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調査レポート
支援者支援の重要性~ひきこもり支援を例に~
ひきこもり支援に取り組む、支援者へのサポートとは?
ひきこもり支援は長期的な視点での支援が求められ、支援者自身を支援する取り組みや仕組みが必要とされています。当法人は、令和4年度社会福祉推進事業として「ひきこもり支援における支援者支援のあり方に関する調査研究事業」を実施しました。この記事では、当該調査研究での学びをもとに、ひきこもり支援に取り組む支援者のための支援者支援について、最新の動向をまとめます。
長期化・複雑化するひきこもり支援
「8050問題」という言葉で知られるように、「ひきこもり」の長期化が社会問題となっています。1990年代頃には、若者の問題とされていた「ひきこもり」ですが、その当時の若者は、今では40代、50代、その親は70代、80代となりました。近頃、「8050問題」から「9060問題」に移行し始めているとの報道もあるように、「ひきこもり」の長期化は加速度を増しています。
さらに、令和4年度に実施された内閣府の調査(注1)では、15歳から64歳の生産年齢人口において、推計146万人、50人に1人がひきこもり状態にあることがわかりました。また、5人に1人が新型コロナウィルス感染症の拡大の影響を理由に挙げ、「ひきこもり」が社会情勢や社会要因と切り離せないことから、ひきこもり状態にある人々の数は今後もさらに増加することが想像されます。「ひきこもり」は、決して自分や家族から遠い問題ではありません。
こうした状況を受けて、ひきこもり支援について、厚生労働省は、ひきこもりに特化した専門的な窓口として、平成30年に全ての都道府県及び指定都市に「ひきこもり地域支援センター」を設置しました。令和4年度からは、より身近なところで支援が受けられる環境作りを目指し、「ひきこもり地域支援センター」の設置主体を市町村に拡充するとともに、新たなメニューとして、「ひきこもり支援ステーション事業」や「ひきこもりサポート事業」による取り組みも開始し、ひきこもり支援事業が推進されています。
他方、ひきこもり当事者やその家族への支援の枠組みが拡充していく一方で、実際にひきこもり支援を実践する支援者への支援が必要とされている現状があります。
ひきこもり支援は、長期的な視点でのソーシャルワークが求められ、支援の進み方がスモールステップであることにより、支援者自身が疲弊し、大きなダメージを受けてしまうという課題を抱えています。また、支援を必要とする当事者が抱える課題も多様化・複雑化しています。ひきこもり状態にある人が置かれている状況はさまざまに異なり、ひきこもり経験者本人と家族の関係も多様であれば、その当事者が目指すゴールも多様なのです。事実、令和4年度に実施されたKHJ全国ひきこもり家族会連合会の実態調査(注2)によれば、「個々にあったオーダーメイド型の支援」が望まれていることが明らかになっていますが、現場において、こうしたひきこもり支援に対するニーズに支援者が応えられるだけのバックアップは、今はまだ、十分とは言えない状況です。
このような背景から、デロイト トーマツは令和4年度社会福祉推進事業「ひきこもり支援における支援者支援のあり方に関する調査研究事業」(以下、「当事業」という。)において、ひきこもり支援における支援者への支援のあり方について取りまとめました。
(注1)令和5年3月 内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査 (令和4年度)」
https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/r04/pdf-index.html
(注2)令和5年3月 特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会「2022年度KHJ実態調査オンラインを活用したひきこもり支援の在り方に関する調査報告書」
https://www.khj-h.com/research-study/research-study-2022/
ひきこもり支援における支援者の抱える困難さ
では、ひきこもり支援において、支援者は具体的にどのような困難を抱えているのでしょうか。
当事業では、文献調査から、広く支援者の抱える業務上の困難さに関連する情報収集を行い、さらに、ひきこもり支援者が業務上で抱える困難さを整理するために、「統合的なストレスモデル(注3)」(労働安全衛生総合研究所)を参考にしながら枠組みを作成し、支援者が支援上で抱える困難さを、「ストレッサー」、「資源に関する困難さ」、「モチベーションに関する困難さ」に分けて整理しました。以下にその項目を紹介します。
<ストレッサー>
- 物理的な職場環境に係るもの
- 役割上の葛藤、不明確さによるもの
- 人間関係・対人関係に係るもの
- 仕事の量的な負荷と変動に係るもの
- 仕事の要求や難易度に係るもの
- 仕事の中で受ける心的外傷に係るもの
- ワークライフバランスに係るもの
<資源に関する困難さ>
- 仕事における技術活用に係るもの
- 心理的な職場環境に係るもの
- 仕事のコントロールに係るもの
- 仕事の将来性に関する不安に係るもの
- 仕事を行う上で得られる資源に係るもの
<モチベーションに関する困難さ>
- 仕事のやりがいに係るもの
加えて、当事業のアンケート調査の結果から、ひきこもり支援特有にある困難さを次のように整理することができました。
①支援の進みが遅く、支援者が不全感や無力感を抱えやすい
ひきこもり支援の特徴として、本人(ひきこもりの当事者)に会えないといったそもそもの関わりの困難さという特殊性を抱えています。また、支援が長期化し、支援領域も横断しているため、他機関との連携が求められることも多く、なかなか支援が進まない中で、支援者自身が不全感や無力感を抱えている場合があります。
②本人と家族のニーズが混在し、支援者が葛藤する
