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近年の高額薬価算定の傾向
昨年、希少疾患である脊髄性筋萎縮症向けの遺伝子治療薬・ゾルゲンスマが上市され、1億円以上の薬価が算定されました。日本では医療費抑制政策が採られる中で、今後も高額の薬価算定の可能性はあるのでしょうか。近年の高額薬価算定の事例から解説します。
I. はじめに
昨年脊髄性筋萎縮症という希少疾患向けの遺伝子治療薬のゾルゲンスマが上市され、100百万円以上の薬価が算定されたことが話題となった。日本では、保険適用される医薬品は厚生労働省により薬価が算定されるものの、医療費抑制政策の一環として新薬への高額な薬価算定は行われにくく、売上が大きく医療費へのインパクトが大きい医薬品に対しては薬価改定制度により薬価が下げられるなど、厚生労働省により医薬品市場が過度に拡大しないようにコントロールされている。他方で、新規の作用機序を伴う効果の高い製品については高額の薬価が算定される可能性があり、グローバルレベルで新治療法の開発が推進されていることからも、今後も高額な薬価が算定される新薬が登場する可能性がある。本稿では、近年高額が算定された医薬品の薬価の保険収載時算定情報を基に、高額薬価算定の特徴について解説する。
II. 近年高額薬価が算定された医薬品の事例
図表1は直近高額な薬価が算定された新薬や再生医療等製品のうち医薬品に準じた薬価算定方式で算定された製品、または市場拡大再算定等により薬価改定が行われた製品のうち、収載時薬価の高い順に10製品を示したものである。
最も高額な薬価を得た新薬は2020年5月に上市となったゾルゲンスマであり、167百万円の価格となった。次点は2021年4月に上市のイエスカルタが34百万円の薬価を獲得したが、キムリアと同時に薬価が32百万円に減額された。その要因はキムリアの費用対効果の結果による。図表1の通り高薬価製品は遺伝子治療製品、細胞治療製品などの再生医療等製品が上位を占め、次にスピンラザ(核酸医薬)やヘムライブラ(抗体医薬)が続く。収載時薬価上位10製品のうち7製品が原価計算方式によって算定された新薬であり、10製品全ての収載時の適応症が、ピーク時患者数が数十人~数百人の超希少疾患である。逆に言えば高薬価を獲得するためには、まず超希少疾患において再生医療等製品もしくは核酸・抗体技術を用いた製品で承認を得ることが一案と考えられる。
III. 原価計算方式による薬価算定
現状、高額薬価で算定された製品のうち多くが原価計算方式によって算定されているが、原価計算方式は、既存の治療方法が存在しない場合に用いられる薬価算定方式であり、製品にかかる原価を積み上げた後に、新薬の革新性に応じて加算割合を乗じ、その後、他国(米・英・独・仏)の公的薬価を参照し、日本での薬価が外国価格から一定程度乖離しないように、外国平均価格調整がなされる。
図表2では、原価計算方式にて算定された近年の高額薬価製品の原価を示している。テムセル以外は何らかの補正加算を得て、原価の合計額からさらに高額の算定となっていることから、高額薬価を得るためには加算の取得が重要と考えられる。スピンラザとオプジーボに関しては、営業利益率(日本政策投資銀行調査による業界平均)に係数を乗じることで、②の営業利益の金額が増額となっている。加算については厚生労働省への情報開示度合いによって加算係数が設定されるが、外資系企業が申請者の場合は開示度が低く、係数が0.2と設定されるケースが多いように見受けられる(図表2ではキムリアが該当)。また、製造原価は企業の提出する金額であるが、エンスプリングを除き、薬価に対して約6~7割の水準となっており、高薬価製品については原価水準も高くなっているといえる。
流通経費率は営業利益率と同様、一般的には厚生労働省の開示した比率を使用するものの、キムリアとスピンラザに関しては事業者が提出した金額を使用したため、他製品と比較して低い水準になっていると想定される。ただし、COVID-19ワクチン関連で一部報じられているように、低温での保管が必要となる再生医療等製品においては、通常の医薬品と比較して流通・保管にかかる費用が高額になる可能性が高い。
