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医療機関内データの活用
医療ビッグデータの活用が多方面で進んでいます。そうした中、これからの医療機関経営においてデータ分析は重要な成功要因の一つとなりつつあります。このコンテンツでは、医療機関におけるデータ活用の方法や課題点、今後の展望等についての動向をお示しします。
医療政策・ヘルスケア経営のデータドリブン時代
■医療のデータドリブン化が進んでいる
民間医療機関の多い我が国では、上部からの強力な医療政策の推進ではなく、データに基づく各医療機関の合意と理解のもとに地域医療システムを構築することが目指されています。特に新型コロナウイルスの影響は、疫学の認知度向上ともあいまって、医療のデータドリブン(データに基づいた意思決定や課題解決)を加速させると考えられます。
既に平成26年の「社会保障制度改革国民会議報告書」では、「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立」が提言されていました。この報告を踏まえ、地域医療構想や病床機能報告など地域医療を定量的に把握する政策が進められてきたことは知られているとおりです。
その結果、これまで医療関係者が感覚的にしか知り得なかった地域医療の状況が可視化されるようになってきました。
■データ活用が行われているのは、医療政策だけではない
診療報酬改定を含む医療政策においては、データ分析の強化が計画として盛り込まれるようになっており、データ=エビデンスベースでの政策実現が進められています。こうした潮流は政策分野にとどまりません。
例えば、各保険者においても、医療機関の診療報酬請求情報を分析して保険事業に活用したり、病名と治療内容の関連性を研究することが行われています。
また、医療機関からの診療報酬請求に対し、査定・返戻等の審査を行う支払基金等でもレセプトのデータ分析が法的に義務化されることとなりました。
診療報酬レセプトデータやDPC退院患者調査のデータ、特定健診の結果等の医療ビッグデータは、行政のみならず複数の民間企業において収集され、データベースが構築されています。データベースによっては累積母集団数が1,000万人を超えるものや、診療内容と特定健診の結果が紐づけされているものがあり、製薬メーカー等へ有償で提供されています。
こうしたビッグデータの活用が政策側・保険者・サプライヤー等といったプレイヤーによって進められていることを踏まえると、実は当の医療を行っている個々の医療機関よりも、そのデータを収集して分析する機関の方が治療内容とその結果をマクロで熟知しているということも起こりつつあると考えられます。
■医療機関のデータ利活用はどこまで進んでいるか
医療機関側でも、データの活用は進んでいます。最も利用されているのはDPCデータでしょう。多くの急性期病院ではDPCデータ分析ソフトを導入しており、ベンチマーク分析等が行われています。また、国立大学病院や民間病院グループでは、グループ内の医療機関情報を共有し、同じようにベンチマーク分析などが行われるようになりました。
ただし、多くの医療機関ではこうした分析はまだ着手段階にあり、経営方針や医療専門職の治療内容を左右するまでの分析には至っていません。分析を行う部門も医事課・診療情報管理部門・医療情報システム室・経営企画部門とさまざまであり、分析に特化した部門が設けられている医療機関は少ないのが現状です。
医療のデータドリブン化が今後一層進んでいく中で、自院の機能や実績、他施設と比較しての優劣等を把握せずに医療提供を続けていくのは、地図を持たずに航海するようなものです。今後はこうした分析能力が医療機関にも求められることが想定されます。
医療機関でのデータ活用の現状と課題、データ分析・活用にあたっての留意点
■データ分析を始める前に
準備や計画もなくいきなりデータ分析を始めることはできません。まずは分析する目的を明確にすることが必要です。
分析はあくまで手段・ツールであり、目的そのものではありません。分析は、現状把握や理想とのギャップ、どのような改善が必要かなどのいわば診断作業にあたります。そのため、分析後にとる改善アクションについても明確にしておく必要があります。
たとえば、経営改善を目的とした分析を行うにあたっても、現状のリソースや戦略の下で収支の改善を図るのか、それとも戦略自体を見直すことも含めて収支の改善を図るのかで大きく異なります。前者の場合は収益の向上や費用の削減についてより細かな分野で改善余地の存在を分析していく一方、後者の場合は収支構造を分析した上で医療機関が戦略を見直すことが可能かどうかをハード面・ソフト面ともに検討していくことが求められます。その医療機関が現実的にとり得るアクションを予め規定した上で分析を行うことにより、分析結果の実効性がより高まります。
こうした観点を分析担当者が自身で考えつくことは難しく、少なくともトップマネジメントかそれに近い人物が担当者に対し、分析目的や範囲、可能なアクション等について示すことが必要です。無目的の分析は非効率となるばかりか、医療機関の運営に悪影響を及ぼす可能性もあります。
■セキュリティの問題の解決
分析を開始する前には、情報管理体制と実際の状況を確認しておくことが求められます。データ利用に関するガバナンスを再確認し、場合によってはデータ利用を契機として情報ガバナンスを強化することも有用です。
分析を行う場合、分析システムや端末が電子カルテ・医事コンなどのシステムとつながっていないことも多く、一度はシステムからデータを出力し、ファイル保存する必要性が生じます。そうしたファイルは出力時に暗号化されていないものがほとんどであり、容易にコピーや閲覧、院外持ち出しが可能な状態となっています。
