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はじめに ―要員・人件費を新しい発想で捉え直そう

“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第1回

人件費とは、"人"を雇用するために支払う費用を合計したものを指し、一般的に会計期間である1年単位で認識されることが多い。しかし、この人件費の定義そのものが実は「要員・人件費をマネジメントしよう」と考えるときに思考を狭めてしまう原因にもなっている。本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。

人件費とは、従業員給与や福利厚生費など、"人"を雇用するために支払う費用を合計したもののことである。また、一般的にそれは会計期間である1年単位で認識されることが多い。 しかし、この人件費の定義そのものが実は、「要員・人件費をマネジメントしよう」と考えるときに、思考を狭めてしまっている原因にもなっている。

では、本来は、どのように考えるべきなのだろうか。本稿では、大きく3つの視点が重要になると提起したい。

1.何かに要した(要する)費用ではなく、未来への投資と捉えること
2.単年度ではなく、複数年度にわたるさまざまな変化も加味した"累積面積"で捉えること
3.自社に雇用している従業員だけに焦点を当てないこと

1.未来への投資として捉えよう

人材の獲得・確保に必要となるコストは、将来に向けたビジネスの実行力を生み出すための投資と認識していくこと、これが最初に強調したい点である。

これからの時代、ビジネスの実行力を作り出すのは、人とテクノロジーであろう。特に昨今はテクノロジーの進化、それによるビジネスの進化スピードが非常に速くなっている。このような時代要請の中で、よく見られるのが、もともと人間がやっていた仕事が機械に置き換わってしまう、という論調である。確かに、人材を「会社の中のある程度決まった仕事の担い手」として捉えると、このような発想になるのも分かる。そして、この発想に基づくと、人件費は「人材確保・維持のために支払う費用」として、どうしても捉えたくなってしまう。

もちろんその考え方自体に誤りはない。しかし、本連載でチャレンジしたいのは、そういったコスト型の思考を脱却し、もっと広く、長期にわたっての競争優位を生み出す組織を作っていくための投資として捉えると、要員・人件費計画の作り方がどう変わるかということである。支払う費用は当然最小限にしたいと考えるのが、本来の考え方だ。しかし、その考え方だと将来の発展にはつながらないし、後ろ向きの気持ちにさえなる。無駄を省こう、余計なお金をかけるのはやめようという発想にどうしても収まってしまうのである。

それはもうやめて、人件費を未来に意義のある投資としてあらためて捉え直してみませんか?

2.複数年度にわたるトータルのエンプロイー・エクスペリエンスの変化も含めて捉えよう

多くの日本企業で課題になっているのが、今の目の前の売り上げを創出することに、ほとんどの労力(すなわち、社員や人件費)が費やされてしまっているという点だ。「このままではまずい。将来生き残っていけないかもしれない」と思っても、単年度の収益を追うマネジメントがあまりにも定着化しているため、人件費は最小化すべきもの、費用は削るべきものとして捉えられてしまう。

では、発想を切り替えるとどうなるか? すると、"人"という財・資産をどう考えるかの本質に行き着く。すなわち、"人"は、同じお金を払えば、同じアウトプットを創出してくれる装置ではない。また同時に、時間がたてば進化もするし、劣化もするという特徴がある。さらに、人と人の組み合わせ方や、配置の仕方によっても、生み出すアウトプットが変化する。特に、昨今は、価値観がこれまで以上に多様化していると言われる。

全く同じ能力とスキルを持った人材であっても、持っている価値観や大事にするものに応じて、気持ちが揺れ動き、その結果としてパフォーマンスが上がったり、逆に下がったりもする。人的投資に対する姿勢やその巧拙が、会社としての生産性をこれまで以上に決定づけることになる。

これまでは、人的投資が不十分であっても、雇用さえして、決まった仕事をしてもらっていればよかったかもしれないが、決まった仕事は機械がやってしまう以上、"人"のマネジメントの巧拙そのものが人的生産性に大きく影響する時代がそこまで来ている。

これからは、仕事がAIをはじめとしたテクノロジーに次々と置き換わっていくという。誰がやっても同じ結果になる、すなわち論理でアウトプットを生み出す分野に"人"がわざわざ介在する必要がなくなる。逆に、意思や感情が大事になる仕事はなくならないし、むしろ、そのとき"人"としてどう感じるか、どのような気持ちになるかが、当然ではあるが"人"の大きな武器になる。

あらためて、"人"をどのように進化させるか、将来にどのような組織・集団になりたいか?を描くところから始めてみませんか?

