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新たな治療法の事業性評価のポイント
事業開発として新たな治療法の展開を検討する際に、革新的な技術・効果を有するシーズの取り込みを検討される企業は多いものの、新しいが故に既存の治療法とは同様の事業性評価が難しいような製品・治療法の事業性評価の検討ポイントについて解説します。
I.はじめに
昨今のデジタル化の流れ、COVID-19の蔓延によるリモート化やウクライナ危機による原材料費・輸送費の高騰、品質管理体制の強化などのコスト増の方向性での事業環境の変化を受け、医薬品・医療機器メーカーをはじめとする事業者は、新たな収益源の確保のために新たな治療法の開発を検討する傾向にある。
新たな治療法を事業として開発する際に、自社でのオーガニック成長ではなく、革新的な技術を有するアカデミア・ベンチャーとの提携・投資からゆくゆくは自社事業への取り込みを検討する事業者が大半であり、いざ投資・提携の検討段階でよくある事業者の悩みは「革新的な技術を有するような新たな治療法の事業性をどのように評価すれば良いか」である。
本稿では、下記図表1に例示されるような、現時点では治療法が普及していない、または存在していないような革新的な治療法を「新たな治療法」と定義し、現時点では既存の医薬品・医療機器等とは同様に評価ができない製品の事業性評価の検討ポイントについてお伝えしたい。
II.新たな治療法の事業性評価のポイント
1.一般的な医薬品・医療機器の事業性評価の検討項目
新たな治療法の事業性評価のポイントについて説明する前に、一般的な医薬品(医療用医薬品)・医療機器の事業性評価について説明する。事業性評価の際は、事業環境分析にて良く用いられる3C+Mのフレームワークの観点で分析を行い、3C+Mの分析結果を対象事業者が有している事業計画の各パラメーターの水準の蓋然性検証に用い、事業性評価を検討するという順で分析を実施する。医薬品・医療機器の製品・パイプラインにおける3C+M分析項目は下記を主に検討する。
3C+M分析(医薬品・医療機器の場合)の分析項目
- 自社分析(Company):どのような開発パイプラインを有し、どのような特徴・強みを持つか
- 競合分析(Competitor):どのような競合製品・開発パイプラインが存在しており、それぞれの特徴・強みは何で、どの程度のシェアを有しているか
- 顧客分析(Customer):ターゲットとする想定患者はどのような患者グループか
- 市場分析(Market):(上記を一部包括するが)市場規模はどの程度で、成長率は何%であるか、市場の成長ドライバー・抑制因子は何か
次に事業計画のパラメーター分析項目を実施する(詳細分析項目は図表2)。3C+Mの分析の結果はそれぞれ事業計画の各パラメーターの蓋然性検証の分析の材料として使用する。
事業計画のパラメーターの分析項目は主に製品上市前の開発段階計画(期間・成功確率・コスト)・上市後の製品売上・コストに関連する項目にブレイクダウンされ、前述の顧客分析・市場分析の結果をターゲット市場の患者数の設定(図表2:#4)、治験の成功確率の設定(#2)、独占販売期間の適切性(#7)に反映、自社分析・競合分析の結果を開発スケジュール(#1)、獲得可能シェアの根拠(#5)、薬価設定の蓋然性(#6)、コスト項目(#3,8,9)に反映させることで蓋然性の高い事業計画値水準を分析し、事業性の評価を実施する。
2. 新たな治療法の事業性評価におけるポイント
「新たな治療法」の事業性評価の際には、図表2で示している事業計画の分析項目のうち、一部のパラメーター項目においては一般的な事業性評価と同様に評価することが困難となる。特に新たな治療法特有の事業性評価におけるパラメーターごとの評価ポイントについて説明する。
- #1,2,3 開発スケジュール・治験の成功確率、治験コストの推定:開発が進んでいる同モダリティ、同疾患における事例が少ない、または存在していないような新たな治療法の場合は既存の開発事例から精緻なデータを取得することが難しくなるため、類似のモダリティ・作用機序や疾患に対する開発の事例を参考として、開発期間、治験の成功確率、コストを推定する。なお、新たな治療法に関しては厚生労働省・PMDAも承認に向けた評価の経験が蓄積されていない状況にあるため、より保守的に期間・コストを見積もることが一案である。特にデジタルセラピューティクス製品などは上市数も少なく、評価方法が固まっていると言えず、地域(国)によっては法制度も様々であるため、各国の承認者と開発段階からの調整・相談が進んでいることを一つの蓋然性の根拠として考えることも一案である。
