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グローバル・グループガバナンスに貢献する「グローバル人事ガバナンス」

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第三十一回

日本企業の海外事業拡大を支える経営管理、特にグループ子会社へのガバナンスは多くの企業の課題であり続けている。本稿では日本企業の本社によるグローバル・グループガバナンスの潮流を振り返りつつ、人事領域にてどのように貢献できるか、「グローバル人事」の諸テーマを再整理し論じる。ガバナンスを担当される経営企画部門の皆様はじめ、人事のバックグラウンドが無い方にこそ触れていただきたく、平易な解説に努めた。

はじめに

日本企業のグローバル展開は大きな発展を遂げている。国内市場の縮小が確実に見込まれる中、この傾向は今後も継続することが予想される。他方で海外事業の拡大を支える経営管理のあり方、特に本社によるグループ子会社に対するガバナンスは多くの日本企業にとって課題であり続けており、今後の更なる海外事業の拡大に支障をきたす可能性もある。本稿では日本企業の本社によるグローバル・グループガバナンスの昨今の潮流を振り返りつつ、人事領域において当テーマにどのように貢献できるか(「グローバル人事ガバナンス」)を従来からある「グローバル人事」の諸テーマを整理し直して論じる。また、グローバル・グループガバナンスをご担当される経営企画部門の皆様はじめ、人事のバックグラウンドが無い読者にこそ触れていただきたく、平易な解説に努めた。

背景 ~ グローバル・グループガバナンスの必要性

経済産業省の「海外事業活動基本調査(2020年度実績)」によれば、日本企業の海外現地法人による売上高は240兆円1にのぼる。これは同じ時期の我が国のGDPが527兆円2であることを考えると相当な規模といえる。また日本企業の海外事業はこの20年だけでも大きな発展を遂げており3、JETROによれば、約半数の企業は更に拡大させる意欲があるとしている4

では海外事業の拡大を支える経営管理の側面はどうであろうか。多くの日本企業のグローバル・グループ経営における経営管理の質はその拡大を支えるに十分な状態とは言えないのではなかろうか。特にここ十数年で日本企業による海外企業の買収が一般的になってきてからは、海外グループ子会社をうまくコントロールできず、経営的リスクを孕む状況や機会損失を生じかねない状況に十分な対策を講じていない企業が多数存在するように感じる。このような状態は今後の更なる事業拡大に支障をきたす可能性もある。

このような中、日本企業によるコーポレートガバナンスへの関心が高まる一方で、本社による子会社のガバナンスの必要性も強く認識される機運が高まってきた。すなわち、従来のガバナンスの議論は、法人単位(グループでいえば親会社本体)に閉じたテーマであったのに対し、実際の経営は既にグループ単位で行われている中、本社によるグループ子会社のガバナンスに関わる議論が不足していることについて強い問題意識が生じてきたのである。そして2019年には経済産業省によって「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」5という、企業グループの本社がグルーブガバナンスの実効性を確保するために一般的に有意義と考えられる具体的な行動(ベストプラクティス)や重要な視点を取りまとめたガイドラインが発表された。ここへ来て、グローバル・グループワイドで実効的な子会社ガバナンスの態勢を整備することが日本企業の標準装備だと認識される時代が到来したのである。

 

1. 経済産業省「海外事業活動基本調査 第51回(2020年度実績)」
(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00550120&kikan=00550&tstat=000001011012&cycle=7&tclass1=000001023635&tclass2=000001165586&tclass3val=0)

2.  内閣府「国民経済計算(GDP統計)」
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html

3. 国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 ー2022年度 海外直接投資アンケート結果(第34回)ー」(https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2022/image/1216-017128_3.pdf)によれば、日本の製造業の海外売上高比率は約20年で28%から40%近くまで伸びている。

4. 日本貿易振興機構(JETRO)「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2023年)

5.  経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/groupguideline.pdf

「グローバル人事ガバナンス」

このような潮流を人事領域においてはどのように捉えるべきか?