ひきこもり相談の端緒は家族からの相談が多いため、家族のニーズについては直接把握することができる一方、ひきこもりの当事者に会えない場合には本人のニーズを直接把握することが難しくなります。家族のニーズと本人のニーズとに齟齬があったとしても、それを直に本人に確かめることはできず、ひきこもりの当事者を支援する手立てがないまま、当事者を支援するのか、家族を支援するのかが曖昧になり、支援者の中に葛藤が生じます。
③ひきこもり支援における人材不足・身分的な不安定さ
ひきこもり支援の現場では、人材が不足しているだけでなく、支援者の身分が安定しないことも困難さとしてあげられます。相談員の多くは非常勤の会計年度職員であり、常勤職員である場合でも、公務員として定期的な異動がある場合も多く、安定的に継続してひきこもり支援に取り組むことが出来る基盤が持つこができない場合があります。
④ひきこもり支援の体制のあり方が定まっていない・不足している
市町村のひきこもり相談窓口は、体制として相談窓口は作ったものの、担当課をどの部門にするか、また、関係する部門や機関との役割分担をどのように行うかといった体制のあり方が定まっていないところもあるのが現状です。また、ひきこもり地域支援センターでは、ひきこもり支援に関する専門性が高い職員が所属する場合が多く、専門性があるからこそ、より一層援者に対するコンサルテーションやスーパーバイズを充実させてほしいという課題やニーズがあります。
このように、ひきこもり支援における支援者の抱える困難さを整理してみると、困難さの中には個人に帰する部分以外に、「業務が置かれた政策的意図や構造」が影響して生じるものがあることがわかります。
(注3)労働安全衛生総合研究所「統合的なストレスモデル」の枠組みを参考にした。https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2021/157-column-1.html
ひきこもり支援における支援者支援の取り組みの方向性
続いて、自治体におけるひきこもり支援における支援者支援の取り組み例を一部紹介します。当事業のアンケート調査及びヒアリング調査によれば、ひきこもり支援における支援者支援として以下のような取り組みが実施されていました。
<ひきこもり地域支援センター向けの取り組み例>
- スーパービジョンやケース検討会などのケースに関する相談や振り返り支援
- メンター派遣制度
- 相談員の心理的なケアを含めた相談体制
- 研修会や事例検討会への参加促進
- 組織の産業医や保健師、人事労務管理スタッフによる支援につなぐ体制 等
<市区町村向けの取り組み例(注4)>
- 専門職チーム、多職種による専門チームの派遣
- ひきこもり支援に係る市区町村におけるネットワークの構築支援
- 市町村巡回型居場所
- ひきこもり支援に係る支援者育成のための研修や講演会の実施
これらの取り組みを整理すると、「組織内部で行う取り組み」と「外部からの協力を得て行う取り組み」とに分かれ、相談員が単独で負担や責任を抱え込まない「体制・環境づくり」と、研修やケース検討会、スーパービジョンを受けることができる「仕組みづくり」に大別できました。また、当事業で把握した支援者支援の取り組みは、個々の相談員のスキルや能力等を高めるだけでなく、一人の相談員が負担や責任を抱えることがないよう、「チーム」で対応するという視点に基づいていました。さらに、これらの取り組みを通して、支援現場にポジティブな変化も現れていることがわかりました。
(注4)都道府県のひきこもり地域支援センターは市町村を後方支援する役割を担っており、当事業においては、都道府県が行う市区町村向けの取り組みについても調査しました。
支援者への支援がこれからさらに充実するために
ここまで、本事業の調査結果をもとに、ひきこもり支援における支援者の抱える困難さや、そのサポートとなる支援者支援の取り組みを紹介してきました。「ひきこもり」の長期化により社会課題として一層深刻度を増していく中、その支援のあり方も多様化・複雑化しています。そういった現状において、ひきこもり支援を担う支援者へのサポートがさらに充実することが望まれます。相談員が単独で負担や責任を抱え込まないような「環境・体制作り」や、研修やケース検討会、スーパービジョンを受けられる「仕組みづくり」、これらを一体的に実施することで、支援者の困難さを軽減や解消に向けて効果が出ることが期待できるでしょう。
支援者支援の方法を検討する際、最も重要なのは、ひきこもり支援の困難さの背景には、ひきこもり支援そのものの特殊性、相談員の雇用の不安定さなど、ひきこもり支援業務に関する組織や社会の不理解があるのだと把握することです。支援者一人一人を支援し、行動変容を促していくミクロなアプローチも大切ですが、組織の体制や環境・仕組み、ひいては社会構造それ自体を変えるようなマクロの視点を持ってアプローチしていくことが重要であると考えられます。
ひきこもり支援について知り、理解を深めること―私たち一人一人のひきこもり支援への理解は、社会全体のひきこもり支援への気運の醸成につながり、支援者への支援がこれからさらに充実するための土台となります。そのようにして、支援者に対する支援がより一層さかんに取り組まれ、当たり前のものとなれば、支援の質も向上していきます。それは、「ひきこもり」状態にあり、支援を必要とする方々の「生きにくさ」の軽減にもつながっていくことでしょう。
この記事も、そうした皆様のひきこもり支援の理解の一助となれば幸いです。
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出所:デロイト トーマツ グループ「ひきこもり支援における支援者支援のあり方に関する調査研究事業報告書」
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2023/09
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