※エンプロイー・エクスペリエンスとは、社員が勤務先企業において得られるあらゆる体験とそれにより形成される加算的、総合的な気分や感情を指す。

3.雇用という手段にとどまらず、担い手を捉え直そう

通常、自社で雇用している正社員・契約社員にかかる費用を積算したものが人件費となる。この一般的な人件費の範囲の捉え方は、かえって思考停止をもたらしてしまうことが多い。では、どう乗り越えるのか? そのためには、「正社員1人いくら」という構図を超えて、"人"に自社のビジネスに関与してもらう(それは雇用という形だけではない)、そしてその関与を続けてもらう。あるいは、人と人に混ざってもらう。その結果としてどのようなアウトプットを生み出し、どのような生産性を実現する組織となるのかといった将来シナリオを作り、それに基づいて、要員・人件費をプランニングするという考え方をすることが大事になる。

この連載では人件費について、今の時点で目に見えている人材と、その人材が創出するアウトプットに報いるという、いわゆる「支払い費用」という考え方を超え、「未来に創出したい価値とは何かを定義し、そのために自社として人材にどのようにお金を投じていくか、さらにその投じたお金のリターンを最大化するための、あらゆる投資コスト」と定義づけ、それを要員・人件費計画として描き出すことにチャレンジする。

言葉としては、「拡大人件費」、あるいは「工数コスト」という表現を用いる。そこには、自社雇用社員に加え、アウトソーシングコスト、臨時での協力会社コスト、そして、RPAなどの機械化コストなどを含めて考えることが必要となる。

自社の人件費を「自社のビジネスを回すのに用いている総コスト(拡大人件費)」として、あらためて捉え直し、近未来において必要となる真の人件費計画を策定してみませんか?

上記3点へのチャレンジとして、本連載では具体的には以下のような七つのテーマに沿って、各2回ずつ(前後編)、仮想の企業を舞台としたストーリー形式で詳解していくことを想定している。

本連載での取り扱い予定テーマ
テーマ1:非正規社員無期化のインパクト
テーマ2:働き方改革の真の目的とは何か
テーマ3:HRBP(ビジネスパートナー)に求められるもの
テーマ4:ダイバーシティ組織における要員・人件費のデザイン
テーマ5:これからの人事機能体制の在り方
テーマ6:人材マネジメントの未来
テーマ7:Future of Workforce Planning

骨子について以下に紹介する。

[テーマ1]では、契約社員の無期化に向けた検討局面を取り上げながら、上段で述べた人件費の新しい見方を提示する。契約社員を無期化すると、短期的には人件費が上がるように感じるが、中長期的な生産性という観点に着目すると、プラスの効果を見込むことができる。こうした雇用形態変更に伴う費用対効果についての考え方を紹介する。

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[テーマ2]で取り上げる『働き方改革』について、デロイトの「働き方改革の実態調査2017」によると、回答企業(上場企業を中心とする238社 )の73%が何らかの働き方改革に取り組んでいるものの、満足している企業は3割を下回る。そもそも『働き方改革』の真の目的とは一体何だろうか。

もちろん、この働き方改革が目指すべきは、短期的には会社全体の生産性向上であるということは言うまでもない。しかしながら、それだけで将来にわたって本質的に強い組織を作ることができるのか、という疑問がある。近視眼的な発想になると、残業時間、有給消化日数、テレワーク利用率などが最終結果指標として扱われてしまうことが多い。

