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2024年IPO市場の動向

月刊誌『会計情報』2025年3月号

公認会計士 伏見 沙也

1. はじめに

2024年の株式市場は、日経平均株価が7月に史上最高値を更新し、また年間を通じて19%の上昇となり全体としては好調に推移した一年であった。これはロシア・ウクライナ情勢の長期化や資源価格の高騰など不安定な要素はあるものの、日本企業の再評価による海外マネーの流入やアメリカをはじめとする世界的な株式市場の好調の影響を受けている。一方で日米金利差の縮小による急速な円高の進行により8月には日経平均株価は一時急落し、為替相場に大きく左右される局面もあった。

このようななか、国内IPO企業数(TOKYO PRO Market(以下、TPM)への上場及びTPMを経由した上場を含む)は136社と、2023年の128社から8社増加した。これはリーマンショック後で最多であった2021年(138社)に次ぐIPO企業数である。ただし、これはTPMへのIPO企業数が増加したことが主な要因であり、図表2のとおりTPMを含まない一般投資家向け市場へのIPO企業数は86社と2023年の96社より減少しており、グロース市場をはじめとした新興市場を取り巻く環境は必ずしも好調とは言えない状況である。

以下、2024年の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。

 

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2. 2024年のIPOの特徴

2024年のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。

(以下、各項目の企業数及び比率はTPMを除く)

① 市場別…グロース市場へのIPOの割合は高く、東京証券取引所(以下、東証)の市場区分(TPMを除く)の79%を占めている。

② 業種別…情報通信業とサービス業で全体の63%を占めた。

③ 発行総額…発行総額100億円を超えるIPO企業は12社で前年13社より減少しているが、IPO企業全体に占める割合は13%であり前年と同程度である。一方で、50億円未満のIPOは減少した。また、海外での募集・売出しを実施したIPOは28社(前年33社)で減少した。

④ IPOのタイミング…期越え上場数は30社となり、全体の34%を占める結果となった。

⑤ IFRS(国際財務報告基準)適用によるIPO…IFRS適用IPO企業は4社となり、前年11社から減少した。

⑥ 時価総額…初値時価総額1,000億円以上の企業は6社となり、前年6社と同数である。

⑦ 赤字上場…上場直前期に当期純損失を計上した企業の割合は24.4%、当期純損失を上場申請期の業績予想で予想したIPO企業の割合は12.8%でありいずれも前年より上昇している。

① 市場別

直近の市場別のIPO企業数は、図表3のとおりである。2024年のプライムへのIPO企業数は4社、スタンダードへのIPO企業数は13社となっている。グロースへのIPO企業数は64社であり、東証の新市場区分におけるIPO企業数に占める割合は79%と高い水準となっている。なお、TPMへのIPO企業数は年々増加傾向にあり、2024年では50社の上場があり、前年の32社から大きく増加している。

② 業種別

2024年にIPOした企業の業種別の内訳(TPMを除く)は図表4のとおりである。2024年では情報通信業27社、サービス業27社となり、2業種合計では54社と全体の63%(前年は69%)を占めている。但し、情報通信業は前年の39社から12社の減少となっている。

代表的な情報通信業では、IoTプラットフォーム「SORACOM」の開発・提供を行う㈱ソラコムがあり、代表的なサービス業では、スペースデブリ除去や人工衛星寿命延長、点検・観測等の軌道上サービス事業を行う㈱アストロスケールホールディングスやスキマバイトサービス「タイミー」の運営等を行う㈱タイミーがある。

また、X線技術等を用いた理科学機器の製造・販売を行うリガク・ホールディングス㈱など精密機器業(図表4上では「その他」)3社が下期に立て続けにIPOしていることも、2024年のIPOの特徴的な点である。

初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表5のとおりである。いずれも公募時価総額が20億円~50億円前後のIPOであったが、革新的な技術やサービスの提供により将来の成長が期待される企業であり、投資家の期待が高い傾向にあった。

一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表6のとおりである。公開価格割れのIPO企業数は、上期4社であったのに対して、下期は15社と増加し、通期で19社となった。これは上期の株式市場が一貫して上昇基調であったことに比べ、下期は円高の影響等により株価が下落局面であったことやグロース市場の不振が要因と考えられる。

 

③ 発行総額

公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表7のとおりである。発行総額100億円以上のIPO企業数は12社であり、前年の13社に対し微減であるが、IPO企業数(TPM除く)全体に占める100億円以上のIPO企業数の割合は前年比で上昇している。特に発行総額1,000億円以上のIPOが3社(東京地下鉄㈱、リガク・ホールディングス㈱、キオクシアホールディングス㈱)あり、前年の1社に対して増加している。一方で、発行総額50億円未満のIPO企業数の割合は76%であり前年の78%より重要な変動は見られず、小型のIPOが大多数を占めている状況に変化はない。

また、2024年に海外での募集・売出しを実施したIPOは、グローバル・オファリング7社、臨時報告書方式21社(前年はグローバル・オファリング7社、臨時報告書方式26社)となった。

グローバル・オファリングを実施した7社のうち6社は発行総額200億円以上であり、かつ初値時価総額も1,000億円を超える大型のIPOとなった。臨時報告書方式は、21社のすべてが発行総額200億円未満、うち10社は50億円未満と、小型~中型のIPOにおいて株式の一部を海外投資家へ販売する方法が中心となっている。

④ IPOのタイミング

最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2024年も同様の傾向にある。図表9では、2022年、2023年及び2024年の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。

