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2024年上期IPO市場の動向

月刊誌『会計情報』2024年9月号

IPO監査事業部 公認会計士 島 正和

1. はじめに

2024年上期の株式市場は、依然として上昇を続け日経平均株価がバブル崩壊後の最高値を更新するなど、好調な推移を見せた。長期化するロシア・ウクライナ情勢や資源価格の高騰など不安定な要素が続くものの、円安基調の影響や日本企業の再評価による海外マネーの流入、アメリカをはじめとする世界的な株式市場の好調などにより、2024年6月末時点で日経平均株価は40,000円前後で推移し、年初から18%の上昇となった。

このようななか、国内IPO企業数は61社(TOKYO PRO Market(以下、TPM)への上場(23社)及びTPMを経由した上場(1社)を含む)と、2023年上期の58社(TPMへの上場(14社)及びTPMを経由した上場(2社)を含む)から3社増加した。TPMへの上場数の増加もあり、上期においては直近10年で最多のIPO企業数となっており、長期トレンドでも直近4年連続で100社を超えるなか、国内IPO市場は引き続き堅調といえる。

以下、2024年上期の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。

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2. 2024年上期のIPOの特徴

2024年上期のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。(以下、各項目の企業数及び比率はTPMを除く)

① 市場別…グロース市場へのIPOの割合は高く、東京証券取引所(以下、東証)の市場区分(TPMを除く)の89%を占めている。

② 業種別…情報通信業13社、サービス業13社と2業種合計が全体の68%を占めた。

③ 発行総額…発行総額100億円を超えるIPO企業は4社(前年同期5社)となり、前年同期比で減少しているが、10億円未満の小型IPOについても減少した。また、海外での募集・売出しを実施したIPOは12社(前年同期13社)となった。

④ IPOのタイミング…期越え上場数は22社となり、全体の58%を占める結果となった。

⑤ IFRS(国際財務報告基準)適用によるIPO…IFRS適用IPO企業は1社となった。

⑥ 時価総額…初値時価総額1,000億円以上の企業は2社となり、前年同期4社から減少した。

⑦ 赤字上場…上場直前期の当期純損失企業は9社であり、過去2年間と同程度で推移している。

 

① 市場別

直近の市場別のIPO企業数は、図表2のとおりである。2024年上期のスタンダードへのIPO企業数は4社、グロースへのIPO企業数は34社となっている。グロース市場のIPO企業数が東証の市場区分(TPMを除く)におけるIPO企業数に占める割合は89%と高い水準となっている。なお、TPMにおけるIPO企業数は年々増加傾向にあり、2024年上期では23社の上場があり、前年同期の14社から増加している。

 

② 業種別

2024年上期にIPOした企業の業種別の内訳(TPMを除く)は図表3のとおりである。2024年上期では情報通信業13社、サービス業13社となり、2業種合計では26社と全体の68%(前年同期:68%)を占めている。

代表的な情報通信業では、IoTプラットフォーム「SORACOM」の開発・提供を行う㈱ソラコムがあり、代表的なサービス業では、スペースデブリ除去や人工衛星寿命延長、点検・観測等の軌道上サービス事業を行う㈱アストロスケールホールディングスがある。

2023年においては、銀行業である住信SBIネット銀行㈱、楽天銀行㈱が立て続けにIPOしていること、東京以外に本社を持つ機械業の企業が4社IPOしていることが特徴的であったが、2024年上期においては、銀行業・機械業としてIPOした企業はない。一方で小売業である㈱トライアルホールディングス(ディスカウントストア「TRIAL」を全国展開)が初値時価総額2,000億円を超えるIPOとなっており、2024年上期において最も時価総額規模の大きい銘柄となっている。

初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表4のとおりである。いずれも公募時価総額が20億円~50億円前後のIPOであったが、革新的な技術やサービスの提供により、将来の成長が期待できるビジネス等に対する投資家の期待が高い傾向にあった。

一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表5のとおりである。公開価格割れのIPO企業数は、2023年下期が22社であったのに対して、2024年上期は4社と大きく減少している。2023年下期の株式市場が上期に比して下落局面となったことに起因して2023年下期は公開価格割れのIPO企業数が増大していたものの、2024年上期は一転して株式市場が一貫して上昇基調であったことが要因のひとつと考えられる。

 

③ 発行総額

公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表6のとおりである。2024年上期において、発行総額100億円を超えるIPO企業は4社(前年同期5社)となり、前年同期比で減少している。一方で、発行総額10億円未満のIPO企業数は11社と2023年上期の14社から減少しており、IPO企業数全体のうち、10億円未満の社数割合は減少傾向となっている。これは2024年上期における好調な株式市場を背景に公募価格が高くつきやすかったことが要因であると考えられる。

また、2024年上期に海外での募集・売出しを実施したIPOは、グローバル・オファリング2社、臨時報告書方式10社(前年同期はグローバル・オファリング4社、臨時報告書方式9社)となった。

グローバル・オファリングを実施した2社(㈱アストロスケールホールディングス、㈱トライアルホールディングス)はいずれも発行総額200億円以上であり、初値時価総額も1,000億円を超える大型のIPOとなった。臨時報告書方式は、10社全てが発行総額200億円未満と、中型のIPOにおいて株式の一部を海外投資家へ販売する方法が中心となっている。

