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病院会計監査人の1年(11話)

今回のテーマ『病院のM&A1』

医療法人トーマス(一般200床)に対して会計監査を行うロイト監査法人の公認会計士 間岩秋吉の視点を通じて、外部の目から見た財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

1.ストーリー:病院のM&A 前編

「間岩さん、ちょっと相談があるんだけどいいかな。」医療法人トーマスの決算も一段落し、ロイト監査法人の事務所内で調書をまとめていた間岩秋吉のもとに、事務長の等松太郎から突然電話があった。

「電話だと話しづらいので、申し訳ないけど、病院まで来てもらえるかな。」

「分かりました。ちょうど時間が空いているので今から行きますね。」

「ありがとう。助かるよ。」電話先での等松太郎の様子に、ただ事ではない気配を感じた間岩は早々にカバンに荷物を詰め込み、事務所を後にした。
***

「事務長、間岩先生がいらっしゃいました。」

受付に案内された間岩が事務長室に入ると、事務長の等松太郎と、いつになく真剣な顔をした経理の石上がテーブルを挟んで座っていた。

「ああ、間岩さん、急に来てもらって申し訳ないね。すこし急ぎの相談があったんで、どうぞこちらに。」等松はそう切り出しながら、石上の隣の席を間岩に勧めた。

「ありがとうございます。それで・・・」

「間岩君、うちの病院が乗っ取られちゃうの!何とかして!投資マンションのローンも返せなくなっちゃうわ!」突然、石上が間岩に飛びかかりそうな勢いで話をはさんできた。

「石上さん、何度も言ってるけど、乗っ取られる訳じゃないから。それに、いきなりそんな風に詰め寄られたら、間岩さんも困るでしょう。」むしろ石上が投資マンションを保有していることに驚いていた間岩に対して、等松は今回のいきさつを話し出した。

「実は、昨日の理事会で、医療法人トーマスの買収提案が持ち上がったんだ。」

さすがに間岩も驚いて等松の言葉に耳を疑った。「買収提案ですか。」

「うん、広域で病院経営を行っているヤオ・ヘルスケアグループから、うちの理事長に買収提案があったんだ。ヤオの理事長はうちの理事長の先輩に当たるヒトだから、むげには出来ないってことで、先日の理事会にかけられたんだ。」

「理事長自身は乗り気なのですか。」

「それがよくわからないんだよ。理事長自身が高齢であることに加えて、後継者のご子息も医療職ではないんだ。そういう状況だから、病院の将来を考えると、大手のグループに事業承継してもらってもいいんじゃないかと考えても不思議じゃないよね。」

「なるほど。」

「ただ意思決定しようにも、理事長も他の理事も病院のM&A自体あまり詳しくないんで、議論にならなくてさ。そこで僕に今回の買収提案も含めた、事業承継の論点整理が依頼されてきたわけ。」

「なるほど、なるほど。」

「よっ!でました、なるほど博士」

等松も間岩も石上のつっこみを無視したまま話を続けた。
「でも正直言って僕も病院のM&Aについてはあまりよく知らないんだよ。そこでロイト監査法人の青木さんに相談したら、間岩さんがよく知っているって推薦されたんだ。」

確かに間岩は先週まで別の病院の買収案件に関与していたため、医療機関のM&Aについては、少なからず知見を有していた。
「私でよければ、喜んでご協力しますよ。」

「そう言ってもらえると助かるよ。そもそも企業と病院のM&Aでは何が違うんだろうか。」

等松の質問を受けて、間岩は横にあったホワイトボードに、企業のM&Aと病院のM&Aの手法をそれぞれ書き出した(図表1参照)。

 

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「比較していただくと分かりやすいと思うんですが、株式会社と異なり、医療法人の場合、株式のような有価証券がないので、経過措置型医療法人、例えば医療法人トーマスのような社団形態で持分の定めのある医療法人は、『持分譲渡』『合併』『事業譲渡』の3つの手法に限定されます。」

「なるほど、持分譲渡や合併はよく聞くけど、事業譲渡という形もあるんだね。この事業譲渡だけど、例えば、東病棟と配置病床数を売却するなんてことは可能なのかい?」

「いえ、あくまで施設単位の売買が前提ですので、例えばA病院とB病院を持っている医療法人がA病院だけ売却するといったケースが想定されています。」

「なるほど」

「あと注意しないといけないのが、株式会社は出資持分が株式という形で明確にされていますが、医療法人の出資持分は株式のような有価証券の形をとっていないので、第三者に持分を証明するためには、原則として社員が出資者であることから社員就任に関する社員総会の決議の議事録や出資持分台帳などでの管理が重要となります。」

「出資持分という有価証券はないからね。この出資持分だけど、基本は医師などの自然人が対象だと思うけど、株式会社が出資持分を取得することはできないのかい?」

「いえ、株式会社が医療法人の出資持分を取得することは可能です。ただ営利を目的とする株式会社は社員や役員になることは出来ません。」

「そうだとすると何か不具合があるのかい?」

「営利を目的とする法人が社員や役員になれないということは医療法人を運営することは出来ないことを意味していますが、一方で株式会社が医療法人に対して保有する持分を払戻請求もできないということになります。」

「ん、どういうこと?」

「あ、すみません説明不足でした。出資持分の払戻請求は医療法人の定款で規定されていますが、厚生労働省のモデル定款などでは『社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。』といった記載がされています。つまり社員になれない株式会社は、持分譲渡しか出資した資金を回収することができないことを意味しています。・・・石上さん?どうしたんですか、そんな怖い顔をして。」

「間岩君・・・、なんでそんなに詳しいの?もしかして本当は悪徳ブローカー?それともヤオの回し者?私のローンをどうしてくれるのよ!」

「石上さん、何を訳の分からないこと言ってるんですか?この前、別の病院のM&A案件に関与してたので、結構詳しくなったんですよ。ところで、事務長、ヤオの買収提案について少し気になるところがあるのです。」

間岩の「気になるところ」からとんでもない事になっていくのを何度も目撃した石上は、自身の莫大なローン残高の行末に不安を感じながら、間岩の次の言葉を待った。(続く)

 

2.解説:病院のM&A 前編

今回、医療法人トーマスはヤオ・ヘルスケアグループから、買収提案を受けていますが、その背景としては、理事長の事業承継の問題があったといえます。一般的に病院のM&Aにおいては図表2のような背景、狙いが想定されます。病院のM&Aにおいては、間岩秋吉が説明したように、『どういった手法があるのか』を理解することは必要ですが、何より『M&Aに至る背景を十分に理解すること』が重要といえます。M&Aに至る背景をきちんとおさえることでM&Aの最適な手法を選択することができるからです。次回で「病院会計監査人の1年」は最終回となります。最後の間岩秋吉の活躍にご期待ください。

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※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアセクター担当者が執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2012年から2013年まで連載されていた「病院会計監査人の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

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