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ナレッジ
市場価格のない株式等の減損処理
月刊誌『会計情報』2024年1月号
会計上の見積りに関する実務上の諸論点シリーズ 第3回
公認会計士 和田 夢斗
1. はじめに
企業会計の基準における、会計上の見積りに関する実務上の諸論点として、第3回となる本稿では、市場価格のない株式等の減損処理に関する論点を取り上げる。
市場価格のない株式等の減損処理では、当該株式等の実質価額を算定する必要があり、実質価額の回復可能性の判定も論点となる。これらの見積りについて、実務上、誤解が多い点や検討が不十分となることが多い事項を中心に解説を行う。
本稿では会計基準等を以下のように略称する。
金融商品基準
企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」
金融商品実務指針
会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」
金融商品Q&A
「金融商品会計に関するQ&A」
2. 市場価格のない株式等の減損処理の概要
(1)基本的考え方
市場価格のない株式等は取得原価をもって貸借対照表価額とする(金融商品基準第19項)。ただし、当該株式の発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときは、相当の減額を行い、評価差額は当期の損失として処理(減損処理)しなければならない(金融商品基準第21項)。
実質価額が「著しく低下したとき」とは少なくとも株式の実質価額が取得原価に比べて50%程度以上低下した場合をいう。ただし、子会社や関連会社等(特定のプロジェクトのために設立された会社を含む。以下同じ。)の株式については、実質価額が著しく低下したとしても、事業計画等を入手して回復可能性を判定できることもあるため、実質価額の回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、期末において相当の減額をしないことも認められる(金融商品実務指針第92項また書き及び第285項なお書き)。
このように、市場価格のない株式等の減損処理を行う場合には、実質価額の算定が必要になる。また、実質価額が著しく低下している場合で、減損処理を行わないときには、実質価額の回復可能性を十分な証拠によって裏付ける必要がある。このことから、市場価格のない株式等の減損処理の要否の検討においては、主として次の2点の見積りが論点となる。
① 実質価額
② 実質価額の回復可能性
なお、本稿では株式について解説を行うが、出資金など株式と同様に持分の請求権を生じさせるものは、同様の取扱いとなる(金融商品会計基準第19項参照)。
(2)実質価額
実質価額は、大別すると次の二つがある。
① 発行会社の1株当たりの純資産額に所有株式数を乗じた金額
② 発行会社の超過収益力や経営権等を反映して算定された、1株当たりの純資産額を基礎とした金額に比べて相当高い価額
以下では、それぞれについて解説する。
① 発行会社の1株当たりの純資産額に所有株式数を乗じた金額
1株当たりの純資産額とは、一般に公正妥当と認められる会計基準に準拠して作成した財務諸表を基礎に、原則として資産等の時価評価に基づく評価差額等を加味して算定した額をいう(金融商品実務指針第92項本文)。
この算定に用いる財務諸表は、決算日までに入手し得る直近のものを使用し、その後の状況で財政状態に重要な影響を及ぼす事項が判明していればその事項も加味する(金融商品実務指針第92項本文)。この点、実質価額は決算日時点のものを算出する必要があると考えられるため、特に子会社・関連会社等や融資先(債務保証先を含む。以下同じ。)については、入手し得る直近の財務諸表の基準日が決算日と異なる場合、決算日までの間に生じた財政状態に重要な影響を及ぼす事象に関して、経営管理上入手しているすべての情報を加味する必要があると考えられる。
実質価額の算定の基礎となる発行会社の1株当たりの純資産額を算定するに当たっては、発行会社の財務諸表を無条件に使用するのではなく、原則として、資産等の時価評価に基づく評価差額等を加味することになる。このため、発行会社の財務諸表において資産等の時価評価が行われていない場合には、時価評価のための資料が合理的に入手可能である限り、それに基づいて財務諸表を修正する必要がある(金融商品実務指針第285項本文)。この点、子会社・関連会社等については、通常、経営管理上の必要性から重要なものは入手されており、仮に入手していない場合でも重要なものは入手可能と考えられる。また、融資先については、与信管理及び貸倒見積高の算定における必要性からも、重要なものは入手すべき場合があると考えられる。なお、算定の前提として、発行会社の財務諸表の信頼性についても検討する必要がある。