データには個人情報が含まれているものも多く、システム上での制限だけでなく運用面での制限やセキュリティ対策を行うなどの情報ガバナンス強化も必要です。
■どのようなデータが医療機関にはあるか
目的が明確になった段階で利用できるデータの収集や整理を行っていきます。
病院内のデータを利用して分析を始める場合、まずは院内のデータ内容を整理・把握する必要があります。
データには診療報酬請求電算レセプトファイルや、DPCデータのほか、医事コンから出力される日次・月次資料などがあります。これらの情報から、個別患者の診療行為を詳細に把握することができます。
次に電子カルテ、あるいはそのDWHから抽出される診療データがあります。患者の検査結果情報や、受付・診療時間情報などを確認することができます。
そのほかにも地域連携部門システムや手術部門システムなどから得られるデータも有用な情報となります。
なお、こうしたデータは母集団が異なる点に注意が必要です。たとえば、電算レセプトファイルには自費診療データや自賠責・労災診療分のデータが含まれていません。また、DPCデータにおいてもそのデータのほとんどは保険診療が対象となっています。一方、医事コンから抽出される日次・月次資料にはほとんどの患者の請求情報が含まれていますが、研究目的や治験等の委託事業で行われた治療行為等は含まれていません。
■データのリレーション構築
次に、こうした情報を組み合わせていくことが求められます。DPCデータだけでも、様式1、Dファイル、入院EFファイル、外来EFファイルといった複数の患者ファイルが存在します。こうした個別のファイルやテーブルをデータ識別番号で紐づけし、リレーションを構築していきます。
集患活動を見直す必要がある場合、地域連携部門システムの情報とDPCデータ情報、医事コンの患者住所情報等を組み合わせ、どのような地域・医療機関から患者が紹介されているのか、また入院につながる紹介が多いのかなどを分析します。経時的に分析を行い、医療機関ごとの紹介件数の推移を見ていくといったことも行います。
課題となるのが、電子カルテや電算レセプトファイルのデータと、DPCデータの患者識別IDが異なる点であり、これらをつなげる工夫が必要です。
また、地域連携室に部門システムがなく、表計算ソフト等で管理している場合、情報の重複や誤入力、表記ゆれなどを修正するデータクリーニング作業も求められます。
さらに、各データの組み合わせについては、表計算ソフトでは限界があり、RDBMS(リレーショナルデータベースマネジメントシステム)や専門の統計ソフト等を利用することが重要となってきます。
■公表データとの照合
院内のデータだけでは経時的な分析しかできないため、あわせてベンチマークとなる公表データ(病床機能報告、DPC退院患者調査の結果報告、厚生局の指定状況一覧等)や、人口等の地域の基礎情報を収集することも重要です。
公表データによっては粒度や性質が異なることがあるため、比較にあたっては自院の機能特性やデータ定義等も勘案して利用する必要があります。
■急性期病院では、DPC分析ソフトの活用を
多くのDPC対象病院では、DPC分析ソフトが導入されていますので、まずはDPC分析ソフトを活用することが始めるのが望ましいでしょう。
ただし、DPC分析ソフト自体には分析の着眼点は含まれていません。あくまで汎用的な分析ができるだけであり、どのような分析の切り口であれば自院の問題点が抽出されるかは、利用者が考える必要があります。
また、DPC分析ソフトにも限界があり、例えばDPCデータ分析ソフトと、電子カルテ上のデータを組み合わせて分析する場合、そのデータプラットフォームをベンダーに提供してもらう必要が生じます。
医療機関におけるデータサイエンティストの育成
■データサイエンティストの育成には
医療機関がデータを満足に扱えるようになるためには、自施設でのデータサイエンティストの育成が必要となります。
しかし、データサイエンティストが医療機関のデータの取扱いや解釈を適切に行うためには、医療制度・医療経営や診療報酬に関する知識のほか、臨床に係る知識といった多様な知識が求められます。ある意味では病院長と同じ程度の知識が必要とされることも少なくありません。
そのほかにも下記のような能力を培うことが求められます。こうした人材の養成は一朝一夕ではできず、医療機関や法人が長期的な計画のもとバックアップしていくことが大切です。
■医療機関データサイエンティストに求められる能力
・マネジメント能力
医療・病院業務に通暁し、経営課題や組織課題を十分理解した上で分析プロジェクトをマネジメントできる能力
・PC操作能力
ビッグデータを利用できる統計ソフトやRDBMS(リレーショナルデータベースマネジメントシステム)を操作したり、操作可能な環境整備を行うことができる能力
・データをビジュアライゼーション化できる能力
分析した結果について、医療機関経営者がその結果を明確に理解し、適切な行動判断を行うことができるよう、視認性・説得力の高い資料化を行うことができる能力
・統計知識・解析能力
統計学的な知識を踏まえた上で、データの適切な取扱いや分析の実行と検証、結果の解釈を行うことができる能力
・コミュニケーション能力
職種を超えて各部門とコミュニケーションをとり、情報収集ができるとともに、自身の発言内容に信頼を得てもらうことができる能力
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/3
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