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BCPとは何か?医療機関の自然災害への備えのあり方

BCPとは何か?医療機関における自然災害への備えとそのポイント

これまで日本は多くの自然災害に見舞われてきました。災害発生時においては、病棟や施設、各種医療機器の損壊、電力・ガス・水道等のインフラ関連の途絶、さらには職員の出勤が困難になることも想定されます。医療機関では、このような自然災害により危機的状況に陥った場合であっても、医療提供体制を継続するために「事業継続計画(BCP)」を策定したうえで、運用の実効性を確保することが重要です。

近年の自然災害の増加と業務継続計画(BCP)の重要性

これまで日本は多くの自然災害に見舞われてきました。この10年を振り返っても2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震と甚大な被害をもたらした地震が発生しています。また、台風や大雨による風水害に見舞われる頻度も増加しており、これらの被害による影響も増大しています。

医療機関にもたらされる被害としては、病棟や施設、各種医療機器の損壊、電力・ガス・水道等のインフラ関連の途絶、さらには職員の出勤が困難になるなど医療提供体制の縮小や中断に陥るケースが多く生じました。

そう遠くない将来には南海トラフ巨大地震や首都直下型地震の発生が懸念されており、その発生時期や規模については正確な予測が困難な状況にあります。ひとたび発生した場合に考えられる被害についても甚大なものとなることが想定されています。

一方で、医療機関には、様々な自然災害など不測の事態に陥った場合においても一定程度患者に対する医療提供を継続することが求められますが、発災時においては様々な医療資源が不足することが想定され、医療サービスの提供を継続することが難しくなります。

そのような状況に陥らないためにも、災害時において医療提供体制を継続するための事業継続計画(Business Continuity Plan。以下、「BCP」という)を策定したうえで、運用の実効性を確保することが重要です。厚生労働省からも、2017年度に災害拠点病院の指定要件としてBCP策定が追加され、2019年度までの対応が求められました。

本稿では、万一の災害発生時においても、医療提供体制を確保し、被害を最小限に抑えつつ、速やかに診療機能を復旧させるためのBCP策定について、想定する災害を自然災害とし、事例紹介を交えながら解説します。

BCPとは何か

内閣府の「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」(内閣府・防災担当:平成25年8月改定)において、BCPは次のように定義されています。

「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のことを事業継続計画(Business Continuity Plan、BCP)と呼ぶ。」

BCPとは何かを理解するためには以下の3つの観点を押さえることが重要です。

①BCPを発動させる事象は自然災害に限定しない

医療機関において、地震や風水害に見舞われ被害を受けると医療提供能力が低下することが想定されるため、BCPを発動させることで、医療資源を最適に配分し事業を継続・早期復旧させることが求められます。

ただし、医療機関の事業を中断させる事象として考えられるものは地震や風水害に限られるものではなく、事業中断の要因となるあらゆる事象(例えば、季節性インフルエンザやCOVID-19等の感染症の蔓延、大規模事故、テロ・内戦・戦争など)が発生した場合でも対応できるものを目指します。

②医療サービスを中断させないことが重要

BCPの定義にも明記されていますが、災害発生時において中断してしまった医療提供体制を復旧し継続させることがBCPの役割として重要ですが、その前にまずは医療提供体制を途絶させないことが重要な観点となります。従って、医療機関における弱点を整理したうえで機能維持のための観点を含めた検討が求められます。

③可能な限り短期間で復旧させるための方針・体制整備のための手順書

BCPが目指すところは、災害発生時において途絶・中断した医療サービスを短い時間で復旧させることです。医療機関においては自らも被災しているにもかかわらず、医療資源が不足することに加え、対応すべき患者が平常時に比べ増加することが想定されます(図表1)。こうした、状況に対応するためにも、速やかに医療サービスの提供を開始・継続できるように体制を整備しておくこと、また、その流れを整理した文書として保管しておくことが重要です。

(図表1:医療機関と一般企業における災害時の業務量比較)

 

BCPの策定手順

医療機関においてBCP策定を進めようとした場合、どこから着手すべきか迷われることを踏まえ、BCP策定に関する全体像を①~⑤として整理します。

①BCP策定に関する推進体制の設置

どのような医療機関であっても、BCP策定を進める場合にはその目的に沿った推進体制(例えばBCP対策委員会など)を整備することが重要となります。その際、既存の防災対策関連組織や危機管理関連部署などのメンバーの参画を検討するとともに、理事長や院長をトップとし、リーダーシップを発揮する体制を構築することが求められます。

これにより、BCP策定を推進する中で生じる重要な課題 (図表2) に対して、速やかに判断を実施することが可能となります。例えば、病棟施設の耐震化工事や自家用発電設備の導入など一定の費用を投資し実現を目指す事項がありますが、当該投資の優先順位などの判断については理事長や院長などトップによる対応が求められます。

(図表2:BCP策定上、生じることが想定される重要な判断の例)

 

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②想定災害の理解

BCPの目的は、医療機関が自然災害により非常事態に陥った場合でも、医療サービスを継続的に提供することです。

そのような非常事態に見舞われた場合、医療機関を取り巻く社会全体としてどのような被害を受けるかを理解しておくことが重要です。医療機関は非常事態により過酷な事象が生じうることを踏まえたうえで、医療サービスを継続して提供するために必要な対策を検討することが求められます。

想定災害を理解するにあたり、以下の観点を含めて検討することで自院及び周辺地域において想定される被害の概要を把握することが可能です。

  • 都道府県地域防災計画
  • 国土交通省被害想定
  • 東日本大震災・阪神淡路大震災被害状況報告
  • 南海トラフ(全割、半割)被害想定
  • 災害医療学会発表事例
  • 各学会における災害時ガイドライン など

