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政策動向 他院の医療情報の活用による新たな診療のあり方
ヘルスケアデータの利活用による新たな診療の将来像と課題
我が国のヘルスケアデータの利活用については、2017年1⽉に「データヘルス改革推進本部」が設置され、2020年6⽉に「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プラン」、2021年6⽉に「新たな⼯程表」、2023年6⽉に「医療DX工程表」が策定されました。各工程表の中で、医療機関間の医療情報の閲覧を目指した取組みが進んでいます。今回は、他院の医療情報の活用に関する政策動向や今後の診療の将来像、課題について解説します。
1.はじめに
我が国のヘルスケアデータの利活用については、健康・医療・介護の分野を有機的に連結したICTインフラを2020年度から本格稼働させるための具体策の検討を⾏うことを目的として、2017年1⽉に厚⽣労働⼤⾂を本部⻑とする「データヘルス改革推進本部」が設置され、2020年度の実現を⽬指して2017年7⽉に「データヘルス改革推進計画」、2018年7⽉に⼯程表が策定されました。
その後、2021年度以降に⽬指すべき未来と、それらの実現に向け、2020年6⽉に「全国で医療情報を確認できる仕組みの拡⼤(ACTION1)」、「電子処方箋の仕組みの構築(ACTION2)」及び「⾃⾝の保健医療情報を活⽤できる仕組みの拡⼤(ACTION3)」の3つのACTIONを集中的に取り組む「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プラン」が策定されました。
出所:厚生労働省「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プランについて」
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000653403.pdf
さらに、2021年6⽉に上記の集中改⾰プランを基礎としつつ、「⾃⾝の保健医療情報を閲覧できる仕組みの整備(PHR:Personal Health Record)」、「医療・介護分野での情報利活⽤の推進」、「ゲノム医療の推進」及び「基盤の整備(支払機関改革)」の4本柱に沿って、2025年度末までに取り組む5年間の⼯程を明確化した「データヘルス改革に関する工程表」が策定されました。
出所:厚生労働省「データヘルス改革に関する工程表について」https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000788259.pdf
「データヘルス改革に関する工程表」については、2023年6⽉に公表された「医療DX工程表」にも盛り込まれています。
出所:内閣官房「医療DXの推進に関する工程省(案)(全体像)」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/dai2/siryou3.pdf
2.全国で医療情報を確認できる仕組み
ヘルスケアデータの利活用のうち、全国で医療情報を確認できる仕組み(ACTION1)では、2022年9月よりマイナンバーカードを用いて、以下のように医療情報を確認することが可能になっています。
【利用場面】
(1)マイナポータル経由により、自身の医療情報を確認することができる
(2)患者が他院で受診した医療情報について、別の医療機関・薬局が確認することができる
【確認できる医療情報】
(1)医療費(本人のみ)
(2)薬剤情報
(3)特定検診情報
(4)処置・検査・手術・透析・医療機関名(レセプト情報に基づいた医療情報)
出所:厚生労働省「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プランについて」
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000653403.pdf
3.他院の医療情報を活用した診療の将来像
全国で医療情報を確認できる仕組みを用いて、他院の医療情報を活用することによる診療の将来像としては、以下のようなものが考えられます。
①自院で実施できない検査について他院での実施状況をもとに診療することができる
②他院での診療内容をもとに患者が受けた診療内容を把握しながら最適な治療を選択することができる
③救急搬送時に他院の医療情報をもとに適切な医療を提供することができる
1つ目の将来像では、多くの診療科をもたない医療機関、特に診療所や中小規模の病院における利活用が想定されます。自院で実施できない検査等について、他院での検査実施有無を確認することにより、最適な治療を選択するような利用方法が想定されます。例えば、直近で他院でのCT検査が実施されていた場合は、患者の被ばく量の軽減のために同様の検査を実施せず、検査を実施した医療機関に対して該当の検査結果を問い合わせるなどの対応が考えられます。