 

④ IPOのタイミング

最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2024年上期も同様の傾向にある。図表8では、2022年上期、2023年上期及び2024年上期の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。

2022年上期から2024年上期にかけての傾向を見ると、上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12か月目)の上場と上場申請期の期初から数えて13か月目から15か月目での上場、いわゆる「期越え上場」が、他の月と比較して多い傾向が認められる。特に、「期越え上場」については、図表9で示すとおり、2024年上期は22社と全体の58%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてからIPOする会社が多いことに起因していると考えられる。

 

⑤ IFRS適用によるIPO

最近のIFRSを適用して上場した企業は図表10のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社が中心となっている。IPOマーケットにおいては、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。

2024年上期にIFRSを適用して上場した企業は㈱アストロスケールホールディングスの1社(前年同期5社)となり、当該企業の初値時価総額は1,000億円を超える規模の大きいIPOとなっている。

 

⑥ 時価総額

初値時価総額1,000億円を超えるIPOは、2023年上期はカバー㈱、住信SBIネット銀行㈱、楽天銀行㈱、㈱シーユーシーの4社であった。2024年上期においては、㈱トライアルホールディングス、㈱アストロスケールホールディングスの2社が初値時価総額1,000億円を超えるIPOとなった。

㈱アストロスケールホールディングスは、スペースデブリ除去や人工衛星寿命延長、点検・観測等の軌道上サービス事業に取り組んでいる。上場初値は1,281円(公募価格850円)をつけ、初値時価総額1,447億円となった(上場日2024年6月5日)。同社の2024年4月期の売上収益は2,852百万円(前年同期:1,792百万円)、営業損失は▲11,555百万円(前年同期:▲9,665百万円)と後述の上場直前期に当期純損失を計上したIPO企業の1社となっているが、宇宙産業として、グローバル展開を行う数少ない日本の成長産業であり、技術やノウハウの先行優位性が市場に評価されているものと考えられる。

㈱トライアルホールディングス(ディスカウントストア「TRIAL」を全国展開するIPO企業)は、2023年4月に「昨今の金融機関の破綻等を契機とした混乱が続く中、株式市場に関する動向等を総合的に勘案」しIPOを延期する旨のプレスリリースを行っていたが、2024年3月21日に上場し、上場初値は2,215円(公募価格1,700円)をつけ、初値時価総額2,633億円となった。同社の2023年6月期の売上高は653,112百万円(前年同期:595,500百万円)、営業利益は13,964百万円(前年同期:12,046百万円)と上場時における企業規模も大きく、2024年上期において最も初値時価総額規模の大きい銘柄となっている。

また、初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表11のとおりであり、初値時価総額500億円以上のIPOは4社(上述の2社の他、㈱VRAIN Solution、㈱ソラコム)となった。2024年上期の初値時価総額500億円以上の企業の割合は全体の11%、100億円以上は全体の47%となっている。

 

⑦ 赤字上場

2024年上期においては、図表12のとおり、上場直前期に当期純損失を計上した企業は9社となっており、2023年上期から減少しているものの、割合としては23.7%となっており、過去2年間と同程度で推移している。また、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業は2社となっている。

 

3. おわりに

2024年上期は、61社(TPMへの上場及びTPMを経由した上場含む)がIPOを果たした。これは、TPMへの上場数が大きく増加している側面はあるものの、上期においては直近10年で最多のIPO企業数となっている。

2022年の「スタートアップ育成5か年計画」を皮切りに、将来的にユニコーン100社創出、スタートアップを10万社創出することを目標として各種施策が展開されており、政府による各種施策はロードマップに従い着実に取り組みが進められている。また、東証においても、2023年3月にIPOプロセスを円滑化するために有価証券上場規程等の改訂を実施したことや、2024年3月に海外企業に対しても積極的に東証へのIPOを選択してもらえるようなエコシステムとしての東証アジアスタートアップハブを立ち上げるなど、様々な取り組みが継続して行われている。こうした施策は、成長手段のひとつとしてIPOを目指すスタートアップにとっては追い風となっていると考えられる。

また、政府や東証の施策のみならず、IPOを目指す企業側においても、TPMへの上場(及びその後のTPMから本則市場へのステップアップ上場)や、2024年上期における㈱ソラコムのように大企業の支援のもとで成長したうえで、上場を果たす(所謂「スイングバイIPO」)など、様々な形でIPOを目指す企業が増加しており、IPOの実現に向けて多様化が見られるようになってきている。

これらの政府・東証による施策やIPO実現に向けた多様化の結果として、堅調なIPO企業数が継続しているが、スタートアップの創出や持続的な成長を実現するためのエコシステムは政府や東証、IPO企業だけではなく、スタートアップの成長を支援するVC、証券会社、監査法人等のIPO関係者が協力して形成し、さらなる強化を図っていくことが必要である。スタートアップの成長は日本経済の発展に寄与するものであるが、それは単にIPOを果たすことで達成されるものではない。IPOをゴールと考えるのではなく、IPO後もスタートアップの持続的な成長を支える仕組みを引き続き考えていくことが重要であり、結果として日本経済の発展にも寄与するものと考える。

以上

本記事に関する留意事項

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