ここではむしろ、一般的には最終結果指標として考えられている指標をプロセス指標に位置づけ、最終的に組織としての能力向上をどう捉え、それを要員・人件費マネジメントのデザインにどう反映させるかについて、一定の考え方を提示したい。言い換えれば、働き方改革の真の目的を「付加価値を向上させるために組織力そのものを進化させること」と置き、要員・人件費マネジメントの在り方を問い直してみたいと考えている。

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[テーマ3]では、HRBP(ビジネスパートナー)機能の整備・充実化により、要員・人件費への投資要否を見定める力の向上、生産性モニタリングによる戦力化状況のチェックと対策力向上、リソースシフト(要員再配置)の実行力向上による組織全体の筋肉質化など、これらの具体策をどのような仕掛け・方法で実現していくかを紹介する。その上で、要員・人件費マネジメント力をどう高めていくか、それをどのように要員・人件費計画に反映させていくかについて、本社人事とHRBPの押し引きの事例なども取り上げながら提示する。

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[テーマ4]では、いわゆるダイバーシティマネジメントについて取り上げる。これまでは要員・人件費計画を策定するに当たり、過去の経緯から、自社で雇用している社員は原則としてフルタイムの正社員で、かなり低い退職率のまま継続して働けることが前提となっていた。しかし、これからは、さまざまな属性の人材(性別や国籍などの属性の違いだけでなく、時短で働く人、副業があり週3日しか働かない人、正社員ではなくフリーランスで働く人、より個人ごとのニーズが多様化するシニア人材など、"働き方"の多様性も含まれる)を受け入れ、その人たちが混じり合って働くことを前提として、適切な要員数をカウントし、必要人件費をプランニングしなければならない。一方で、そのダイバーシティの度合いは予測がつきにくい課題でもあるため、ここではダイバーシティが進んだ世界における要員・人件費の計画化の方法について解説する。

[テーマ5]では、これから求められる人事機能とそれを実現するためのトランスフォーメーションの在り方について紹介する。特に、本来は人事機能が主導すべきだが、現在はそれを果たし切れておらず、ポテンヒットになっているようなテーマをどうすればカバーできるのか、人事機能を完遂するためのあるべき姿とはどのようなものか、そして、そのテーマのど真ん中でもある要員・人件費の最適マネジメントを人事部がどのように主導していくべきかを紹介する。

[テーマ6]では、今はやりのHRテクノロジーをテーマとして、実際にどの段階まで進んでおり、今後どのように発展していくのかを展望しつつ、HRテクノロジーが進んだ世界では、要員・人件費マネジメントの在り方がどのように変化していくかについて考察する。人の手で集めている情報、一定のタイムラグがある中で集まってくる情報が、「大人数が同時多発的に情報を掌握し、またそれに必要な分析を自動で加え、その分析結果に基づいて意思決定し、さらにその意思決定した内容を瞬時に計画に反映させ、同時に組織内にシェアする」といったことが可能になっていくと思われる。また、将来に向けた予測の立て方についても、より多くの変数を同時に考慮し、何度でもシミュレーションをやり直すことが可能になると想定される。そこで重要となるのは、経営としての腹決め、すなわちシナリオの選び方になる。その世界で迫られる腹決めとは何かについても紹介したい。

最終回の[テーマ7]では、未来の要員・人件費計画の作り方をテーマに、AIやRPAを含めた計画作りのポイントについて解説する。その世界では、自社のビジネスを回すのに必要な工数の担い手、およびそのコストが、いわゆる人の数と給料の積算値とはかけ離れることになる。それをどう織り込んで人的生産性を算出するのか、あるいは逆に織り込まずに生産性を捉えるべきなのか。新しい生産性の捉え方についても、一つの考え方を提示してみたいと考えている。

本連載を通じて、近未来の要員・人件費マネジメント力の強化につなげていただけるように、できる限りのチャレンジをしたいと考えている。次回以降、ぜひご一読いただければ幸いである。

 

著者:岡本 努

(デロイト トーマツ コンサルティング  パートナー)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年6月8日掲載)を転載したものです。

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