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会計上の見積りの開示

月刊誌『会計情報』2024年4月号

会計上の見積りに関する実務上の諸論点シリーズ 第5回

公認会計士 崎山 友香子

1. はじめに

企業会計の基準における、会計上の見積りに関する実務上の諸論点として、これまで固定資産の減損、市場価格のない株式等の減損処理、繰延税金資産の回収可能性について解説してきた。このような会計上の見積りに関して、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目については、当該会計上の見積りの内容を財務諸表利用者が理解できるように開示することが求められている。このため、第5回となる本稿では、会計上の見積りの開示について、実務上留意すべきポイントを中心に解説を行う。

本稿では会計基準を以下のように略称する。

見積り開示会計基準

企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」

509KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

2. 会計上の見積りの開示の概要

(1)会計上の見積りの開示目的

会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものであるが、財務諸表に計上する金額に係る見積りの方法や、見積りの基礎となる情報が財務諸表作成時にどの程度入手可能であるかは様々であり、その結果、財務諸表に計上する金額の不確実性の程度も様々となる。したがって、財務諸表に計上した金額のみでは、当該金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性があるかどうかを財務諸表利用者が理解することは困難である。

このため、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスク(有利となる場合及び不利となる場合の双方が含まれる。以下同じ。)がある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することが、会計上の見積りを開示する目的とされている(見積り開示会計基準第4項)。

(2)開示する項目の識別

当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別し、会計上の見積りの開示を行う。識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債とされている。また、翌年度の財務諸表に与える影響を検討するにあたっては、影響の金額的大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して判断する(見積り開示会計基準第5項)。

なお、開示する項目の識別に際しては、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示するという開示目的を達成するために、翌年度の財務諸表に及ぼす影響を踏まえた判断を行うことが企業に求められており、将来予測的な情報の開示が求められているわけではない(見積り開示会計基準第19項)。

また、当年度の財務諸表に計上した金額に重要性があるものに着目して開示する項目を識別するのではなく、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるものに着目して開示する項目を識別するため、例えば、固定資産について減損損失の認識は行わないとした場合でも、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを検討したうえで、当該固定資産を開示する項目として識別する可能性がある点に留意する必要がある(見積り開示会計基準第23項)。

(3)注記事項

●会計上の見積りの開示の対象とした項目名

開示する項目として識別した項目について、識別した会計上の見積りの内容を表す項目名を注記する。当該注記は独立の注記項目とされ、識別した項目が複数ある場合には、それらの項目名は単一の注記として記載することが求められている(見積り開示会計基準第6項及び第26項)。

●項目名に加えて注記する事項

識別した項目のそれぞれについて、会計上の見積りの内容を表す項目名とともに次の事項を注記する(見積り開示会計基準第7項)。

① 当年度の財務諸表に計上した金額

② 会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報

①及び②の事項の具体的な内容や記載方法(定量的情報若しくは定性的情報、又はこれらの組み合わせ)については、開示目的に照らして判断することが求められている。

●財務諸表利用者の理解に資するその他の情報

会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報としては、例えば次のような事項を記載する。なお、これらは例示であり、注記する事項は開示目的に照らして判断する(見積り開示会計基準第8項)。

① 当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法

② 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定

③ 翌年度の財務諸表に与える影響

 

3. 具体的な事例の紹介

具体的な開示内容は企業が開示目的に照らして判断することとされていることから、実務において開示される情報の量や質に幅があり、開示目的に照らして必ずしも十分な情報を開示していないと考えられる事例が多く見受けられる。

この点、金融庁から公表された「令和3年度有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」において、重要な会計上の見積り注記に関する改善の余地がある開示例が取り上げられ、それぞれ以下の点が示されている。

(A) 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定に係る情報が不十分と考えられる事例

5.経理の状況

1.連結財務諸表等注記事項

(重要な会計上の見積り)

・繰延税金資産の回収可能性

(1) 当期の連結財務諸表に計上した金額

 繰延税金資産XXX百万円

(2) 識別した項目に係る重要な会計上の見積りの内容に関する情報

繰延税金資産は、将来の事業計画を基礎とした課税所得の見積りによっています。将来の事業計画において、将来の新型コロナウイルス感染症の影響に関する経営者の見積りを反映しています。新型コロナウイルス感染症の流行が想定以上に長期化し、当社の業績に悪影響が生じた場合、翌連結会計年度において、繰延税金資産の取り崩しが生じるリスクがあります。

(令和3年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項)

 

紹介されている事例は、「(2)識別した項目に係る重要な会計上の見積りの内容に関する情報」において、どのような点を主要な仮定としているか等の具体的な記載がない。

見積り開示会計基準では、当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定に関する情報の開示は、財務諸表利用者が当年度の財務諸表に計上した金額について理解したうえで、企業が当該金額の算出に用いた主要な仮定が妥当な水準又は範囲にあるかどうか、また、企業が採用した算出方法が妥当であるかどうかなどについて判断するための基礎となる有用な情報となる場合があるとされている。

そのため、本事例においては、将来の新型コロナウイルス感染症の影響に関する見積りが重要な仮定である場合、新型コロナウイルス感染症に関して、どのような点を主要な仮定としているか(例えば、新型コロナウイルス感染症の収束時期に関する仮定など)について具体的に記載することが考えられる。

(B) 「項目名に加えて注記する事項」の具体的な内容や記載方法が、開示目的に照らして不十分と考えられる事例

5.経理の状況

1.連結財務諸表等注記事項

(重要な会計上の見積り)

・固定資産の減損

(1) 当期の連結財務諸表に計上した金額

固定資産の残高(全社)XXX百万円

(2) 識別した項目に係る重要な会計上の見積りの内容に関する情報

当社グループでは、主として事業の単位で、減損の兆候を判定し、資産グループに減損の兆候が存在する場合には、当該資産の将来キャッシュ・フローの見積りに基づき、減損の要否の判定を実施しています。

当連結会計年度において、新型コロナウイルス感染症の影響を事業計画に反映した結果、ABC事業に係る資産グループについて、XXX百万円の減損損失を計上しました。翌連結会計年度において、当社グループが想定した以上に新型コロナウイルス感染症の悪影響が生じた場合には、翌連結会計年度において、ABC事業に係る資産グループについて、追加の減損損失が生じる可能性があります。

(令和3年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項)

 

紹介されている事例は、特定の事業(ABC事業)の固定資産に関する追加の減損リスクを記載しているにも拘わらず、「(1)当期の連結財務諸表に計上した金額」において、全社ベースでの固定資産の残高のみ開示されている。また、項目名について、「・固定資産の減損」と記載されており、特定の事業(ABC事業)に関する固定資産の減損であることが明確ではない。

見積り開示会計基準では、識別した項目について、会計上の見積りの内容を表す項目名を注記することを求めている。また、会計上の見積りの開示は、企業の置かれている状況に即して情報を開示するものであると考えられるとされ、財務諸表に表示された金額そのものではなく、会計上の見積りの開示の対象項目となった部分に係る計上額が開示される場合もあり得ると考えられるとされている。

そのため、本事例においては、開示の目的に照らし、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクの内容として、全社ベースではなく、当該特定の事業(ABC事業)の固定資産の残高を開示し、また、項目名は「ABC事業に係る固定資産の減損」など明確化することが望ましいと考えられる。

以上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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