デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023 #5 労働者データの交渉 ブックマークが追加されました
Deloitte Insights
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2023 #5 労働者データの交渉
組織と労働者は、相互利益に焦点を当てるべきときに、労働者データの管理を競い合う
組織と労働者の所有権の境界-労働者が所有するデータまたは組織が所有するデータの二項分類-は無関係になりつつある。そして、データの所有権だけでなく、労働者データとは何か、そのデータの透明性、データから得られる示唆の相互利益についての議論は、データが新しい 「通貨」 になりつつある中で増加している。
組織が労働者データ (行動特性、コミュニケーション、社会的な繋がり、さらにはキーストロークやマウスクリックに関するデータ)の 収集を拡大し続ける中で、そのデータを誰が管理し、どのように使用するかについての交渉が発生しています。成功の鍵は、規制が強化されようとも、組織と労働者の両方に利益をもたらす労働者データの使用方法を見つけることです。
組織は長い間、労働者データの価値を引き出そうとしてきましたが、多くの組織において収集した情報を最大限に活用する取り組みは道半ばです。一方で、多くの労働者は、どのようなデータが収集され、どのように活用されているかについて総合的な理解にはまだ至っておらず、データの活用からほとんど利益を得ていません。膨大かつ増大を続ける労働者データの収集や分析がテクノロジーによってより容易になり、データを活用するために必要なスキルと能力も同様に素早く進化するにつれて、これらの課題はますます増加しています。
現在、組織は人口統計データ、調査結果、業績評価指標などの従来の情報に加えて、労働者のスキル、行動特性、および社内外の繋がりに関するデータを収集しています。ビジネスや労働力の重要な意思決定に対して情報を提供し、分析能力を強化して価値を引き出すための戦略的資産であると企業が見なすにつれて、この拡大するデータセットの価値はより高いものになっているのです。金融分野のピープル・エクスペリエンス・リーダーであるChristopher Westcott氏は、ビジネスを変革する労働者データの力を強調し、 「もはや当て推量をする必要はありません。個人のアスピレーション、スキル、能力、そして組織内で最も助けが必要な場所についての情報を収集する機会があるのです。新しいツールとテクノロジーによってデータは即座に利用可能なものとなり、より効果的な要員計画を作成するために活用されます。さらに重要なのは、このデータを利用しこれまでにない方法によって、有意義なキャリアパスが見えるようになることです」と述べています。1
労働者がこれまで以上に多くの選択肢、権力、影響力を手に入れ、交渉力が高まっている時代において、労働者は自分たちのデータをより高度に管理し、その活用による相互利益を得ようと戦い始めています。日常生活と同様、労働者は価値あるデータを共有することを選択し (例:ワークアウトをガイドするウェアラブル技術など) 、データがどのように使われているか心配なときには共有するか否かを選択しているのです (例:信頼できないwebサイトのCookieを拒否するなど) 。この心理は、職業生活においてもますます顕著になっています。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された最近の研究によると、従業員の90%は、自身と仕事に関するデータを雇用主が収集して利用することに前向きですが、それは何らかの形で従業員に利益が得られる場合に限られています。2
労働者データを適切に使用すると組織と労働者の両方に大きな利益をもたらすことができますが、労働者も経営者も同じように、職場での監視や労働者データの責任を持った利用について依然として懸念を抱いています。ハーバード・ビジネス・レビューの同調査によると、労働者データを使用している企業の役員のうち、責任を持ったデータ使用に確信を持っていると回答したのは僅か30%でした。3
図1 組織、労働者間における労働者データの所有方針
この議論は、規制の状況を受けて世界中で複雑化しています。欧州では、労働者にとっては望ましいことですが、一般データ保護規則 (GDPR) がデータ処理の厳格な法的要件を定めてEUの労働者を保護しており、それによって収集できる労働者データの種類やデータの使用方法が制限されています。米国では、企業は労働者のデータを収集して利用するために、関連する法律の下でより広い裁量権を持つことが多くなっています。アジア太平洋地域では、政府機関が労働者データの決定者である事例があります。シンガポール労働省がシンガポールの労働市場に関する全てのデータを収集・所有しており、労働者への組織のアクセスを強化し雇用慣行と職場体験を改善するために活用しています。4
職場の健康状態や賃金格差といった、環境・社会・ガバナンス (ESG) データの報告を企業に求める政府が増えるにつれて、このようなセンシティブなデータの要求によって、特に労働者データの収集と活用および相互利益といった、データ管理に関する交渉が推し進められるでしょう。組織は、労働者データと利益に関する対話を労働者と積極的に開始することで、労働者の不安を軽減することができます。
トレンドに当てはまるシグナル
- 労働者が、自分の一挙手一投足が監視されているかのように感じ、ストレスや仕事への不満、離職率を高め、不信感を生み出している。