上記の「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」には、グループ子会社幹部の指名・報酬に本社がしっかり介在するべき、という点で人事領域に関わるテーマが大きなポイントの一つとして捉えられている。確かにグループ子会社幹部の処遇を掌握することはガバナンスという点ではクリティカルな点と言える。他方で、我々は日本企業の本社が人事領域を通じてグループガバナンスにより多くの貢献ができる余地があると考える。そこで、我々は、本社によるグループ子会社ガバナンス向上への人事領域における包括な取り組みを「グローバル人事ガバナンス」と呼び、従来からある「グローバル人事」の取り組みをグループ・ガバナンスを軸としてあらためて整理し直した。以下、順を追って論じたい。

「グローバル人事ガバナンス」における本社の役割

このコンセプトにおいて、本社は大きく6つの役割があると考える。

(攻めの側面)

1. 人的資本の有効活用
各グループ会社の枠組みを超えたグローバル・グループワイドでの適所適材や、グループ内の要職に登用される人材の発掘や計画的育成など

2. 業績の達成の促進
グループ子会社に対する本社が期待するパフォーマンスの促進

3. 望ましい行動の促進
グループワイドでの求心力や日々の業務の判断・行動の拠り所となる企業理念・価値観の浸透のドライブ

(守りの側面)

4. 人事のコストの最適化
報酬管理や人事オペレーション基盤の一元化・集約化等を通じたグループ内の人事業務コストの最適化

5. 業務品質の担保
人事制度の共通化や人事オペレーション基盤の標準化を通じたグループ内の人事業務品質の最適化

6. 人事の透明性の向上
本社が企画した制度・オペレーション基盤のグループワイドでの導入による人事オペレーションの透明性の向上

これらはいずれもグループ個社の範疇を超えた役割であり、決して子会社に任せることのできない本社固有の役割である。さて、次に、この役割を果たすための本社による6つの取り組みについて述べたい。(図表1)

グローバル人事ガバナンスにおける本社の取り組み

取り組み①:グループワイドの戦略的重要ポジションの適所適材の管理

本社として最初に取り組むべきは、グローバル・グループワイドで戦略的に重要なポジションの人事権(採用・育成・配置・評価・処遇)を掌握し、本社の意向に沿った経営を実現する確かな人物の適所適材を担保することである。グループ内の戦略的に重要なポジションを「キーポジション」と呼ぶが、この取り組みは一般的に言う「キーポジションにおけるタレントマネジメント」とほぼ同義である。

キーポジションの範囲は一般的に、本社の役員層(またはその1レイヤー下まで含んだ層)のポジション、地域統括会社や主要子会社の役員層のポジション、それ以外のグループ子会社の社長のポジションであることが多い。(企業の規模にもよるがキーポジションの数は百数十から数百程度が典型的である。)端的に言うと、これは本社がグローバル・グループ経営における核心といえるポジションの範囲について、個社の枠組みを超えた一体的な人事管理を行うということに他ならない。これにより、前述の本社の役割である「人的資本の有効活用」とともに、要職登用者への人材管理を通じた「業績の達成の促進」「望ましい行動の促進」も狙いとするのである。

尚、これ以上ポジションの範囲を広げることは、本社のキャパシティという意味で現実的でなく、また仮に拡大したとしても、それに応じた果実は得られないと考えられる。他方で、キーポジションの適所適材にあたっては、サクセションマネジメントという後継者管理が欠かせない。グループ内の要職であるキーポジションに登用する人材は外部から採用することもあるが、後継者候補の成長を促す職務経験を次々に与えながら人物を見極めつつ、組織へのロイヤリティも高まった内部の人材を登用することが望ましい場合も多い。これは、中長期的な適所適材を実現するにあたって、本社はキーポジションの人事管理を直接的に担う一方、その候補者についてはキーポジション未満のポジション層であっても人事(特に育成のための異動等)にある程度の影響を与える必要があることを意味する。(図表2)

