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病院会計監査人の1年(9話)

今回のテーマ『実地たな卸と立会』

医療法人トーマス(一般200床)に対して会計監査を行うロイト監査法人の公認会計士 間岩秋吉の視点を通じて、外部の目から見た財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

1.ストーリー:実地たな卸と立会

3月に入り、まだ寒さの残る会議室では、医療法人トーマスの用度課の伊東課長、経理担当の石上とロイト監査法人の間岩秋吉の3名が期末の実地たな卸に向けた打ち合わせを行っていた。

「それで間岩ちゃん、うちの実地たな卸の件、どこか問題があるのかしら」
前回やり取りした固定資産の現物管理の一件から、用度課の伊東はロイト監査法人(というか間岩本人)に対して明らかに好意的な態度をとるようになった。

「伊東さん。間岩くんを「ちゃん」付けは失礼ですよー。」

伊東の「ちゃん」も石上の「くん」もどちらも失礼ではないかと思いながらも、間岩は実地たな卸に関する話を始めた。

「問題の議論をする前にいくつか質問させてください。まず、当期のたな卸実施日ですが、31日が休日なので、その前日の30日に実施するとのことですよね。」

「そう。ただ、手術室の実地たな卸については予定手術が入っていない31日に実施する予定よ。」

「了解しました。できれば他の部署も期末日である31日に実地たな卸を実施していただくのがベストですが、次の2点について対応いただければ、期末日前の実地たな卸でもOKです。」

間岩にVサインを突きつけられた石上はイラっとしながら話を促した。「ったく、相変わらず面倒くさい話し方するわね。とっととその対応とやらを話しなさいよ。」

Vサインを石上に握りつぶされ、激痛に呻きながら間岩は話を続けた。
「すみません、要はたな卸実施日から期末日までの在庫の変動を調整していただきたいのです。在庫の増加つまり仕入に関しては、たな卸実施日から期末日までに納品されるものがある場合、それらをきちんと実地たな卸結果に反映させてください。でないと仕入はしたけど在庫がないという状況になってしまいます。ただ、あまりに調整すべき仕入が多いと煩雑なので、できればたな卸実施後から期末日までの間は、仕入しないようにしてください。」

「わかったわ。業者から物が届いても、受領を4月1日まで先送りしてもいいんでしょ。」

「そうですね。その場合は期末日までは業者の在庫ということになりますので、伊東さんのおっしゃるように在庫として計上する必要はありません。」伊東が実地たな卸の目的をよく理解していると感心しながら、間岩はさらに一つ目の論点を掘り下げて話し出した。「それから仕入に関して言えば、SPDの在庫計上についても留意してくださいね。」

SPDの在庫計上という言葉を聞いて伊東は首をひねりながら質問した。「ちょっと待って、確かにうちは診療材料や医療消耗品の一部については院外SPD(Supply Processing Distribution)を採用しているけど、SPD在庫って業者からの預託品みたいなものだから、たな卸対象からは除外しているし、使用=仕入だから在庫にもならないわよね?」

「伊東さんのおっしゃるとおりです。ただ、SPD在庫には、例えば1箱10本入りといったものもありますが、このうち1本だけ使った場合、残りの9本は誰のものになりますか?」間岩の質問に伊東は一瞬意表をつかれた顔をした後、少しの間沈黙し、「・・・うちの在庫・・・になるわね。盲点だったわ。これまで実地たな卸ではSPD在庫はカウント不要と現場に伝えていたけど、確かに一部使用のものがあれば、うちの在庫としてカウントしないといけないわね。現場にちゃんと伝えないと。」

期待した回答を得て満足した顔で間岩は二つ目の対応の話を開始した。「よろしくお願いします。それから2つ目の在庫の減少についてですが、たな卸実施日から期末日にかけて使用した分については、きちんと在庫調整してください。特に今回のように、たな卸実施日と期末日が異なる場合や手術室のように期末日までに緊急手術が入る場合は在庫が大きく変動する場合がありますので。」

「わかったわ。当期の実地たな卸は間岩ちゃんの指摘したポイントについて注意するわ。」

「はいはい、これで打ち合わせは終わり?私も伊東さんも忙しいんだから」石上は話を切ろうとしたが、間岩は意に介さないで引き続き話を続けた。

「いえ、石上さん。もう一つ気になるところがあります。実地たな卸の範囲についてです。」

「実地たな卸の範囲?すべての部署で実地たな卸を行っているけど。」

間岩は事前に入手した昨年度の実地たな卸実施計画を取り出して言葉を続けた。「昨年度の実地たな卸実施計画によると、実地たな卸対象部署から病棟と外来が抜け落ちているんです。」