③現状調査により、自院において想定される被害の把握

非常事態に陥った場合を念頭に医療機関として検討すべき観点としては、自院の職員、建物・設備、電気・ガス・水道などのインフラにどのような被害がどの程度生じるかを想定することが重要です。

そのうえで、「想定される被害が自院において医療サービスの提供にどのような支障をきたすのかを整理すること」、すなわち、「自院の弱点を把握し対策の検討を進めること」が重要です。

④業務継続すべき内容の検討

一般事業会社におけるBCPでは「不測の事態が発生しても『重要な業務』を中断させない、または中断させても可能な限り短い時間で復旧させる」ことを目指しています。

医療機関における「重要な業務(図表3)」は「入院」、「外来」機能が該当し、それぞれが密接に関連しながら業務を継続する前提で、職員・患者の命を守ることを達成するために必要な業務の優先順位を付けつつ検討することが求められます。

(図表3 医療機関における災害発生時における重要な業務のイメージ(例))

 

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⑤不足する医療資源の確保等の確認

自然災害が発生した場合であっても、医療機関の職員、建物・設備、電気・ガス・水道などのインフラなど、すべての経営資源に被害がなければ、医療サービスの継続的提供は可能となります。

しかし、いずれかの経営資源に被害が生じ不足が生じた場合、医療サービスの継続が難しくなるため、事業を継続するために必要な経営資源が不足した場合にどのように確保等をするかを検討しておくことが重要です。

BCPの実効性を担保するための継続的改善

BCPは、災害が発生した場合に職員・患者の安全確保や不足する経営資源などをどのように補いながら医療サービスを継続していくかを明記した文書です。実際には、紙・電子媒体により策定され、院内のイントラネット等に掲載されることで職員への周知を進めます。

ただし、こうしたBCPが整備されることと、運用により実効性が担保されることは別のことであり、実効性を高めていくためには、医療機関の医師、看護師、コメディカルなど全職員への周知の徹底及び理解が不可欠となります。そのため、BCPの定着を図るために、定期的な教育及び訓練の実施が求められます。

①教育

医療機関において、BCPを定着させるためには、全職員がBCPの目的を理解したうえで内容を十分理解していることが重要です。そのため、定期的な研修会や勉強会を開催し、教育を実施することが求められます。医療機関によっては、新人職員研修などのメニューに含め、通常業務の一環として人材教育を進めている場合もあります。

②訓練(机上訓練、実動訓練)

自然災害が生じ、緊急事態となる場合において、医療機関は被災している状況の中、医療サービスの提供を継続することが求められます。しかし、発災時には時間が切迫し、また、経営資源が制限される中で、院内の患者や外部からの新たな患者の受入れ等に対応しなければなりません。

そのため、策定されたBCPが有効に機能するのか、実際の運用を想定した訓練を実施することで実効性を担保することが求められます。

1.机上訓練

机上訓練とは、訓練参加者が一堂に会し、BCPで検証したいテーマに沿って作成された想定災害シナリオを通じて、どのように対処するかを机の上でシミュレーションする訓練のことを言います。

例えば、災害対策本部に所属するメンバーは、発災時において時間が切迫するなか、限られた経営資源を的確に配分し指示を出すという重要な役割を担っています。そのため、発災後、速やかに災害対策本部を立ち上げ、初動対応に移るための指示を行うことが求められます。

ここでは、災害対策本部の立ち上げに関する訓練を題材に、発災後、災害対策本部の立ち上げから24時間経過以後の対応方針決定までを訓練項目とした事例を紹介します。

(ア)訓練の最終目標

発災後、速やかに災害対策本部を設置し、必要な対応事項を検討するとともに、24時間経過以後の対応方針までを決定することを通じて、実際の災害発生時に業務を継続するために今後検討が必要な課題を把握する。

(イ)主な検討ポイント

  • 災害対策本部の設置場所の宣言及び確定
  • 収集する情報
  • 職員に対する指示内容および指示命令系統
  • 患者対応(診療継続の可否や継続する診療内容など)
  • 外部委託業者等に関する事項
  • 外部(行政機関や卸事業者等)への連絡に関する事項

(ウ)災害対策本部として検討する項目(例)(図表4)

 

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(エ)災害による被害想定

  • 電力:停電
  • 都市ガス:停止
  • エレベーター:停止
  • 医療ガス:発災2時間後に故障

(オ)訓練時間:2時間

(カ)訓練実施により把握された課題の事例(図表5)

(図表5:机上訓練により把握された課題とBCP改定等にあたり留意すべき点)

 

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2.実動訓練

実動訓練とは、策定されたBCPに基づき、模擬患者や仮想病棟等を設定し、実践的な状況のもとで実施する訓練のことを言います。複数職種の職員やチームによる連携、協力、対応能力を実地に訓練することができます。

また、訓練終了後に参加者へアンケート調査を実施することで、訓練全体としての取組課題や、個別の訓練事項に対する課題が把握でき、今後の実動訓練内容の見直しやBCPの改定に資する情報を収集することが可能となります。

まとめ

各医療機関においては、地震などの自然災害をはじめとした緊急事態が生じた際に備えてBCP策定に係る取組みを進めることが肝要ですが、検討を要する課題も多岐にわたります。また、本稿では触れませんでしたが、近年のサイバー攻撃による医療機関の医療情報システムの非常事態に備えるために、いわゆるICTBCPについても検討が求められるため、現場職員だけで対応するには限界が生じる可能性があります。

デロイト トーマツ グループでは、自然災害に限らずBCP策定全般に関する知見に加えて、公立・公的病院を中心にBCP策定を支援してきた豊富な知見を有しており、災害拠点病院だけでなく、地域を支える災害連携医療機関においても実効性あるBCP策定の実現に貢献しています。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/07

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