本社による一体的タレントマネジメント運営のイメージ

本社によるグループ内の直接的な人事管理の範囲という意味では上記のとおりであるが、それ以外の範囲のタレントマネジメントについて、直接的な人事管理は各子会社に任せつつも、「人事のコストの最適化」「業務品質の最適化」「人事の透明性の向上」といった点や、子会社におけるタレントマネジメントをバックアップするという意味で、グループ共通の方針や基盤の整備などがありえる。以下は、特に採用や人材育成といった領域に関わる主な例である。

  • 雇用者としてのグループ共通のブランディング(エンプロイヤーブランディング)の確立
    • ブランディングのベースとなる雇用者として従業員に提供する価値「Employee Value Proposition(EVP)」の定義
    • グローバル採用サイトの整備、SNSなどの新しい採用コミュニケーションチャネルの開拓等々
  • 人材育成の共通コンテンツ・インフラの整備
    • マネジメント研修、コンプライアンス研修、企業理念研修などの共通コンテンツの整備
    • 学習管理システムやEラーニングの整備やVRラーニングなどの新しいインフラ・手法の開拓
    • 企業内大学の設置等々

 

取り組み②:グローバル・グループ共通人事制度の整備

基幹人事制度(グレード・評価・報酬)

上記取り組み①で論じた、キーポジションを範囲とした本社による一体的な人事管理の実現にあたっては、共通の人事制度(特に基幹人事制度と呼ばれるグレード、評価、報酬の諸制度)の整備が不可欠である。各社バラバラの人事制度では、本社による一体管理の効率に問題があるだけではない。例えば評価制度における評価基準やKPIのあり方、報酬制度におけるインセンティブのあり方等が制度適用対象者の意識や行動に影響を与えうるのだとすると、グループ幹部たちの意識を揃え、本社の意向に沿った経営をしてもらうため、共通の人事制度を導入する意義は小さくない。すなわち、共通人事制度の整備は、「人的資本の有効活用」に不可欠の制度インフラであるとともに、「業績の達成の促進」「望ましい行動の促進」にも効く大事な取り組みである。

尚、後継者管理をすることを前提とすると、共通人事制度の導入はキーポジションだけでなく、それ未満の層にも導入することが望ましい。これができない場合、例えばあるポジションの登用の判断にあたって、人事評価の結果を使って異なる子会社の人物同士の比較が難しくなる。グループ内の優秀人材の比較・発掘は、共通の尺度としての人事制度があるからこそ成り立つのである。このような事情もあり、グローバル先進企業においては少なくとも管理職ポジション以上についての基幹人事制度はグローバル共通としていることが多い。

また、共通人制度の導入は、グループ子会社の人事管理の品質の担保や本社からみた透明性にも寄与することから、キーポジションにとどまらず全階層を範囲とする企業は欧米の企業(特に米系の企業)には少なくない。参考までに共通人事制度を導入するメリットを図表3に示しておく。

人事制度のグループワイド共通化のメリット
グローバルモビリティポリシー

基幹人事制度(グレード・評価・報酬)以外の制度基盤の整備としては、「グローバルモビリティポリシー」がある。これは国際間異動の際の処遇(給与・福利厚生や会社の支援)や人事評価について定めたルールである。日本本社から海外子会社への一方通行の異動だけなのであれば本社籍の人材に適用される、いわゆる「海外駐在員規程」「海外赴任者規程」のようなものがあれば事足りる。そうでなく、海外子会社から日本本社へのパターンや海外子会社間の往来が一定以上の頻度になってくると、国際間異動に関わるグローバル共通の考え方がないと、処遇における公正性が損なわれたり、実務が煩雑になりうる。これが「グローバルモビリティポリシー」であり、グローバル・グループワイドの「人的資本の有効活用」に不可欠な制度系インフラである。

 

