会社計算規則第74条及び第75条を改正しなくとも、計算書類において、「契約資産」、「契約負債」等の勘定科目を用いることができるため、本省令においては、これらの規定を改正することとはしていない。

5.開示事例分析

① 損益計算書の表示(売上高等)

顧客との契約から生じる収益の表示科目は、「売上高」として表示している会社がほとんどであるため、開示事例の分析は省略する。
 

② 貸借対照表の表示(契約資産、契約負債)

収益認識会計基準においては、契約資産、契約負債又は顧客との契約から生じた債権を、適切な科目をもって貸借対照表に表示することとしている(収益認識会計基準79項)。契約資産については、例えば、契約資産、工事未収入金等として表示する。契約負債については、例えば、契約負債、前受金等として表示する。顧客との契約から生じた債権については、例えば、売掛金、営業債権等として表示する(収益認識適用指針104-3項)。

なお、契約資産、顧客との契約から生じた債権、契約負債のそれぞれについて、貸借対照表に他の資産又は負債と区分して表示しない場合には、それぞれの残高を注記する。(収益認識会計基準79項、80-20項)。

 

貸借対照表において契約資産及び契約負債の表示を調査したところ、以下のとおりであった。

契約資産

貸借対照表上別掲している

14社

貸借対照表上別掲せず注記している(*2)(*3)

53社

重要性がないため注記省略としている

6社

残高なし又は記載なし

24社

  

契約負債

貸借対照表上別掲している(*1)

26社

貸借対照表上別掲せず注記している(*2)(*3)

59社

重要性がないため注記省略としている

6社

残高なし又は記載なし

6社


(*1)契約負債について、貸借対照表上別掲している会社のうち、「契約負債」として別掲している会社は25社、「前受金」として別掲している会社は1社のみであった。

(*2)貸借対照表上別掲せず注記している場合、どのような勘定科目に含めて開示しているか調査したところ、以下のとおりであった。

契約資産

受取手形、売掛金及び契約資産

34社

注記に記載なし

5社

その他流動資産

4社

受取手形、営業未収入金及び契約資産

3社

受取手形、完成工事未収入金等

3社

上記以外

4社

 

契約負債

その他流動負債

30社

注記に記載なし

18社

その他流動負債及びその他固定負債

5社

上記以外

6社


(*3)貸借対照表上別掲せず注記している場合、以下の箇所に記載をしていた。

契約資産

収益認識に関する注記にのみ記載

32社

貸借対照表に関する注記にのみ記載

5社

いずれにも記載

16社

 

契約負債

収益認識に関する注記にのみ記載

41社

貸借対照表に関する注記にのみ記載

5社

いずれにも記載

13社

 

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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