- #4 ターゲット患者数の推定:ターゲット患者数については、特定の疾患のうちどのような特徴を有する患者への価値提供を目的とするか(既存治療で効果が得られなかった、手術の適応外の患者、または特定の治療法との併用を目的とするなど)を明確化し、既存の治療法を超えて新たな治療法を選択する層はどの程度存在するか<治療選択率>を推定する必要性がある。「このような治療法があるのであれば、このような患者に〇%程度処方が可能そうである」というKOLへのインタビューや、アンケート調査等による患者のアンメットニーズの解消度合い・QOL向上などに向けた治療満足度調査の結果等を勘案することで設定することが、ロジック構築の一手段として有用と考えられる。
- #5 シェアの根拠の設定:新たな治療法の上市後の獲得シェア水準検討においては、現時点で想定している同じモダリティ同じ医薬品・医療機器のクラスといった概念を超え、治療法としての観点で競合動向を精査する必要性がある。現在判明している競合製品以上に強力な新規製品が開発される可能性もあるため、競合Xを2製品程度多めに考慮し、同時期に存在する最大競合パイプライン数や対象製品の認知度を考慮のうえ、対象製品で獲得可能なピークシェアを高く設定しすぎないことが一案である。また、ピークシェアに達するまでの年数は、新規性にもよるが新モダリティの場合は従来の治療法の3-4年と比較して遅くなり、5年から7年で計画することが一般的である。
- #6 薬価/価格設定:既存治療では得られない効果や新たな作用機序を有する製品、新規モダリティの価格は高額になることが想定できるものの、青天井ではなく、一定のベンチマークやロジックを置いて水準を検討することが必要である。既存治療の価格水準をベンチマークとして捉え、その他にQALY 1など医療経済性の評価、既存治療による生涯の治療コスト、患者の支払意思の価格水準等が価格設定のロジックとして有用である。
1 QALY Quality Adjusted Life Yearsの略称であり、医療行為に対しての費用対効果を経済的に評価する技法として用いられる
III.新たな治療法の事業性評価の留意事項
1.「評価側事情」による事業性評価での検討事項
事業性評価の際には、革新的な技術を有する事業対象の事業計画や内外の補足情報等から事業性評価を検討することが一般的であるが、事業評価側都合による視点にも留意が必要な生じるケースもある。
例えば、「事業性がない技術への投資・提携は難しく、事業計画としてはX年にどの程度の規模がない限り社内検討を進められない」、「ベンチャー投資であっても投資検討時のWACC%は社内の投資方針によって決められている」などである。
上記は社内事情から評価法の検討が必要な例であるが、例えば1点目については、必要なリソースを織り込んだうえで蓋然性のある収益水準を達成可能な事業計画を検討する、評価側の戦略・経営計画等からシナジーを検討し事業計画に織り込む、2点目は事業の成功確率のリスク(一般的に医薬品・医療機器等事業で行われるように、開発の成功確率)を事業計画上で織り込むことで、事業性評価を検討することも一案である。
2.新たな予防事業の事業性評価に対する追加検討ポイント
これまでの議論は、革新的な技術を有し、高い効果をもたらすまたはアンメットニーズの解消を目的とした「治療法」の事業性評価を中心としてきたが、治療に至る前段階の予防段階においても、新たな技術を用いた事業展開における事業性評価を検討する事業者も存在すると考えられる。治療ではなく予防事業を展開する際の事業性評価については、IIで示した「新たな治療法」の評価検討ポイントに加え、マネタイズの方法、予防効果(アウトカム)の測定・実証方法についても検討する必要性がある。
予防事業については、特に日本国内では現時点で必ずしも勝ち筋というようなビジネスモデルが確立しているものではないため、事業性の評価には柔軟性を持たせることが可能である一方で、事業推進の確実性についてはマイルストーンを設定する等で慎重に評価することが必要となる。
IV.おわりに
新たな治療法の事業性評価は画一的な手法が存在するわけではなく、答えがあるものではないため、事業計画の構成と事業計画の各パラメーターから見た際のロジックがいかに強固なものか、実現可能性の高い水準となっているかによって評価を進めていく必要性がある。デロイト トーマツは、ライフサイエンス・ヘルスケア領域におけるファイナンシャルアドバイザリーのプロフェッショナルチームを擁しており、事業計画の考え方・ロジックの検討サポートや実現可能性の分析等を、協業しているグローバルヘルスコンサルティング社 が得意とするリアルワールドデータ分析による対象患者のターゲティング・処方動向の分析や、エコノミクスデザイン社 の有する手法を用いたアウトカム・効率性評価の分析とともに支援することが可能である。クライアントの描く、新しい技術を用いた治療法の事業開発・推進の成功に向け、一助となれることを願う。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア
ストラテジー
ヴァイスプレジデント 髙橋 かおり
(2022.11.10)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。