グローバルリモートワークポリシー

「グローバルモビリティポリシー」は物理的な国際間異動の取り扱いを定義したものであるが、昨今では多様な働き方を許容する環境整備の重要性が高まっている潮流も相まって、グローバルリモートワーク(「バーチャル駐在」)への関心が高くなっている。我が国においては、コロナ禍による海外赴任者の緊急帰国や赴任の延期などにより、応急対応としての越境のリモートワークがなし崩しに始まったが、これをポストコロナ期における恒久的な制度として整備する動きが本格化している。その用途も、日本人による海外に向けたリモート勤務にとどまらず、優秀な海外人材の日本本社におけるリモート登用、多国籍メンバーによるグローバルバーチャルプロジェクトの円滑な立ち上げ・運営など、多岐にわたってきている。デロイトによるミレニアル世代・Z世代の価値観を把握するための年次調査でも、自国外のアサインメントの機会を就職先・転職先を決定するための要素としている人はごく僅か(日本国内・国外ともに10%未満)である6。このような風潮を踏まえると、グローバルリモートワークポリシーは近い未来において多くの日本企業の標準装備となりうる。グローバルリモートワークは、グローバル・グループワイドの「人的資本の有効活用」において最早不可欠な制度インフラであるとともに、優秀な人材を惹きつけ・引き留めるという点でも、本社による重要な検討テーマの一つであると考えられる。

 

6. 出典:デロイトミレニアル世代年次調査:2022年版(世界各国のZ・ミレニアル世代約23,220名を対象として2021年11~2022年1月に実施)
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/about-deloitte-japan/genzmillennialsurvey.html

 

取り組み③:人事オペレーションの整備

オペレーション態勢の整備については、以下の3つの領域が主な取り組みとなる。

  • 業務プロセスの整備
    (グループワイドでの人事業務プロセスの標準化やシェアドサービスによる集約化)
  • 業務を支える人材データベース含めた人事情報システムの整備
  • グループワイドの人事組織の整備
    (人事組織で企画・運用を担う人事パーソンのケイパビリティ構築を含む)

上記取り組み①②で論じたキーポジションを範囲とした本社の一体的人事管理の実現や、そのための人事制度の運用を支えるにあたって、相応のオペレーションの整備も欠かせない。他方、このテーマは、「人事のコストの最適化」「業務品質の最適化」「人事の透明性の向上」といった観点から、本社による一体的な人事管理をすべきキーポジションの範囲にとらわれず、グローバル・グループ全体を範囲とした取り組みが合理的と考えられることが多い。特に人材データベースや人事情報システムは、日本企業においてもグローバル全体を範囲として整備する事例が出現している。このようなオペレーションインフラの整備を通じた「人事の透明性の向上」は、昨今の人的資本の情報開示かかわる企業への社会的要請の高まりおいて、グループ本社としては大変クリティカルな側面であり、その重要性は今後も益々高まると考えられる。

しかしながら、業務プロセスの整備までをグローバルで実現できているケースは日本企業においては稀である。また、取り組み②で述べた人事制度の共通化も中途半端であることが多いことから、結果として人事制度や業務プロセスの運用を支える人事情報システムの効率面でのポテンシャルも十分引き出しているとはいえない状況である。(例えば、人事システムはグローバル共通でありながら、各子会社個別の人事制度が同一システム上でバラバラに運用されているような状況)。さらに、人事組織についてグローバル対応できているケースも僅かといってよく、日本企業にとっての大きな課題といえる。

 

取り組み④:グローバル・グループワイドの組織開発

組織開発という行為の定義に1つに決まったものはない7。人事のテーマにおいては人材育成や適所適材、報酬など個々の人材のポテンシャルを最大限に引き出すための行為が典型的なテーマであるのに対し、とりわけ組織開発は「人材によって構成する組織として効果的に機能させるための営み」であると定義しておおよそ差し支えないと考えられる。この定義を是とすると、グローバル・グループワイドの経営における組織開発はきわめて大きな意味を持つ。

