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女性役員比率30%に立ちはだかる壁

~タレントパイプライン強化にみる解決の糸口~

2023年6月、「女性版骨太の方針2023」により女性役員比率向上に関する指針が公表されました。役員の多様化は、適切な経営判断や組織全体における多様な人材の活躍に大きな影響を与えます。昨今多くの日本企業で、ダイバーシティの重要性が理解され、その推進に向けて行動を起こすことは当たり前であると認識され始めています。その行動を今後さらに加速させるためにも、女性役員比率向上に向けて、今何に取り組むべきか、解説します。

「女性版骨太の方針2023」の目指すところ

現在、企業には、持続的な成長を遂げ社会に対して価値を提供できる存在であることが強く求められている。その価値の源泉として人的資本への注目が高まり、欧米に追随し日本においても、人的資本情報開示の動きが本格化する運びとなった。また、2023年3月期より上場企業に開示が求められている「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」の3項目からは、競争力向上や社会に貢献する良き企業市民としての在り姿にはジェンダー・ダイバーシティ/女性活躍推進が不可欠であると市場や社会から認識されていることがわかる。

加えて、先般政府より「女性版骨太の方針2023」が公表され、その中にはプライム市場上場企業を対象とした女性役員比率に係る数値目標の設定が掲げられた[注1]。

① 2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める。
② 2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す。
③ 上記の目標を達成するための行動計画の策定を推奨する。


これらの方針は、企業の意思決定機関において健全なジェンダーバランスを形成することを目指すものであり、経営判断や組織運営の視点を多様化させ、新たな事業価値創出や様々な個性を活かす組織・社会の実現に大きな影響を与える、非常に重要な一歩といえる。

他方、内閣府男女共同参画局の公表情報によると、2022年7月時点では、プライム市場上場企業の女性役員(取締役、監査役、執行役)比率は11.4%に留まり諸外国との差は歴然としている(フランス45.2%,ノルウェー43.2%,イギリス40.9%,ドイツ37.2%)[注2]。本稿では、今後企業がどのように女性役員比率向上に取り組んでいくべきか、その実践のポイントについて解説する。

 

 

■クオータ制への期待と難しさ

前述の各国では、クオータ制と呼ばれる仕組みによって女性役員比率の向上が図られている。クオータ制とは、属性等を基準に組織における一定の比率で人数を割り当てる仕組みである。諸外国においては、目標達成できない場合、取締役又は監査役への報酬の一部の支払い停止や社名公表等、厳しい罰則を伴うケースも見られる[注3]。日本でもこの度、30%という女性役員比率目標が掲げられた。日本の場合、ペナルティ等は設定されていないものの、数値目標を掲げることは各社に自社の実態を意識させることにつながり、一定の効果が期待できると思われる。

しかしながら、企業各々でみるとどうだろうか。女性役員比率の数値目標設定を行っている企業は少しずつ増えてはきているもののまだ少なく、クオータ制には一定の難しさが伴うことが示唆される。ここで、我々がダイバーシティ推進コンサルティングの場面で、女性比率に関する数値目標の設定を議論する際に、必ずといえるほど上がる3つの懸念の声をご紹介したい。

まず一つ目は「候補者が少ない」である。男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年であるが、大企業の中でも、女性総合職を本格的に採用し始めたのはここ20年ほど、というケースは少なくない。また、柔軟な勤務時間・勤務場所の調整等が行われ始めたのは働き方改革ブームに後押しされたここ10年ほどであり、女性の平均勤続年数は男性に比べて短いという企業もまだ多い。人員構成上、役員候補を輩出するためのパイプラインを形成できていない状態であると言える。

二つ目は「数が目的化し、質が落ちる」である。昇格や任用は属性でなく実力で判断すべし、という考え方は至極正論であるが、多数派の基準でルールや制度や風土・慣習が確立している社会・企業において、「従来通りの感覚・基準」で昇格や任用が行われ続けると、意図せずに多数派優位は維持される。「質が落ちる」ことは当然避けなければならないが、実力不足を当事者のみの問題であるかのように捉え、「だから女性比率が上がらなくても仕方ない」という状態が続くのだとすると、経営判断や組織運営の多様性が実現されるのはずいぶん先のことになってしまうと懸念される。