2つ目の将来像では、他院での診療内容を把握・考慮しながら、患者にとって最適な治療を選択する利活用が想定されます。これまでの診療では、自院で実施した問診・検査に基づいて、患者の治療方針を決めていましたが、他院での診療内容を把握することで、複数の医療機関が同じ患者に対してどのように治療を行っていくのかを考えることができるようになると考えられます。
3つ目の将来像では、救急搬送された患者に対して、他院の診療内容をもとに適切な救急医療を提供する利活用が想定されます。
救急搬送時に意識がない状態で運ばれてきた患者の場合、通常は問診で確認できるような情報を取得することが困難です。例としては、処方されている薬から持病を推測する、受診年月日や診療内容から直近の既往歴が推測できるなどの利用場面が考えられます。
4.他院の医療情報の活用における今後の課題
一方で、他院の医療情報の活用における今後の課題としては、以下の4点が考えられます。
①現状では主にレセプト情報に基づく医療情報および薬剤情報が共有されており1~2か月前の情報までしか確認できない
②画像等の大容量データを転送可能な医療機関間のネットワークが全国規模で整備されていない
③他院の医療情報を活用することの重要性が診療科によって異なり評価が定まっていない
④他院の医療情報を活用した診療に関する好事例が共有されていない
まず、1つ目の課題は、現状の仕組みではレセプト情報に基づいた医療情報を確認していることから、リアルタイムで情報を確認することができず、1~2か月前の情報までしか確認できないことです。そのため、直近での受診や情報を確認するためには従前どおり問診で情報を得る必要があります。リアルタイムでの情報を確認するためには電子カルテの情報に基づいた医療情報の共有が必要になると考えられます。現在、厚生労働省において「全国医療情報プラットフォーム」を構築する議論が進んでおり、電子カルテの情報を含む医療情報を共有・交換する仕組みを目指しています。
出所:厚生労働省「第4回医療DX令和ビジョン2030:全国医療情報プラットフォームの概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001140173.pdf
2つ目の課題は、画像等の大容量データを転送できる医療機関間のネットワークが全国規模で整備されていないことです。現状の仕組みはオンライン資格確認のネットワークを用いて医療情報を共有していますが、画像等の大容量データを送受信できるようなネットワーク帯域が確保できていません。特定の地域においては医療情報連携ネットワーク(EHR)を構築することでデータの送受信を実現している自治体等もありますが、全国規模での展開までには至っていないのが現状です。
3つ目の課題は、他院の医療情報を活用することの重要性が診療科によって異なり評価が定まっていないことです。産婦人科や耳鼻咽喉科、眼科、歯科などの診療科では、自院で実施できる検査等が限られるため、結果として他院の医療情報の活用についての重要性や医療従事者のニーズが大きくなる傾向にあります。一方で、内科などの診療科では、自院で必要な検査を実施できることが多いことから、診療において他院の医療情報を活用についての重要性やメリットがあまり感じられない傾向にあります。同じ仕組みでも診療科や診療内容によって評価が異なるため、他院の医療情報を活用することに対する有益性などの評価はまだ定まっていないのが現状です。
4つ目の課題は、他院の医療情報を活用した診療に関する好事例が共有されていないことです。利用する医療従事者の意識やアイディアの違いにより、他院の医療情報の利活用場面や利用方法が異なる傾向にあります。他院の医療情報を利活用した診療は新しい診療のあり方のため、「どのように利用するとより良い診療につながるのか」「利用時に留意すべき点はなにか」などが医療従事者個人の経験則として蓄積されているのみであり、知識として広く共有されていない状況にあります。今後、他院の医療情報を活用した診療に関する好事例を収集・周知することで、利用する医療従事者の増加や他院の医療情報を活用する新たなアイディアが生まれてくると考えられます。
5.おわりに
ここまで、他院の医療情報の活用による新たな診療のあり方について解説しました。現在、我が国のヘルスケアデータの利活用に向けて、全国医療情報プラットフォームや医療DXの取組が進んでいる中で、私たちは診療のあり方が大きく変わる転換点に立っています。一方で、他院の医療情報を確認する仕組み自体が始まって1年程度しか経っていないこともあり、まだ多くの患者や医療従事者が該当の仕組みを知らない状況にあります。今後、ヘルスケアデータの利活用が医療連携や診療をどのように変えていくのか、それにより患者や医療従事者にどのようなメリットをもたらすのかについて議論・周知していくことが求められます。
デロイト トーマツ グループでは、最新の政策動向を見据えた、ヘルスケアデータの利活用や医療DX推進に関するサービスの提供に力を入れております。本稿が我が国の医療政策やヘルスケアデータの利活用に関する理解の一助となりましたら幸いです。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/09
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