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勝ち組・負け組を分ける医師働き方改革の3つポイント

長野県立こども病院が進めた医師の働き方改革の具体的方法を解説する。

2024年に労働基準法が改正され、医師の労働時間上限規制が適用されます。長野県立こども病院はいち早く2020年に医師労働時間短縮のプロジェクトを開始しました。法改正の4年も前に医師の働き方の見直しを始めた意図は何だったのか。同病院のプロジェクト推進をサポートしたデロイトトーマツヘルスケアのメンバーが中村病院長にお話を伺いました。

勝ち組・負け組を分ける医師働き方改革の3つポイント

図1

DTT:長野県立こども病院様から医師の働き方改革で最初にご相談をいただいたのが2020年の冬頃でした。我々の知る限り、他病院と比較してもかなり動き出しが早いと感じますが、なぜこのように早期に着手しようと考えられたのでしょうか。

中村:医師の労働環境をよくする必要があるという思いは、病院長に就任するずっと前から抱いていたことでした。私の専門は新生児科なのですが、非常に厳しい労働環境で、情熱や義務感を頼りに自分に鞭を打って何とか頑張り抜くというスタイルが美徳と考えられていました。しかし、その結果、バーンアウトもするような人も多かった。若い人からすると、こんな職場環境は魅力的ではないですよね。働きたいとは思えない。すると、人が増えない診療科はますます過酷な労働環境になっていく。世の中には、しぶしぶ医師の働き方改革に取り組む病院もあるかもしれませんが、私にとっては今回の労働基準法改正は、こういう悪循環を断つ「チャンス」でした。

DTT:中村病院長の原体験があって、そこに労働基準法改正が、背中を押してくれたような形になったのですね。これから働き方改革を進める病院も多いと思いますが、取組の考え方やポイントなどをお教えいただけないでしょうか。

中村:3つポイントがあると思っています。
まず1つ目ですが、私は病院長になってから「医師増員なくして医師の働き方改革なし」ということを言い続けてきました。過酷な働き方を美徳とする旧来の考え方のままでは、今後、医師を増員したくても若い医師に選ばれなくなる。医師数が増えないまま労働時間の上限規制が適用されてしまえば、当然経営的にも苦しくなるでしょう。ですので、(医師増員を見据えて)医師の働き方改革を早く実行できるかが今後、病院は勝ち組と負け組の分かれ目になると思っているんです。先の診療報酬改定でも医師の働き方改革がポイントとして打ち出されましたが、働き方改革に取り組んだ病院に報酬が設定されるという流れは、今後ますます顕著になっていくのではないかと考えています。

それから、いざ始めるとなると、労働法のプロに頼まなければ改革はできないとも思っていました。ところが、残念ながら病院の事務職にはそういうプロはいないんですね。プロではない人間がいくら音頭をとって働きかけても医師は絶対に納得しません。そこで、2020年に事務部長と総務課長に相談したところ、トーマツさんに行きついたということです。「労働法のプロなくして医師の働き方改革なし」というのが2つ目の考えです。

3つ目の考えが「医師の考え方改革なくして医師の働き方改革なし」です。働き方改革は単なる労働時間短縮の話ではないというのは今回取り組んで気づいたことでした。医者はきちんと説明すれば理解は早いので、プロフェッショナルが外部から話をしてもらうと説得力があります。しかし、一方的に物事を伝えると必ず「できません」という人が現れるものです。今回の取組で良かった点は、トーマツさんから現場の医師に押し付けるのではなく、「こういうやり方もありますがどうでしょうか」と医師自身で考えてもらうように誘導してくださったことだと思っています。私も、医師達と会話するときには、すぐに答えを言わずに、「じゃあどうすればよい?」と聞くようにしています。もちろん、法的にダメなものはダメと言わなければなりませんが、こういう問いを行うことで、各科で働き方改革を自分事にしてもらえることができたのではないかと思っています。

 

各診療科のキーパーソンを把握しておくことが重要

DTT:長野県立こども病院様とのプロジェクトでは、各科にタイムスタディ調査を行い、新生児科・小児集中治療科など当直体制をしていた科では変形労働時間制を導入して夜勤制を取り入れ、個別の主治医制に拘っていた科で複数主治医制への変更を行いました。今回の活動の中で、上手く進められたポイントがあったとすれば、どのようなことになるでしょうか。

中村:先ほどお話した考え方改革につながる話になりますが、改革を主体的に進めてくれそうな各科のキーパーソンを役職や肩書に囚われず予めイメージしておいたのが良かったです。キーパーソンを見つけていたことで、診療科ごとにそれぞれ適した進め方や施策を考えることができ、活動を前に進めることができたと思っています。

また、私自身が陣頭指揮を執ったことも上手くいった一つの要因とは思います。事務部から依頼するような形にすると、事務部では現場のキーパーソンが誰か分からないので、各科部長に一斉周知するなど画一的なやり方になってしまいがちです。しかし、診療科によって、自分で全てコントロールしたい部長もいれば、医長が主導的に動いている科もある。その環境に対して画一的なアプローチをとっていては上手くいかないんですね。