2022年から2024年にかけての傾向を見ると、上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12カ月目)の上場と上場申請期の期初から数えて13カ月目から15カ月目での上場、いわゆる「期越え上場」が、他の月と比較して多い傾向が認められる。特に、「期越え上場」については、図表10で示すとおり、2024年は30社と全体の34%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてからIPOする会社が多いことに起因していると考えられる。

⑤ IFRS適用によるIPO

最近のIFRSを適用して上場した企業は図表11のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社が中心となっている。IPOマーケットにおいては、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。

2024年にIFRSを適用して上場した企業は4社である。2024年にIFRSを適用して上場した4社のうち3社(㈱アストロスケールホールディングス、リガク・ホールディングス㈱、キオクシアホールディングス㈱)は初値時価総額1,000億円を超える規模の大きいIPOとなった。

⑥ 時価総額

初値時価総額1,000億円を超えるIPOは、2023年はカバー㈱、住信SBIネット銀行㈱、楽天銀行㈱、㈱シーユーシー、㈱トライト、㈱KOKUSAI ELECTRICの6社であった。2024年においては、㈱トライアルホールディングス、㈱アストロスケールホールディングス、㈱タイミー、東京地下鉄㈱、リガク・ホールディングス㈱、キオクシアホールディングス㈱の6社が初値時価総額1,000億円以上のIPOとなった。

10月にIPOした東京地下鉄㈱は、旅客鉄道事業の運営及び都市・生活創造事業の運営を行っており、同社と連結子会社14社、非連結子会社1社、持分法適用関連会社3社(2024年9月末時点)で構成されている。上場初値は1,630円(公募価格1,200円)をつけ、初値時価総額9,470億円となり、直近5年間で最も初値時価総額の高いIPOとなった。12月にIPOしたキオクシアホールディングス㈱は、メモリ及びSSD等関連製品の開発・製造・販売事業等を営んでおり、上場初値は1,440円(公募価格1,455円)、初値時価総額7,762億円となり東京地下鉄㈱に次ぐ大型のIPOとなった。同社の上場前2事業年度と申請期の業績は図表12のとおりである。フラッシュメモリ市場において2022年後半から継続して需要が低迷したことに伴い販売価格が下落し、上場直前々期及び上場直前期に当期純損失を計上したが、2023年後半からの顧客の在庫水準の正常化や需要の回復により、需給バランスは改善し上場申請期の第1四半期では黒字に回復している。

また、初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表13のとおりであり、初値時価総額500億円以上のIPOは10社となった。2024年の初値時価総額500億円以上の企業の割合は全体の11%、100億円以上は全体の49%となっている。

⑦ 赤字上場

当期純損失を上場直前期に計上した企業の推移は図表14のとおりであり、上場申請期の業績予想で当期純損失を予想した企業の推移は図表15のとおりである。2024年においては、上場直前期に当期純損失を計上した企業は21社(IPO企業数に占める割合は24.4%)、上場申請期において当期純損失の業績予想をしている企業は11社(IPO企業数に占める割合は12.8%)となった。これは過去5年間の推移で見ると当期純損失を上場直前期に計上したIPO企業の割合は2022年に次ぐ高水準に、当期純損失を上場申請期の業績予想で予想したIPO企業の割合は最も高水準になっている。

 

 

3. おわりに

2024年は、136社(TPMへの上場及びTPM経由を含む)がIPOを果たした。これは、リーマンショック後で最多のIPO数を記録した2021年(138社)に迫る水準である。また、発行総額1,000億円を超えるIPOが2024年は3社あり、比較的大型のIPOが目立つ年であった。

一方でIPO企業数の増加は主にTPMへの上場の増加によるものであり、TPMを除くIPO企業数は86社と前年より10社減少しており、IPOの規模は、引き続き小型のものが大部分を占めている状況である。また、主な上場先であるグロース市場を見ると、東証グロース市場250指数は2024年も下落傾向が継続しており、新興市場における新規上場時及び上場後の成長に関して依然として課題が残されている状況である。

この状況に対応するため、政府は2027年度にスタートアップへの投資額を10兆円規模とすることを目標に掲げて2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を制定し、ロードマップに従い官民一体となって各種施策を展開している。当計画はスタートより2年程度が経過し、基本的な方向性は変えないものの最新の状況を踏まえ2024年6月に一部改訂されている。その中でグロース市場に関して、小型なIPO企業が多いこと及びIPO後に成長が停滞する企業が多い状況を踏まえ、上場維持基準等の中長期的な在り方を検討する旨が織り込まれている。また、2025年度の税制改正では成長意欲のある中小企業がシームレスに成長を目指せる環境整備を行うことと、売上100億円超の中小企業の更なる創出を目指すため、売上高100億円超の達成に向けたロードマップ作成等を要件に設備投資に係る税制優遇を行う予定としている。こうした施策は、IPOを志向する企業及びIPO後の更なる成長を図りたい企業にとっては追い風となっていると考えられる。

また、政府や東証の施策のみならず、企業側においても、TPMへの上場(及びその後のTPMから本則市場へのステップアップ上場)や2024年12月開設のFukuoka Pro Marketへの上場、㈱ソラコム、dely㈱のように大企業の支援のもと果たすIPO(所謂「スイングバイIPO」)など、様々なかたちでIPOの実現に向けて多様化が見られるようになってきている。

世界景気は依然として不安定な状況が続いているが、日本において上述の政府や東証、IPO企業のみならず、VC、証券会社、監査法人等のIPO関係者が今後も継続して協力してスタートアップ創出やスタートアップへの投資への機運を高め、IPO前及びIPO後の更なる成長を支援する体制を強固にしていくことが重要であり、ひいては日本経済の発展に寄与するものと考える。

以上

本記事に関する留意事項

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