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前編:エッセンシャルワーカーとリモートワーカーの処遇変化に関する仮説

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が人材マネジメントに与える影響

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、「決まった時間に職場に行かなければできない仕事」と「そうでない仕事」という新しい仕事の区分けを生み出しつつある。このワークスタイルの変化が人材マネジメントに与える影響について考察する。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、仕事に関するいくつかの観点を変えつつある。

そのうちの一つが仕事に対する物理的な関わり方だろう。長らく仕事というものは、毎日会社に出かけ、決まった時間に職場でするものと思われてきた。

しかし、COVID-19による自粛要請の結果、「決まった時間に職場に行かなければできない仕事」と「そうでない仕事」の2種類があることがはっきりしてしまった。

工業化の進展によって、ホワイトカラーとブルーカラーという区分けができたように、デジタル化とCOVID-19によって、「エッセンシャルワーカー」と「リモートワーカー」というような新しい仕事の区分けが生まれつつあるのではないだろうか(下図参照)。
 

ワークスタイルによる労働者の区分け
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現在は「そうでない仕事」をリモートで実施する場合の、やりにくさや課題に注目が集まっている。新しい取り組みであるから、人々の興味がそちらに向かうのは自然だろう。だが、間もなく「決まった時間に職場に行かなければできない仕事」に就く人に対する処遇や立場の取り扱いが問題になってくるだろう。
つまり、COVID-19がもたらしたワークスタイルの変化が人材マネジメントのあり方に影響を与える可能性が高まるのである。

実は、国土の広い北米やオーストラリア、あるいは距離はそんなに離れていなくとも冬季の移動が難しい北欧諸国では、リモートワークは以前から活発に行われている。
そのようなリモート先進国の事例も踏まえると、日本における人事のニューノーマルでは、以下のような方向に変化するのではないだろうか。以下、エッセンシャルワーカーとリモートワーカーについてそれぞれの仮説を述べていく。

 

エッセンシャルワーカーに関する仮説

欧米では、医療従事者、警察・消防関係者、公共団体関係者、銀行やスーパーマーケット勤務者というようなライフラインに関係する労働者をエッセンシャルワーカーと呼び始めている。エッセンシャルという単語が示すように、そこには一定のリスペクトが込められている。デジタル化が進み、様々な仕事がリモートで可能になっても尚、どうしても物理的に対応しなくてはならないことは残り、それは社会活動をしていく上で不可欠だ。それを担う職業の労働市場におけるステータスは、需給バランスを踏まえれば、今後、上がっていくことは間違いない。では、今よりも厚遇されるようになるであろうエッセンシャルワーカーの処遇はどのようになるだろうか。

(1)「出勤手当/現場手当」が一般的に支給されるようになる

ロックダウン時の英国では、その時も出勤しなければならない職務に就く人(スーパーマーケットや銀行など)には、特別ボーナスが支給された。感染リスクがあり、身体的な負荷や家族の負担も大きいというのがその理由だった。

これがリモートワーカーとの対比の中で、有事だけのものではなく、平時から支給されるようになる可能性が高い。現在でも、高温手当、危険手当といったものはあるが、そのバーがぐっと下がり、出勤すること自体が付加的な負荷である、という見方が出てくるだろう。

(2)時間管理と職務内容管理はより厳格になる

物理的に拘束されるため、時間管理はより厳格になされるようになるだろう。場合によっては、成果よりも物理的拘束の方が重視される評価報酬に変わる可能性もある。

また、手間や時間をかけて出勤していることから、敢えて職場で自分の役割とは関係のない仕事をやるよりも自分に求められる仕事だけ終えてさっさと帰った方が良い、と考える人も出てくるだろう。
結果的に、職務内容(ジョブディスクリプション)が明確にされ、それに基づく業務遂行に焦点が当たる可能性がある。

(3)同一労働・同一賃金の適用が進む

物理的に拘束される仕事は、広い意味での社会インフラに関わる仕事に多い(それが「エッセンシャル」と言われる理由である)。インフラであるとすると、そこに必要なのは、一定のサービス品質であって必要以上の付加価値は期待されにくくなるだろう。

このような業務は、同一労働・同一賃金の考え方と相性良く、中長期的には社会レベルでの適用が加速する可能性が高い。

米国では同一労働・同一賃金を担保するためにO-NETという国が定めた職務定義がある。さらにフランスでは、それに国が賃金水準まで定めている。エッセンシャルな職務については、日本版O-NETが整備され、賃金水準のガイドラインが策定される必要性もでてくるだろう。

 

リモートワーカーに関する仮説

(1)時間管理が難しく、裁量労働が一般化する

現在の裁量労働制には、一定の制限が設けられているが、その基準が緩やかになることが予測される。自由な働き方が従業員にとってのリモートワークのメリットであるので、個人の裁量(自由さ)を促進するようになるのは合理的だろう。

そうすると、報酬制度は年俸制に近いものになり、報酬の対価が明確に定められる必要性が高まる。欧米のように個人単位で雇用契約が結ばれ、個々人の報酬の対価が契約として定められるようになるかもしれない。

(2)「通勤手当」が無くなり、逆に通信費・事務設備に関する手当が支給される

リモートワーカーは、そもそも出勤するかどうかがはっきりしないため、出勤した時のみ交通費を精算するようになるだろう。既にリモートワークが普及している欧州の保険会社ではそのように運用されている。
一方で、職場で提供されているインフラに関わるコスト(例えばネット環境を整えるための施設や通信コスト等)は、個人に対して支給されるようになる。

例えば、リモートワークを全面的に導入している米国のIT系の会社では、コーヒーショップの飲食代(最大月200ドルとのこと。それだけコーヒーを飲むのは結構大変だと個人的には思います)、コワーキングスペースの利用代も支給されている。この会社では、自宅用のモニター、ヘッドセット等も支給されている。

(3)基本給に地域水準が適用される

必ずしも通勤しなくて良いのであれば、どこに住んでも良いだろうと多くの人が考え、地方居住者が増えるだろう。

これにより、Cost of Livingの考えに基づいた報酬決定がなされる。いわゆる地域限定社員に報酬格差をつけようという考え方に近い。

これもリモートワークを全面的に導入している米国のIT系の会社の事例だが、本社のあるサンフランシスコの水準で決めた基本給に、どの地域に居住しているかによって係数をかけて(100%、90%、85%、75%の4種類)報酬が決められている(ちなみにCEO自身も85%係数の対象になっている点が面白い)。

以上、ワークスタイルの変化が人材マネジメントに与える可能性について考察した。

今回は処遇を中心にしたが、後編では採用・評価・福利厚生の部分について考察したい。

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