② 発行会社の超過収益力や経営権等を反映して算定された、1株当たりの純資産額を基礎とした金額に比べて相当高い価額
企業買収のように、発行会社の超過収益力や経営権等を反映して、1株当たりの純資産額に比べて相当高い価額(以下「超過収益力等を反映した価額」という。)が実質価額として評価されていた場合、取得直後については取得価額が実質価額と同額と考えられるが、それ以降、当該株式の減損処理の要否を検討するにあたっても、その時点の超過収益力等を反映した価額を実質価額とするものと考えられる。超過収益力等を反映した価額としては、一般に認められた企業価値評価の手法により算定された株式価値に基づいた価額(以下「企業価値評価手法による価額」という。)を用いることが考えられる。なお、企業価値評価の手法としてはインカム・アプローチによることが一般的と考えられるが、そのためには中長期の事業計画等を入手し、その合理性を検討する必要がある(本稿2.(3)②参照)ことから、この手法による実質価額の算定が可能な株式の範囲は、情報の入手が可能な子会社・関連会社等の株式に限られると考えられる(本稿2.(3)①参照)。
また、このような株式については、実質価額の算定の際に考慮された超過収益力等の価値が減少した場合、発行会社の財政状態の悪化がないとしても、実質価額が大幅に低下することがあり得る。この点、実務上は、毎期企業価値評価手法による価額を算定するのではなく、株式の取得時(過年度減損処理済みの場合は減損処理時)の業績予測とその後の実績の比較を行うことにより、超過収益力等を評価することで足りる。その結果、実績が株式取得時の業績予測を下回っており、将来にわたってその状態が続くと予想される場合は、超過収益力等の価値が減少していると考えられる。超過収益力等の価値が減少したことによる実質価額の大幅な低下が起こった場合には、実質価額が取得原価の50%を下回っている限り、減損処理をする必要がある(金融商品Q&A Q33のA)。業績の実績が株式の取得時の業績予測を下回る場合に、なお超過収益力等を反映した価額を実質価額とするのであれば、企業価値評価手法による価額を算定する必要があり、そうでなければ1株当たりの純資産額を基礎とする価額を実質価額として、減損処理の要否を検討することになる。
(3)回復可能性
① 回復可能性の判定を行う対象
実質価額の回復可能性の判定は、子会社や関連会社等の株式が対象となる(金融商品実務指針第285項なお書き)。子会社や関連会社等以外の発行会社については、通常は、必要な情報の入手に制限があり、実質価額の回復可能性の判定を行うための中長期の事業計画等に基づく財政状態の改善の見通しの判断などの手続を実施することは困難である。このため、このような発行会社の株式については、実質価額の著しい低下が起こった場合には、一般には回復可能性はないものと判断して、減損処理をしなければならないことになる(金融商品Q&A Q33のA)。
また、実質価額の回復可能性の判定を行うのは、発行会社の一株当たりの純資産額を基礎とする価額を実質価額としている場合であり、企業価値評価手法による価額を実質価額とする場合は回復可能性の判定はできないと考えられる。企業価値評価手法による価額では、特にインカム・アプローチによる場合は明確に、将来キャッシュ・フローの予想が評価額に反映されているためである。
② 事業計画等の実行可能性
実質価額の回復可能性を判定する際に用いる事業計画等は実行可能で合理的なものでなければならない(金融商品実務指針第285項なお書き)。このため、回復可能性の判定にあたっては、前提となる事業計画等の実行可能性等について、合理的な根拠に基づく説明が必要になる。この点は、本連載の第2回において述べた、固定資産の減損会計における割引前将来キャッシュ・フローの総額の見積りと同様、事業計画等の内容によってはその修正が必要になる場合がある。例えば、前提となる事業計画等が、難易度の高い経営課題の達成を織り込み、過去の実績や市場成長率等と比較して高い業績の伸びを見込む場合や、過年度から計画に対して実績の達成率が継続して下回っている場合は、中長期計画の数値を過去の実績や市場成長率等と整合的に修正するなど、合理的で説明可能な仮定に基づいたものとする必要がある。
③ 回復可能性の判定
回復可能性の判定は、おおむね5年以内に回復すると見込まれる金額を上限として行い、毎期見直すことが必要である。このため、回復可能性の判定後に、実績が事業計画等を下回った場合など、事業計画等に基づく業績回復が予定どおり進まないことが判明したときは、その期末において減損処理の要否を検討しなければならない(金融商品実務指針第285項なお書き)。