「ああ、そこはSPD以外は定数配置したカート在庫しかないから実地たな卸対象から除外しているのよ。でもちゃんと定数で在庫計上しているから大丈夫。」

「本当に定数しかないんですか?」間岩の2つ目の質問に伊東は言葉を失った。

「実地たな卸は確かに決算書のたな卸資産を確定させることが目的ですが、もう一方で過剰在庫や不良在庫の把握を行い、たな卸資産を適正に管理することも目的としています。定数という取り決めはありますが、各部署の要請で定数以上の在庫を抱えていることもありますし、品質保証期限を把握する観点からも、病棟や外来も実地たな卸の範囲に含めるべきです。」

間岩のまっすぐな指摘に伊東も両手を挙げながら「降参、降参、間岩ちゃんにはかなわないわ。少し骨は折れるけど現場に説明してちゃんと実施させるわ。」

「じゃあ、これで」と石上と伊東はそろって腰を浮かせかけたが、「ありがとうございます!それでは次に、たな卸方法と体制について少し・・・」伊東と石上はお互いに顔を見合わせ、苦笑しながら再度席に着いた。

 

長時間にわたる打ち合わせを終え、石上は間岩に茶菓子を差し出しながら、質問を投げかけた。
「そういえば、30日と31日の実地たな卸に間岩くんも来るって言ってたけど、たな卸作業を手伝ってくれるの?」

「いえ、あくまで実地たな卸の『立会』です。監査においては、立会により、実地たな卸の正確性を監査人が直接確認するという意味で、重要な手続になるんです。」

「ふーん、単なる冷やかしか。」

「石上さん、それは心外ですね。そもそも立会は・・・」

石上は間岩の話を聞き流しながら、保管している茶菓子の実地たな卸計画を密かに立案していた。

 

2.解説:実地たな卸と立会

実地たな卸は、医薬品や診療材料等の在庫を正確に把握することで、決算書のたな卸資産を確定させるとともに、過剰在庫や不良在庫の把握を行い、たな卸資産を適正に管理することを目的としています。病院の場合、システム等を使って医薬品や診療材料等の入出庫や在庫を管理しているケースは多くないため、在庫金額を確定させるためには、実地たな卸が重要となります。ストーリーで間岩秋吉が指摘したとおり、病院では実地たな卸後の在庫の増減と実地たな卸の範囲がポイントとなります。

そのほか、ストーリーでは触れられませんでしたが、実地たな卸方法については、病院の場合は多くが「リスト方式」を採用しています。リスト方式とは在庫保管現場ごとに事前に品名を記載した「棚卸リスト」を作成し、そこにカウントした数を記載していく方法です。しかしながら、リスト方式では実地たな卸対象部署の責任者や実施担当者が十分に理解していない場合、リストに記載されていない在庫や複数の場所で保管している在庫のカウントが漏れてしまう可能性があります。そのため、在庫を漏れなく正確に把握する観点から、例えば検数実施者と検数結果記入者の2名1組でたな卸を実施するとともに、カウントした場所に「付箋」等を貼付して、すべてをカウントした後、責任者が現場を視察し、「付箋」等が貼られていない在庫がないことを確認する形で、実地たな卸の正確性を高めていく必要があります。

なお、実地たな卸については、「たな卸実施要領」及び「実地たな卸計画」を作成し、事前に説明会などを通じて実地たな卸対象部署の責任者及び実施担当者を集めて周知徹底することも重要です。

一方、立会は監査人が、法人の実地たな卸に立会うことによって、実地たな卸が予め定められ「実地たな卸要領」に準拠して行われており、かつ、たな卸資産が正確に把握されていることを確かめるための監査手続をいいます。監査上は、法人が行った実地たな卸結果に依拠することが多いため、単なる現場視察や抜き取り調査だけでなく、間岩秋吉が行ったように、事前に法人と実地たな卸の打ち合わせを行い、たな卸実施計画の評価から現場視察、抜き取り調査、実施担当者への質問など全体を通して、法人が行った実地たな卸結果に依拠できるかを判断することになります。

実地たな卸は、ともすれば現場に大きな負担をかけることになりますが、事前の準備・整理を通じて整理整頓を行うきっかけとなりますし、また経営者や各部署の責任者にとっても、在庫の管理状況、過剰在庫や不良在庫の状況を把握するいい機会となります。

決算のために年に1回だけ実地たな卸を行うのではなく、例えば3ヶ月毎など定期的に実地たな卸を実施し、日々の整理整頓や在庫管理につなげていくことを検討されてはいかがでしょうか。

 

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアセクター担当者が執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2012年から2013年まで連載されていた「病院会計監査人の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

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