IV. 類似薬効比較方式による薬価算定
類似薬効比較方式は、新薬に対して同じ効果を持つ類似薬が既に存在している場合に適用され、新薬の価格は既存類似薬の1日薬価と同額であることが基本である。新薬が既存の類似薬に対して効果が高いと認められる場合は、類似薬の1日薬価に対して加算(5%~120%の加算)がされ、新薬の1日薬価が既存薬と比較して高くなる。類似薬効比較方式においても原価計算方式と同様に、外国平均価格調整が行われる場合がある。
薬価制度内で明文化されてはいないものの、1日薬価は一連の治療にかかる期間、長期的な治療が必要となる場合は類似薬の投与が不要となるまでの期間を治療期間として見なされているように見受けられる。例えば抗がん剤の場合は、類似薬の無増悪生存期間1 などが治療期間として使用される。新薬が対処療法でなく根治が可能な治療法である場合に、類似薬の治療期間の判断を行うことは難しいと想定されるものの、ゾルゲンスマの算定の事例が参考になるといえるだろう。ゾルゲンスマは1度限りの投与で治療が完了する遺伝子治療薬であるが、比較薬となったスピンラザは継続投与が必要な核酸医薬品であり、投与開始1年目は57百万円(6回投与)、2年目以降は維持期として28百万円(3回投与)の治療費がかかる。ゾルゲンスマの薬価算定時には、スピンラザの投与が不要となる11回目までの投与を治療期間として、加算前の薬価は104百万円と算定された。104百万円に有効性加算・先駆け審査指定加算の計60%が加えられ、167百万円と算定されている2 。
原価計算方式と比較して、類似薬効比較方式にて算定された新薬の高額薬価事例は少ないものの、類似薬が少なく、高額の算定がされている場合においては、類似薬との比較における効果の高さを示すことで有用性加算や市場性加算を取得し、高額の薬価算定を目指すことが可能といえる。外資系企業においては、情報開示による加算係数の低減を避けるために、類似薬効比較方式を採用することも一案と考えられる。
V. 上市後の薬価改定
上市時に高額の薬価が算定された場合においても、適応症の拡大や費用対効果調査結果を機に薬価改定がなされ、薬価が下げられる可能性がある。図表1のオプジーボの例では、上市時の適応症は悪性黒色腫という希少疾患であり、ピーク時売上が3,100百万円とされていたものの、後に様々ながんに適応拡大された結果、市場拡大再算定、用法用量変化再算定、費用対効果評価による薬価改定で2021年4月時点では上市時の24%の薬価となっている。一方で、様々ながんの治療に使用された結果、国内の2020年の売上高は1,076億円にまで成長している3 。
長期的には薬価が下落するとはいえ、治療法の開発ニーズが高く、審査期間の短縮や臨床試験の規模が比較的小さく済む希少疾患において早期に上市し、高額薬価を得た後に適応症を拡大するという戦略はいずれの企業も採っているように見受けられる。
VI. おわりに
薬価算定に関しては厚生労働省による詳細なルールが存在しており、医療費抑制政策の中で必ずしも開発事業者の期待に沿うような高額な薬価算定がなされるとは限らないが、画期的な治療薬が上市し一人でも多くの患者に届くことを期待したい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りします。また、本記事で紹介している情報は執筆時点のものであり、閲覧時点では変更になっている場合があります。
*1 無増悪生存期間(むぞうあくせいぞんきかん)とは、治療中・治療後にがんが進行せず安定した状態である期間を示す
*2 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 ゾルゲンスマ薬価算定資料
*3 IQVIA国内医療用医薬品売上売上高上位10製品
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア
シニアアナリスト 髙橋かおり
(2021.5.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものです