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病院統合再編における組織マネジメント変革の必要性

統合再編の課題は人件費抑制だけではありません

人件費の抑制は多くの医療機関で経営課題とされているところですが、統合再編の局面においても避けて通れない命題です。しかし、投入した人的資源に見合う成果を生み出せるかは組織風土、職員の働き方次第であり、職員の士気を高め、職員を経営課題の解決に巻き込むことは経営者のなすべき課題です。そこで、本稿では、人件費ではなく、人材マネジメントをテーマに人事の統合再編を考察していきます。

なぜ人件費抑制の検討だけでは不十分なのか

  • 統合再編の背景から想定される人事課題

厚生労働省が、424の公立・公的医療機関(診療実績の特に少ない又は類似かつ近接の要件に該当する医療機関)に統合再編などの再検証を要請したことはご承知の通りです。その他、公立・公的に限らず、統合再編に向けた課題を抱えている医療機関は少なからずあろうかと思います。統合再編にあたって大きな課題となるのは、診療機能や財務、システムなどが挙げられますが、人事領域も非常に重要です。ただ、多くの場合、人事領域の検討は給与項目や給与水準の統合(及び差額があった場合の補填方法)に時間を費やされることが多いのではないでしょうか。

その理由として、統合再編の背景や期待する効果に、高騰し続ける人件費の抑制や経営資源の効率化が含まれるからと考えられます。しかし、人件費の抑制だけでなく、診療機能の拡大・強化や収益の向上に向けて、職員の士気を高め、課題解決に巻き込んでいく仕組み、つまり統合再編による人材マネジメントの在り方も見直していく必要があります。もしも、現在或いは今後、統合再編の検討を進める予定の医療機関は、検討スケジュールにおいて人事タスクの検討が十分かどうか(給与の検討ばかりになっていないか)を確認することが望ましいと考えます。

 

変えたくても変えられない組織の役割や人材配置

  • 人材の異動配置を行う以上、組織間で役割の整合をとらなければならない

人材マネジメントとは、職員を経営理念の実現や経営戦略の推進のために活用する人事戦略のことを言い、職員のパフォーマンスの最大化や組織の戦略に応じた配置転換・登用を行うことなどが挙げられます。統合再編に当たり人材の活用や適材適所の配置を考える場合、所定労働時間の統合など労働条件の統合も重要ですが、特に重要な論点は、組織間で異なる役割をどのように整合させるかにあると考えます。

組織の役割を明確にできれば、組織内で誰が誰を指導・育成するか、誰がどこまでの範囲を意思決定するかなどを明確にでき、組織間での異動もさせやすくなります。例えば、組織間で課長レベルに課長・課長代理・課長補佐などの違いがあったとしても「課の長は課長」と基準を統一すれば、その役割は明確になり、権限や責任が不明なポストも整理しやすくなるでしょう。

 

  • 新たな役割に職員を配置する上での問題

しかし、実際に職員を配置しようとするとなかなかうまく行きません。いくら新たな組織の役割基準で各人を再評価・再配置すると経営側が宣言しても、人事担当者や職員の中で「現制度からの変更」という意識が抜けなければ、役割の数をシンプルにするほど、現行との比較で降格のような印象を与えかねません。さらに統合する病院間で力関係が強い方の役職名や役職階層に片寄せするケースをしばしば見かけますが、この場合、進め方によっては統合される側の役職者から不満や不信感が起きやすく、本来、統合再編で目指していたはずの組織の一体化や職員間の協働とはかけ離れた状況に陥る可能性があります。結局のところ、既存の組織風土の考え方や慣習といった組織に根付くマネジメントの在り方を根本的に見直さなければ、役割そのものを刷新して浸透させるのは難しいといえます。

 

組織マネジメントを変え、役割や配置を変える

  • 統合再編における組織変革のイメージ

一般的に組織における役割は、戦略や規模などから考えられるケースがあります。しかし、既存の組織風土の考え方や慣習を根本的に変革するためには、職種別や事業所別といった組織形態や部門人数から役割を考えるだけでなく、「組織のマネジメント」の在り方から変革し、変革した組織のマネジメントの在り方に付随して役割を捉え直すべきと考えます。

統合再編時には実質的に統合主体となる医療機関(統合する側)と非主体となる医療機関(統合される側)があろうかと思いますが、組織のマネジメントの変革は、統合される側には統合主体となる医療機関の組織へ適応するために必要であり、統合再編を機に新たな組織へと変える場合は統合主体となる側も旧来の体質を変えていくために必要となるでしょう。

【例1 】実力主義や目標達成型組織への変革

(例えば、自治体病院が民間病院と統合し、旧来の経営・組織体制の刷新を目指す場合)

自治体組織などは、筆者の経験上、どちらかと言えば前例や組織のルールや手順を重んじ、確実性や安定性を重視する風土が強いと思われます。しかし、民間医療機関との統合による異文化組織への適合や経営体制の変更などを契機に、より実力主義や目標達成が重視されるマネジメントへの変革が求められる可能性があります。

この場合、統合再編時に目標管理制度導入や評価制度の改革を行うことが多く見られますが、組織自体も達成型の体制へ見直すことが重要です。いくら優れた戦略や組織を立案しても、それを動かす人がいなければ経営者の掛け声だけに終わりかねません。その施策の一つとして、管理職ではなく係長や主任などの中間層の役割や権限を強化した組織体制に変更し、戦略実行段階で起きる環境変化に直面する機会を増やすこと、所与の目標や前提自体を上からの指示ではなく現場判断で修正していくこと、地に足のついた戦略を経営側に提案することなどを通じて、実行力ある組織へと変えていくことが考えられます。

 

【例2】経営者(理事長・院長)のリーダーシップが強い組織からの変革

(例えば、理事長・院長の代替わりに伴い、既存組織の再編や他病院との統合を目指す場合)

 部長や課長にあまり権限委譲をせず、理事長や院長自ら経営や人事の各課題について意思決定し、スピーディに物事を決定していくスタイルの医療機関があります。しかし、代替わりに伴って後任者が新たなビジョンを示し組織再編を行おうとしても、前任者のような経営者の強烈なリーダーシップで物事を意思決定できなくなるのであれば、新たな戦略や事業計画に対する職員からの積極的な協力や賛同は期待できないかもしれません。

 この場合、職員の主体性を重視し、職員に権限を分配委譲できるよう役割を流動的に変更できる組織体が望まれます。例えば、組織のヒエラルキー構造を見直し、上司による指示・コントロールではなく、意思決定権を下位レベルに委譲していく組織です。この場合、上司はあくまでコーチとして背後からサポートする役割に徹するか、もしくはもっとダイナミックに上司が担うマネジメントの役割を分解・最小化し、現場の職員が各自で分担して自己管理していく体制も有り得ます。

いずれにしても、統合再編後の組織で求められるマネジメントそのものを考え直し、人の役割や配置を考えていくことが、職員のパフォーマンス向上や組織の一体化に大きく影響するといえます。

終わりに

  • 人件費抑制を検討した末に行き着くこと

人件費抑制は多くの医療機関が抱える課題です。しかし、人件費の検討を進めていくと、ここまで述べたような組織や人のマネジメントの問題に行き着きます。

例えば、統合再編後の組織が大幅に縮小されるならば、人員数に余剰が発生するため、退職金優遇施策などを絡めた早期希望退職の実施等で人員数のコントロールを図ることが必要となります。しかし、いかに経営機能縮小の経済的合理性があったとしても、優秀な人材が大量に離職するリスクがあるほか、新病院に移る職員のモラールダウンのリスクが発生する可能性は否定できません。 また、事業所として既存の病院組織をある程度残した形で統合再編する場合やそもそも人材不足という課題を抱えていた場合、人員数削減よりも給与のコントロールが課題になりますが、大幅な賃金の減額は労働者の不利益になるため、将来的な抑制は可能でも短期的な減額は困難です。そのため、多くの場合は既存の人材の離職を想定するのではなく、人材をどう活用して適材適所に配置していくかを前提に検討を進めることになります。

統合再編における人事に関する課題は、人件費抑制という現実的な課題に向き合いつつ、人材マネジメントにも対峙していくことです。皆様がこのような課題に直面した際、本稿が検討の一助になれば幸いです。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/01

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