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TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)最終提言の概要と対応のポイント

月刊誌『会計情報』2024年3月号

サステナビリティ情報開示

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 関崎 悠一郎

1. はじめに

2023年9月に自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、以下「TNFD」という)の最終提言が公表された。

TNFDは、自然に関して企業が情報開示するためのフレームワークを開発する国際イニシアチブである。2020年7月にUNDP(国連開発計画)、WWF(世界自然保護基金)、UNEP FI(国連環境開発金融イニシアチブ)、英国環境NGOのグローバル・キャノピーの4団体によって設立された。設立の背景には、気候関連課題に続き、生物多様性を含む自然環境の悪化による経済活動への負の影響が危惧されはじめ、その対応に関する経済界での関心の高まりがある。

TNFDの目的は、企業が事業に関する自然関連リスク・機会を適切に評価及び管理し、標準化されたフレームワークに沿って発信することを通して、世界の資金の流れをネイチャーポジティブに向かわせることである。気候関連のフレームワークである気候関連財務情報開示タスクフォース(以下「TCFD」という)をベースとしつつ、過去4回のベータ版フレームワークに対するフィードバックを反映して最終化された。自然に関する分析のアプローチである「LEAP」や、開示推奨事項、開示すべき指標群などが整理されたものの、分析範囲の広さ、データ取得の難しさなどから、企業における対応は中長期的かつ段階的なアプローチになると考えられる。2024年1月現在、グローバルのサステナビリティ情報開示基準としてIFRS S1(全般的要求事項)、S2(気候関連開示)に続くS3のテーマ候補として、生物多様性・生態系・生態系サービス(BEES)が検討されている中、企業における対応が時間を要することを考慮すると、TNFDのフレームワークに沿った自然関連課題への対応が求められることになる。

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2. 最終提言の概要

最終提言の主なポイントは、(1)一般要件及び開示推奨項目、(2)LEAPアプローチとガイダンス、(3)開示指標、(4)シナリオ分析、の4つである。以下、それぞれの概要を説明する。

(1)一般要件及び開示推奨項目

TNFDでは、フレームワークを適用する際にセクターを問わず組織が考慮すべき一般的な要件として、以下の6つが示されている。

①マテリアリティの適用
※TNFDはISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の重要な情報(material information)の定義をベースラインとして使用することを推奨

②開示の範囲(個社あるいはグループ全体、地域など)

③自然関連課題の所在(組織の自然との接点に関する地理的要因を考慮する)

④その他サステナビリティ関連開示との統合(気候変動とのトレードオフなど)

⑤考慮された時間軸(短期・中期・長期で検討する)

⑥先住民族・地域社会・影響を受けるステークホルダーが、組織の自然関連課題の特定と評価に関与する

TNFDにおける14の開示推奨項目は、TCFDと同様に、4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクと影響の管理、指標と目標)で構成されている。11の開示推奨項目から構成されていたTCFDから追加された項目は以下の3つである。(図表1)

  • 【ガバナンス–C】ステークホルダーに関する組織の人権方針及びエンゲージメント、またその監督に関する説明
  • 【戦略–D】バリューチェーン上の優先地域(priority locations、重要な地域と影響を受けやすい地域)の説明
  • 【リスクと影響の管理–A.(ⅱ)】バリューチェーン上流・下流における自然への依存と影響、リスクと機会の特定・評価・優先順位付けしたプロセス

(2)LEAPアプローチとガイダンス

TNFDでは、自然への影響と依存、リスク及び機会の評価において活用できるLEAPアプローチが提案されている。LEAPとは、Locate(自然との接点の発見)、Evaluate(依存と影響の診断)、Assess(重要リスク・機会の評価)、Prepare(対応と報告への準備)の頭文字をとったものである。この自然に関する統合的なアプローチに沿って分析を進めることで、TNFDの開示推奨項目に対応した情報も一定は整理される(図表2)。

(3)開示指標

TNFDでは、開示が必要な指標として「コアグローバル指標」と「コアセクター指標」、開示が推奨される指標として「追加指標」が整理されている。

最終提言では、「コアグローバル指標」について、自然への依存と影響に関する9つの指標と自然関連のリスク・機会に関する5つの指標の計14の指標に整理された(図表3)。また、「コアグローバル指標」は原則すべての項目を開示することが求められており、開示できない場合はその理由を説明すべきとしている。一方で、直ちにすべての指標について開示することが期待されているわけではないため、まずは開示可能な範囲での対応が想定される。

 

(4)シナリオ分析

開示推奨項目の【戦略-C】では、シナリオ分析に関して、「自然関連のリスクや機会に対する組織戦略のレジリエンスを説明する際には、さまざまなシナリオを検討する」ことが求められている。最終提言では、TCFDのシナリオ分析ガイダンスを元にシナリオ分析に関するガイダンスが示され、気候変動と自然を統合的に考えることができるようにされている。

TNFDは、物理的リスクと移行リスクに密接に関連する2軸のアプローチを利用したシナリオを考案すること、そして初期の演習として、専門家との参加型ワークショップを開催することからのスタートを推奨している。シナリオ分析のガイダンスでは、この演習を実施するための段階的なアプローチが示されている。なお、最終提言(v1.0)の時点では、既存の気候シナリオに匹敵するような定量的なシナリオは開発中となっている。ネイチャーポジティブに関する国際目標である昆明・モントリオール生物多様性枠組(Global Biodiversity Framework)で採択されたターゲットとシナリオとの統合は、まだ初期段階とされている。

また、TNFDは今後の対応として、気候変動リスクなどに係るNGFS(金融当局ネットワーク)や他のパートナーと協力し、より高度なアプローチの開発に関心を持つ金融機関や多国籍企業のための、シナリオ分析に関するガイダンスを作成するとしており、2023年12月には関連するディスカッションペーパーを公表した。

 

3. 企業における対応のポイント

TNFD最終提言により、ネイチャーポジティブに向けた企業のアプローチや開示の枠組みは定まった。しかし、そもそもTNFD対応には、(1)科学的な専門用語や概念をビジネス上の決定に置き換えることの難しさ、(2)考え方が広範かつ複雑であること、(3)適切なデータ取得が難しいこと、といった企業実務における課題が多い。TNFDを含めた自然関連課題への対応は、段階的に進めていくことが望ましいといえる。まずはできるところから始め、徐々に開示内容を充実させていく方法が、最終提言においても許容されている(図表4)。

 

以上

 

1 Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(2023年9月)

2 Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(2023年9月)

3 Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(2023年9月)

本記事に関する留意事項

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