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病院会計監査人の1年(5話)

今回のテーマ『固定資産の現物管理に係る内部統制』

医療法人トーマス(一般200床)に対して会計監査を行うロイト監査法人の公認会計士 間岩秋吉の視点を通じて、外部の目から見た財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

1.ストーリー:固定資産の現物管理に係る内部統制

「もうすぐ施設・用度課に着くので、詳しくは用度課長に聞いてください。」経理課石上の案内のもと、ロイト監査法人の間岩秋吉は病院の地下に位置する施設・用度課に向かっていた。目的は会計監査の一環として固定資産管理の状況をヒアリングするためである。石上によれば、固定資産の現物管理は施設・用度課が所管しているとのことである。

「伊東さーん、入りますよー。」石上はそう言いながら、施設・用度課に入っていった。施設・用度課は医療消耗品等の倉庫も兼ねているため、広いスペースが確保されていた。「伊東さーん、どこですかー」、「今そっちにいくから、そこで待ってて」。部屋の奥の方から、大きなダミ声とともに、2メートル近くある大男が間岩と石上に近づいてきた。「あら、石上ちゃん、めずらしいわね、こんなところまで来るなんて。わざわざ何の用かしら。」

 「また、人の話を聞いていいないんだから。昨日ちゃんと電話でアポをとったじゃないですか。こちらはロイト監査法人の間岩さんです。間岩さん、こちらは施設・用度課の伊東課長。この道30年のベテランだから何でも聞いてくださいね。」 この道30年のベテランを軽くあしらっている石上に感心しつつ、間岩は伊東に挨拶した。

「はじめまして、ロイト監査法人の間岩です。今日は固定資産の現物管理の状況について、お話を聞きにまいりました。」

「ああ、あんたがロイト監査法人の会計士?固定資産管理なら、去年もあんたのところの別の人に根掘り葉掘り聞かれたけど、また同じことを聞くつもり?」

少し不機嫌になった伊東に臆することなく、間岩は話を続けた。「ええ、こちらの固定資産管理の状況は事前に昨年度の調査結果を拝見しましたが、固定資産の取得における事前稟議の体制、受領書等による検品、固定資産台帳への登録フローや現物への固定資産管理シールの貼付による現物管理など、有効な内部統制が整備されていると思われます。」

「ほれ見なさい。これ以上、何を聞きたいわけ?こっちもそんなに暇じゃないんだけど。」伊東が怒るとめんどくさくなるのを知っている石上は、これ以上事を荒立てたくない一身で、「間岩さん、固定資産管理は大丈夫そうですよね。もういいんじゃないですか。」と話を切り上げようとした。

「伊東課長、いくつか質問があるんですが。よろしいでしょうか。」石上を無視して間岩は話を続けた。「確かに固定資産管理については有効な内部統制が整備されているとはお伝えしましたが、運用状況はどうでしょうか。伊東課長、各現場での固定資産の現物管理の状況は定期的に確認されていますか?」

「う・・・」予期せぬ角度から質問を受けた伊東は一瞬言葉を詰まらせた。「い、忙しくて、そこまではできてないけど、現場への通知は行っているから、ちゃんと現場でルールどおりやっているはずよ。」

「なるほど、よかったです。それではご一緒に少し現場の状況を見に行きませんか。伊東課長に説明してもらいながら現場を見せていただくほうが、私もよく理解できますし。」

「そうね、その方が話しが早いわね。」 見事に間岩のペースに乗せられている伊東を見ながら、石上は胸の高まりを感じていた。

「結構、発見がありましたね。」現場からもどった後の打合せの場で、間岩が石上と伊東に話を切り出した。「ええ・・・」「そうね・・・」石上と伊東はお互いに元気なくつぶやいた。

現物管理の拠り所となる固定資産台帳と固定資産の現物が一致していないケースが多く発見されたのだ。さらに病院保有の資産であることを明確にするための固定資産管理シールが現物に貼られていないものも散見された。サンプルベースの現物調査であったが、固定資産の現物管理に関する内部統制が意図したようには適切に運用できていないことは明白であった。

「伊東課長はどこに課題があったと思いますか?」敢えて間岩からは指摘を行わず、伊東に水を向けた。

「そうね。備品などの固定資産を違う場所や部署に移したりする場合、現場が『固定資産廃棄・異動報告書』を作成し、施設・用度課を経由して経理課へ提出するよう通知していたけど、現場には十分伝わっていなかったようね。勝手に廃棄されているものもあったし。それと固定資産自体に固定資産管理シールが貼られていないものもあったけど、これからは現場任せにせず、ワタシがきっちり貼るようにするわ。」