幸い当院は医師数が100人程度で、病院長が各医師のパーソナリティや特徴を大体把握できる規模です。キーパーソンを見つけるには日頃から医師たちと会話を重ねておかなければなりません。病院長が果たすべき役割と思って続けていた日々の対話が、今回役立ったと思っています。

 

医師の意識が変わり、結果的に増員につながった

DTT:これまでの取組で具体的な成果はありますか。

中村:労働時間数に関していえば、変形労働時間制の導入などによって時間外労働が削減されています。ただ、労働時間数以外の面でも成果を感じる場面がいくつかあります。

例えば、今回の活動の結果がどれだけ影響しているかわかりませんが、ある診療科では来年度の医師研修応募数が例年に比べ増えました。この増加は従来ではなかったことです。私自身から何か特別に情報発信したわけではないのですが、今回この働き方改革に関わってもらった医師たちが、おそらく情報発信しているのではないかと思います。研修先を考えるときに、通常、研修医は「この病院の当直や休日の体制はどうなっているんだろう」と確認すると思うんですよね。この診療科では、トーマツさんの助言をもらいながら、教育機会の確保や患者満足とのバランスをとって、主治医制や夜間・休日体制のルールを自分たちで考えました。その経験があるからか、担当する医師たちは自信をもって答えられているのではないかなと思います。

また、別の科では夜勤制や夜勤明けの休日制を導入しましたが、導入前は、給与が減ると医師の反発もあったのですが、いざ導入してみると定期的に休めることに体が慣れ、もう以前のような過酷な働き方を望む声は聞かれなくなりましたね。まさに考え方改革です。

その他、タスクシフトは、トーマツさんに各職種と協議していただいた分析結果を基に臨床工学科や検査科で具体的に移管方法を詰めていますし、ある診療科のドクタークラークはすでにパイロット的にタスクシフトを進めています。これが上手く進めば、他の診療科にも展開し、人員数も増員させる予定にしています。

DTT:トーマツにもっとこういう活動をしてもらえればよかった、と感じることはありますか。

中村:現場に張り付いて医師の労働実態を確認してもらうことでしょうか。現場の医師は嫌がると思いますが(笑)。今回、タイムスタディ調査を通じて業務別の時間データ分析もしていただきましたが、あくまで各医師の自己申告がベースだったので、張り付いて調べれば、よりリアルな実態が分かったのかもしれません。

ただ、いずれにしても定性・定量の両面で現状把握からスタートしたのは非常に良いアプローチだったと思っています。もし、聞き取りだけだったら全てを把握することは難しかったはずです。人間って、どうしても忙しい状況の時の記憶は残っていて、ヒマな時のことはあまり覚えていないんですね。なので、忙しい時のイメージで「人が足りないので増員して欲しい」と医師が訴えれば、その偏った情報のままで話を進めてしまうことになる。もし、医師の話をそのまま信じて過度に増員すると、今度は逆に暇な時間ができてしまって人の配置や人件費の面で頭を抱えていたかもしれません(笑)。ただ、重症患者の割合や医師の入退職で忙しさは変わっていくものなので、これからも定期的に現状は注視し続けなければならないと思っています。

 

我々の活動をモデルとして参考にしていただければ嬉しい

DTT:今後、より良くしていくためにどのように活動していきたいですか。

中村:医師は医師でなければできない仕事をする、他の医療職も同様に、専門職の仕事に専念できる、そういう職場を目指したいと思います。プロフェッショナルが誇りをもって働ける職場、やりがいのある職場にしたいです。

さらに当院のような取組のモデルを全国に発信できれば良いなとも思っています。現実的なことを言えば、民間病院は目先の経営のことがあるので、なかなか働き方改革への投資が難しいでしょう。でも、だからこそ当院のような補助金をもらえる立場の自治体病院は先陣を切って取り組まなければならないし、今後、民間病院が働き方改革を効果的に進められるよう参考例やモデルになっていなければなりません。「この病院ができたのなら、ウチだってできるだろう」と考える病院が増えてくれれば、私としては本当に嬉しいです。そうした病院が増えていけば、各地で医師確保が進み、結果として患者や家族のメリットにつながっていくだろうと思いますから。

 

図1

Interviewee Profile:

中村 友彦

長野県立こども病院 病院長

1984年に信州大学医学部医学科卒業 信州大学医学部小児科に入局後、1993年に長野県立こども病院新生児科に赴任。2002年に同病院の新生児科部長となり、2018年に病院長就任。日本周産期・新生児医学会の理事長も務める。

Interviewer Profile:

竹内友之

有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア パートナー

全国の医療機関、社会福祉法人、ヘルスケア関連法人の市場調査、事業戦略の策定および実行支援に関する業務に従事。外部非常勤講師や講演等の実績を多数有している。人事コンサルティング案件を統括している。

吉岡拓也

有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア シニアマネジャー

医師の働き方改革や人事制度構築支援、教育研修等のほか、厚生労働省の働き方改革関連業務などにも従事。トーマツ内における組織文化変革プロジェクトのメンバーであり、研修企画・講師も担当している。

篁園誓也

有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア シニアスタッフ

医師働き方改革プロジェクトの他、病院・介護施設等の人事給与制度改革や統合・再編に伴う人事労務改善、教育研修業務などに従事。自治体病院の独法化支援なども担当している。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2022/6

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