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病院会計監査人の1年(第1話)

今回から複数回にわたり、医療法人トーマス(一般200床)に対して会計監査を行う公認会計士 間岩秋吉の視点を通じて、外部の目から見た財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説する 「病院会計監査人の1年」を連載していきます。どうぞよろしくお願いします。

1.ストーリー:会計監査と財務調査

「今日から、会計監査がスタートか・・・」 間岩秋吉は 、そうつぶやきながら、前日の雨でぬかるんだ歩道をぬけて、上司の青木恵子と二人、監査先である医療法人トーマスへと足を進めた。

間岩秋吉はロイト監査法人に入所して4年目の公認会計士であり、上場企業を中心に会計監査を行ってきた。ただ、病院に対する会計監査は今回が初めてであり、不安で押しつぶされそうになっていた。

医療法人トーマスは一般病床200床、病床稼働率は80%、 DPCは導入していないが、看護配置基準10対1、内科、外科、脳神経外科、リハビリ科など10診療科を標榜する中規模病院である。看護師等の給与費増加を受けて3年前は赤字決算であったものの、経費削減等の効果から、その後2期連続で経常黒字となっている。しかしながら、2年前に医事課長の横領や粉飾決算などが内部調査で発見されており、当初予定していた会計監査も一旦延期し、昨年度は財務調査(解説 参照)という形で実施し、そのほかの内部統制や会計処理に係る問題点を指摘し、改善提案を行っている。

「青木さん、約束した時間を守ってもらわないと困ります!」医療法人トーマスで古くから経理を担当している石上は会議室に入るなり、青木にかみつくように言い放った。

「すみません、石上さん。道が少し混んでいたので、 5分ほど遅れてしまいました。遅れる旨、事務長にはご連絡差し上げたのですが。」

「それなら事務長ではなく、私に連絡してください。事務長はお忙しい人ですから。」

「石上さん、確かに青木さんから電話を受けたのは私ですが、私が石上さんに連絡するのを忘れていました。今後注意しますので青木さんを許していただけませんか。」事務長である等松太郎は、石上の扱いが慣れているようで、苦笑いしながらも、石上をなだめた。

「まあ、事務長がそういうなら、私は別に構いませんが。それにしても青木さん、昨年度が財務調査で今年度から会計監査って、一体何がどう違うのですか。手間が増えるのはごめんですよ。」

どうもこの石上は青木さんが嫌いなようだ。
青木さんが何か言おうとしたとき、事務長が困ったように話し出した。

「石上さん、昨年度も青木さんから何度も説明してもらったじゃないですか。いいですか、簡単に言うと会計監査というのは、監査法人が医療法人トーマスの財務諸表が適正に表示されているかどうかを検証して、問題がなければ監査報告書で『この財務諸表には重要な虚偽表示はありませんよ』という、お墨付きをもらうことなんだ。このお墨付きによって金融機関などにも自信をもって財務諸表を提出できるし、会計監査を通じて内部統制もチェックしてもらえるから、内部管理体制の強化にも有用なんだ。」

「じゃあ、どうして昨年度は財務調査だったのですか。」

「うん、残念ながら、うちは会計監査を受けられる状態じゃなかったんだ。たとえば、規程一つとってみても、決裁規程などの必要な規程が十分に整理されていなかったり、また病院内のチェック体制にしても、各部署でのチェックのあり方がバラバラだったりと、改善すべき問題点がかなりあったんだ。そこでロイト監査法人と相談して、昨年度は財務調査という形で、問題のある項目に重点をおいた調査をお願いしたんだ。財務調査は会計監査と違って、監査意見は表明してもらえないけど、その分メリハリを利かせて、問題と思われる箇所を重点的に調査してもらったから、指摘された問題点については、あらかた昨年度中に対応できたと思うよ。それに財務調査であっても、金融機関等に対して『監査法人に関与してもらっている』という一定の安心感を与えることもできたしね。」

「ふーん。つまり財務調査は『なんちゃって会計監査』ということですよね。」

 石上の『当たらずとも遠からず』の回答に間岩秋吉は少しニヤッとしてしまった。それに気づいた石上が「ところで、さっきからそちらにいるニヤニヤした方はどなたですか。」と矛先が間岩秋吉に向けられた。

「す、すみません。ごあいさつが遅れました。はじめまして。ロイト監査法人の間岩秋吉です。」 間岩秋吉の病院会計監査人としての1年がスタートした。

2.解説:会計監査と財務調査

等松太郎が指摘しているとおり、会計監査と財務調査はその内容が異なります。会計監査とは財務諸表を対象として、監査先の経営成績や財政状態をその財務諸表が適正に表示されているかどうかを独立した立場にある監査人(本事例では監査法人)が確かめることをいいます。

金融商品取引法や会社法、医療機関であれば医療法など、法律で監査を受けることが義務付けられている法人や団体に対する監査を意味する法定監査と、法律では義務付けられていませんが経営者の判断で自主的に受ける監査を意味する任意監査に区分することができます。特に医療法人については平成27 年9月の医療法改正により、医療法人の経営の透明性を高めることを目的として、一定の基準に該当する医療法人については公認会計士又は監査法人による監査、いわゆる法定監査が義務付けられることになりました。

これらはいずれも独立した立場にある監査人が監査報告書によって監査意見を表明します。

医療法人の会計監査における監査意見は、「無限定意見」のほか、「限定意見」、「否定的意見」、「意見不表明」にいった「除外事項付意見」に分類されます。

※ 医療法第51 条第5項に基づく財務諸表に対する法定監査である場合の無限定意見の文例(日本公認会計士協会 非営利法人委員会実務指針第39 号 医療法人の計算書類に関する監査上の取扱い及び監査報告書の文例)は 日本公認会計士協会 http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/20170328jrf.html (外部サイト)にてご確認いただけます。

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今回のストーリーにおける医療法人トーマスの会計監査は任意監査に該当します。また、昨年度については、等松太郎とロイト監査法人は、会計監査を実施したとしても「無限定意見」の監査意見の表明が困難であるとの見通しから、財務調査を実施しているようです。

財務調査は、一般に公正妥当な監査の基準に準拠して実施される会計監査と異なり、目的に応じて調査内容や調査方法など自由に取り決めることができます。例えば、M&Aを目的とした財務デューデリジェンスも広い意味での財務調査といえるでしょう。

今回のストーリーにおける財務調査では、主に内部統制に焦点をあてて調査が実施されていますが、このように法定監査を受ける義務のない医療法人においても、財務調査という形を通じて、監査法人等の外部の専門家の見識を法人経営に活用することが可能となります。例えば、内部統制等の管理体制の構築など、法人内部だけでは改善がなかなか進まない場合、このように財務調査を通じて外部の専門家を活用することも一つの有用な手段かもしれません。

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアセクター担当者が執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2012年から2013年まで連載されていた「病院会計監査人の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

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