三つ目は、「逆差別」の声である。男性からの反発はもちろん、女性自身も下駄を履かされている感覚となり自信を喪失したり居心地の悪さを感じたりするという意見を聞くことは多い。しかし、この点も二つ目と同様に、本来は少数派が優遇されようとしているのではなく、もともと(誰かが意図したわけでなく、社会構造的に)生じてしまっていた格差の是正と捉えるべきであるが、そのことを全社員に理解させることは大変難しいであろう。

 

 

■企業が着手すべき取組み

では、企業はどのように女性役員比率を向上させるべきか。ここからは、前述の3つの懸念の声への対処も含む、女性役員比率向上に向けた取組みについて論じていきたい。前述の懸念の声で上げた一つ目のように、企業が女性役員を輩出したいと考えても、突然役員候補となる女性社員が現れることはない。計画的に女性役員を輩出するためには、(1)人材プールの形成(プール形成時のクオータ制実施)、(2)人材プールに属する候補者の育成(女性候補者へのスポンサー制度の実施)、という2つのプロセスを経ることが有効だと考える。

(1)まず、人材プールの形成について説明したい。人材プールの形成とは、CEO等の特定のポジションに対して、複数名の後継候補者メンバーをリストアップし、候補者集団として管理することである。人材プール形成のポイントの一つは、役員候補者集団としての人材プールだけでなく、さらにその下にも人材プールを階層ごと(部長候補者集団、課長候補者集団等)に形成することである【図1】。多階層でプール形成することで、成長段階の適切なモニタリング、必要に応じた人材の入れ替え等が行いやすくなり、次世代経営人材を計画的に輩出することができる。

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コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)でも、取締役会の役割・責務として「取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。」と指摘がなされている[注4]。階層によって、育成を担当する部署が分かれている(例えば役員は秘書部、それ以外は人事部等)企業では、人材プールの運用においてはそのような組織の壁を取り払い、若手からCEO候補者まで一気通貫で管理する必要がある。

また、もう一つのポイントとして人材プール形成の要件にクオータ制を設けることを挙げたい。一般的に、人材プールの定員は、今後必要となるポスト数の2~3倍程度としておくことが望ましい。例えば、2つの執行役員ポストの空きが想定される場合には、4~6名程度の候補人材プールを形成する。女性役員比率向上のためには、まずこの人材プールの構成メンバーを選出するにあたり、定員に占める女性比率目標を設定すべきである。注意したいことは、目的は人材プールのクオータ制そのものではなく、あくまで適切な役員輩出であるという点である。つまり、人材プールにノミネート(人材プールに人材を推薦・指名すること)する際には、統一的な基準を設定し、人事担当者の主観や上司の温情は排除し、当然女性だからといった忖度に基づく選定もしない。できる限り定量的な基準も用いつつ厳格な運用を行い、候補者の質を担保することを最優先すべきである。

ただし、だからと言ってプール定員に対して設定した女性比率目標を達成できずともやむなしとするのではなく、人材プール管理者が「女性候補者を挙げられない理由」に対する説明責任を負うことを、併せてルール化すべきである。「要件に適う女性社員がいなかった」ではなく、「なぜ、要件に適うよう女性社員を育成(あるいは外部から採用)できなかったのか」「次年度はどうするのか」等、説明責任を課すことは、計画的に候補者を育成することにつながる。過剰な「逆差別論争」を巻き起こさないためにも、如何に女性候補者を増やしていくかを論点として運用することが重要である。