- 労働組合交渉、労働者の意見聴取やエンゲージメントフォーラム、その他の意思決定の会議で、労働者データの利用状況や価値についての会話が増えている。
- 労働者は組織外(例:LinkedIn、Glassdoor)で容易にデータを共有するようになっているが、組織チャネルを通じてデータを提供することには、利益がないと認識しているために消極的である。
- 組織は、データレポート、プライバシー、およびメンテナンスに関連して規制当局からの課題と圧力の増加に直面している
レディネス・ギャップ
デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査によると、ビジネスリーダーの83%は、組織と労働者の両方に利益をもたらすために労働者データを活用し、その一方で労働者データの使用方法に対する信頼と自信を構築することが、組織の成功にとって重要または非常に重要であると考えています 。しかしながら、十分な準備ができていると考えているのは19%に過ぎません。
図2 労働者データをナビゲートする準備に関するレディネス・ギャップ
労働者データの価値を引き出す上での最大の障壁に関する設問では、回答者の27%が企業文化を挙げ、最も一般的な障壁となりました。しかし、「文化」 は価値観のずれや、労働者のデータを使用すべきかどうか、どのように使用すべきか、いつ使用すべきかについての意見の相違を広く代理している可能性があります。
新しいあり姿とは
信頼を築き、相互利益を追求する:成功を収めるには、データを相互に有益な方法で利用するために、労働者と組織、政府、または第三者との間に信頼関係を構築する必要があります。組織が相互に有益な意思決定を行い始めている兆候も見られており、デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査にて、組織が労働者データの使用により得ることができる利益に関して最も回答が多かったのは、労働者のエンゲージメントと幸福度の向上でした。組織は労働者データを管理したいと考えるかもしれませんが、多くは最終的に、組織のデータと同様に労働者の利益のためにそのデータを使用しています。例えば、パンデミックの大きな影響が収まるにつれて、ハイブリッドワークの開発に情報を提供するために、労働者のやり取りに関するデータを使用してネットワーク分析を実施した組織もあります。5 さらに、いくつかのスタートアップは、人工知能 (AI) を活用して労働者の繋がりやコミュニケーションに基づいてパターンを特定し、燃え尽き症候群のリスクについて組織に助言しています。6
データは労働者のパフォーマンス向上にも役立てることができ、この点については “テクノロジーで人間そのものの能力を高める“のトレンドの章で詳しく説明しています。あるグローバルテクノロジー企業は、コグニティブAIツールを使用して、グローバルな営業チームが生成した従業員データを分析し、一部の販売員が他の販売員よりも優れている理由を特定し、営業部隊の知識と勝率を向上させるための推奨事項を作成しています。7 人間が見落としている行動パターンを特定することで、AIは次にとるべきベストな行動を提案したり、販売者の成績を向上させるクイックな学習モジュールを提案したりすることができるのです。
データを管理したいという労働者の要望を受け入れる:労働者が個人データの価値を認識すると、そのデータをさらに管理し、データの使用方法に影響力を持つことを期待するようになります。デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査によると、61%の組織が既存のデータ所有構造を共有または労働者所有としており、組織が完全に管理するという従来のモデルとは大きく乖離しています。組織は、収集した全ての労働者データを管理するという古いモデルに固執するのではなく、この新しい現実を受け入れなければなりません。
拡張された労働者データを使用して、より大きな、相互的な価値を形成する:幸いなことに、労働者データの可用性が拡大することで、関係者全員に事業価値を創出する新たな機会が開かれます。顧客データの軌跡から学びを得ることができ、拡張された顧客データが利用可能になるにつれて、組織は、そのデータから深く価値のあるビジネス上の示唆を生み出す洗練された戦略と分析を発展させてきました。現在、デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査に回答したリーダーは、組織にとって最も価値のある労働者データは基本的な生産性データ(例えば、人々がより熱心にかつ/または賢く働くためのデータ)であると述べています。しかし、今後2~4年の間に、行動特性データ、性格データ、職業上の繋がりや、やり取りに関するデータなど、より高度なデータが価値を持つようになると予想されます。その過程で、労働者の交渉力の高まりは、組織が方法論を磨き、ビジネス指向の洞察と労働者に利益をもたらす示唆のバランスを取るよう促すでしょう
テクノロジーとその運用の観点から見ると、組織は現在注力しているクリーンで正確なデータの確立を基に、「リスクと報酬をどのように評価し、どのようなデータを収集するのか」や「ビジネスと労働者の両方に役立つように、データを最大限に活用しているのか」といった異なる質問をすることによって新たな示唆を引き出す方法を見つける必要があります。
労働者の信頼構築とデータ管理を達成するため、組織は、透明性があり、アクセス可能で、生体データ等のエシカルな労働力データのポリシーを含んだ、包括的なデータアーキテクチャを設計する必要があります。ブロックチェーンの活用といった個人やチームのパフォーマンスを向上させる方法でデータを使用したチームを認識し、報酬を与える必要があります。これはコアコンピテンシーとしてのデータ分析を強化することに寄与します。
