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役員報酬制度とESG指標の連動

実効性のあるESGへの対応の促進・課題解決に向けた役員報酬制度の在り方

近年ESG・SDGsへの関心が高まり、多くの国内企業が経営への反映と情報開示を進めている。一方で、ESGや非財務指標への対応として設定された経営目標やKPI指標は、その実効性の高さや開示状況において発展途上であるといえる。 この現状をふまえ、本稿ではESG戦略の実効性向上やさらなる情報開示に向け、ESGと役員報酬の連動が果たす役割と、連動させる場合に必要な観点について論じていく。

ESG・SDGsにおける現状の概観

近年ESG・SDGsへの注目が高まっている。その契機は、2015年9月国連サミットでの持続可能な開発目標(SDGs)や同年12月に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」であった。2017年のTCFD提言の公表以降、機関投資家によるESGへの取り組みに対する対話(エンゲージメント)がグローバルで加速しており、機関投資家等からの要請もあいまって、企業もESG・SDGsへのコミットを強めている状況だ。2020年のダボス会議では世界の大手140社のCEOが「事業戦略にESG要素を取り込むことにコミットする」というマニュフェストを宣言した。これにより、グローバル企業を中心にESGへの取り組み促進に関する機運が急速に高まったといえよう。しかしながら、これらは海外に限った話ではない。国内においても『価値共創ガイダンス(2017)』や『改訂版コーポレートガバナンス・コード(2021)』、『ESG版伊藤レポート(2022)』など様々な形で、 ESGを企業の「仕組み」として組み込み、 長期的な視点で企業価値を創造していくことが提唱されている。

このように、国内・海外を問わず、ESG・SDGsに関する規制やガイドラインの策定が急速に進展し、企業は時代の潮流に合わせた対応を迫られている。本稿は、昨今のESG・SDGsのトレンドをふまえ、企業が取り組むべき課題について役員報酬の観点から論じていく。

ESG戦略と役員報酬制度の連動が果たす役割

ESGへの対応が急がれるなか、日本ではESGへの取り組み(ESG戦略)および、その戦略に対するKPI(定性・定量目標)を設定する企業が増加している。ESGへの取り組みは、例えば気候変動でいえば「2030年にネットゼロの実現」など中長期的な取り組みが中心だ。それが実現するタイミングでは、大半の現任CEOや役員は退任している可能性が高いといえよう。しかし、気候変動のようなESGへの取り組みは、いま手を打たなければ、将来発生すると見込まれる問題(ここでは地球温暖化問題)に対処できないことは明白である。だからこそ、CEOをはじめとする経営陣に対してさらにもう一歩踏み込んで実行を後押しする仕組み(インセンティブ)が重要となる。そのためには、ESGと連動した報酬制度が欠かせない。

しかし日本ではこのような「仕組み」を導入している企業がまだまだ少ないのが現状だ。『ESG版伊藤レポート』によれば日経225企業を対象とした調査において、ESG戦略を掲げている企業が92%(225社中206社)に対し、役員報酬と連動をさせている企業はわずか19%(225社中43社)であった。対外的にみれば、ESG経営目標をかかげていたとしても報酬に反映されない場合、それは経営陣に対して十分な動機づけがされていないと映る。裏を返せば、ESG指標と役員報酬制度を連動させることで、経営陣は、ESG経営目標に対して「本気で取り組んでいる」ことを示すができると言えよう。

ESG指標と役員報酬連動における欧米諸国での対応状況

ここまで経営におけるESG指標と役員報酬の連動の重要性を述べたが、ESGへの取り組みに早くから着手していた欧米諸国では、役員報酬とESGをどのように連動させているのか。ここでは日英米の対応状況の比較を行う。

英国を代表する上場企業(FTSE100)のうち役員報酬制度にESG 指標を設定している企業の割合は、年次賞与は19%から66%、長期インセンティブは2%から27%といずれも2020年と比較して大幅に増加している。

また米国では、S&P100銘柄に採用される企業のうち役員報酬制度にESG指標を設定している企業の割合は年次賞与で51%、長期インセンティブでは0%と英国に比べ低い水準にある。しかし、役員報酬制度とESG指標の連動が企業への信頼に大きく影響すると考える米国機関投資家の割合は2020年時点で69%と前年比17%増加している。米国においてもESG指標の重要性について機関投資家の認識が広まることで、今後米国企業においても役員報酬とESG指標との連動が加速していくものと予想される。

一方、日本においては前述のとおり、日経225銘柄の対象である企業のうち経営戦略においてはほぼ全て(92%)の企業がESG目標を掲げる一方、役員報酬制度にESG指標を設定している企業は約2割程度と英国や米国と比較すると未だ低い状況である。英米と比して日本企業のESGへの取り組みとその議論は端を発したばかりであり、今後英米との差が徐々に埋まっていくことが期待される。

ESG指標を役員報酬制度に落とし込む際の4つのプロセス

それでは、企業はどのようにESG指標と役員報酬制度を連動させるべきか。連動に際し必要な要件やプロセスにおける論点はなにか。ここでは実際に役員報酬制度とESG指標を連動させる際の手法を論じていく。

デロイト トーマツ グループでは、ESG目標を役員報酬制度に落とし込むにあたり、4つのプロセスが重要であると考えている。まず (1) ESG指標を設定し、(2) ESG指標の報酬への反映方法を検討する。次に (3) 決定手続き(ESG目標の達成度と役員報酬をどのような手続きにより決定するか)を整理し、(4) (1)〜(3)での検討結果を開示するというステップである。

まず (1) ESG指標の設定について、第一に適切な指標が設定されていないケースが散見される。その場合、どのようなESG指標を役員報酬に連動させるべきかが論点となる。企業はマテリアリティ分析の結果として特定したESG要素のうち、定量的かつアウトプットに繋がる指標を設定する必要がある。次に(2) ESG指標の報酬への反映方法について、ESG指標は明確に特定されたものの、役員報酬への反映方針が明確化・明文化されていないケースが考えられる。ESG評価を役員報酬に反映する場合、企業としては「スコアカード方式」といった客観性のある反映方法を活用し、ESG指標の達成度とそれに紐づく評価や報酬について具体的に明文化すべきである。

(3) 決定手続きについて、現状役員報酬におけるESG評価の決定プロセスがブラックボックス化しやすい状況にある。この状況を打開するため、企業はサステナビリティを扱う委員会等からESG評価に関するインプットを受け、コーポレートガバナンス・コードに基づいた報酬の客観性・透明性を担保するための手続きを整備することが望ましい。

最後に、(4) 情報開示について、日本においては企業と投資家との対話に必要な情報開示は不十分と言わざるを得ない状況である。情報開示がなされなければ企業とステークホルダーとの相互作用は生じず、企業のデメリットにつながる。それを避けるためには、(1)〜(3)の実効性の担保に必要な情報開示とは何かを検討し、積極的な情報開示を行っていく必要がある。客観性や透明性の高い開示を行うことでその実効性を内外に示し、投資家をはじめとしたステークホルダーとの対話によりさらなる企業の発展へと舵を切ることが可能となる。

総括

本稿では、まず企業のESGへのコミットが求められるようになった背景を整理した。その上でESG戦略と役員報酬制度の連動が果たす役割と米英との比較を踏まえ、ESG戦略を促進する際の4つプロセスについて論じてきた。いまやESGへの取り組みは、企業活動のあらゆる局面で検討が求められるが、米英等と比較して日本ではESG指標と役員報酬との連動は黎明期といえる。ESGと連動した役員報酬制度を通じて、ESGへの取り組みが一層促進されることを期待したい。

※本稿はデロイト トーマツ コンサルティングがメンバーとして参画した「ESG版伊藤レポート(2022)」(https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/013/202203/NR20220317.pdf)」の内容を一部を抜粋・加筆したものです。詳細は上記レポートをご覧ください。

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