(2)次に、人材プールに属する候補者を育成するための、スポンサー制度について説明したい。育成の基本的な考え方はバックキャストで検討することである。具体的には、プールに属する人材が対象ポジションに就任した後の活躍をイメージし、そのために今何を経験させるべきかを検討する。その上で、OJT、Off-JT、自己啓発等様々な能力開発の機会を提供し、育成する。スポンサー制度とは、女性役員輩出に向けてその候補者を育成し、昇格・昇進を後押しする仕組みである。よく似た制度としてメンター制度があるが、メンター制度がメンティー(支援される人)の仕事や働き方等、会社生活全般における悩みや不安の解消等に重きを置くケースが多いことに対し、スポンサー制度は対象者の昇格・昇進の支援であり、それゆえスポンサーに求められることは「タフアサインメントをはじめとする成長機会*1の提供」「ストレッチな仕事をやりきる力のつけ方」「人脈形成・ネットワーキングのサポート」「昇格・昇進に向けたマインドセットの醸成」等である。そのため、女性役員輩出に向けたスポンサー制度の場合、スポンサーは現役役員が務めるケースが多い。役員自身の体験や感覚を共有することで、身近な存在としてのロールモデルが少ない女性候補者が、臨場感を持って自身の昇格・昇進をイメージできるようになること、その実力を獲得する手助けをすることがスポンサー制度の効果である。実際に、女性活躍推進に前向きに取組む企業では、若手女性総合職を対象に経営陣によるメンタープログラム等を実施し、各世代におけるタレントパイプライン強化に取り組んでいる。

*1本人の実力以上の業務付与や戦略的配置により急速な成長を促すことであり、例えば、未経験の部門へのジョブローテーションや、利害関係者の多い全社プロジェクトのリーダー、新規事業の立ち上げ、赤字部門の立て直し等が考えられる

 

 

■取組みを頓挫させないために

~改めて、アンコンシャス・バイアスへの理解を~

本稿をお読みいただいている皆さんもご認識のとおり、女性に限らず、役員輩出は一朝一夕になるものではない。だからこそ女性役員比率向上においてはなおのこと、最低限上記(1)(2)に早期に着手し、将来の女性役員輩出に備えるべきである。しかしながら、上記(1)(2)の推進は、時に前述に示したような「数が目的化し、質が落ちる」「逆差別である」といった懸念の声に阻まれることがある。それらの声に押し負けぬよう推進していくためには、性別に対する無意識の思い込み(以下、アンコンシャス・バイアス)をもってしまう可能性を経営層や従業員に認識させ、あえて意識的に女性役員比率向上に向けた各種取組を推進すべきであることへの理解を促すことが必要である。

アンコンシャス・バイアスとは、自分自身では気づいていないものの見方やとらえ方のゆがみや偏りで、無意識の偏見とも呼ばれる。例えば、部下に仕事を任せる際に、「彼女には小さい子どもがいるので、海外出張や転勤をさせられない」と考える上司もいると思うが、実際にどのように働けるのか・働きたいかは一人一人異なるはずであろう。性別や育児中か等によって任せる仕事が変わるとすれば、本来であれば得られた成長機会を逸することになる。しかも、上司が自覚なく持つバイアスによる結果だとすると、防ぐことも難しい。このような、性別が起因するアンコンシャス・バイアスはあらゆる場面で発生し、昇格・任用等の場面も例外ではない。その影響を最小限にとどめるためには、バイアスが発生する可能性に気づかせ、バイアスによる格差を是正する意図的な取組み(クオータ制・スポンサー制度)への理解を促すことが必要である。

 

 

■日本企業の女性役員比率向上に向けて

本稿では、女性役員比率を向上させるためのタレントパイプラインの強化について論じてきた。今や、市場・社会から選ばれる企業であるためには多様性を活かす組織であることが必須であり、そのような組織を作るためにも、経営判断を司る取締役会およびそれを構成する役員の多様化は欠かせない。大手議決権行使助言会社のISS(Institutional Shareholder Services Inc.)の議決権行使基準でも、女性取締役が一人もいない取締役会の経営トップの選任議案に対して、反対票を投じることが推奨されている。本稿を通じて、女性役員比率の向上のための取組みが一層促進されることを期待したい。

出所

[注1] 内閣府男女共同参画局「女性版骨太の方針(女性活躍・男女共同参画の重点方針)」
https://www.gender.go.jp/kaigi/danjo_kaigi/siryo/pdf/ka70-s-1.pdf
[注2] 内閣府男女共同参画局「女性活躍と経済成長の好循環の実現に向けて データ集」https://www.gender.go.jp/kaigi/kento/kouzyunkan/siryo/pdf/data.pdf
[注3] 内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/keikaku_kanshi/siryo/pdf/ka15-2.pdf
[注4] 株式会社 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf


執筆者紹介

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー 大熊 朋子
コンサルタント 小森 秀一
※上記の役職は、執筆時点のものとなります
 

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