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後編:エッセンシャルワーカーとリモートワーカーの採用・評価・福利厚生に関する仮説

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が人材マネジメントに与える影響

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、「決まった時間に職場に行かなければできない仕事」と「そうでない仕事」という新しい仕事の区分けを生み出しつつある。このワークスタイルの違いが人材マネジメントに与える影響について考察する。

前編の記事では、デジタル化とCOVID-19によって、「エッセンシャルワーカー」と「リモートワーカー」というワークスタイルの違いによる新しい仕事の区分けが生まれつつあることを説明した。それぞれのワークスタイルによって、マネジメントのツボや働きやすさを感じるポイントにも差が生じ、結果的に両者にとって望ましい人事のあり方は、かなり異なってくる。しかし、多くの会社では、エッセンシャルな働き方が継続されるであろう職務とリモートでの働き方へ移行していくであろう職務が混在する。両者の特徴を踏まえてバランスの良い施策に落とし込むことが、ニューノーマルにおける人事の課題になるだろう。

前編では、人材マネジメントの中でも処遇の部分においてどのような変化が起こり得るかの仮説を述べた。本稿では、リモートワーク先進国の事例も踏まえて、採用・評価・福利厚生の部分における、変化の方向性について仮説を述べたい。

エッセンシャルワーカーに関する仮説

欧米では、医療従事者、警察・消防関係者、公共団体関係者、銀行やスーパーマーケット勤務者というようなライフラインに関係する労働者をエッセンシャルワーカーと呼び始めている。また、エッセンシャルではなくても、例えばレジャー・娯楽産業、等、人との物理的な接触の上に成り立つビジネスもある。

デジタル化が進み、様々な仕事がリモートで可能になってもなお、どうしても物理的に対応しなくてはならない仕事は残る。それらの仕事は常に感染リスクにさらされる。その肉体的及び精神的な負荷を考慮した人事とはどうなるのか。

(1)採用は、スキルあるいは、やる気重視になる

医療関係など、特殊スキルが必要なエッセンシャル職務については、なによりも職務遂行スキルが優先して求められるようになる。その仕事が一定の品質でなされることが、社会的に優先されるため、多少、ぶっきらぼうで対人スキルに問題があっても、人手が無いよりはまし、とみなされるからである。

一方で、それほど特別なスキルが必要ではないがエッセンシャルな職務については、その仕事に対するやる気が重視される。肉体的・精神的な負荷とリスクを負ってでも、人の役に立ちたい、社会に貢献したいという気持ちが、そのような仕事を続けていく上で重要だからである。

これらの根源的な仕事に対する志向性は、個人の性格や仕事観とつながっているため、無理やり自分を合わせようとしても、どこかで限界が来る。したがって、採用の段階では個人の性格や仕事観を探る心理テストや適性検査が重視されるようになるだろう。

(2)評価は、プロセス重視になる

例えば、公共サービスなどは、成果の定義がそもそも難しい。サービスとは言うものの、あくまで公共の福祉を個人の満足よりも優先させるため、サービスを受けた本人の満足イコール成果、ということにはならない。

そうすると、職務として決められたことを、一定の品質でしっかりと行う、ということこそが重要になり、それが評価の主眼となる。つまり、結果よりも過程(プロセス)が重視されるのである。

プロセスを評価する場合、頑張っている、一生懸命やっているという姿勢が評価者に意識されがちだ。これが評価の客観性を失わせる。確かにエッセンシャルな職務の場合、一生懸命にやってくれるということは大変重要なのだが、他のエッセンシャルワーカーとの間に不公平感を生まないためにも、評価の客観性は担保しなくてはならない。

その際に、評価の鑑(照らし合わせる時の基準)となるのは、職務定義である。あくまで職務定義で規定された要求事項を実行しているかどうかが、評価の対象となるべきである。

一方で、仕事「量」の観点も見過ごせない。職務定義にそって一定の品質で業務を遂行するのであれば、あとは量の大きさが物を言う。ましてや、職務を提供することが社会的な要請に応えることになる場合、仕事量は単に残業代で精算すれば良い、というものにはならない。尊敬や感謝の対象としてリコグニション(認知)を明示するべきである。

(3)福利厚生は、ケアの幅広さが重要になる

エッセンシャルワーカーは、医療関係者はもちろん、皆、使命感をもって自分の職務に就いている。そのため、そもそも肉体的な負荷がかかっているにも関わらず、仕事をやり過ぎてしまうリスクがある。その結果、体を壊してしまったり、バーンアウトしてしまう。

このようなことを避けるために、定期的に医療チェックや健康アンケートは実施されているが、それに応えようとしない人も多い(そういう人ほど上記のようなリスクが高い)。

しかし、このようなリスクは会社としても看過し続けられないため、今後はセンサーを身体装着するなどして、本人が意識せずとも管理できる体制に移っていくだろう。少し以前に流行する兆しを見せた「健康経営」の復活である。当時は、個人情報の取り扱いが問題になり、今一つ盛り上がりに欠けたが、エッセンシャルな職務を対象とした場合は、社員の体調管理と社会的に意義のある職務の持続的な提供という2つの大義名分が、かつての障害を上回る可能性が高い。