企業理念・価値観の浸透

企業理念・価値観(バリュー)をグローバル・グループワイドで浸透させていくことは、「望ましい行動の促進」という点で重要なテーマといえる。特に現地の人材に経営を任せるスタンスの組織においては、企業理念・価値観(バリュー)はソフト面での重要なガバナンスのツールとなる。更に、グループワイドでのタレントマネジメントを通じ一定の人材の交流がある場合や、物理的な異動はなくても国境・法人の枠を超えたインタラクションが頻繁にある場合においては、共通の企業理念や価値観が広く浸透していることが望ましい。その意味で「人的資本の有効活用」におけるソフト面でのインフラであるともいえる。

また、グループガバナンスとは色合いが異なるものの、企業の理念や価値観は人材を束ねる求心力の源泉になりえるし、さらに欧米のグローバル企業であれば標準装備の取り組みであることから、海外のグループ子会社においては、取り組みがないとむしろ訝しがられるような状態といえる。このような状況からも、この取り組みは本社の重要な役割の一つといえる。

エンゲージメントの向上

従業員エンゲージメントへの取り組みは組織の文化的・歴史的背景や成熟度などにより多様である。例えば、従業員エンゲージメントには大きく仕事・職務に対するエンゲージメントと、会社・組織に対するエンゲージメントの2つの側面があるが、長期雇用の傾向にある日本企業の従業員は会社・組織に対するロイヤリティはあるが、転職が当たり前の文化にある欧米ではこの側面のエンゲージメントにこそ腐心する。他方、欧米のようなプロ志向の強い環境と異なり、ジェネラリスト的な異動を(しばしば本人の意向を顧みることなく)繰り返すような日本の組織の従業員の仕事・職務に対するエンゲージメントは必ずしも高くないことも多い。昨今ではその国内外のギャップはやや縮小傾向ではあるものの、こうした根本的な点においても対策のポイントが異なりうる。

このようなことから、グループ子会社の従業員エンゲージメントに対する取り組みの主体は、子会社自身であることが合理的といえる。他方、本社はこのテーマにおいて主として「人事のコストの最適化」「業務品質の最適化」「人事の透明性の向上」といった「守り」の役割を果たすべく、以下の二つの取り組みがありえる。

  1. インフラの提供(グローバル共通のエンゲージメントのフレームワークや、グループワイドでのエンゲージメントサーベイの実施と分析材料・ツールの提供等々)
  2. 子会社によるエンゲージメント維持向上に向けたPDCA活動のモニタリングとドライブ

尚、本社によるグループ子会社に向けたエンゲージメント維持・向上の取り組みが皆無というわけではない。例えば、グローバル・グループワイドのストックインセンティブを導入するといった報酬に関わる取り組みもありえるし、本社トップマネジメントによる子会社従業員に向けた様々な情報発信(タウンホールミーティングなどで直接的に事業戦略や自身の抱負について語りかける)などは会社・組織へのエンゲージメントを高める重要な取り組みである。

 

Diversity, Equity, and Inclusion (DEI)

DEIの課題はエンゲージメント以上に各国・地域の文化的・歴史的背景に大きく依存する。更に、我が国が長期にわたってほぼ単一民族に近い状況であった経緯や、女性活躍が遅れをとっている状況もあいまって、日本本社が子会社に対してリーダーシップを発揮しにくいテーマでもある。このようなことから、DEIの課題解決に向けた取り組みの主体は、従業員エンゲージメント維持・向上の場合と同様、それぞれの子会社であることが合理的といえる。

他方、DEIも本社の役割が全くないわけではない。主として以下のようなものがある。

  1. DEIに関わるグループとしてのビジョンステートメント・決意表明の定義
  2. グループ共通KPIの設定とトラッキング
    (人的資本の情報開示の観点からは大変重要な側面)
  3. 子会社によるDEI改善に向けたPDCA活動のモニタリングとドライブ
  4. 従業員リソースグループ(ERG)などのグローバル組織の支援
    (※従業員リソースグループとは、人種・宗教・性的志向などの共通の属性や志向を共有する従業員により構成される社内コミュニティ。ネットワーキング・互助や、当事者として組織における草の根レベル・ボトムアップでの課題解決に取り組む。トップマネジメント層が各グループのスポンサーとなる場合もある)