「おおむね5年以内に見込まれる金額」がどのような水準であれば、回復可能性があると認められるかについては、会計基準の中では明示されていない。この点、時価のある有価証券の評価においては、「回復する見込みがある」と認められる場合は、時価が取得原価にほぼ近い水準まで回復する見込みがあることを合理的な根拠をもって予測可能な場合とされていることから(金融商品実務指針第91項)、市場価格のない株式についても、回復可能性があると認められる場合は、5年以内に実質価額が取得原価にほぼ近い水準に回復する場合であると考えられる。このため、実質価額の著しく低下した市場価格のない株式について、5年以内に実質価額が取得価額の50%超の水準や70%超の水準に回復することが合理的に見込まれる場合でも、「回復可能性がある」とは認められず、減損処理を行う必要がある。
④ 減損処理の金額
実質価額の著しく低下した市場価格のない株式等について、実質価額の回復可能性が無いと判断され、減損処理を行う場合には、「相当の減額をなす」(金融商品会計基準第21項)ことになる。この「相当の減額」に際しては、期末の実質価額に簿価を修正することになり、回復可能性の評価において検討した5年以内に回復可能と考えられる実質価額の水準は考慮しない。減損処理は期末の実質価額を翌期首の取得原価とする処理だからである(金融商品実務指針第283-2項)。
3. 市場価格のない株式等の減損処理に関する指摘事例の概要
これまで述べたように、市場価格のない株式等の減損処理については、実質価額の算定とその回復可能性の判定に見積りが必要であり、実質価額の著しい低下の有無に関する判断や、回復可能性の判断に関して、投資先の将来業績を楽観的に考える偏向などにより、結果的に不適切な見積りが行われることも少なくない。
この点、公認会計士・監査審査会が毎年公表している「監査事務所検査結果事例集」1 においても、次のような市場価格のない株式等の減損処理に関しては、複数年度で様々な指摘事例が紹介されている。
以下で紹介する事例は、(A)実質価額の評価が不適切と考えられる事例、(B)実質価額の回復可能性の評価が不適切と考えられる事例、に大別される。
(実質価額の評価が不適切と考えられる事例)
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(実質価額の回復可能性の評価が不適切と考えられる事例)
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(A)実質価額の評価が不十分と考えられる事例
紹介されている事例は、いずれも超過収益力等を反映した価額を実質価額としている場合で、当該実質価額が著しい低下の状態にないか否かの検討が不十分な事例と考えられる。
超過収益力等を反映した価額を実質価額とする場合、通常、発行会社の財務諸表等から容易に客観的な数値を算定できないことから、実質価額の著しい低下が生じているかどうかの客観的な判断が難しい。紹介されている事例では、実質価額の著しい低下がないことを、発行会社の株式の取得時の業績予測と実績との比較や、当該業績予測と減損処理の要否の検討時点の事業計画等との差異の要因分析等によって説明しようとした事例と考えられるが、その検討が不十分とされたものと考えられる。
本稿2.(2)②で記載したとおり、超過収益力等を反映した価額を実質価額とする場合で、その著しい低下の有無の検討が必要になる場合、投資の重要性に応じて外部の専門家を関与させることを含め、企業価値評価手法による価額を用いて評価を行うことが必要と考えられる。
(B)実質価額の回復可能性の評価が不適切と考えられる事例
紹介されている事例は、実質価額の回復可能性の評価において、評価の前提となっている事業計画等が実行可能で合理的なものであるかの検討が不十分と判断された事例と考えられる。
本稿2.(3)②で述べたように、子会社や関連会社等の株式の実質価額の回復可能性を判定する際に基礎とする事業計画等は実行可能で合理的なものである必要があるため、基礎とする事業計画等が合理性で説明可能な仮定に基づいているかどうかは慎重に検討する必要がある。
以上
1 「監査事務所検査結果事例集」は、公認会計士・監査審査会が、監査事務所の監査の品質の確保・向上を図る観点から、監査事務所の検査で確認された指摘事例等について、年次で取りまとめ、公表しているものである。本資料で紹介する指摘は監査人の監査手続についてのものであるが、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して財務諸表等を作成する責任は経営者にあるため、企業において検討が必要なポイントの確認としても有用である。
本記事に関する留意事項
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