先進的企業による取り組み
- SchlumbergerはAIを使用して、製造業の労働者のパフォーマンス向上と労働者の疲労軽減を支援しています。8 テキサス州デントンにある同社のReliability&Efficiencyセンターでは、ビデオデータを収集、集約、匿名化し、AIを使ってパターンを探求しています。個々の働きを監視するためにデータが使われることはありませんが、どの作業者も個人的に同意して自分のパフォーマンスデータを見ることができ、このデータは、労働者と組織にとって貴重な利益を生み出しています。例えば、同社ではデータを使用し、生産性を低下させる疲労に対処するために労働者に対してより頻繁で短い休憩を与えています。
- オーストラリア最大の通信会社Telstraは、労働者が自分のキャリアデータを編集できるようにしています。9 同社は、キャリアやスキルのデータを保存するために使用されるMyCareerと呼ばれる内部サイトを整備しており、組織がより効果的に人材と仕事のマッチングを可能にしています。労働者は自身のデータを管理することができ、入力内容が誤っていたり、不完全な場合に異議を唱えることができます。
- ABN AMROは、全ての人事データと企業データをまとめ、統合されたITとデータ環境を統合する取り組みを進めており、育成施策や空席ポジションなどのキャリアに関連するトピックについて、機会学習や従業員に対するナッジができるようにしています。10このオランダに拠点を置く国際的な金融機関では、従業員への透明性を高めるために個人情報保護方針の書き直しも実施しています。エンプロイーエクスペリエンス、多様性、労働力、採用、学習に関するデータを含むダッシュボードは、全ての従業員がアクセスでき、ビジネスリーダーが従業員に関する意思決定を行う際にも使用されます。
今後の展望
ここまでは労働者データに対する既存のアプローチが機能していない可能性を示唆する負のシグナルを強調してきました。それとは対照的に、労働者データを管理する組織の新たな試みが成功しているか判断するために有用な、いくつかの肯定的なシグナルを以下に示します。
- 労働者データは責任を持って使用されており、労働者は社内および商用目的でのデータの使用に広く同意しており、その恩恵を受けていると感じている。
- 組織は労働者データを容易に使用でき、価値ある示唆が生み出されている。
- 労働力のエコシステム全体で活用できるデータの多様性が高まっている。
- ビジネスリーダーが、組織戦略や人材戦略の目的と方向性を定める指針として、労働者データを一段と頼りにしている。
究極的には、労働者データの収集と共有から具体的な利益を得るためには、組織、労働者、労働組合、政府組織の全てが利益を分け合うパートナーになる必要があります。これは、パフォーマンスの追跡によるビジネスに焦点を当てた利益 (生産性の向上や規則違反の減少など) だけでなく、相互の幸福を促進するより広範な利益です。
労働者データの量と範囲が日々増加しているために、管理面の問題がなくなることはありません。早期にこの問題に取り組む組織、つまり組織と労働者に相互利益を生み出す方法を見つけ出す組織は、労働者データから価値を創造し画期的な示唆を生み出すことにおいて明確に優位に立つことでしょう。
脚注
- Interview with authors.
- Ellyn Shook, Eva Sage-Gavin, and Susan Cantrell, “How companies can use employee data responsibly,” Harvard Business Review, February 15, 2015.
- Ibid.
- Ministry of Manpower, Singapore, “Labour Relations and Workplaces Division,” accessed December 9, 2022.
- Rob Cross and Peter Gray, “Optimizing return-to-office strategies with organizational network analysis,” MIT Sloan Management Review, June 29, 2021.
- 6.Sam Blum, “‘Burnout tech’ seeks to identify signs of workers’ mental distress by reading Slack messages and email,” HR Brew, May 7, 2022.
- Based on Deloitte observations at this organization.
- SLB, “Digital equipment monitoring with OneStim,” May 1, 2018.
- Edmund Tadros, “Telstra already building its workforce of the future with MyCareer,” Financial Review, March 22, 2018.
- Patrick Coolen, “8 big tickets for people analytics (2022),” LinkedIn, October 14, 2021.
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