「おっしゃるとおりだと思います。ただ、固定資産管理シールの現物への貼付モレは、必ずしも現場の怠慢だけではないと思います。それは何だと思います?石上さん」。

得意顔になっている間岩に少しイラっとして石上は答えた。「はぁ?禅問答?経理課は現場からちゃんと報告があがれば、固定資産システムに登録してるわよ。固定資産台帳や固定資産管理シールもこの固定資産システムにちゃんと登録されれば出力される仕組みになってるし。」

「それです!石上さん。」我が意を得たりという感じで間岩は話を続けた。「固定資産システムへの入力方法も問題なんです。石上さん、伊東課長、固定資産台帳に記載されているここを見てもらえますか。」間岩が差し出した一枚の固定資産台帳を石上と伊東は覗き込んだ。

「特に問題ないと思うけど。」石上がそう言いかけたとき、「石上ちゃん、これじゃあ現場は困るわよ。」と伊東が声をあげた。差し出された固定資産台帳の資産の一部が「●●●設備一式」と記載されていた。

「そうです。固定資産の管理単位が粗すぎて、これをベースにした固定資産管理シールを貼ろうにもどこに貼っていいかがわからないんです。」

「あっ!」石上も固定資産台帳に記載されている単位の問題に気がついた。

「管理単位があまり細かすぎてもよくないですが、少なくとも現物管理できるレベルで固定資産システムに登録することが重要です。区分については送られてくる見積書や納品書等を参考にすればいいと思います。」

「うう、わかった。今後注意するわ。」

「それと伊東課長、申し訳ないですが、今年度中に固定資産台帳を使って固定資産の現物調査を法人全体で実施してもらえますか?」

「わかったわ。事務長と相談して実施する方向で調整してみるわ。」伊東も観念した様子で間岩の提案に同意した。

具体的な改善に向けて進んでいることに対する喜びをかみ締めながら、間岩秋吉は心の底から「ありがとうございます。」と答えた。

「あの子、まっすぐで、めんどくさいけど、嫌いじゃないわね。」病院敷地外の喫煙所で、伊東は一服している石上に話しかけた。「事務長といい、あの子といい、石上ちゃんの周りにはめんどくさいのばかりで、大変でしょう?」石上はふーっと煙を吐いたあと、「そうでもないですよ」と少しうれしそうに返事を返した。

2.解説:現物管理における内部統制

内部統制が有効に機能するためには、適切に整備されているだけではなく、整備されている内部統制が実際に機能している状況、いわゆる運用状況も重要となります。

【内部統制の整備状況】
リスクを軽減するようなコントロールがルール化されているか、ルールを運用していくための帳票等が定まり、実際に業務として運用できる体制となっているか
【内部統制の運用状況】
定められたルール・帳票に従い、一定期間、運用されているか
 

今回、間岩秋吉が現物管理に係る内部統制上の問題点として運用状況の不備を指摘しています。医療機関においては会計上の固定資産台帳と現物が一致していないケースが散見されますが、そもそも固定資産台帳と現物との突合せを行う「現物たな卸し(調査)」を定期的に実施している医療機関自体があまり多くないように思われます。不一致の原因としては、間岩や伊東が指摘したとおり、下記3つの要因に分類することができます

① 現場での移動や廃棄の事実が固定資産台帳を管理している経理課への連絡に洩れがある。
② 定期的な固定資産の現物たな卸し(調査)が行われていない。
③ そもそも固定資産管理台帳の単位が現物の管理単位と整合していない。
 

①については「固定資産廃棄・異動申請書」などの報告様式を整備するともに、現場に当該申請書の運用を徹底させることが重要です。特に廃棄に関しては、個人情報を含んだ現物の廃棄の可能性もあるため、できるだけ事前申請を行い、廃棄業者の選定から慎重を期すとともに、廃棄事実がわかるよう、廃棄業者への引渡しの写真を申請書に添付することも重要です。

③については、間岩が指摘したとおり、できる限り納入業者に金額の内訳のわかる見積書や納品書の提出を求めたうえで、「〇〇一式」ではなく、「モニターディスプレイ」など管理可能な単位で固定資産システムへの登録を行うことが肝要と言えます。

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアセクター担当者が執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2012年から2013年まで連載されていた「病院会計監査人の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

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