また、エッセンシャルな仕事では、本人だけでなくその家族も、様々な負荷を負っている。リモートワーカーに比べて、エッセンシャルワーカーは物理的、肉体的な拘束を受け、家族と過ごす時間も制限を受けているからである(また、家族も間接的に感染リスクにもさらされている)。

そのため、エッセンシャルワーカーに対する福利厚生は、将来的には本人だけではなくその家族へのケアを意識したものになることが予想される。それは単に医療や余暇の補助に留まらず、家族が社員との有意義な時間を過ごせないことに対する補償も含まれるだろう。例えば、学習に対する補助や育児支援というものが含まれるかもしれない。
 

リモートワーカーに関する仮説

(1)採用基準・選考方法が変わる。結果的にD&Iが推進される

我々のコミュニケーションは9割が非言語コミュニケーションだといわれている。リモートワークでコミュニケーション上の不安やストレスを感じる原因はここにあるのではないだろうか。対面で得ることに慣れた情報が得られないまま、何らかの判断をしなくていけない状況に不安やストレスを感じるのである。採用面接は、その典型的なものだろう。

そのための対処方法として、既にいくつかの手法が開発されている。

例えば、ある会社では言語化されない表情の変化や言葉の抑揚を、AIを使って分析し、採用判断の材料として活用するサービスを開発している。

考えてみれば、画像や音声の認識・分析はAIの得意とする領域なので、それを使って非言語コミュニケーションをサポートするというのは、非常に理にかなっている。

また、採用におけるリファラル(評判・紹介)の重要性も増加するだろう。
全く予備知識のない人よりも、現社員からの紹介やOB・OGからの推薦による人の方が信用できるように感じられ、それが選考に関わる不安を減少させてくれるからだ。

応募する側はどうかというと、既に会社に対する口コミサイトのようなものは沢山あるが、そのすべてが信用できるものではないということが分かってしまっているため、やはり自分の信頼できる知り合いからの情報を重視する、ということになるだろう。

採用面接においては、本来であれば望ましくないが、人の外見的要素や態度等の能力以外の要素で判断しているケースも、現状ある。しかし、リモートワークを前提とすれば、それらの要素はあまり重視されなくなっていくだろう。

海外のある会社では、リモートワーカーの採用にあたっては、リモートでのコミュニケーションや業務遂行をリモート環境でシミュレーション(テスト)し、その結果を選考判断の材料としている。

これらの能力を重視した選考が推進されると、結果としてD&Iも推進されることが予想される。リモート環境下での選考によって、性別・年齢・人種・身体的ハンディキャップ等のD&Iの推進を阻害する要素が、採用判断に及ぼすバイアスを取り除くことができるからだ。これは大きなプラス要因だろう。

(2)評価は、ピアレビューとアウトプット重視になる

リモートワーカーは、職務遂行の過程が上司から見えにくくなる。そのため、チームで働くタイプの仕事では、一緒に働く同僚からの評価(ピアレビュー)が重視されるようになる。チームメンバーとして一緒に働けば、評価対象者の能力や仕事ぶりがもっとも良く見えるからだ。

チームではなく単独で動くタイプの仕事では、過程が上司から見えにくくなるため、「頑張り」や「一生懸命さ」は評価されず、結果的にどれだけの成果を出したかという「アウトプット」を重視した評価になることが予想される。

アウトプット重視というと、すなわち職務を重視した人事への移行という流れも想起される。が、リモートワークで行われる職務の中には、機動的に職務内容が変わるものもあり、必ずしもしっくりくることがなさそうだ。

職務等級の進化形として、ミッショングレード制(毎期、課題に応じて職務評価を行い等級と報酬を洗い替えるもの)というものもある。これは流動的に職務内容が変化する場合に適しているため、リモートワーク下では今よりも一般的になる可能性がある。

また、仕事によって、“成果の認識のし易さ”にも差があるため、成果を認識しづらい仕事はできるだけ単独ではなくチームとして動くように仕事の設定(アサインメント)が変化していくだろう。

(3)福利厚生は、広い意味での健康が重視される

直接、顔がみえないからこそ、リモートワーカーの健康には注意が払われなければならない。そこにはメンタル面のケアも含まれる。職場で働かなくなると仕事をしなくなるのではないかという心配を聞くが、実際は全く逆のパターンもある。仕事に区切りをつけることが難しくなり、仕事をやり過ぎてしまうのである。

海外のある会社では、社員の働き過ぎ防止のために、PCの稼働時間による労働時間の管理や定期的なアンケート(パルスサーベイ)を実施し、社員の状況をこまめにチェックしている。また、匿名での相談窓口の設置、リモートでのコーチングの導入などを行い、メンタル面での直接的なケアにも取り組んでいる。

リモートワークの進展によって、物理的な移動が、さまざまなことを切り替えるきっかけになっていたことに気づいた人も少なくないだろう。メリハリ無く働き続けるようになるリスクにも注意するべきなのである。

以上、ワークスタイルの変化が人材マネジメントに与える可能性について考察した。下図にここまで述べてきたポイントを整理する。

ワークスタイルによる人材マネジメントの違い(まとめ)
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これらのポイントを踏まえ、新たなワークスタイルに適した人事マネジメントを行っていくことが、今後の人事における課題となるだろう。

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