 

取り組み⑤:本社の国際化

最後の取り組みは本社の国際化(または「内なる国際化」)である。上記①~④のような人事領域のテーマはもとより、それ以外の領域にも及ぶ多彩なグループガバナンスの取り組みや仕組み・基盤の整備の一方で、これを運用するために必要なケイパビリティ(スキル・知識)やマインドセットを有する人材を本社において確保する営みを指す。

この取り組みにおいて最初に着手すべきはグローバルガバナンスの実効性を担保するために本社が保持すべき機能の定義と、それを具現化する組織設計や、必要となる人材の要件定義である。そのうえで、まずは内部に存在する適材の登用であり、内部に存在しない場合は外部からの調達を行う。組織設計の結果によって組織が大きく変化する場合、どうしても要件に満たない既存の人材を登用せざるをえない状況もあるが、育成は時間も要する。可能な限り、グループ子会社の外国人人材の登用や、外部人材の採用も積極的に検討すべきである。この時、このような多様な人材を惹きつけるための対策や処遇するためのルール、定着してもらうための様々な工夫・支援、英語の公用語化や併用化といった業務上の対策に至るまで、多様な取り組みが必要となる。

他の取り組みも同様であるが、本社の国際化は、とても短い文章では言い尽くせない様々な取り組みと工夫すべきポイントがある。これらについて近い将来記事として取りまとめたい。

おわりに

ここまでグループガバナンスの実効性を高めることに貢献する人事領域の取り組みについて概観してきた。多くの日本企業にとって取り組みの途上、あるいはほとんど未着手に近いのではと想像されるが、これらは欧米のグローバル企業であれば標準装備であることが多い。ここに日本企業と欧米企業のグローバル経営における大きなギャップの一つがあるといえる。グループ内の「人的資本の有効活用」を例にとっても、このような大事なテーマがままならない状態では、今後海外の競合との差が一層拡大する要因になりかねない。

後に取り組みをうまく進めるための2つのポイントに触れたい。最初のポイントは、まず取り組み全体のグランドデザインを作ることである。これは「どのような取り組みについて、どのような範囲で、どのような内容の仕組み・基盤を、どのような順序で、いつまでに構築するのか」についての、構想や活動の計画を描くことを指す。多岐にわたり複雑な相互依存関係にある取り組みをもれなく視野に入れ現実的な計画に落とし込み切るためにはテーマへ深い理解とともに高い構想力が試される。(尚、昨今の人的資本の情報開示の潮流においては、構想・計画について十分に説明できない企業は投資家から無責任であると捉えられかねない。)

もう一つのポイントは、グループガバナンスという、ややもすると本社・子会社の対立構造陥りかねないテーマを、どのように建設的に乗り越えるのかということである。特に子会社の自主性を重んじるという方針を盾に、子会社の実効的なガバナンスに手を付けてこなかった企業にとっては、子会社(特に現地の人材が経営を続投している買収した会社)への話の持って行き方は工夫が必要である。子会社にとってのメリットを示すとともに、子会社の幹部を本社やグループ内の要職に少しずつ登用するといった中長期の融合策とセットにしながら、受け容れられやすいテーマから手を付けていくといった工夫が欠かせない。これは時間と覚悟が求められる営みであり、その意味でも、一つ目のポイントである構想と活動計画が大切であるといえる。

(おわり)

執筆者

嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

Global HRサービスリーダー。
グローバル人材マネジメント、クロスボーダーM&A・PMI(人事領域)、国際人事異動制度の導入支援、国内・海外における人事制度の設計・導入等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に多く携わる。多国籍チームのマネジメントも豊富。

 

※上記の役職は、執筆時点のものとなります。

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